ガウリスがキレた
ファディアントとマーリンが口汚く罵り合っている中、サードが懐から一枚の紙を取り出して二人をなだめる仕草をしながら近寄って行って、その紙を人差し指でさし、何かを説明している。
そこで罵り合いが終わったからアレンとガウリスが私とサブリナ様の耳から手を離した。
「先ほど申した薬は完全に治すものなのであれほどの値段になりますが、こちらの治療ですと日々の生活を送るうちに徐々に治していくもので、お値段も格段に安くこれほどになります、いかがでしょう」
サードは貴族らしい言葉使いでまるで商人のような値段交渉をしている。
貴族がそんな風に言うのはおかしいわよ。…って普通は思うでしょうけど、死ぬかもしれない病気にかかっていて頭が混乱しているのか、それとも全くおかしいとも思わないのか、全員がサードの言葉に耳を傾けている。
「流石だ…」
アレンが呟いた。
「最初に高い値段を聞かせておいて、次に少し安くした値段を聞かせてお買得に感じさせる…これは商人がよく使う物を売る時のテクニック…!」
商人としての血がうずくのかアレンは「やるな…!」と目を輝かせているわ。
そんな商人テクニックなんてろくに見たこともないし交渉事もろくにしたことがない(と思う)王家三人はこれしかないとばかりの顔で、
「じゃあこっちの治療を頼む」
って即決で頼んだ。
「で、その治療って、具体的にはどうするものなの?もしかして…あなたがじっくり治療してくれるとかぁ?」
マーリンはサードの腕にすり寄って胸を押しつけている…。
すぐ横に旦那がいて息子も娘も赤の他人もいるのに、普通そんなことする…?この人本当に何かしらの感情が欠けているんじゃないの?
ファディアントはそんなマーリンを憎らしい目つきで睨みつけているけれど、サードはそんなファディアントも、しがみついて胸を押しつけているマーリンすらも無視してマーリンの質問に答えた。
「最初は大変だと思いますが慣れるとそうでもありませんよ」
詳細を聞いていないけど三人ともホッとした顔をして、サードは三人に微笑んで続けた。
「まず朝は自分たちで朝食を作り食べて片付けます。八時半から肉体を動かす労働、十時から十五分ほど休憩。そして十二時まで働き、十二時から十三時まで休憩。
そこからは再び肉体を動かす労働、三時に十五分ほど休憩。そこから夕方五時まで労働。そのあとは自分たちで夕食を作り食べて片付け、夜の二十二時には就寝。週に二日は仕事をせず自由に休んでもよろしい。この生活を毎日続けていただきます」
サードの口から出てくる言葉に三人はポカンとした顔をする。
「まず城の主となると肉体労働とは無縁ですので、病気が治るまでこの城から出て肉体労働に従事してもらわなければなりませんね。後は今言ったような暮らしを毎日続けるうちに病気も治ります、どうです簡単でしょう」
「できるわけないだろ!」
「ふざけるな!」
「何を考えているの!」
サードに三人が一斉に文句をぶつけた。サードは全く微笑みを崩さないで、
「それならお一人金貨六百枚、しめて金貨千八百枚支払えると?」
と言い返す。
「私一人の分だけでもどうにかなるでしょ?ね~え~」
マーリンがぶりぶりと胸を揺らしてサードに甘えているけれど、サードはスッと離れてテーブルの上の宝石を手に取り、宝石の鑑定士かしらって体で宝石をじくり眺める。
「確かにこれは良いものでしょう。しかしこれと同じようなものが二百ほどあっても…せいぜい金貨三百五十から五百といったところですか。残念ながらお値段が足りません」
マーリンの顔は一気に青ざめて、サードに掴みかかる。
「この国の財源を全てあげる、だから私の分だけでも…!」
「お母様、この国の残りの財源は金貨五十枚程度です」
マーリンは、えっ、とサブリナ様に視線を移す。
サブリナ様は冷ややかにマーリンを見据えて、
「今現在市民から納められる税は全体のニ十%ほど。どうしてか分かりますか?ろくに住宅もなく働く環境もまともに与えられていないから税を納める余裕のない人が多いのです。
そのうち我が王家の一番の出費はお母様の宝石代に半分以上が占められています。そのことについて毒を盛られる前にも幾度もおっしゃいましたけどね、やはり全く理解しておりませんでしたの」
「なっ、何を言っているの、私が毒を盛るわけ、ないじゃない!」
慌てたようなその言葉にサブリナ様は少し口をつぐんで目を見開き、わずかに憎い顔でマーリンを見据える。
「なるほど、そうですか。私に毒を盛ったのはお父様ではなく、お母様でしたか」
流石に他人の私たちが居る前で毒を盛ったなんて話を続けられるのはたまったものじゃないとマーリンも感じたのか、顔を真っ赤にして腕を振り上げて足をダンダンと床に振り下ろす。
「馬鹿言わないで!盛ってないって言ってるじゃないの!勝手な話作ってんじゃないわよ!頭まだイカレてんじゃないのあんた!」
やってないとマーリンは言っているけれど、こうやってムキになって否定するのを見ると嘘をついているようにしか感じられない。
もうそんなことはどうでもいいとばかりにサブリナ様はキーキー喚いているマーリンから視線をずらしてファディアントを見た。
「毒を盛られるくらいならもう何も言うまいと何も言いませんでしたが、これ以上あなた方に任せていたら国が潰れます」
サブリナ様はファディアントに手の平を上にして腕を伸ばす。ファディアントはなんだとばかりにサブリナ様を睨み下ろした。
「お聞きになりましたでしょう、あなた方の病気を治す手立ては先ほどジリス様が申し上げました通りの生活をすることだけ。王の仕事はそのほとんどがデスクワークに近いもので肉体労働とは遠いもの。
それなら王としての業務は執行できませんので代わりに私が代行いたします。ですので王である証のハンコをくださいませ」
「ば…!馬鹿を言うな!」
ファディアントがサブリナ様の顔を引っぱたいた。
サブリナ様はよろけたけれど踏ん張って、ファディアントを睨みつける。
その顔を見たファディアントは余計に腹を立てたようでまた手を上げようとする…!ああもう我慢できない!一度ならず二度までもサブリナ様を引っぱたこうとしてんじゃないわよこのクソジジイが!
