サーブリナ!サーブリナ!
「そういえばこの国の第一王女のサブリナ姫、本当は熱にやられていないんだってな」
「ええ、そうみたいね」
「どうやら聡明過ぎてファディアント王とマーリン王妃に疎ましがられて軟禁されてる状態らしいぜ」
「酷い話よね」
「本当は誰よりもこの国のことを考えてるらしいけど、まだ十一歳で子供だしさ、大人で親のファディアント王には逆らえないよなー」
「だけどファディアント王が治めている国の現状がこれなら、聡明なサブリナ王女がこの国を治めたほうがいいんじゃないかしらー」
アレンと私はいつもより声を張り上げて喋りながら市場の中を歩いて行く。
これは前、サンシラ国で私とサードがやったこと。
何気ない噂話とみせかけて、それを他の人にわざと聞かせて話を広めていく方法。
どうやらこれもサードの国のオンミツ…スパイがよく使う手法みたいね。本当は戦争中に嘘の情報や噂話を広めて敵を混乱させるというものなんだって。
朝にサードが言っていたことを思い返す。
「女の声は耳に良く入る。特にエリーのは耳に入りやすい音域の声だから、声のでけえアレンと一緒に市場に行ってこい。俺とガウリスは比較的治安の悪そうな所に行ってあれこれ言ってくる。ファジズは二人に化けてその辺で一人で喚いてろ」
「っはあ?」
ファジズはサードの言い分にイラッとした声を出して眉をしかめた。その様子を見ていると私がサードに何か言われてイラッとしている時みたいで…。
サードにあれこれ言われて不快になる気持ちはすごく分るから、私はファジズの腕に手をかけて謝った。
「ごめんなさいね、サードがあんな言いかたして…。お願いできる?」
するとファジズはコロッと顔をほころばせて、
「エリーのためなら何でもするって言ったじゃない」
とキュッとハグしてきた。微妙にサードはイラッとした表情をしていたけれど、先にファジズをイラッとさせたのはあなただからね、あなた!と目で返しておいた。
そのままサードとガウリスはちょっと怖い人が多そうな場所に、私たちは市場に、ファジズは…まあ適当にその辺歩いて人がいたら言っておくわねとは言っていたけれど。
「…本当にこんなので話が広まるもんかなぁ」
隣を歩いているアレンがポツリと呟いたから私は朝の思い出から今に戻ってアレンを見上げる。
「だって誰も聞いてない気がする。人も思ったよりまばらだし…」
そう、市場だから人が多いと思ったけど、こうやって荒れた国で買いに来るのはもお金を持っている人だけ。でも城下町にいる大半の人がお金に困っている状況だから市場に買い物に来ている人なんてほとんどいない。
城下町の他の所と比べたら確かに人は多いけれど…傍から見ていても寂れているとしか思えないくらいの人の少なさだわ。お店の目の前を通り過ぎるだけなのがすごく居心地が悪いくらい…。特にアレンは物流の盛んな港町出身だから余計に活気なく映っているのかも。
それでも。
「確かに人は少ないし周りの皆聞いているような素振りは見えないけれど、噂話は聞きたくなくても耳に入ってくるものなんですって。そうサードが言っていたわ」
そうアレンを見上げて、続ける。
「それにサンシラ国では効果は抜群だったわよ。噂に尾ひれがついて子供たちがさらわれているってのが殺されているってものに変わっていたけど」
サンシラ国でのことを思い出したアレンは納得したようにそっか、と頷いて、
「何かこの国のサブリナ姫はー…」
と言い始めたから、私もアレンの話に合わせるように言葉を返してく。
サブリナ様は政治が行える人、とても聡明なこと、国を案じていること、ファディアントたち王家に虐げられていること、ファディアントよりサブリナ様が国を治めた方が良くなるんじゃないかということ…。
サードに言いつけられたのはこれだけ。それをひたすら噂話するような素振りで言い続ける。
次の日にはサードが変装と組む相手を変えるって言うからその通り変装を変えて、ペアも変えて、昨日とは行く場所も少し変えて出発。
そんなのを毎日何百回も言い続けていると、最初は少しわざとらしかった皆の言葉尻もリアクションも少しずつ流暢になってきて、
「そういやサブリナ姫は熱にやられてねえってある筋から聞いたんだけど、知ってる?」
「ええ、そうなの?」
