謎の黒い騎士
扉の木片や取っ手の鉄部分がスローモーションで辺りに飛び散って、とっさに顔を腕で覆った。
でもすぐさま腕越しに目を向けると、目の前には骨だけの…馬?が前足を振り上げているのが見え、その馬には黒い甲冑姿の騎士がまたがり槍を振り上げているのが見える。
黒い騎士は人数を確認するように首をかすかに動かした。
そんな黒い騎士の死角に偶然いたサードは目に止まらないスピードで肩に向け聖剣でヒュォンッと斬りかかる。でも黒い騎士は後ろも見ず丸みのある盾でうまく弾く…けど、それでも聖剣で盾は真っ二つに斬られ、騎士の手甲も薄く切り飛ばした。
黒い騎士は驚いたように振り返りすぐさま槍を短く持ち構え、空気を貫く音を出しながらサードの額に切っ先を突き刺そうとする。
体勢的に黒い騎士は馬から落ちそうなほど後ろを向いているけど、馬のあばら骨に足を引っ掛けて落ちないようにしていて…。
見ていて違和感を感じた。
だっておかしいわ。
今まで遭遇してきた騎士型モンスターはあくまでも操られているかのような…とにかく決められた動きで進んで攻撃するってだけで自分の判断で考えて動くような意思は感じられなかった。
でも目の前の黒い騎士は扉を破壊しながら出てきてすぐ敵は何人かと確認したように見えたし、今も盾を斬られて驚いたようにみえて、しかも相手を確実に仕留めようと柔軟に動いている…!
「サード!その騎士、中は空洞じゃない!多分中に何かいる!」
「知ってる!」
黒い騎士の槍を避けたサードはカウンターで斬りかかったけど、黒い騎士は馬の上を軽々と向き直りながらサードの剣を避けて、槍を振り回し片手でサードの頭を狙い振り下ろした。
ビュッと空を切る音と共にサードの鼻面先を槍先がかすめていく。
その間に私は少し離れて、黒い騎士に向かって魔法を発動させてドンッと鋭い風を放った。
狭く窓もほとんどない通路の中を鋭い突風が黒い騎士に向かう。
音を聞き付けたのか黒い騎士は槍を上に軽く掲げると、槍の周りにヒョオオ…と風が起き始めて、私に向かってドッと放たれた。
私の鋭い風と黒い騎士の放った強風がぶつかり合って、その衝撃で目も開けられないほどの突風が通路の中を駆け抜けて後ろに大きく吹き飛ばされ、湿った床に打ちつけられながらゴロゴロと転がってようやく止まる。
「魔法も使うのかよ!」
アレンの声が風鳴りの奥でかすかに聞こえて慌てて起き上がると、ほぼ目の前に槍を構え突進してくる黒い騎士の姿が映った。
「…!」
私でも今の状況はとてもヤバいものだというのはよく分かる。
骨だけの馬が突進してくるこの速さで体に槍を突き立てられたら、いくら質が良くて防御に優れている装備でもどうなるか…!
私は自分の体に来る衝撃を考え、目を閉じて歯を食いしばった。でも攻撃を防ごうとする条件反射で体を守るように腕は前に出る…。
「邪魔だ!どけ女ぁ!」
黒い騎士はそう叫びながら足を上げて私の肩を蹴りつけてきた。馬が突進するスピードで蹴られた衝撃で数メートルほど弾き飛ばされて壁に思いっきり叩きつけられて「んぐう!」と息がつまったうめきが漏れる。
そのまま黒い騎士は中ボスのいた部屋の扉を同じように槍で突き破り、蹄の音を響かせ去っていった。
「エリー大丈夫か!」
アレンがすぐさま駆け寄ってきて私を助け起こしてくれる。
「痛い…けど体は大丈夫…」
ジンジンと痛みは走り続けているけど、動けないほどじゃない。
けど生身だったらどうなっていたのか分からないわ。あの速度と鎧の強度で蹴とばされたら肩の骨が粉砕されていたんじゃないの?