魔法を使ってファディアントをぶっ飛ばそうとすると、それより先にファディアントの胸倉を誰かが掴んで後ろに押しやった。
見るとサブリナ様の後ろにいたガウリス。
「一度ならずも二度までも、自身の腹立だしい気持ちで子を殴るとは何事ですか!」
急激に胸倉を掴まれファディアントもカッとなったのか、
「貴様!医者風情が王家の私にこのような…!」
文句を言うファディアントにガウリスは低くうなって手にギリッと力が入る。
「何が王家か!自分の子をろくに見ず、毒を盛り、それを笑い、侍女に監禁されても何も言わず名前すら憶えず腹が立ったら手を上げる!そんな貴様が国の頂点である王に恥じぬ人間だとでもいうのか!おこがましい、恥を知れ!」
ガウリスは太い腕に血管を浮かび上がらせファディアントを片手で高くねじ上げて、サブリナ様を横に押しやってファディアントを机の上に痛そうな音を出して叩きつける。
「ゴフッ」
息が詰まっているファディアントに向かってガウリスは拳を振り下ろす…!でもファディアントを殴らず、その顔の横のテーブルをドンッと殴りつけ…。
殴った所の分厚いテーブルの板が、その部分だけ穴が開いて破壊された。
ファディアントはギョッとして穴の空いたテーブル部分を見て、ひ、ひぃ、と顔を腕で覆い隠している。
ガウリスは二度手をブラブラと動かしてファディアントを見下ろしている。
「お、王の私を…殴るつもりか!」
震えながらもファディアントは怒鳴ると、ガウリスはただ静かに静かに…でも今まで聞いたことがない冷たい口調で語りかけた。
「これ以上の暴力を振るうつもりはありません。ただ酷く私は不快です、言動には気を付けて下さい。さあどうするのです、支払えもしない金を払い国を滅ぼすか、病気を治すためサブリナさんに王の証であるハンコを渡し城から出ていくか、今すぐ選んでください」
するとディアンがズイッと前に出た。
「何を言っている!ハンコを手に入れるのは次期王位継承者である俺…!」
ガウリスはサングラス越しにディアンを見て、それは低い声を出す。
「はい?」
どこの悪役なのかって姿のガウリスにすごまれたディアンはビクッと肩を揺らしてオドオドと視線を逸らして少しずつバックしていく。
…ガウリスが…キレた…。
サードみたいに怒鳴りはしない。でも怒りを押し殺してただ静かに怒っている…。怖い…。ガウリスがここまで怒ることなんて一度もなかったけど…怖い…怒りを向けられていない私も怖くて動けない…!
まるでサンシラ国の近衛隊長のジリスみたい。あくまでもゆったりした口調なのが余計に圧迫感と凄みになっているみたいな…。
すると、私の服がキュッと掴まれた。
ハッと顔を上げるとアレンも顔を強ばらせていて、強ばった姿勢で私の服の袖をかすかに掴んでいる。
…アレンも脅えてろくに動けないでいるわ…。
「…で?どうしますか、お選びください」
かすかに胸倉を掴んでいるガウリスの手がファディアントを持ち上げてはテーブルに頭を軽く叩きつけている。ト、ト、と軽やかな音が響くけど…怖…。軽い音なのが余計に怖…!
