何ていう方法を取ったの
やや小さめだけど一つ一つの調度品は随分と値の張っていそうな物でビカビカと光輝いている部屋の中。
「…で、そこの…。あー…」
やつれた顔で落ち着きなくイライラしているファディアントがサードを指差しながら声をかけて、サードは貴族らしい微笑みを返す。
「ジリスと申します、ファディアント王」
「ああ、ジリスな、ジリス。それでお前の隣にいるのが…」
とサードの隣にいるローブをまとった老女を指差す。サードの隣にいる老女はゆったりした動きと口調で、
「お初にお目にかかります、私はネーブルと申すもので、主に人の体に作用する魔術を専攻しておりまして、それと共に医術を学び人の体を直す仕事を…ああ、医者をしております。そうしてジリス様の御呼びかけで王家の皆々様のお体の診察ということで…」
「説明は良い」
ゆっくりとした長い話にイライラしたのかファディアントが遮る。
サードの隣にいるその老女は、変化したファジズ。サードの言っていた名医の魔導士の役割はファジズが受け持った。
「お前らはどう変装しようが名医の魔導士に見えねえんだよ」
ってサードに言われたから。…私は魔導士なのに…。
ともかく私たちはサードの護衛の立場で透明にならず変装した姿で壁際に控えている状態。
だけど、と私は部屋の中に揃って座っているファディアント、ディアン、それと扇で顔を隠しながらサードへバチバチとウィンクを繰り返しているマーリンを見る。
この三人はファジズにキスされて性転換したんだと思っていたけれど、実際は三人とも元の性別のまま。
だとしたらサードとファジズは二人でお城に潜入した時、何をしたのかしら…。
私がそう思っているとファディアントはじろじろとファジズを疑わしそうに見ている。
「信用できるのだろうな、そのババアは?今にももうろくして死にそうではないか」
わざわざ遠い国からここまで来た医者相手に何て失礼な…。まあ医者でも何でもないけれど、あまりに失礼だわ。
私はファディアントの失礼な態度にイライラするけれど、ファジズは微笑みを崩さないままニコニコ微笑んでいて、サードが一歩前に出てファジズに手を向ける。
「このネーブルは私の知る限り一番の魔術と医術の心得を持っているお方でございますよ、ファディアント王」
そう言いながらファジズの肩にそっと手を乗せ、
「なんせ今まで診てきた患者の中で治らなかった者はいないとすら言われるほどの腕前なのです」
サードの言葉にファジズは、まあ、と驚いた声を出しながら首を横に振る。
「嘘を言ってはいけませんよジリス様、私とて及ばないものはございます。一つに神の施したもの、もう一つは魔族の施したもの。これは人の手には負えるものではございません」
ファジズはあくまでも謙虚にゆっくり返している。
ファジズも人間界に一人で来て魔族だとバレたら殺されるかもしれない中を百年生き抜いてきたからか、サードと同じくらい別人になりきってサードの嘘に喰らいついて会話を成立させているわ。
思えばファジズは二人の人間に変化してサードすらも途中まで騙していたんだもの、これくらい余裕なのかもね。
「なら大体のことは治せるのだな?」
ファディアントから明るい希望に満ちた声が出て、イライラとしていた顔が引っ込む。見るとディアンもホッとした顔つきでファジズを見ている。
ファジズはゆっくりと頷いて、
「まずはどのようなご病状かお教え願えますか」
すると途端にファディアントとディアンの表情が微妙なものになって、お互いに口をつぐんでしまった。
二人はマーリンと、それとファジズ以外の私たちにも目を向けてきて嫌そうな顔になっている…。
「…人払いを…」
「あらぁ、私の前じゃそんなに話しにくい?内容は知ってるんだし家族のことなんだからいいじゃないの」
マーリンが扇でハタハタと顔を扇ぎながら言うと、ファディアントは更に微妙な顔になって、サードと私たちに目を向けてきた。
「ならネーブル以外のお前らは別室に移動しろ、これは王家のプライベート…」
「ああいえファディアント王」
ファジズがゆっくりとファディアントに話しかける。
「ジリス様は貴族ですが奇特な方で私に弟子入りしております。ですから彼も立派な医師でございます」
「ならジリス以外の三人を…」
「あの三人は私の元から独り立ちした弟子共でございます。ファディアント王という高貴なお方を診るのですから私一人で何かあったらいけませんで、こうしてわざわざ呼びつけたのでございます。弟子とはいえ腕は私が認めた一流のもの、どうぞこの部屋に居る許可を」
本当にファジズもサードと同じくらい嘘をつくわね…。
ともかく全員が医者だってファディアントは納得したみたいだけど、それでもどこか話しにくそうにしていて何も言わない。
それにディアンもこんな大人数の前で言わないといけないのかと言い出すのを渋っているような感じだわ。
「それで、ご病状というのは」
ファジズはもう一度聞くけれど、二人とも本当に言いにくい顔で…沈黙が部屋の中に訪れる。
するとハタハタと扇を揺らしていたマーリンが面倒臭そうな顔をして、
「それがねえ、たたなくなっちゃったのよぉ」
とファジズに向かって言う。
「マーリン…!」
ファディアントが慌てて押し止めるように言うけれど、マーリンは、
「だってそうでしょ?」
とあっけらかんとした顔でファディアントを見る。
たたない?
