探し人ならぬ探しドラゴン
エルボ国を離れてから一ヶ月半くらい。
夏らしい暑さは成りを潜めて、ほんの少しずつ過ごしやすい季節に変わってきたころ、私たちは私たちはソードリア国に入国してファインゼブルク州に向かっていた。
別にこの国から私たちあてに依頼があるわけじゃない。この国には探し人…ううん、探しドラゴンがいるからやってきた。
ガウリスはたまに龍の姿に変化しちゃうのよね。
まずはゲキリンっていう喉の鱗を触ってしまった時。
サード曰く、それは龍の怒りに触れる行為らしくて、実際にガウリスも龍の姿になってものすごく被害が出るくらい暴れ回るのよね。
それと一度だけゲキリンに触れてもいないのに龍になってしまった時があったわ。
あの時は怒って暴れ回ることもなくガウリスの意識はちゃんとあって、それで時間がたったら勝手に元に戻った。
それでもガウリスはいつも通り過ごしているように見えてかすかに落ち着かないみたい。
「もし私の意思に関係なくふいに龍の姿になってしまったらと思うと心配なんです、特に宿に泊まって皆さんが寝静まっている時間に龍の姿になってしまったら、建物や人々を龍の体で潰してしまうだろうと…」
それでもあの時以降一度もガウリスは勝手に龍の姿になることは無い。
熊型のモンスターと戦っている時に変化していたからモンスターと戦う時に変化するんじゃないかってサードは一度言っていたけれど、それでもあの後モンスターといくら戦ってもガウリスは人の姿のままだし。
そうなれば戦いの時に龍になるってのも違うみたいなのよね。
勝手にそのように変化してしまうのは大変、だからどうして勝手に龍になってしまうのかその理由が知りたい、そして勝手に変化しないようにしたい。そう思っているのはガウリス。
ガウリスが自分の意思で変化できるようになれるのなら戦いも移動も大いに楽になる。そう企んでいるのはサード。
そして過去に出会った仕立て屋の三人の精霊エローラたちに、サンシラ国の神リンデルス。
エローラたちからはドラゴンが人間の姿をして旅をしている情報を手に入れて、リンデルスからそのドラゴンはソードリア国のファインゼブルク州に居る、あまり動かないように言っておこうって言われた。
きっと人間の姿に化けて旅をしているドラゴンならどうして勝手に龍…もといドラゴンの姿になってしまうのか分かるはず。
そう思ってそのドラゴンを探しにこの国に…。
「…思えばそのドラゴンの名前も、男性なのか女性なのかも分かりませんね…」
不意に言ったガウリスの言葉でアレンと私は「あっ」と声をそろえてガウリスを振り返った。思わずサードにも視線を動かすと、サードは嫌そうな顔で、
「俺は聞こうと思ったのに…あのクソ神が気持ち悪いこと言いやがるから話しかける気が無くなった…」
って呟く。
…それはまあ、しょうがないわ。リンデルス神がガウリスに「可愛いなぁ」言ったのを聞いて過去の嫌な記憶が蘇ったのかもしれないし…。
でもエローラたちからはその人間の姿になっているドラゴンの特徴は少し聞いたもの。
「そのドラゴンは青い髪で黄色い目の人だってエローラたちも言っていたじゃない。きっとすぐ見つかるわ」
一般的に多い髪の色は金、茶色、黒。もちろんアレンの赤髪みたいな髪色の人もいる。
まあアレンくらい鮮やかな赤い髪は珍しいかもしれないけれど、青い髪もそこら中で見かけるほど多くないもの。
それに目の色が黄色っていうのも結構珍しいと思うのよね。だとしたら割とすぐ見つかりそうじゃない。
気楽に私が言うと、アレンもそうだな、と気楽な顔になって頷く。
「気分で若くなったり歳とったりしてるってエローラたちは言ってたけど、それくらい特徴があれば見た目がどんな年齢でもすぐ分かるか」
最初にドラゴンの名前も性別も分からないと言っていたガウリスもそう言われたらすぐ見つかるかもしれないという顔で頷く。
「だが今日中にファインゼブルク州にはつかねえな、今日はあそこに見える町に泊まることにして情報収集するぞ」
遠くに薄っすら見える町を指さしてサードが言うから私たちは頷いた。
目視できる程度の町にはすぐたどり着いて、さっさと宿泊先を探して各自の部屋に向かう。
「それじゃあ部屋に荷物置いたら俺らは情報収集っと…」
アレンの言葉に私は「はい」と手を上げる。アレンはふざけたような態度で「はいエリー」と指さしてきた。
「私も情報収集をするわ。だからハロワに行って情報管理室から情報買ってくるわね」
情報収集は大体サードとアレンがいれば何とでもなるし、私はどうするのかもよく分らなかったから宿屋で留守番をしている。
でもハロワで情報を買えるのは分かったもの。
それにエルボ国は皆のおかげで良いように立て直されて、お父様たちも無事に助かって皆と旅を続けるんだもの、それなら今まで以上に皆の役に立ちたい。
そう決意したから行ってみたけど、アレンは軽く笑った。
「いやいや、ドラゴンのことは依頼じゃないからハロワに行ってもなんも聞けないと思うぜ。あそこの情報は依頼があったものしかないから」
あ、そうなのと軽く口をつぐむと、サードは人が通るかもしれない宿屋の中だから表向きの顔で振り向いて、
「ハロワには冒険者が集まりますから彼らに聞いてもいいと思いますよ。本人もやる気みたいですし、ハロワはエリーに任せましょう」
情報収集を任された!
