何て家庭崩壊した王家なの
ディアンはガタッと立ち上がって、泣きそうな青い顔のまま救いを求めるようにファジズにのローブにしがみつきながら膝をついた。
「治せるんだろう?なぁ、お前は名医なんだろう、大体のことは治せるんだろう!?だったらこのことだって治せるんだろう!?」
それでもファジズはゆっくりと残念な顔つきで横に頭を振る。
「最初に申し上げました通り…神の施したもの、魔族の施したものは人間の手に負えません…」
まだおかしそうに高笑いしているマーリンに次第にイライラとしてきたのか、ファディアントは椅子の肘置きに力任せにこぶしを叩きつけ、
「笑うな!これは国の一大事だぞ、跡継ぎが子を作れないとなればこの国は終わりだ!」
と頭を抱える。
するとマーリンはまだ笑いが収まらないようで肩を揺らしながら返した。
「だってあの子もいるじゃない、サナブリ。あの子に婿でも取ればいいじゃないの」
…サナブリ?ちょっと…それってまさか、サブリナ様のことを言っているの?
なんて人なの、娘の名前もろくにろくに憶えていないわけ?
「しかしサブマリンは頭があれだぞ、あんな女の婿になりたいだなんて奴がこの国の近辺にいるわけがない」
こっちの親もサブリナの名前をろくに覚えていないし、娘に向かって何て言いようなの。
「ふざけるのもいい加減にしてください!」
ディアンがファジズから向き直って、泣いている顔でマーリンとファディアントを指さした。
「次期王位継承者は俺です!子供ができない体だからって、あんなサブマシンガンに王位を譲るつもりですか!?」
…ここまでくるとわざと名前を間違えているでしょって思う。でも三人ともそれぞれサブリナ様らしき間違った名前を言っても特に否定も言い直しもしないまま、各自好き勝手なことを続ける。
「だって子供できないんだったらディアンに譲ってもしょうがないじゃない。国王と王妃なんて子供作ってなんぼなんだから」
「お母様、だからってあんなサブマシンガンに王位を譲るなんて…!」
「そんなことより私の体のことだ!本当に元に戻らないのか!?」
「そんなことってお父様、俺の王位継承権より自分の体ですか!」
「当たり前だ!そもそもお前が女にうつつを抜かすからこうなるんだ!」
「人のせいばかりにして!お父様だってあの女の魔族にうつつを抜かしたんでしょうが!」
「貴様、国王の私に向かって…!」
「それを言うなら俺だって次期国王だ!」
ファディアントとディアンがどこの子供の喧嘩だとばかりの駄々っ子パンチの応酬を繰り広げている…魔導士が多くいる国の頂点にいる王家なのに…魔法も使わないでの駄々っ子パンチ…。
呆れすぎて怒りも湧かない。
それに喧嘩している親子を見ても妻で母親のマーリンは別の方向を見て我関せずの顔でいる。もう今の話題に飽きたのかもしれない。
「お父様、お母様、お兄様、恥ずかしいのでそろそろおやめになっていただけませんか」
入口から聞こえて来た声に部屋の中の全員が視線を移す。入口にはサブリナ様が私と同じような呆れた目つきでファディアントたちを見ていた。
「サナブリ…?」
「サブマリン…?」
「サブマシンガン…?」
熱で頭がやられているはずのサブリナ様がしっかり話しているのに驚いたのか、三人はサブリナ様を凝視している。
サブリナ様は部屋の中にツカツカと入ってきて私たちに向かってチョイとスカートの端をつまみ上げ軽く挨拶をしてから、三人の近くまで歩いていく。
「本当は成り行きを見ているだけに留めようと思ったのですが、あまりにも客人の前で一国の王家らしからぬ恥ずかしい言動を繰り返すので黙っていられませんでした。王家としての誇りと威厳は持っておられないのですか?」
その言葉に三人はムッとした顔でサブリナ様を睨む。
「お前はそうだ、昔からそのように国王である私を馬鹿にする言動を繰り返して逆らおうとする…!」
憎々しい目で睨みつけるファディアントに、サブリナ様はツン、と顔を上げて見返す。