…たたないって、足腰が立たなくなったのかしら。思えば部屋に入ってきた時から皆座ってて誰一人として立ち上がってないわ。
「…あ」
アレンが何かに気づいた声を漏らすからチラと見上げると、ファディアントやディアンに同情的な目を向けている。
そんな中、マーリンは続けた。
「下のアレがねえ、どうやってもたたないのよぉ。ディアンもなんですって。これってあれでしょ?インポテンツとかいうやつでしょお?どうにかなるわけ?」
…?何それ?
事情に気づいたアレンを見上げるとあっちの方を向いて知らないふりをしている。
それならガウリス…。
ガウリスを見上げると「聞かないでください」とばかりに首を横に小さく振られた。
あ、そっか。今は医者って立場なんだからこんな病状をわかってない感じでキョロキョロしちゃダメよね。
そうよ、私は何でも知っているって顔をしておかなきゃ。
背を正してキリ、と表情を引き締めていると、サードが私の顔をかすかに見てちょっと笑ってから視線を逸らした。
「なるほどなるほど、その相談ですか」
ファジズは顔つきも変えずに頷いて、
「それの原因も色々とありますが、一番の原因は精神的なものからくる委縮が多ございます。なにかしら強いストレスがあったなどはございませんか」
とりあえず二人の病状のことでファジズも私たちもあまり反応しなかったのに安心したのか、ファディアントとディアンの二人は少し気楽になった顔で首をブンブンと横に振った。
「そうですか。しかしながらそれで用がたたないとなると…何かしら魔法をかけられましたか…」
「魔法!?王族の我々に!?」
ディアンが驚いたように目を見開く。
「ええ。私は様々な魔法…黒魔術にも精通しておりますが…」
その言葉にファディアントとディアンは目を見開いてファジズを見る。
黒魔術は魔族に忠誠を誓って使えるようになる魔法。もちろんこの国でも禁止されている。
黒魔術の言葉に反応して嫌な表情を浮かべた二人にファジズは変わらずゆっくりした動きで、
「あくまでも人の体を治すため手に入れた魔法でございます。それ以外のことでは決して使ったことなどございませんことは承知くださいませ。その黒魔術の中に人の臓器の機能を止める魔法がございます。臓器の機能を止め、病気に見せかけ人を死に追いやる魔法です」
黒魔術って、名前は聞いたことがあっても実際どんな魔法を使うかんなんてさっぱりだったけど…そんな臓器の機能を止めて自然死に見せかけて人を殺すような魔法を使うの。
もしかしてファジズとサードは何かしらそのような魔術を使って二人の体の臓器を動かなくして、死にたくなければこの城から出るように仕向けようと考えたのかしら。
けどファディアントたちは足腰が立たなくなっているみたいだし…足腰って臓器じゃないわよね。
ファディアントやディアンは「病気に見せかけ人を死に追いやる」って言葉にゾッとしたのか足をすぼめて身体を強ばらせているけれど、ファジズは軽い口調になって続ける。
「しかしお二人のケースですと命を狙う目的より、嫌がらせ目的のような気がいたしますね」
本当にお婆さんなんじゃないのって動きで、ファジズがファディアントに近寄っていく。
「幸い私は黒魔術に精通しておりますから、跳ね返す術も知っております。あなた様のように高潔なお方の体に触るなど恐れ多いことでございますが、これもお体を治すためですので、診察のために拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
ファジズの言葉にファディアントもディアンもパッと顔つきを明るくした。
「ということは元に戻せるのだな!?」
「はい、黒魔術程度ならば私の手にかかれば簡単に解除できます」
「よい、やってくれ。診察と言うなら服をまくれば良いのか?」
ファディアントは立ち上がって服をまくり上げようとしているけど…何だ、普通に立てるじゃない。
「いいえ、手に触れるだけで十分でございます。そこから体の中を探り呪いの種類を特定し、それを解除する呪文を唱えるだけですので」
「ほう」
ファディアントが座りなおして手を出すと。「失礼をば」と言いながらファジズが恐れ多いとばかりに膝をついて、ファディアントの手を自分の手の上に添えるように持ち上げる。
「確かにお前は有能な医者のようだ。どうだ、この後もこの国で働かぬか」
ファディアントはもう治ったとばかりにご機嫌でファジズに声をかけている。
だけどこれでその病気を治すとして、それで感謝させてから追い出すつもりなの?てっきり死にたくなければ城から出るように促すんだと思ったけれど。
この三人を追い出すにしてはあんまり効果が無さそうな…。
成り行きを見守っているとファジズは急に体を強ばらせて、それまでのゆっくりした動きじゃない素早い動きでファディアントを見上げた。
「誰を相手になさいましたか」
「…は?」
ファディアントが何を言っているとばかりの顔でファジズを見る。
ファジズは人当たりの良いお婆さんの顔を引っ込めて、厳しい顔つきでファディアントを睨みつけるかのように見続けている。
「失礼ながら申し上げます。あなたは現在のご病状に悩む前、奥方様以外の女を相手になさったでしょう」
ファディアントはその言葉にご機嫌な顔つきを変えて、
「ばっ!そんな、そんなわけなかろう!私は他の女など…!」
「いいえ!」
ファジズはファディアントの手をギッチリと握ったまま続ける。
「王の体を見ていたら…ああなんておぞましい、魔族と交わった痕が体の中に印されております!」
…魔族と、交わった?