「…っ、ぁ、あ、わかった…分かった!」
ファディアントが脅えながら叫ぶのを聞いたガウリスは胸倉から手を離して、力の抜けたファディアントがズルズルと床に滑り落ちて、青い顔で唇を震わせている。
するとサードがガウリスに近寄って何かを耳打ちした。ガウリスはそれを聞いてサードが持っていた紙を受け取ってテーブルの上に置く。
「私の言う通りに文を書いていただけますか」
ファディアントは床にへたりこんだまま助けを求める目を部屋にいる全員に向けるけれど…私は知らないふりをした。怒っているガウリスは怖いけど…正直、いい気味。
サードを見ると優雅に微笑んだまま立っているだけで、ファジズも同じく微笑んでいるだけで、アレンはガウリスに脅えている。
マーリンも今何か喋って怒りの先が自分に向かってくるのを避けたいのか扇で口を隠してファディアントから視線を逸らしているし、ディアンは先ほどのガウリスの威圧に負けて涙目になっていて、サブリナ様もガウリスの怒りように女の子らしい脅えた顔でスカートを握りしめた状態で固まってしまっている。
誰もファディアントを助けようとしない。
ガウリスはファディアントの椅子をガ、と引いた。
「座って」
ファディアントは恐怖で泣きそうなのか激しく呼吸して、のたのたと立ち上がって椅子に座る。
「書いて」
ガウリスはファディアントの後ろから手を伸ばして机の上の紙をトントンと軽く叩く。その軽い音が誰も喋りもしないし音も立てない静かで張り詰めた部屋に響いて…怖い。
「ぺ、ペンがない…」
かすかな抵抗なのかファディアントがそう言うと、ガウリスは懐からペンを取り出してファディアントの前に放り投げた。
ペンがファディアントの前にコン、コロコロと転がって、ファディアントはビクッと体を揺らす。
ディアンと同じように涙目になりながらも、ファディアントは声を震わせて、
「こ、こんな安物のペンなど使えない…」
と抵抗しているけれど、ガウリスはファディアントの肩を包み込むくらいの大きい手をトンと乗せる。
「ご自分が何か選択ができる立場だと思っているのですか…?」
完全な脅しにファディアントは震える手を動かして、ペンを手に取る。
ガウリスは肩に手を乗せたまま続けた。
「『私エルボ国国王ファディアントは今日をもって引退し、次期国王にサブリナを指名することをここに誓う』そしてその脇に今日の日付と自身のフルネーム、そして王家のハンコの押印を」
ファディアントは目を見開いてグリンとガウリスに顔を向ける。
「な、な…、そんな、そんなこと書けない…」
「は?」
ガウリスの冷たい一言にファディアントは目を逸らし、かすかに体を震わせながら白紙を見ている。
「わ、私は…私は…」
ファディアントは段々と涙声になってきて、ヒッヒッと嗚咽を上げながら泣き始めた。
「私は、国王だぞ、この国で一番偉くて、偉い、王様だぞ、それなのに、こんな、ことして…え、うええええ…」
ファディアントはまるで小さい子供のように机に突っ伏して泣き始めた。
その姿をみたガウリスはスゥ…と怒りが引いたのか酷く罪悪感を感じる顔つきになって、私は今まで何て酷いことをしてしまったのか…と深く反省しているように見える。
でもその後ろにサードが回りこんでボソボソと、
「こいつらのせいでどれくらいの善良な国民が死んだと思う…?どれだけの女が金のために身を売る職業について死ぬ病気にかかってんだと思う…?お前が罪悪感を感じる必要なんてないんだぜ…お前は今この国の代表として怒ってんだ、分かるか…」
と囁いている。
サード、あなたガウリスを洗脳しようとでもしているの…?
ガウリスはともかく文を書かせようと、
「まずここに一筆お書きください、それだけ書けばこれ以上私たちも何もしませんから」
といつもの穏やかな口調で促すけれど、ファディアントは、えっえっ、と泣きながら顔を上げた。
「うるさいうるさい!誰が書くか!誰にも譲らん、私は死ぬまで国王でいるんだ!だれが女なんかに王位を譲るか!誰が、誰が!」
「しかしそれでは病気に侵され死んでしまいます」
「いやだぁ、いやだぁああ!」
もはや駄々っ子と化したファディアントはジタバタと椅子の上で暴れている。その様子をマーリンは心底愛想の尽きた顔で見ていて、ディアンもどこか失望の顔で見ていた。
「ご自分の命と地位、どちらがより大切ですか、お考えください」
「国王は命だ!命と言ったら国王だ、私はこの国の命だぁああ!」
ガウリスの言葉にファディアントは机の上に駄々っ子パンチを繰り広げて、ガウリスは困ったとばかりにサードを見る。
そうしてガウリスが顔を逸らした瞬間、ファディアントは、
「この、この医者風情がああああ!」
とペンを振り上げ泣きながらガウリスのストールを突いた。
「あ」
私、アレン、サードから声が漏れた。
そこは…触れてはならない逆鱗…。
ガウリスのキレ様は何を参考にしたって、「プーチン ペン」で検索したら一発で出てきますよ。
あと8時30分~17時就業で合間に15分休憩×2の週休二日制の肉体労働ですが。
「残業も休日出勤もなくて休憩もちゃんと取れるならホワイトじゃねえかよおお!」
と嘆く人はまだ居るんでしょうか。
これを最初にアップしたときはまだまだブラック多かったけど、書き直ししてる今はだいぶ労働基準が厳しくなってるからさ。
うちの会社まだブラックですって人はね、労働基準法チラつかせて会社を脅してもいいと思いますよ。今は昔の古い慣習をぶち壊す時代ですから。




