それから2
王家の三名を城下町に追放する。
その準備は着々と進んで、ついにその時がやってきた。
それでも最後の最後までマーリンは納得いかないと部屋に閉じこもって、鍵をかけて頑として粘っている。
「マーリン様、扉を開けてください」
大臣たちが声をかけるけれど、
「ふざけないで!私は生まれた時から王妃になるべくして育ってきたのよ!私の実家はあんたらと比べ物にならないぐらいの家格なのよ、皆代々貴族として領地を治めてきた立派な身分なのよ!
そんな私が城下に行って下品な国民と同じ暮らしなどしないといけないですって!?そんなの間違ってる!あんなクソガキの言うことを間に受けて私を追い出そうとするだなんて皆馬鹿よ!大馬鹿よ!」
と喚き続けるだけでどんな説得にも馬鹿だ馬鹿だと怒り狂って自分の家柄を自慢する繰り返しで、話は平行線のまま。
むしろ部屋に閉じこもっても各部屋の合鍵を持っているクローキ大臣がいるから全くの無意味なんだけど。
最初は言葉でどうにかできないかとガウリスも交じって、
「これは病気を治すためです、このまま城に居ても病気は治りません。どうか体を治すためと思って出て来てください」
と最もな話をしていたけれど、そんな最もな話ですらマーリンのヒステリックな金切り声が返ってくるだけだった。
「これは…もう何を言われようが上から怒って威圧して相手に言う事を聞かせようとしていますね…この状態での説得はちょっと…」
ガウリスもそう言って手を上げて、しょうがあるまいとクローキ大臣が合鍵を使って普通に開ける。
マーリンは部屋の合鍵があると知らなかったのか普通に扉を開けられたのにギョッとして、部屋の奥に悲鳴をあげながら逃げていく。
「マーリン様、お待ちください!」
どうやらすばしっこさはマーリンの方が上みたいで、捕まえようとする大臣たちをすり抜けどこまでも逃げ続けて、最終的に部屋から抜け出したタイミングで兵士が数人がかりで捕まえた。
「ふざけないでよ!私はあんたらが触れるような女じゃないのよ!私は王妃よ!高貴な女なのよおおお!」
狂ったように暴れまわって絶叫しているのを見ているとどこが高貴なのかしらとしか思えない。
自分たちを軟禁した王家の人が出ていくからと代表としてお父様も来ているけれど、わずかに「これはこれは…」と微笑みながらも呆れた顔をしている。
するとマーリンはお父様の姿を見つけると、コロッと表情と態度を変えて声をかけた。
「ねえ、ねえあなた、確かディーナ家の方よね?」
「はい、そうですが」
「私のことどう思う?」
「…はい?」
お父様は言っている意味がよく分らないとばかりに聞き返す。
「綺麗でしょ?可愛いでしょ?ね?」
「…ええ、まあ」
お世辞程度にお父様が頷くと、マーリンはニッコリ笑って兵士たちの腕を払いのけお父様に突き進もうとして、更に取り押さえられる。
「あなた私と結婚なさい。悪いようにはならなくてよ」
「私は結婚して妻も子供もおりますよ」
「知ってるわ、いいからその女と別れて私と結婚するって言いなさい!王妃の命令よ、今すぐ言いなさい!」
お父様がマーリンに迫られているのを間近で見て、あまりの気持ち悪さにゾワッとした。
この人本当にどこかおかしいんじゃない?結婚して子供もいるって分かってる人にこんなこと言う?
