使えるものは魔族も使え
ファジズは「つれないのね」と言いながらも熱っぽい吐息をついて私を見ていて、そのすぐ側にいるサードは私の髪が触られないようにと見張っているのか、ギスギスした顔でファジズを睨みつけている。
「あ、そういえば」
アレンがふと思いついたようにファジズに声をかけた。
「俺たちがバッシックス国に不法入国したとき、俺たちがガワファイ国のウィーリに居たって支配人として証明してくれたろ。あの時ありがとう、おかげで助かったよ」
アレンの感謝の言葉にファジズもニッコリ笑って、
「どういたしまして」
と投げキスしたけれど、アレンは少し眉毛を垂れさせた。
「せめて女の姿でやって欲しかったなぁ…それ。男に投げキスされても嬉しくない…」
プン、とファジズが頬を膨らませる。
「我がままねぇ。性別が同じってだけで細かいんだから…」
「だって俺女の子好きだもん」
ファジズはふーん、と気もなさそうに頷いたけれど、ハッと何かに気づいた顔で部屋の中にいる皆を見渡して私をガッと抱きかかえる。
「やだっ!思えば男だらけの部屋にエリーが一人交じってるとかあり得ない!」
「しょうがないわよ、他に部屋が取れなかったんだから。こんなこともあるわ」
むしろこれだけ荒れた国で宿屋に泊れるだけでも十分。家もなく外で寝るしかない人たちと比べたら皆と一つの部屋ってだけで文句なんて言っていられない。
それでもファジズは痛ましそうな顔で私を見ている。
「エリー…!可哀想に、こんなむさくるしい男たちに囲まれて…!」
ファジズ…あなたどっちかというと女の人より男の人が好きとか前に言ってなかった…?あの言葉どこにいったの?
呆れているうちにファジズは何か思いついた顔になると、スッキリした男の人の見た目から、色っぽい女の人の姿に変わる。
「思えば女の姿だったらどんなにエリーとイチャイチャしてても他の皆も何も言わないんじゃない?ね?エリーもこの姿だったらそこまで気にならないわよね?ね?」
「ファジズ…やめて…」
すり寄ってのしかかってくるファジズから少しずつ距離を取って逃げる。
ミレルも人にすぐくっついてくる子だったけれど…ファジズのは絡みつくようにくっついてくるから、男の姿でも女の姿でも関係なく恥ずかしいのよ。
「女の姿だと無理に押し返したりはしないのね、エリー。そんなに男の姿だとダメ?」
「どっちにしろ恥ずかしいんだってば」
「何が恥ずかしいの。ちょっと触れ合ってるだけでしょ?そんなに私と触れ合うの、イヤ?」
どこかションボリと眉を垂らすファジズに、私は慌てて首を振る。
「イヤとかじゃなくてぇ…」
「嫌じゃないならいいじゃない」
ファジズがそう言いながら私の頬を両手で包んで、そっと顔を寄せてくる。するとサードがファジズの髪の毛を掴んでグイッと後ろに引っ張った。
「また口つけてエリーを男にするつもりかてめえ。やめろ」
ファジズはいちいち邪魔されて苛立ったような顔でサードを下から睨みつける。
「いいじゃないの、あんたはいつもエリーと一緒に居られるし触れるしその気になれば襲えるでしょ。私は久しぶりに会ったんだから譲ってよ」
「誰が襲うかそんなブス」
「…は?それ誰のこと言ってる?エリーに対して言ってるんだったら撤回してちょうだい」
ファジズが怒った顔つきでベッドの上に立ちあがってサードを上から睨み下ろす。
サードもイラッとしたのか聖剣をいつでも振りかざせるようにスッと構えた。
「サード落ち着けって、落ち着けって」
「ファジズさんも落ち着いてください、ここで暴れてはいけません」
アレンはサードをなだめるように声をかけながらファジズから引き離して、ガウリスも落ち着かせるようにファジズの肩に軽く触れる。
「いやぁ!」
ガウリスの手が触れた瞬間、ファジズは一声叫ぶとベッドの上にひっくり返った。ファジズは顔を青ざめさせて、肩を抑えながらガウリスを見上げている。
