ドラゴン…お前だったのか…
その叫び声の聞こえる場所はすぐに分かった。
日暮れかけて遠くも暗くボンヤリとしか見えない中、広い麦畑に挟まれているような道を駆けていくと、遠くに小山のようなものが数体蠢いているのが見えるから。
何あれと目を凝らしてみるけれど、太陽の天辺が地面の向こうに沈んでいく薄暗さの中じゃよく分からない。
先に到着していたミレイダ、それと隣村近くにいたアサフがわぁわぁ言いながらその小山に向かって何かやっているけれど、薄暗くて何をやっているのかすら分からない。
「私が前に言ったでかい毒のカエルモンスターです!周りに居た人々は避難させました!」
ミレイダが走って近寄る私たちに気づいて大声で伝えてくる。ミレイダが言った毒のカエルって、触れたものは腐るとか言っていた大きいカエルのことよね?あの小山みたいなものが?
全長も丈も成人男性よりはるかに大きいってミレイダは言っていたけど、そんな比じゃないじゃない!その丈は二階建ての建物と同じかそれより大きいし、頭からお尻まで…百メートルくらいある?
二人の近くまで走るとアサフは私たちを見て、
「直接攻撃が効かないんだ、見てくれこれを!」
と言いながら何かを差し出してきた。
薄暗い中でそれをよく見ると、アサフの細長い剣だわ。でもその剣は先から真ん中までがなくなっている。
「思いっきりここまで付き刺したらこのざまだ!いや直接攻撃は効くんだが一撃で剣が駄目になる!勇者様、その聖剣は絶対に使ってはいけないぞ!溶けるぞ!」
ほとんど混乱の顔つきでアサフがわぁわぁ言いながら石を大きい毒カエルに投げつけているけれど、石は表面にボヨンと当たって跳ね返るかジュッと瞬時に溶けるかで、毒カエルには全く効いていない。
それより毒カエルが数体蠢いているせいであちこちで麦の腐った臭いが充満している…!凄い臭い、鼻が曲がりそう…!
「エリー」
サードが私にやれ、とばかりに一言かけてきたから、私は頷いて魔法を発動する。直接攻撃が危ないなら遠くから魔法を使うに限るもの。
風を起こして一番手前の毒カエルへと攻撃する。
私の攻撃は毒カエルの体を切り裂いて、毒カエルは牛が吠えているような声を出してのすのすと私たちのいる方向に体を向けてきた。私の攻撃が当たって切れた所からは毒々しい煙が噴き上がて汁が垂れ流れている。
私たちのいる方が風下のせいかその毒々しい煙の臭いがムッと漂ってきて、思わず皆が鼻を押さえてむせる。
毒カエルの汁の臭いなのか、それとも周りの麦が腐っている臭いなのか判別がつかないくらいの酷い臭い。
その激臭は目にもしみるぐらいで、目を細めながらもう一度攻撃をと毒カエルをみると、口が開いているのに気づいた。
顔の向きはこっち、カエル、口を開ける、…舌!?
毒カエルの顔に向かって風を放つのと同時に毒カエルの舌が伸びてきた、でも私の風の勢いで舌はスパンと千切れて飛んでいく。舌が千切れた口の中からもブスブスとした煙と汁が出ていて、風に乗って生臭い臭いが充満していく。
本当に酷い臭い…!吐きそう…!
とにかくさっさと倒してしまおうと風を起こして連続で毒カエルに向かって放って切り刻んでいく。そうしているうちに毒カエルはゲエゲエ鳴きながら動かなくなった。
一匹倒した、次。
するとアレンが鼻をつまみながら、
「エリー!カエルの汁で麦が!麦が!」
と喚くからふと見ると、切り刻まれた毒カエルの傷口からドロドロと汁が流れ出て続けていて、その汁が溢れている麦畑の麦に地面がジュワジュワと泡を立てている。
「あ、ああああ!」
しまったわ、毒カエルの体が当たるだけでも作物は腐るけど、傷つけた後に流れる汁でものすごく被害が大きくなってる気が…!
どうしよう、どうすればいい?倒さないと毒カエルはあちこちに動き回ってこの辺の麦はダメになってしまう。でも傷つけて倒した方が作物に出る被害が大きい…!