「お父様にやめて!」って怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいになるけど、今はまだ貴族姿のサードの手下として振る舞っているから、大勢の人々の前で、それも勇者一行なのを隠している中で止められもしない。
腹立たしい気持ちのままただただ睨みつける。
お父様は心底呆れたような顔をすると、微笑みながら返した。
「申し訳ない、私はもう妻と娘以外の女性は愛せませんので」
「じゃあ愛人でもいいわ。愛人として私を囲いなさい、ね?ね?どこに新居を立てる?そこで私を養うのよ」
「…」
何、この女…最低…。
どうあっても貴族であるお父様に囲ってもらって、城下町に追放されるのだけは避けたいわけ…。
色々言いたいことはあるけれど…こういう女性にはならないようにしよう。
マーリンはきっぱり断るスロヴァンを睨みつけている。でもわりかし後ろにいたサードに気づいたみたいで、
「ねえ…!」
と声をかけた。サードは微笑む。
「申し訳ありません、私はもう二十人の愛人が屋敷にいますのでこれ以上はちょっと」
周りの大臣や兵士たち、お父様もが「えっ!?」とサードを一斉に見るけれど、サードは貴族らしい微笑みを浮かべたまま堂々としている。
それが大嘘なのは私たちは知っているけれど、マーリンも固まってしまった。
でもすぐに動き出して、
「それくらいいるならもう一人ぐらい…増えたって…!」
と今度はサードに向かって突き進もうとする。
「お母様いい加減におやめください、恥ずかしい」
サブリナ様が顔をしかめながらやってくると、マーリンは憎らしい目をサブリナ様に向ける。
「お兄様は馬車に乗りました。早くお母様も馬車にお乗りくださいませ」
怒鳴り散らそうな気配がマーリンからしたけれど、ふっと口を閉じて、急にニコニコと笑顔になって猫なで声でサブリナ様に声をかけた。
「ねーえ、サナブリ、お母様が悪かったわ、だから、ね?これからも一緒にお城で暮らしましょう?あなたにも私の宝石を分けてあげる。私の綺麗な金と銀の刺繍のドレスで着飾ってあげる。これからあなたももっと可愛らしくなるのだからもっとキラキラしなきゃあ」
マーリンは、ね?ね?と懇願するように言っているけれど、サブリナ様はむしろ今の言葉でブチ切れた顔になってしまった。
「…こんな状況になってもまだそのようなお考えしか思いつかないのですね…!さっさと城下へどうぞ!お母様を連れて行きなさい、今すぐ!」
サブリナ様は怒鳴り付けると、プイ、と背を向けて足音も荒く立ち去って、喚くマーリンは兵士たちに引きずられてディアンも乗っている馬車に押し込められ、お城を後にした。
馬車の中で怒鳴り暴れまわり後ろの窓をガンガン叩きつけるマーリンを見送って、皆が大きい仕事を終えたかみたいな妙な気疲れを感じてため息をつく中、アレンはお城を振り返る。
「あとはファディアントだけか…」
そう、ファディアントだけはまだお城にいる。
サブリナ様をお母さんと勘違いしているあの幼児返りは治る気配がないのよね。
ずっとサブリナ様について回って、サブリナ様が居なくなると不安になるのか泣きだして探しまわっていて。
そんな状態の人を城下町に追放するのは流石に大臣たちも頷きかねたみたいで、状態が落ち着くまでお城の中に置くこととなったのよね。
そうやってマーリンとディアンを追放してから更に数日たった。
それでもファディアントの状態はやっぱり変わらないし、その間サブリナ様はファディアントに追いかけ回されて、つきまとわれて…かなり疲れてしまっているわ…。
「サブリナ様、お茶をどうぞ。皆様の分も用意しております、どうぞこちらの席へ」
使用人が声をかけてきたから、その場にいたサブリナ様、私、マリヴァンを抱っこしているお母様にガウリスが席につく。
サブリナ様は少女らしくないため息をつきながら渋い表情で額をマッサージするように押さえ、
「何と言いますか…あんなに嫌って嫌われていたお父様にここまで好かれるのは気持ち悪……。妙な心持ちです」
正直ウンザリ。
心底そう思ってるって、サブリナ様の顔が語っている。
そんなぼやくサブリナ様にお母様がお茶を飲み込んでから微笑んだ。
「けどあそこまで無邪気に慕ってくれるなんて可愛いじゃないですか。このマリヴァンと同じようなものですよ」
お母様が優しい手つきで膝の上のマリヴァンの頭をなでると、マリヴァンもそれは嬉しそうに笑って喜ぶ。