嬉しい気持ちになって顔を輝かせているとアレンが心配そうにしている。
「でもエリーが一人で歩くなんて…女の子なのに」
「女性ですがエリーが本気を出したら我々とて敵いませんよ」
「そりゃそうだけどぉ…」
アレンは心配そうな顔で私を見る。そんなアレンを勇気づけるようにやる気のある顔で任せてよ!と見上げると、アレンは眉を垂らしたまま私の肩に手を置いて、
「エリー、知らない人についてっちゃダメだぞ、お菓子貰ってもダメ、ナンパされてもホイホイついてっちゃダメ…ナンパ…」
アレンは顔つきを変えて、悲しげな顔で首を横に振る。
「ダメ、エリー可愛いから一人で歩いてたら絶対ナンパされちゃう。それでシュッツランドの時みたいに悪い心持の手練れの冒険者に集団でさらわれたら…!ダメ、やっぱ俺もエリーと一緒にいく…!」
「初めてのお使いに子供を出す親じゃないんですから」
サードは表向きながらも呆れた声をだして、アレンに子供扱いされていると知って私はムッとなった。
「大丈夫よ私一人でも」
「いいって、俺も行くから」
「要らないわよ、私一人でも大丈夫」
「俺がだめならガウリスと一緒に…」
「もう!大丈夫だから!ハロワは冒険者もいるけど受付の人とかもいるから!そんな所で気絶させてさらうだなんてことする人、いるわけないでしょ!」
面倒になってきて怒るとアレンもムッとほっぺを膨らませて、
「世の中エリーが思ってる以上に悪い人もいるんだぞ!自分の物にするまで諦めないしつこい男もいるんだぞ!エリーそんな人たちに絡まれて逃げられるの!」
と叱るように説得にかかってきた。
キッと睨みあう私とアレンに見かねたのかガウリスが私たちの間に入って少し引き離すと、アレンに体を向ける。
「この辺りは治安が悪そうでもありませんし、エリーさんが思ったように行動してもいいじゃないですか。アレンさんの心配な気持ちも分かりますが行き過ぎると束縛になります、それにエリーさんだって皆さんの力になりたいと思ってこうやって言い出したのであって…」
「…」
アレンはとくとくと続くガウリスの説得を聞いているうちに段々と悲しそうな顔になってきて、
「やだ…エリーが俺の手から飛びだっちゃう…!」
と顔を覆ってメソッと泣き出した。
「子離れできない親じゃあるまいし」
サードの言葉にガウリスは、
「どちらかというと子供の急激な成長に戸惑っている親の心境です」
と返すけれど…。どちらにしても私、アレンに子供扱いされてるってことね?
それでも泣いてしまったアレンを目の前にすると怒りよりも呆れが湧いてきて、
「私だってこの四年間で一人で行動することもあったし、私の魔法の力があればすぐ逃げ出せるんだからそこまで心配しないで。私は皆に任せっきりにしないで今まで以上に色々とやってみたいの、皆ぐらい役に立たないかもしれないけど、それでもやってみたいのよ」
とアレンの肩に手をかけながら伝える。
アレンは私の言葉にションボリ情けない顔をしながらも諦めがついたのか頷いて、目と鼻をぬぐう。
「今まで可愛がってた子供が巣立ってくって、切ないもんだなぁ」
…。あのね、私はアレンの子供でもないし、アレンは結婚もしてもいないし子供もいないじゃないの、何馬鹿なこと言っているの。
呆れながらも私は最低限の荷物を持って宿屋から出発して、その町にあるハロワに向かった。
とりあえずこの国で青い髪の毛と青い目の人を見かけなかったかと冒険者に聞けばいいのよね。ハロワは色んなところを歩き回る人たちなんだから、きっと広い地域の話が聞けるはずだし。
私はハロワにやってくる冒険者たちに声をかけて回った。
別に人に声をかけるのは苦痛ではないし、今まで他の人任せにしていた情報収集に参加して皆の役に立てるかもと思うとむしろ嬉しい。
それに私単体だと勇者御一行って気づかれないから、皆落ち着いた感じで対応してくれるし。やっぱりグイグイ来られると引いちゃうのよね、私は。
それにこの辺りはのどかだからアレンが心配するような悪そうな人も特にいない。
…まあ、ナンパなのかパーティへの勧誘だったのかよく分かんないのはされたけど。
「一人?一人なの?それならうちのパーティに入らない?今ちょうど魔導士が一人欲しいと思っててさ。よかったらあっちの喫茶店でお茶でも飲みながらうちのパーティの話でも聞いてよ、三十分だけでいいから!君みたいにかわいい子来てくれたらめちゃ嬉しいんだけどなぁ!」