素早く見渡すと毒カエルはあと三匹。あっちこっちにのすのすと動き回って、そのうち一匹なんてジャンプしながら別の方向に飛び去りつつある。
「あっちは別の村のある方向だ!行かなければ!」
アサフはダッシュで走り出した。
「坊ちゃん!剣も何もない今、向こうに走って行ってどうするというのです!」
それでもすぐにミレイダが走り出すアサフの腕を掴んで止めた。アサフはミレイダを振り返りながらその手を振り払う。
「それでも行かねばならない!」
「馬鹿ですか、あんなのに坊ちゃんが敵うとでも?今から走ってあの毒カエルより先に隣村にたどり着けるとでも?」
ミレイダが最もなことを言うけれど、アサフはギッと睨み返す。
「それならあのカエルがこのまま隣村に襲いかかるのをここで黙って見ていろと!?僕は王子だ、この国民を守る義務がある!敵うか先にたどり着けるかではない、まず動かねば!」
「…」
ミレイダは「面倒くせえ男ですねぇー」と言いながら唇を尖らせて黙り込んだ。
「とりあえずあっちに向かっているカエルはどうにかできるわ」
アサフに声をかけると、
「恩に着る」
と早口で真っすぐに私を見てくるけど、そんなアサフに私は続けた。
「それでも…倒すとなったらあの毒カエルの汁でここらの麦畑が地面から壊滅状態になっちゃう」
隣村に向かっているカエルはどんどんとジャンプして遠ざかっていっていて、その度にシュワシュワと麦が溶けているような音が聞こえて臭いもますますひどくなっていく。
アサフは少し黙り込んだ。
「…ここの麦畑は、気の良い夫婦一家が丹精込めて世話をしていた…皆明るくて、良い人たちなんだ…」
そう言いながらアサフは頭を抱える。
あの毒カエルは倒してほしい、けどこの畑の人たちのことを考えると壊滅状態にしたくない…というのが雰囲気だけで分かる。私だってそうよ、目の前の毒カエルの被害を見た後だと、これ以上攻撃して倒してしまって大丈夫なのか判断に困る。
すると私とアサフにミレイダが近寄って来て、肩に手を乗せる。ミレイダはやれやれ、とばかりに首を振って、
「分かりました坊ちゃん。私がどうにかしましょう」
と言った。
「ミレイダが…?どうやって」
アサフが聞くと、ミレイダはやれやれとずっと首を横にふり続けながら、
「本当は坊ちゃんたちに明かすつもりはなかったんですけどねぇ」
と何歩か後ろに下がって、カッとミレイダから強烈な光がほとばしった。その光は目が潰れると錯覚するくらいの光で、とっさに目をつぶる。そしてシパシパと目を瞬かせながらそっと開けた。
するとミレイダが居た所には巨大な青い壁が…。
何これと少しずつ見上げていく。見上げていくと鱗みたいなものが見えて、足の付け根ようなものが見えて、鋭い爪のようなものが高いところに見えて、遥か上空には空を覆うくらいの巨大な羽があって、雲に届いてるんじゃないかって所には爛々と光る金色の二つの光が…。
……え。これってもしかして、ミレイダが…。
「ドラゴン…」
呟くと同時に遥か上にある金色の二つの光…ドラゴンの頭がグオッと動いた。
その頭が向かったのは手前にいる毒カエル。
急に現れた大きい生き物から逃げようとしていた毒カエルを口で捕えて、そのまま頭をわずかに横にずらしてもう一匹口にくわえると、ドラゴンは上空に頭を振り上げて、小山ぐらいもある毒カエルを二匹同時にゲロリンと丸のみにした。
ドラゴンは口からブフゥ、と息をつくと、ぐんぐんと四つ足になって隣村へ飛び跳ね続ける毒カエルへに頭を寄せていく。
もう太陽も沈んでうっすら青い色合いに染まっている中、ドラゴンの青い頭も暗い闇に紛れてよく見えなくなった。
と、向こうでオレンジ色のものがボッと見えて、一瞬明るくなった。
あれは…炎?