「何かサブリナ姫めっちゃ聡明なのに、聡明すぎて親父さんたちが鬱陶しいって軟禁してるらしいぜ」
「何それ酷くない?」
「サブリナ姫は本当にこの国のこと考えてるような人らしいぜ?もったいねえよなぁ、もしかしてファディアント王に逆らったから軟禁されちゃったんじゃね?」
「そんな娘を軟禁する親なんてありえないわ、そんなことを娘に平然とやる国王なんて信用できない、サブリナ様が王位につけばいいのに」
とごく普通の会話みたいに言えるようになってきた。特に私は本当にそう思っているからすごく言葉に実感がこもってるって自分でも思う。
それをと毎日続けていたある日のこと。
城下の見回りをする兵士たちが町の広場に即席のかまどを作り始めた。
そして大量の麦が運ばれてきて、どこから持ってきたのと思うほどの大きい鍋をそのかまどに設置して麦を煮込み始めた。
いきなり広場のど真ん中で兵士たちが料理らしきことをしているから、城下町の人々も何をやっているのかと遠巻きに見ていた。
私とその日ペアで一緒に歩いていたガウリスも何をしているんだろうと城下町の人たちと成り行きを見守っていると、ひとりが少し離れた所から近くを通りがかった兵士に声をかけた。
「あれは何をしているんですか」
兵士は返した。
「この国の王女、サブリナ様のご発案です。ファディアント様には内緒で食事にありつけない城下町の方々に簡易な食事を提供することになりました」
それを聞いた広場にいた人たちはどよめいた。そしてすぐさま他の人が聞いた。
「一杯いくらですか」
兵士は返す。
「いいえ、サブリナ様からお金は決して取ってはいけないと言いつけられています。欲しい方は並んでください、数に限りがありますが次の見回りの時間帯にも同じ食事を用意します!急がず順番に並んでください!そこ割り込みしない!落ち着いて!まだ準備中です!」
兵士が話している間から人たちは即座に並び始め、どこからともなく人々が集まってきてあっという間に長蛇の列ができていた。
広場のあまりの混雑さにその場を去ると、城下町の見回りをしている兵士たちが少し広い場所に簡素な掘っ立て小屋を建てていた。
痩せた子供たちがそれを近くで見ていて、
「これなぁに?」
と兵士に聞いた。
「サブリナ様のご発案で、ファディアント様に内緒で住む家を無くした国民が一時的にここで夜露を少しでも防げたらとのことで設置しているんだよ」
優しい兵士の言葉に子供たちは皆で目くばせしながら、
「完成したらここの皆で一緒に入って暮らしていいの?」
とおずおずと聞くと兵士は変わらず優しく返す。
「誰が好きに使ってもいいんだよ」
「一日いくらかかるの、僕たちお金なんて持ってない」
「お金なんてかからないよ。完成したら好きに使ってくれていい」
「…それ、いつまで使ってもいいの」
「君たちが自立できるまでかな」
その言葉に子供たちは「うぉおお!」と歓声をあげて喜んだ。そんな子供の一人は、
「けどおじさん、木切るのへったくそだなぁ!木切る時はこうして…」
「こいつん家、大工だったからこういうの上手なんだぜ!」
と一緒に木材を切り始めていた。
急に始まった色んなことに私もガウリスも驚いたけれど…それでも二日も経つと青空の下で寝起きしていた人々は次々と建てられる簡素な小屋に入っているみたい。
そうしているうちに炊き出しが行われている広場の近くに簡素なテントがいくつか建てられ始めた。
あれは一体、と思っているとテントの前に『無料診察所』という簡素な看板が置かれて、どこからともなく医師の姿をした人々が次々と現れた。
その中にはセンプさんの姿もあったから思わず駆け寄って事情を聞くと、
「サブリナ様の発案らしくて、城下町に留まっている医師の資格を持つ人全員に声がかかったみたいよ。どうやらファディアント王には内密に無料で城下町の体の具合が悪い人たちを診察するようにしたみたい。…診察代?診察代は国から全部支払うそうよ。じゃあ私は行くわね」
ヒールを鳴らしながら去っていくセンプさんを見送っていると、広場に新しく貼られているビラを見つけた。
『サブリナ様のご発案。瓦礫を川の方に持って行った者たちに対して報酬を国から支払う。瓦礫を一つ川に持って行くごとにコインを一枚支払うことにする。持って行った者は川べりにいる兵士に証拠品の瓦礫を見せること』