「どんくせぇ…」
遠くでサードが小さく呟いてため息をついているのが聞こえて、ムッと睨みつけた。
下手したら槍で死んでいたかもしれない間際をどんくさいと言われる筋合いはない。むしろ心配するとかできないの、あいつ。
だけど…。
私は破られた後ろの扉を見やる。
あの状況なら確実に私は刺されていてもおかしくなかったのに、なのにあの黒い騎士はどうして蹴とばす程度でさっさと去っていったのかしら…。
「けどやっぱり中に誰か入ってたな」
私を支えながら塔に続く扉へと歩いて行くアレンはそう言いながらふと思いついたように続ける。
「俺今思ったんだけどさ、今の黒い騎士ってランディって魔族と声似てなかったか?あの叫んでるような話し方とか声色とか」
「知らねえ興味ねえ」
サードは心底興味が無さそうに言うと破壊された扉から塔の内部を覗きこんで確認する。
同じように覗いてみると、そこには人一人が通るのがやっとの狭さの通路があって、両脇には高い壁が立ちはだかっているわ。
「何か…明らかに罠っぽい」
そういう罠を見抜く能力なんて持ってない私でもここはあんまり通りたくない。するとアレンも分析するようにウンウン頷いて、
「だなぁ。一人ずつしか通れないし、ここまで来た敵を上から弓矢で狙い撃ちってところかな」
「上…か」
サードはそう言うなり軽くジャンプしながら壁をトンと蹴り飛ばし、更に反対側の壁をトンと蹴り飛ばしながらあっという間に壁の上まであがっていってしまった。
一般的な鎧より軽いからって、鎧込みでよくあんな芸当ができるものだわ。
上まで登り切ったサードは辺りを見渡すと、すぐさま私たちを見下ろし指を動かしてきた。
「何もいねえ。来い」
「『来い』じゃないのよ、サードみたいに登れるわけないでしょ馬鹿言わないで」
文句を言うとサードもイラッとした表情をみせて何か言おうとしたけれど、すぐさまアレンが通路の向こうを指さし私の背中を軽く押しながら促す。
「マップだとあっちに階段あるから行こうぜ」
私もサードもまだ文句を言い足りないって感じだけどアレンに背中を押されるがまま奥に押しやられてうやむやと口を閉じた。
アレンと横並びになりながら進んで、階段を上り始めると少し落ち着いてきたから、さっきから思っていたことをポツリと漏らした。
「ねえ、中ボスであの強さなんだから、ここのラスボスってすごく強いのよね」
騎士型のモンスターは楽に対応できた。でも中ボスのランディは今まで出会って来た魔族よりはるかに強かったわ。その更に上の存在ってなると…。
「何言ってんだ」
階段を上がりきるとサードが腕を組んで偉そうに待ち構えながら馬鹿にするように言ってくる。
「どんな輩だろうがぶっ潰しゃあいいんだ。そんで初回限定のお宝をとる。そんでラグナスっつーオッサンから金目のもんをとる。それだけだ」
サードがとると言うと脳内で勝手に「盗る」にしか変換されない。
それにラグナスは可愛らしい女の子なのに勝手におじさんだと思っているし。まあいいけど…。
階段を上がった周辺を見回すとそこには広い空間が広がっていて、がれきや色々な木箱が散乱している。
「ここには何もいないのね。広い部屋なのに」
これだけの広さなんだから敵が待ち構えてもおかしくなさそうなのに、というニュアンスで呟くとアレンはアハハと笑った。
「もしかしてさっきの黒い騎士がスタンバイしてたんだけど、俺らがあの水っぽいモンスターに気を取られて中々来ないからランディみたいに待ちきれなくて飛び出してきたのかもよ」
「けどその割に邪魔だとか言いながらあっという間にお城の方に行っちゃったけどね」
「なー。何だったんだろ」
思い返すたびに不思議。
あの動きから察するに結構な強さを持つ相手だというのは分かるけど、結局何のために現れたのかさっぱり分からないもの。
「…お」
サードが立ち止まるからアレンと私も立ち止まる。
サードの目線の先には窓があって、その窓からさっきまでいたお城が見える。その壁は私の魔法で捻じ曲げぶつけた滝の水で全体的に濡れていて、屋根から壁の一部は破壊されている。
「いやー、中々の破壊っぷりだなぁ。勢いすごかったもんなぁ」
アレンは壮観な物をみるような感想を言ってるけど、サードはなおも窓から外をジッと見ている。
そんなに凝視するほどの何かがあるかしらと私もシゲシゲとサードの見ているほうを眺めるけれど、お城が破壊されている以外そんなに変わったものは見当たらない。