って軽そうなノリの剣士の男の人に声をかけられて、断ろうとしていたら仲間っぽい魔導士の男の人が私に謝りながら剣士の人を引っ張って立ち去って。
結局ナンパだったのか勧誘だったのか分からなかったけれど、アレンが心配するようなことは特になかった。
それに青い髪の毛に黄色い目の人のことを聞いて回ると、思った以上に簡単に、しかも大量に聞けた。
ただ最初に聞いたそのドラゴンの現在の状況に私はものすごく驚いた。
「ああ知ってる知ってる!ここ最近ファインゼブルク州で活躍中の冒険者だろ!」
って冒険者の人に言われたからギョッとして、
「冒険者なの!?」
と返すと、その人はものすごくあっさり、
「そうそう、五人パーティで」
と続けるから、
「人と一緒に冒険しているってこと!?青髪で黄色い目の人が!?」
って更に驚いたら、何でそんなに驚くの?って変な目で見られてしまったわ。
だってドラゴンって大体単独行動だし、仲間で群れることもないし、出会ったら幸運だがその場で死ぬと思えって言われる存在だし…。
そんなドラゴンがモンスターを倒す側になって行動しているだなんて聞いたら誰でも驚くものじゃない。
それでも続々とドラゴンのいるパーティの情報は集まって、それをまとめるとこう。
・そのドラゴンが在籍しているパーティはこのソードリア国出身の人たちで構成されていて、男性四人、女性一人の構成の五人組。
・全員がソードリア国出身だから基本的にソードリア国を守るため巡回している。
・国に根差して困ったことがあればすぐ駆け付けるから、国の中での知名度や人気や信頼はものすごく高い。
「ってわけでかなり目立つパーティみたいだから他の人たちに聞けばすぐに居場所は分かると思う」
もう十分に情報は手に入れたと思って宿に戻ると、皆もサクッと情報を手に入れたみたいでほとんど同じタイミングで戻ってきたから、それぞれが手に入れた情報を伝えていく。
とりあえずお前の初情報収集の成果を聞かせてみろってサードが言うから一番最初に私が集めた情報を皆に話していたら、アレンは「エリーが一人でそこまで情報を集めて…」ってホロリとした顔でいちいち頷きながら私の話を聞いていた。
アレンは喜んでいるのかもしれないけれど、何か鬱陶しいから普通に聞いてほしい。
それでも皆が集めた情報を聞いてみたら、ほとんど私が言ったのと同じ内容だったみたい。
私が聞いていなかった情報といえば、剣士二人、弓使い一人、武道家一人、魔導士一人っていう構成のことくらいだった。
「…つーか、なんでモンスターがモンスター狩る側に回ってんだ?」
サードも私が思っていたようなことを言うと、アレンは、
「ドラゴンって長生きらしいから、暇つぶしとかじゃね?」
と笑っている。
アレンの言葉でふと気づいた。
ガウリスもドラゴンと似た存在になっていて、しかも幸運を与えるミツバチの精霊より格上の存在になっているのよね。
「それじゃあガウリスも長生きになってるの?」
ガウリス質問してみるとガウリスは少し目を瞬かせて、
「それはないのでは…。確かに神に近い存在になったのかもしれませんが、神と同等ではなく使役される身分でしょうし」
するとサードは、いや、と首を横に振った。
「俺の国では龍になったその後はその地の守り神みたいなモノになってっから、あながちエリーの言ったのは間違いじゃねえと思うぜ。もしかしたら長命になってるのかもな」
ガウリスが「えっ」とサードを見て、顔を強ばらせた。
「…なら、私は神や魔族のように千年単位で生きるかもしれないと…?」
「知らねえ。俺らの住む所でのお話の中ではそういうパターンが多いって話で本当かどうかなんて分かるか」
そう言いながらもサードは楽しそうに笑って、からかう口調で続ける。
「あと二十年くらいたてば歳とってるかとってないか分かるだろ。楽しみに待っとけ」
「いや楽しみにって…そんな、私は普通に歳を取って…皆さんが居なくなっても私は生き続けるのですか…!?」
ガウリスは混乱の顔つきで頭を抱えてしまって、私の軽い疑問でガウリスを混乱に陥れてしまったとオロオロしていると、サードはガウリスの肩に手を置いて、表向きの顔で微笑んだ。
「俺らの骨を拾う役目は任せたぞ」
本気で言っているのか、嫌がらせで言っているのかは計りかねた。
アレンにとってエリーは守るべき妹であり姉であり子供でもあるんです。どれを取っても好きって事です。愛じゃよ、愛。