私が立ち止まってビラを見ていると、ビラに気づいた他の若者たちも見始める。でも読んでいる途中から鼻で笑いだした。
「何だこれ、何かの冗談か?だったら…」
若者はその辺に転がっているちんまりとした建物の破片を持って手の平の上でポンポンともてあそびながら、
「これ見せて金払うかどうか見てくるわ、どうせ金なんて払うわけねえ」
そうやって立ち去って…しばらくして信じられないという顔で戻って来た若者が、震える指先に掴んでいるコインを一枚、皆に見せた。
それを見た若者たちは驚き、我先にと破片を手に取るとその場を去っていく。
瓦礫一つにつきコイン一枚。
この話が広まると皆が我先にと瓦礫を持って川に持って行ってお金をもらっている。ほんの少しずつでも町から瓦礫が片付けられ始めて、川に持っていかれた瓦礫はというと、あまりにも深すぎる危険な場所、泥まみれで一度はまったら抜け出せないぐらいの湿地に敷き詰められているみたい。
一気に国中が動き始めているような毎日が日常になり始めると、城下町の人たちからこんな声が漏れ始めた。
「最近サブリナ様の名前をよく聞くぞ?」
「それにここ最近サブリナ様の考えで色々と良いようになってないか?つい先日は無料で着替えの服を頂いたぞ」
「おかげで飯はタダで食える、タダで屋根と壁のある所ところで眠れる、瓦礫を持って行く程度で金は貰える…いいこと尽くめじゃないか」
そんな会話を聞くとつい嬉しくて、会話に参加しなくてもうんうん、と私も頷いてしまった。
でも一部からは、
「今更こんなことして俺らを手懐けようとしてるんだろ」
「今まで何にもしなかったくせに」
「こんなことで今までのことが帳消しになるか」
って怒りの声も上がっていた。
そんな怒りの声を聞くと、そりゃあ数年分の怒りがこんな短い日数で変わるわけないわよね…って少し残念な気持ちになったけれど、そうやって文句を言っている人たちも炊き出しの時間になるとしっかり列に並んでいたし、瓦礫を川に持って行ってホクホク顔でお金をもらっていた。
どうやら国に対して不満も文句も恨みもあるけれど、全部が全部有り難くないってわけでもないようね。
「本当にサブリナ様が全部指示を出してやってるのかしら」
次々とサブリナ様が発案したってことが実現しているのを見続けて、私が宿屋でポツリと呟くとサードはニヤと笑う。
「考えたのはサブリナ。実際に細々と動いてんのは大臣の五人組だ。有能な奴らだぜ、さすが無能な王を小脇に抱えながら延々と国を守ってきただけはあるってもんだ」
それと同時にサードから聞いたのは、城下町であれこれと動いている兵士たちのこと。
近衛たちはエルボ独立前から代々騎士の家だったという人たちで構成されていて主に王家の居住地を見張っているのが主な仕事みたいなんだけど…。毎日王家の傍に居るから同じように頭が腐っているんだろうってサードは毒つきながら、
「近衛も王家に似たり寄ったりの無能な奴らばっかりだ」
と言っていた。
それで城下の見回りをする兵士たちは国の兵士の中で下っ端といえる低い立ち位置で、それも元々平民だった人たちで構成されているんだって。
そんな兵士たちは元々自分たちと同じ立場だった人たちが苦しんでいるのを毎日近くで見ていた。
でも見回りの途中で余計なことはするなと近衛に言われているから心苦しく思っていても何もできず手助けもできない。
だからトーフォル大臣たちに城下の見回りをする時間帯に城下町の人たちを手助けするって考えを告げられた時、兵士たちのあのやる気もなく暗く淀んだ目は輝き始めて、どんなことをするんですかってすごく詰め寄ったみたい。
その兵士たちにもトーフォルたちは告げていた。
「何か聞かれたらとにかくサブリナ様のご発案で、ファディアント王には内緒でと言うこと」
…まあ、そう言うように仕向けたのはサードらしいけどね。
「だけどこんなに大々的にやってたらさすがにファディアントたちの耳に噂が届くんじゃねえの?」
アレンがそう言うから私も頷く。
それは私も思ってた。だってファディアントたちは自分の不利益になることには敏感に察するって大臣たちも言っていたもの。自分たちのひざ元が活発になっているのにちょっとでも気づかれたら大変になるんじゃないの?