ああ、私の弟、ものすごく可愛い。
思わずデレッと表情が崩れるとサブリナ様もマリヴァンの嬉しそうな顔を見てほのかに微笑んで肩の強ばりが緩んだ。
でも父親にああやって付きまとわれたらウンザリする気持ちも分かるわ。
お母様は可愛いものじゃないですかって言っているけれど、実の娘なのに子供っぽくなった父親に「お母様」と慕われてつきまとわれるのは空恐ろしくて不気味だと思う。
私だって同じようにお父様につきまとわれたら不気味なものしか感じられないだろうって思うもの、いくら私がお父様のことが大好きであっても、それはやっぱり不気味だと思う。
そのせいかファディアントがサブリナ様をお母様と慕えば慕うほどにサブリナ様からは嫌悪感が高まってきているのよね。
幼児くらいに年齢が退行したファディアントはそれを敏感に察しているのかあの手この手でサブリナ様の気を引こうとしているけれど、そうやって関わられても迷惑だとばかりにサブリナ様は素っ気なくファディアントを言葉で追い払い、そそくさと背を向け逃げ出していく。
そんな冷淡な態度で去っていくサブリナ様を見送り、ポツンとその場に取り残されたファディアントは、その場にしゃがみ込んで背を丸めてメソメソと泣きべそをかいている。
そんな姿を見ていると何度も殺してやりたいと思っていたはずのファディアントが段々と可哀想になってしまって、サブリナ様ももう少し優しくしてあげてもいいんじゃないかしらと思うこともある。
それでもサブリナ様を悪くも言えやしないわ。
だって今までろくに家族の輪に入れないでいたのも、会話をしようとしても言っている意味が分からないって笑い追い払い怒っていたのはファディアントなんだもの。
何を今更という腹立だしい気持ち、急にそうやって慕われて関わられてもどう対応すればいいのか分からない、そんな気持ちなんだと思う。
黙り込み続けるサブリナ様に、お母様がそっと声をかける。
「とにかく可愛がって差し上げればよろしいではないですか。ファディアント様が今どのような心境なのかは分かりませんが、マリヴァンと同じくらいの年齢まで考えが退行してらっしゃるのなら、きっと母だというサブリナ様に無条件で愛されたいはずですよ」
「…」
それでもサブリナ様は何とも言えない顔つきで何も言わない。
お母様は一息ついて、諭すように続けた。
「失礼を承知で申し上げます、サブリナ様。あなたは今までご両親に無条件で愛されたことは無いものと思われます。今、変わった形であれあなたは無条件で親に愛されてます。
嫌な気持ちになるのも分かります、ですがその無条件の愛に応えて無条件で相手を愛してみてください。サブリナ様にはそれが必要だと私は思いますよ」
「…」
眉間にしわを寄せながらサブリナ様はティーカップの取っ手をもてあそんで、どこか憎らしい声を出した。
「簡単に言ってくれますね、アリア。あなたの言いたいことは頭では理解できています。しかし今までのことを思い出すと…何が無条件の愛ですか、あんな男に愛を傾けて何があるのですか、憎らしい!今まで私が家族の輪から爪はじきにされてどれだけ苦しんだことか…!」
ガウリスは飲んでいたティーカップをおろして、口を開く。
「サブリナさん、世の中には色々な方法の仕返しがあります」
サブリナ様はガウリスを見る。
「自分がやられたことをそっくりそのまま返す仕返しもあるでしょう、言葉で言い負かす仕返しもあり、あまりの怒りで殺人という仕返しに走る人もいるでしょう。そのような様々な仕返しの中で一番難しくも愛のある仕返しがあります、何だと思いますか?」
サブリナ様はしばらく黙って考えていたけれど、分からない、と軽く首を横に振ってギブアップの顔でガウリスを見た。
「相手を許すことです」
「…許す」
「難しいことです。今まで自分を傷つけ貶めてきた相手を許すなど簡単にできることではありありません。それでも、それは何にも勝る仕返しですよ」
サブリナ様は黙り込んで色々と考え込む顔をしているけれど、首をかしげながらガウリスを見た。
「…その考えは、よく理解できません」
サブリナ様の素直な言葉にガウリスは微笑んで頷く。
「それでいいのです、理解できないものは時が来たら自然と気づけるものです」
「お母様!」
ファディアントが肘で部屋の扉をバァンッと押し開けて中に駆けこんできた。サブリナ様はビクッと体を強ばらせて、いつでも逃げられるようにかわずかに腰を浮かしている。