でもサードは何か考え込む顔で黙って見続けているから気になって、声をかけた。
「どうしたの、何かあるの?」
声をかけると、サードは私をチラと見ながら壁に向かって指さす。
「あれ見えるだろ。壁の白いの」
白いのと言われて窓際に寄って壁を見る。壁は白くない。壁は灰色。
でもよくよく目を凝らすと、灰色に何か点々と白っぽいものが見えた。
「あれって…」
「さっきの水っぽいモンスターじゃないか?」
隣に並んで眺めていたアレンも目を凝らしながら私の言葉に続けて言う。
「だろうな。で、だ。あっち見てみろ」
サードの言うほうを見てみると、塔の日陰になっている所。そっちには白い点々は見当たらない。
「動いてるだろ?」
「…え」
サードはこともなげに言うけど、私はそこまで視力が良くない。っていうよりサードの視力が無駄に良すぎるのよ。
「じゃあ日向にいるあそこら辺のは死んでて、あっちの日陰にいるのは生きてるってことか」
確認するようにアレンが聞くとサードは頷く。
「やっぱり体の大部分は水なんだな。だから日向の石材に張り付いたのは干上がって死んだ。多分あっちの日陰にいるのもそのうち乾燥して死ぬだろ」
「さっきあのモンスターのこと考えてる暇はないって言ってたくせに…」
何よ自分のことは棚上げしてという気持ちで小さく文句を言うと、サードは窓の外から目を逸らさずにポツリと言う。
「もしあれを水と一緒に飲んじまったらどうなるだろうなあ?」
「…え?」
サードを見る。
「毒性の無いスライムでも食っちまったら腹が壊れるんだろ?あれが水ん中にいたら気づかねえで飲んじまうよな」
私とアレンは同じタイミングで顔を見合わせ、すぐさまサードを向いた。
「まさかあれが体の具合を悪くする毒の原因…!?」
「ってことは本当にモンスターだったのか!?」
「かもなって話だ。人に食わせたら一発で分かる、戻ったら布の袋にいれたやつ看護長に喰わせてやろうぜ」
ケケ、と笑っているから冗談なんでしょうけど、サードが言うと本当にやりそうだから冗談に聞こえないのよね。こいつやるって言ったら大体本当にやるから。
サードは窓を離れて歩きだした。
向かう先の薄暗い奥には扉がある。この古城に入ってから何度も扉の奥からモンスターやら魔族やらが飛び出してきてたから用心しながら近寄って、音を確認しつつそっと開いた。
でも見えたのは円形の塔を上がるためのらせん階段、今の所は敵も待ち構えて居なさそう。
「ここから先はスライムの塔と同じ造りなのかしら。階段を上がってフロアっていう…」
「いや、あんなに単純な造りじゃないぜ。この塔は籠城用っぽいから部屋が結構あるんだよ。この塔が最後の要みたいだからスライムの塔より結構複雑かな。
さっきの長い空中回廊もこっちに避難したら壊して敵が来れないようにする仕組みだったんだと思うし。今でもあの通路が残ってるってことはここまで攻め込まれたことは無かったんだろうけど」
なるほど…色々と考えて造られてるのねと頷きながら、階段を上がっていく二人の後ろをついていく。
途中、らせん階段を登っていると先に進ませないとばかりの大きい盾を持った騎士型モンスターが立ちはだかるように現れズンズン猛スピードで駆けてきて階段を落とそうとしてきたり、階段のわずか上から一つの小隊並みの多さの騎士が一斉に弓を構え射撃してきたりと城の中より格段にモンスターの数が多く、本格的にこちらを殺す勢いで妨害するようになってきた。
うん、まあ、お城の中のモンスターだって殺す勢いだったんでしょうけど…それでも中ボスのランディを考えるとこの塔に現れる騎士型のモンスターたちはあまりに弱いわ。
もちろんサードの聖剣と私の魔法があるからこそ弱いと感じるのかもしれないのはあるけど。
「…あの黒い騎士みたいなモンスターは出てこないわね」
もしかしたらあの黒い騎士みたいに自分の意思で攻撃してくるモンスターが現れるかもと警戒していた。でも倒す騎士の全ては中身は空洞で、やっぱり決まった動きで攻撃しているように思える。
じゃああの黒い騎士は一体何だったのかしら、謎だわ…。
どこかの博物館でレプリカの陣笠などが被れる所があり、陣笠とても似合うと家族に褒められました。
その流れで江戸時代の役人が被る平たい黒い被り物を被ったら、似合わないと言われました。
陣笠って基本的に雑兵が被るものなんですよね。そして役人の被り物が似合わないということは・・・私は下っ端がお似合いってこと。。。もうマヂ無理、出陣しよ。。。