しばらく色々と考えていてふっとロッテがサードに放った言葉が脳内に再生された。
そう、サードがロッテに対して夜の相手をしろって言った後のロッテの言葉…。
『人間の男が魔族の女と交わったら自然と精気吸い取られて二度と使い物にならないらしいけど、あんたそれでいいの?』
「あ…!」
わかった。そういうことだったんだ。
サードは三人を性転換させるつもりじゃなかった。ファディアントとディアンに女姿のファジズを送って誘惑させたんだわ。性的に奔放な二人は色っぽいファジズの誘いにホイホイと乗って、そして…。
…何ていう方法を取ったの?
キスさせるならまだしも、そんなことをさせただなんて、ファジズが了解したからって、そんなことをファジズにやらせただなんて…!信じられない…!
全て分かった私はすました顔で優雅に微笑んでいるサードを睨みつける。
サードに怒鳴り散らしたい。でもここでサードに文句を言ったらファジズにさせてしまったことも無駄になる。
歯を噛みしめて、杖もギリッと握りしめて怒りたい気持ちを無理やりに押さえつけて黙って耐えた。
ファディアントはというと、他の女の人…しかも魔族を相手にしたってことを知って絶望したような顔をしつつ、マーリンの反応が気になるのかチラチラと見ている。そのマーリンは全く顔つきすら変えずに、
「それってぇ、何かダメなの?」
と聞き返した。
自分の旦那が他の女の人…しかも魔族を相手にしたと聞いても表情すら変えやしないわ。この人、何かしらの感情が欠落してるんじゃない…?もう少し驚くとか怒るとかあっていいと思うんだけど…。
マーリンの言葉にファジズはゆっくり、それでも厳しい口調で返した。
「人間の男が女の魔族を相手にすると自然と精気が吸い取られ…不能になります」
プッとマーリンは笑った。自分の旦那の体の不調のことを鼻で笑った。
「別にいいんじゃないのぉ?そうなれば城下町に女を買いに行くことも無くなるんだし」
ファディアントが、えっ、という顔でマーリンを見ている。
そんなファディアントの顔を見たマーリンは逆に驚いた顔で、
「えぇ~、知らないとでも思ったぁ?私だってあなたがそうだから他の男相手にしてるわよ?」
とあっけらかんと秘密にしていた方がいいのではと言ことを暴露しながらディアンを見る。
「それにディアンって世継ぎがいるんだしぃ、私たちの子供ももう要らないでしょ」
「…残念ながらそのお世継ぎ様も…子を作れるお体では、ありません…」
ディアンの手を取ったファジズがマーリンに恐る恐ると声をかける。
マーリンは、えっ、という顔をディアンに向けて、ファディアント、ディアンの顔を交互に見比べて…ポツリと呟いた。
「…もしかして…同じ魔族相手にしてたとか…?」
「恐らくは」
その当の本人であるファジズは頷く。するとマーリンはブハッと吹き出して、ケタケタと笑いだした。
「バッカなの!?二人してのうのうと同じ女相手にしてたって、バッカなの!?それで二人して仲良く不能になりました?アッハハハハ!おっかしー、バカみたぁーい!」
高々とマーリンに笑われたディアンは、顔を真っ赤にして震え、少し泣きそうな顔で下を見ている。
ファディアントは魔族を相手にしていたこと、マーリンが他の男の人を相手にしていたこと…色んな事実を一気に知ったからか、怒ればいいのか嘆けばいいのか分からない顔つきで机に肘をつけて額を押さえていた。
そんな中でも…マーリンの笑いは収まらない。
今更ですが、ファジズの名前はファジーネーブルから取りました。ファジズの人間年齢設定は22歳です。