「馬鹿にしているのではありませんし逆らってもいません。ただ国王らしくあれと注意を繰り返していたのでございます」
ファディアントは余計に怒り出した。
「そのような態度が馬鹿にしているというのだ!」
「ご自身のことで何か言われて怒るのなら、本当のことを言われていると薄々気づいておいでなのでは?」
「何を馬鹿な!」
「馬鹿にしているつもりはありません、ご自身が勝手にそう思っているだけです」
「だからそのような態度が馬鹿にしていると…!」
「馬鹿という言葉しか使えないルールでもお持ちなのですか?他の言葉を使用してくださいませ、他に使える言葉があるのならですが」
これは…サブリナ様の一方的な言葉での攻撃だわ…。
ファディアントは顔を真っ赤にして怒りでピクピクと口端を歪ませると、サブリナ様に向かって腕を振り上げた。
するとすぐさまサードが前に出てその振り上げた腕を掴みあげて止める。
「何をなさいます、暴力はいけません」
ファディアントは腕を振り回してサードの腕を振り抜いた。
「これは折檻だ!教育だ!国王を馬鹿にする馬鹿な娘の性根を叩き直してやるのだ!」
「折檻で、教育ですか」
「そうだ、分かったら邪魔するな!」
「ではあなたの娘の名前ははなんだと?」
ファディアントは一瞬言い淀んで目をずらしたが、
「サブマリンだ」
と胸を逸らしサードを睨みつけるように言う。サードは困ったように微笑む。
「あなたの娘の名はサブリナですよ」
ファディアントは一瞬「あれ?」という顔つきで動きが止まると、マーリンが後ろから声をかける。
「あなた、サナブリには私の名前じゃなくてあなたのお母様の名前から取って与えるって言ってたじゃない。サバンナじゃなかった?あなたのお母様ってぇ」
そこで娘の名前を間違っているのに気づいたらしいファディアントは「あ」という顔付きになって、
「お母様は…ファルナだ、マーリン」
と母親の名前を正しながらもサードを睨みつける。
「ただそれがなんだ、私が娘をどう呼ぼうが貴様に関係なかろう」
「…名前すらろくに憶えていないのに娘とは…いやはやいやはや…」
なんだとばかりにファディアントは身を乗り出すけれど、サードは落ち着いてとばかりに手を動かす。
「ちなみに私がネーブルをお呼びしたのは、マーリン様を見てからなんです」
「私?」
もうこの場にほとんど飽きていたマーリンはサードに名前を呼ばれて嬉しそうな顔になる。
「ええ。ご自身は関係ないと思っていらっしゃるようですが、あなたにも病魔の気がありましたから」
病魔の気と言われてマーリンは一瞬目を丸くして顔を青くなったけれど、それでもそんなに体の具合も悪くないしと思ったのか不思議そうな顔をしている。
サードはマーリンを見てからファディアントに視線を移した。
「これは夫婦間でいざこざの起きる繊細な話かと思いましたのでどう切り出そうと思っていたのですが…お二人とも互いに別の人を相手になさっていたのを前提でお話ししてもよろしいでしょうか?」
ファディアントはイラッとした顔でサードに掴みかかろうとするけれど、マーリンは、
「いいわよ、別に」
とケロリとした顔で続きを促す。
ファディアントはマーリンを憎いとも、どうしてと問いかける悲し気な顔で見ているけれど…あなたも他の女の人を相手にしていたんだからそんな顔するのおかしいじゃないの。
自分は他の女の人と遊ぶのに奥さんが同じことをしているのは許せないって、それどんな心情?全く理解できない。
この城にディアンの嫁として来なくて本当に良かった、サブリナ様はともかくこの三人が新しい家族になっていたかもしれないと思うとゾッとするわ。
サードはファディアントの前まで歩み寄って、
「私もネーブルの元で医術を学んでおります。少々ご尊顔を拝見してもよろしいでしょうか?」
と声をかける。
「顔?顔がなんだ」
と聞いている。
「マーリン様と同じご病状かどうかの確認でございます。失礼」
サードはファディアントの顔を触って、右に左にと顔を動かして、髪の毛の生え際をもう少しかき上げてよく見ている。