それでもサードは首を横に振る。
「城下の噂どころか四年もの間、実際にトーフォルたちが目で見た悲惨な状況を伝えても知らん顔して無視してた奴らだぜ?今更城下で起こってる本当のことなんか聞いても知らねえふりしかしねえよ。
念のため大臣どもには今まで通り城下町の悲惨な状況を切々とファディアントたちには伝えておけと言っておいたし、今日トーフォルに接触して現状を聞いても、ファディアントらは今まで通り城下町と国民については無関心だ」
「…」
国王としては最低最悪だけど、今はそれでよかったわ。皮肉なものね。
「それより…」
サードはニヤニヤと笑っている。
「今は自分たちの体のことで精いっぱいで荒れているらしいぜ。だから余計に城下町には目が向かねえよ」
そうか…ファディアント、マーリン、ディアンの三人はファジズにキスされて性転換しているはずだもの。自分たちさえ良ければ周りはどうでもいいって嫌な性格がいい方向に発揮されて、他に目が向かないのね。
「しかしそれでは自分たちの体を治すことばかりにお金を使い続けるのではありませんか?もしそうなったら糸目もかけず国のお金を使うのでは…」
ガウリスの言葉にまたサードは首を横に振った。
「もう少ししたら俺らがファディアントどもの体を治す特殊な魔法を使える名医を連れて行くって伝えておいた。それまでどんなに医者を呼べ、魔導士を呼べと言われようが、今遠い国から名医を呼んでいるからってはぐらかすように言ってある」
こいつはまた新しい嘘を…。
呆れつつも私も聞いた。
「それじゃあもう少ししたら王家に行くのね?それっていつ?明日?明後日?」
「サブリナが上に立つのを国民たちが最大に熱望した時」
思ってもいなかった言葉にサードの顔を真っすぐ見返す。
「今はまだその時じゃねえ。もっと国の奴らを焦らす。焦らして焦らして我慢できねえって時に望み通りにサブリナを王座に押し出す。そういう演出も大事なもんだぜ」
そう…と思いつつ頷くと、アレンも真面目な顔で頷いて、
「焦らして焦らして我慢できねえだって。エロいなぁ」
と意味不明なことを言うから、何かイラッとして杖で突いておいた。
まず私たちは変わらずサブリナ様を称えることや、ファディアントよりサブリナ様が国王になればいいのにと言い続ける日々を送っていると、サブリナ様を支持するような声が次第に上がり始めた。
もちろん今更王家なんて信じられない、何か裏があるに違いないと勘ぐっている人たちもいて、
「騙されるな!今更またあの王家を信用するのか!今までのこの有様を見てみろ!ちょっと優しくされたぐらいで信用したら今度は骨の髄までしゃぶられるぞ!」
って演説する人も出始めたけれど…熱心に聞いて賛同している人はあまりいない。
逆に兵士たちに、
「サブリナ様は王にならないのですか?」
「なぜ私たちにここまでしてくれる人が王ではないのですか?」
と非難がましく訴える人々が増えて、会話の中にも、
「今のファディアントよりサブリナ様が王になれば、もっと暮らしも良くなるのでは」
「しかしそのサブリナ様は聡明過ぎると疎ましがられて監禁されているのだろう?」
「私は折檻されていると聞いたけれど」
「何でそんなお優しい人がそのような目に遭わないといけない」
「本当に。おかげで昨日、久しぶりにお金でパンが買えたのよ…」
サブリナ様に感謝しているのか、城に向かって拝んでいる人も見かけた。サードとペアを組んでそんな人たちを何人も見て…サードは満足気な顔で私の顔を見た。
「明日、最後の追い込みにかかる。見届けてやろうぜ、無能な王家の末路を」
途中の兵士と国民の会話は「長靴をはいたねこ」よりやり方を拝借しました。
要は言ったもん勝ちであとは味方を多くすればいいだけの話です。マスコミだってとりあえずなんか言っといてあとは視聴者味方にして世論動かすなんてやり方してますもんね?怖い怖い。
私が学生時代にメディア講師の方が言っていたのですが、講師が若いころマスコミ関係者の友人にある出来事(事件?)について聞いたら、
「ああそれ。明日の新聞に一斉に載るよ」
「知ってるの?」
「知ってる。今はどこも情報止めてて明日全国に出る」
と言われて「情報をこんな簡単に止めたり流したりできるマスコミって怖い」と思ったそうで、それを聞いた私もマスコミ怖いと思いました。
紅白に出る歌手も年明けの一月ごろに色々問題が明るみに出ることがありますが、それも十二月辺りにはもう大体の情報が手に入っているけれどあえて黙って紅白に出場させて、
「 紅 白 出 場 の 大物歌手、○○していた!!」
って紅白出場歌手という箔のついた年明けに大体的に報道しているんじゃないか…って、前の職場の方が言っていました。知らんけど。