ドラゴンはさっきと同じように首を上にあげて、ゲロリンと隣村に向かっていた毒カエルを飲み込んだみたい。
ドラゴンからは「オエェェェ」という咆哮とは思えない辛そうな叫びが聞こえる。
真上に首をあげたドラゴンは、口からボッボッと炎を二、三度吹き出すとシュルシュルと縮みだした。
シュルシュルとドラゴンが縮み切ったと思ったら、そこには空を見上げて口を押えているミレイダが膝をついている。
「まっず…オエ…ウブッ」
ミレイダは苦しそうに口を押さえて、顔も苦しそうにしている。
そう言えばアサフはどんな顔をしているのとハッと見ると、アサフは極限まで目を見開いていて、何度も目を瞬かせているけれど…具合の悪そうなミレイダに近寄って、
「だ、大丈夫か…?」
と言いながら隣に膝をついて背中をさする。
ミレイダは口を押さえたまま首を横にふり、ダメダメとばかりに腕でバッテンを作っている。
「…ミレイダ、あなたがドラゴンだったの…」
あまりに驚いてしまってミレイダの苦しそうな状況そっちのけで心の声が零れると、ミレイダはバッテンを崩して頭の上で丸を作っている。
…何か余裕そうに見えるけれど、顔を見る限り吐くのを必死で押さえている余裕のない顔だわ。
「知っていたのか?ミレイダがドラゴン…だというのを?」
アサフが驚いたように私を見上げて聞いてくるけど、私は首を横に振る。
するとサードが、
「我々はドラゴンが人に化けて旅をしているという話を聞きここまで来たのです。しかしそのドラゴンの情報が青い髪の毛と黄色い目というものしかなく、本人も自分だと名乗り出ることもなかったので探しあぐねていたのですが…」
と言いながら苦しそうなミレイダを見て、アサフを見た。
「ともかくミレイダさんも話せる状況ではなさそうです。あのドラゴンの姿を見た誰かが駆けつけて質問攻めにされるかもしれません、一旦ここを離れ、ミレイダさんを医者の元に連れて行きましょう。…人間の医者で事足りるか分かりませんが」
アサフは色々と聞きたいことがたくさんあるって表情をしていたけれど、ミレイダの具合の悪さを見て、それもその通りだと思ったのか頷いた。
* * *
「はぁ気持ち悪い…胃が重い」
ミレイダは病院の個室のベッドの上でお腹を押さえながらまだ青い顔でフウー、と鼻から大きく息を吐いている。
個人病院の小ぢんまりとした木製の室内は私たち勇者一行とアサフでわりとぎゅうぎゅう詰めになってしまった。
日が暮れてこの個人病院にたどり着いたら医者の先生に「病状は、何があったんですか」と聞かれたけれど、
「実はミレイダはドラゴンで、変化して物を腐らせる毒カエルのモンスターを三匹丸のみにしたらこんなに具合が悪くなりました」
だなんて伝えられるはずもないし、そもそも信じてももらえないだろうしと皆が何て言おうと思っていたら、サードが、
「食あたりです」
ってあながち間違いでもないことを言うと胃薬を出しましょうって簡単にいわれたのよね。それでもものすごく具合が悪そうだから緊急入院して様子を見てもらうことになって、今は一夜明けて私たちがお見舞いに来たところ。
「では話してもらうぞ、ミレイダ」
アサフは椅子に座りながら厳しい顔つきでミレイダを見ている。
「何がでしょう、坊ちゃん」
「お前が!ドラゴンに化けたことだ!」
青い顔のまましらばっくれるミレイダにアサフは身を乗り出して言う。
ミレイダは、うう、と言いながら、
「ああうるさい…。幻覚でも見たんじゃないんですか」
とそっぽ向いている。
「あんなの幻覚でも何でもないだろう、じゃあ何でミレイダはそんなに具合が悪くなっているんだ?説明してみろ」
アサフは責め立てるようにミレイダの寝ているベッドの布団を人差し指でボッスボスと突いた。
ミレイダはうう…と辛そうな顔でそっぽ向いたままだったけれど、長く息を吐いてから私たちに顔を向けた。
「そうですよ、私はドラゴンです。かれこれ八千年ほど生きてますかね、多分」
「八千…」
アサフは目を見開いてミレイダを見るが、ミレイダは青い顔のままアサフを見た。
「言っときますがドラゴンの中ではまだ若年層ですよ。この世が誕生する前から存在しているドラゴンだっているんです」
「それは…まあどうだっていい」
アサフは気を取り直したように椅子に座り直してからミレイダを見た。