…前にマーリンに迫られた時も同じように顔を動かしてようなことをしていたような…と思っていると、サードはディアンにも向き直る。
「あなたのご尊顔も拝見しても?」
ディアンは嫌そうな顔つきになる。
男に顔をベタベタと触られたくないという顔つきをしている。でもファジズが、
「このジリスの病気の発見の早さには私も舌を巻くほどで…」
と言うから、かなり嫌そうな顔つきで近寄ってきた。サードは同じようにして顔や髪の毛の生え際を見ると、ふむ、と頷く。
「やはり『そう毒』ですね」
「そう毒?」
思わず私の口が勝手に開いてしまって、慌てて口をふさぎながら、
「そう毒ね、そう毒」
と早口でまくし立ててあとは口を閉じた。
誤魔化せたかしら。…ああ、王家の三人はサードの言葉に真剣になってて私の言葉なんて聞いてないわ。良かった。
「毒…!?それは…どのような病気だ…?」
ファディアントは毒の言葉に思ったよりヤバい病気なのではと思ったみたいで、顔を青くしてサードを見ている。
サードは「ご愁傷様です」とでも言いだしそうな雰囲気でかすかに微笑みを沈めて黙り込んでしまった。
その様子を見て不安になったのか、マーリンがサードにすごい勢いで掴みかかる。
「それって何なの、どういうものなの、男だけがかかる病気じゃないの」
「いいえ、これは男女ともにかかる…」
サードはそこで少し口を閉じて、ゆっくりと続けた。
「性病です」
「…」
性病との言葉に思い当たる節が多すぎる三人が黙り込む。
「マーリン様に以前ご挨拶しましたとき、化粧のしていない髪の生え際などに赤い斑点がありました。私の元暮らしていた所…娼館のようなところで働いている者やそこに赴いた者にも同じ斑点がありましたのでもしやと思い…」
サードはファディアントとディアンを見る。
「どこでどのように感染したのかはともかく、この国では四年前の戦争で働き口の無くなった女性たちの多くは、金欲しさで春を売る職業に身を投じています。
そうなれば戦争後の場の整っていない劣悪な環境下などでそのような病気にかかる女性たちも多いものかと想像できます。そのような所に赴いたことなどはありませんか?」
…思えばファディアントとディアンは高級娼館によく行っていたのよね…。
…あれ、もしかしてサードがディアンに高級娼館に連れて行ってやるって言われて断っていたのって、ディアンの顔を近くで見た時すでにディアンがそう毒の病気にかかっているのを察したから?
そうしてサードはファディアントも高級娼館に行っているのかってトーフォルに聞いて、同じ病気にかかっているかどうか確認するためにマーリンに迫られた時、顔を左右に動かして髪の毛の生え際を見て確認していた…?
そこでふとある考えにたどり着いた私は、ゾッとして体が震えた。
だってそうじゃない。もしディアンの嫁としてここに来ていたら…今ごろ私もディアンを通じてその病気になっていたんだから。
するとマーリンは顔を青ざめて唇をふるわせて、手に持っていた扇でファディアントを叩き始めた。
「あなたが!あなたがそんな所に行ったから私だってこんな病気になっちゃったんじゃないのよ!」
「わ、私だけのせいにするな!お前だって他の男からその病気をうつされたのではないのか!?」
マーリンの扇の攻撃を腕で防ぎながらファディアントも言い返すと、マーリンの扇の攻撃がもっと激しくなる。
「私のせいだとでもいうの!?」
「お前のせいかもしれないだろう!」
サブリナ様は、ハァ、とため息をついて、
「こんなのと血が繋がっているだなんて考えたくもありませんわね」
と呟いた。
そんな両親にわき目もふらず、ディアンはサードにすがるように掴みかかる。
「そ、その病気は…どういう病気なんだ?分かるんだろう?」
サードは少し考え込むように黙り込み、思い出すような素振りをしながら口を開く。
「…次第に顔が崩れ、鼻や耳は削げ落ち、最終的には意識も朦朧として死に至ると聞いております。その亡骸をみたこともありますが…この病気にはかかりたくないと思えるようなものでした…」