そのサブリナ様の手を隣にいるお母様がそっと抑えつけて、サブリナ様は嫌な顔をしながらも渋々と椅子に座り直した。
ファディアントはスタタタとサブリナ様の隣まで駆け寄る。その両手は…何かを包み込んでいるような手つきで、
「お母様、お母様が気になっているの、捕まえました!」
と嬉しそうな声を出して、それでもとにかくサブリナ様が立ち去る前に興味を引こうと必死に早口で話しかけている。
でもサブリナ様は気持ち悪いとばかりの顔で最大限に椅子の端まで寄ってファディアントから身を離す。
「何ですか」
それ以上近寄らないでとばかりの態度と冷たい言葉…ファディアントが可哀想。
ファディアントも傷ついたような顔をしたけれど、それでもなおサブリナ様に近寄って、何かを包み込んでいるような両手をずいっと顔に近づけた。
「見てください」
ファディアントがゆっくりと手を広げる。
その手の上には、青と紫、黒と黄色という綺麗な色合いの蝶々が羽をハタハタと閉じたり開いたりしている。
…うん蝶々ね。
チラとサブリナ様を見ると、この蝶々が何か?とばかりの冷めた顔でファディアントを見返している。
そんなサブリナ様の顔を見て、興味が引かれていないと気づいたのかファディアントは慌てたように口を開いた。
「リノシオ蝶」
ファディアントはそう言って、なおも早口で続ける。
「これはリノシオ蝶という名前でした。前にお母様、これがもっと近くで見たいと、名前は何なのかと仰っていましたよね?私調べて捕まえたんです。リノシオ蝶は夏の盛りから少し過ぎたくらいにこの国を横断する蝶々で…あの時お母様がこの蝶々を気にしていたのも今くらいの時期だったんですよ!」
サブリナ様は何を言っているのかとばかりに首をかしげて言葉を返した。
「私はそんなもの気にしたことは一度もありませんよ」
ファディアントは首を大きく横に振る。
「いいえ!お母様は一度この蝶々のことで私に声をかけてきました!夏の暑いとき、裏庭を眺める渡り廊下で私のマントを引っ張り、あの蝶々は何という名前なのですか、綺麗だからもっと近くで見たい、捕まえてほしいとおっしゃいました!」
「…?」
サブリナ様は黙り込む。でも何かをふっと思いだしたような顔つきになって、目を見開いた。
次第に体が震えはじめて目を潤ませたサブリナ様は、口を押さえ、ウッと嗚咽を上げて涙をボロボロとこぼしていく。
「ど、どうなさったのですか?」
急に泣き出したサブリナ様に驚いて声をかけて近くに駆け寄り背中をさすると、サブリナ様は鼻をすすり、嗚咽を上げ続ける。
「そう、そうでした…!これ、この蝶々…私が四歳の頃、お父様に、あの綺麗な蝶々は何かと、もっと近くで見たいから捕まえてほしいと言ったことが、あったんです…!お、お父様は、虫の名前など自分で調べろと、見たいなら自分で捕まえろと、おっしゃって、その時はそれで、終わって…!」
サブリナ様は泣きながらファディアントを見る。
「もしかして、あんな些細なこと、覚えていたのですか…?私でさえ今の今まで忘れていたのに…」
ファディアントは急に泣きだしたサブリナ様に困惑した顔で、同じように泣きそうな顔でサブリナ様の涙をぬぐいながら頷いている。
「ずっと覚えてました。けどお母様に名前を知らないと言って冷めた目で失望されるのが、捕まえられなくてため息をつかれるのが怖かったんです」
ファディアントは不安そうな顔でサブリナ様を見た。
「あの頃にはもうお母様は私より口が達者になって私を言い負かすようになって…お前と話すのが怖かった、こんな幼い娘に国王の私が知識や言葉で負け見下されるなどあってならないと…。
…だが唯一あの時だけだったな、お前が大臣たちと同じ目線からではなくただの娘として私に話しかけてきたのは…」
そこまで言うとファディアントは、あれ?という混乱の顔でサブリナ様を見て、
「お母様…?あれ?娘…?サブリナ…?ファルナ…?」
混乱のまま少し考えこんだ顔つきになったけれど、ファディアントはサブリナ様を真っすぐ見て、大人しく手の上でゆっくりと羽を閉じては広げているリノシオ蝶に目を向ける。
「…あの時サブリナと一緒にこの蝶の名前を考えればよかった…」
ファディアントのその言葉にサブリナ様はクッと目頭を押さえて泣き続けた。
そしてそのまま、ファディアントを抱きしめた。