「何でドラゴンだと明かしてくれなかった?信用に足らないと思っていたか?そんなにブルーレンジャーの皆が信用できなかったか?それとも怖がると思ったか?僕たちがお前がドラゴンだと分かったら怖がるとでも思ったか?そこまで肝の小さい者たちだと思ったか?」
質問攻めにするアサフに、ハァ、とミレイダはまたため息をついてそっぽ向く。
「信用できるかできないか以前に、私ほど長く生きているとそんなの明かす必要もないんですもん」
「なぜ」
ムッとした顔でアサフはミレイダに聞く。
「どうせ坊ちゃんたち人間は私より先に死ぬでしょう。正体を明かした先から百年足らずで人は死んでいくんです。それを何度繰り返したと思います?なら言っても言わなくても同じって気にもなるんですよね。人間ってのは親しくなったと思ったらすぐ墓の下に入っていきやがるもんで」
「…」
それを聞いてアサフは怒りが和らいで少し冷静になったけれど、それでもまだ納得のいかない顔でミレイダを睨む。
「それでも黙っていられたのは不愉快だ」
アサフは腕を組んでプイッとそっぽむいた。ミレイダは「面倒くさい…」と言いながら髪の毛を後ろに流している。
「坊ちゃんだって私みたいに長生きしてりゃ段々と言っても無駄って気にもなりますよ」
「なら命が短い人間代表として言わせてもらうがな、仲間から本当のことを告げられないまま死んでいくのは、かなーり腹が立つものだぞ。そのことを知っておけミレイダ」
「…」
ミレイダは青い顔のままアサフを見ていて、左様ですか、と一言いうとため息をつきながら黙り込む。
するとアサフは私たちを振り返ってきた。
「それなら勇者御一行はミレイダに用があったということだな?一体何のために?」
「ガウリスが私に何か用でもあったのでは?同じドラゴンですから旅をする先輩の私に何か聞きたいことでもあるのでしょう。この州に居ればそのうち来るとは思ってました」
ミレイダはガウリスがドラゴン(まあ性格には龍だけど)だととっくに分かっていたのかさっくりと明かしてしまって、アサフは「えっ!?」とガウリスを見る。
「まさか…ガウリスも、ドラゴン?何だ、世の中には旅をしているドラゴンが多いのか?」
ガウリスはいきなりドラゴンだと明かされてかなり戸惑っていたけれど、アサフはミレイダのこともあったからかそこまで突っ込んで聞かずにミレイダに視線を戻した。
「…だから別の州に行こうと何度話が上がってもファインゼブルク州にもうしばらく居ようと必死に言っていたのか、ミレイダは」
「だって夢の中に神様だって人が直々に現れて勇者御一行が来るまで動くなと約束させられたらねぇ…破ったら後で何されるんだか分かったもんじゃない。魔族は蹴散らせばそれまでですけどね、神は怖いんですよ、どこからどんな方法で制裁を与えてくるか分かったもんじゃない」
「…それなら勇者御一行が来た時点で探している者は自分だと明かせば良かったではないか」
確かにそれはそう。
今まで何度もブルーレンジャーの中に探している人がいるって伝えていたし、話す機会だってたくさんあったはずだもの。ミレイダだって今までに何度も自分はドラゴンだって明かしていて正体をあかすのに抵抗もないようなんだから、さっさとドラゴンは私、って言ってくれればよかったじゃない。
するとミレイダは、ウブッと不吉な音を口から出して、
「…神から勇者御一行にも話がいってるはずなのに、何で声をかけてこないのかと思ってましてね。そうしたらあの…リンデルスっていう神はどうやら青い髪と黄色い目という情報しかやってないらしいし、勇者御一行は私たちの誰がドラゴンか探ってたので、それなら当てられるまで黙っていようかと」
「おいおい…普通に言ってくれよぉ」
アレンが呆れたような、それでも何やってんだよ、と楽しそうな顔つきで笑いながら軽くミレイダの肩を叩く。
「ゲーム感覚で楽しいかと思いまして。けどもうこれはギブアップかと思ったので昨日の夕方、エリーさんに私がドラゴンだと明かそうと思ったらあの毒カエルが現れましてねぇ。全く、楽しい答え明かしの時に空気の読めないカエル共でしたよ…」
と言いながらミレイダは少し眉をしかめて、モゾモゾと布団の中にもぐりこんで背を向ける。
「気持ち悪いのに話し過ぎました。今日はこれにて失礼させていただきます」
タイトルはごんぎつねの最後の兵十の言葉をもじりました。