性病にかかっている三人は恐怖で黙り込んだけれど、マーリンはふとファジズに目を移して、
「あ、ああけど、この病気なら治せるはずよね?神様と魔族が関わってないなら。ね、ね!」
と昔から仲のいい友達とばかりに近寄って掴みかかった。
「ええ。魔族が関わっているので性的不能は無理ですがそちらの病気ならば」
それでもファジズは難しい顔をして渋い声を出す。
「しかし一つ難点が…」
「何、何なの?お金?お金?」
ファジズは少し口ごもり、
「そうでございます。希少な物でございますし、滅多に手に入らない薬草などを使い、半年もの間寝ずの番をして交替して作り数年ほど寝かせてと、複雑な工程を経ているもので」
「なに、どれくらい必要なの、これでどうなの」
マーリンは人さし指にはめていた指輪を全て取ってテーブルの上に置いた。ファジズはチラと見て、首を横に振る。
「足りません」
「じゃあこれで」
「いいえ、これでも足りません」
「じゃあこれで…」
その繰り返しをしてマーリンから宝石が全て外れてテーブルの上にこんもりと宝石の山ができたというのに、ファジズは首を横に振り続けている。
マーリンはイライラして、
「なにそれ、これくらいあれば大体の物が買えるはずよ!ふざけないで!」
と怒りだて、なだめるようにファジズはマーリンを見上げる。
「王妃様、私が若いころに同じ薬をお買い求めになったお方がおりました。その方もあなた様方のような王家でございましたが、その薬を買うために城を滅ぼしました。それはそれほどまでに高いものなのでございます」
マーリンはブレ切れたように顔を怒りでピクピクと動かしたが、それでも思い直したように猫なで声になった。
「それって、いくらぐらいするものなの?」
「一つ金貨六百枚」
え、えええ!?
だだだだって、金貨一枚あれば一般家庭が半年余裕で過ごせる金額よ?
それにラグナスがロドディアスの古城を攻略するために渡してきた金額は金貨五十枚。それだってアレンとサードが怪しい仕事じゃないかって疑うくらいの破格の値段だった。
それなのに、金貨、六百枚…!?ちょっと吹っ掛けすぎじゃないの?
「きんかろっぴゃくまい…払うわ!」
マーリンは一瞬動きが止まったけど、キッとファジズを見返して言い切る。
えええええ!?払えるの!?そんな即決で払えるの!?まさかそんなにお金を宝石に使ってきたわけこの人…?
驚いてマーリンを見るけれど、マーリンからしてみてもあり得ない金額だったのか、どこか意識が飛んでいるように独り言を呟いている。
「あっちの私の宝石蔵の…あれ全部売れば私の分ぐらい買える…買えるわ!」
「待て!自分一人だけ薬を得るつもりか!大体にしてあれは私の金で買ってやったものだろう!」
ファディアントがマーリンの肩を掴んで無理やり振り向かせると、マーリンは睨んだ。
「あれ全部私のためにって買ってくださったんでしょ?ってことは私の手の内に入った瞬間からあれは私の物よ!」
ファディアントはもう我慢の限界とばかりに目を吊り上げた。
「なんだと、このあばずれ!」
「はぁ!?何よこのイン〇*▼×」
マーリンが怒鳴ったタイミングでアレンが私の耳をふさいだ。
耳をふさがれたから何を言っているのか聞き取れないけれど、王族らしくない罵り合いをしているんでしょうねとは思う。
見るとガウリスもいつの間にかサブリナ様の後ろに回って耳をしっかりふさいでいるわ。
…そんなに聞かせられない言葉を使っているの…?王家なのに…。
サブリナ=エルボ国第一王女
サナブリ=早苗饗、田植えが終わって田の神を送る祭り
サブマリン=水中でも動ける船舶、潜水艦
サブマシンガン=フルオートで射撃可能な拳銃、短機関銃
サバンナ=明瞭な乾季をもつ熱帯・亜熱帯地方にみられる草原
そう毒=梅毒。歴史上一定の周期で猛威をふるい現代にもしぶとく残る性病。昔は死ぬ病気だったが今では治る病気なので心当たりのある人は早めにお医者さんを頼ろう