ガウリスはハッと思い出したような顔つきになると、慌てて謝った。
「ああ申し訳ございません…私は魔族の方に触れてはいけないのでした…」
「え…何あんた、神の系統の血でも入ってたの?」
「神の血は入っていませんが、神の手によって神に近い存在になっているらしいです」
「…」
ファジズは、ああなるほど…って納得の顔つきになっるとモソモソと起き上がった。
「ああゾッとした…。そんな体なら最初からあなたにキスして性転換なんて無理だったのね。勇者たちを性転換させようとした時、あなたの体目当てで一番に部屋に行ったのだけれど」
「…はあ、そうですか」
他人事みたいな返事をガウリスがすると、ファジズはフッと呆れた顔になってアレンを見る。
「それにアレンは鼻つまんでも叩いてもスヤスヤ寝てて一切起きやしないし、エリーもお酒飲んで気持ちよさそうに寝てるからホテルの支配人心が湧いて起こすの可哀想になっちゃったし、サードには正体見破られて攻撃されるし…。
全く、勇者御一行って一筋縄じゃいかないって思い知らされたわ。本当は一行相手に色々してやったって武勇伝を魔界の持ち土産にしようって目論んでいたんだけれど」
あっはは、とファジズは笑っているけれど…。…へえ、私たち全員を襲おうとしてたの、性的な意味で。…最低。
私、サードを含めて誰彼構わず手を出す節操のない人、好きじゃない。しかも寝ている時に無理やり襲おうと考えていたの?だとしたら本当に最低。
嫌悪感が湧いてファジズを見ていると、その視線に気づいたファジズは慌てだした。
「今はエリー一筋よ、本当よ、エリーと会ってからはもう誰も相手にしてないんだから」
…そこを気にしているわけじゃないんだけどね?
「や、いや、そんな目で私を見ないで。だってしょうがないじゃない、ずっと一人で寂しかったんだもん、誰でもいいから愛されたかったんだもん」
「…」
だからってそんなことしなくてもいいんじゃない?
「…エリ~、軽蔑しちゃいや~」
何も言わない私にファジズは泣きそうな顔で抱きつこうとすると、サードがまたファジズの髪の毛をグイッと引っ張った。
「おい、面かせ」
さっき言っていたのと同じセリフだけれど、地の底から響くような低い声じゃなくて、いつも通りの口調。
ファジズはサードを睨みつけながら女の姿から男の姿になる。すると髪の毛は縮んでサードの手から消えた。
「女の髪を大事にしない男って最低よ」
「うるっせえ、てめえの髪なんて一本だって金にならねえだろうが男女。いいから話がある、外出ろ」
「ええやだぁ、怖ぁい。殺すつもりじゃないかしら」
ファジズはそう言いながら私にしがみつこうとすると、サードは続けた。
「結果的にエリーのためになることだぜ」
ファジズは動きを止めて、チラと横目でサードを見る。
「エリー一筋だっていうなら、そのためならなんだってするだろ?なぁ?」
サードはニヤニヤと笑っている。
この顔は今まで何度も見ているからよく分かるわ、この顔は目の前にいる人を何かに利用しようって時の顔よ。
…つまり、王家を追い出す何かにファジズを使えるってサードは思ったんだわ。
ファジズは少し面白くなさそうな顔でサードを見て立ち上がると、あごをわずかに上げて腕を組んみ、真正面から見返した。
「エリーのためならなんだってする。ただし、あんただけが得になるようなら絶対に手は貸さない」
「まず話を聞いてから判断しろ、来い」
サードがそう言いながら外に出ると、ファジズは私に投げキスをしてから部屋の外に出て行って…それから少し。案外と早く二人は戻って来た。
「こいつも協力するからあのクズを真っ当に退位させる方法が実行できる。明日から動くぞ」
やっぱり。ファジズを利用しようとしていたのね。
「どう動くつもりなの?」
私の隣に戻ってきて座るファジズを目で追いかけながら聞くと、男姿のファジズは私の隣にそっと座ると身を乗り出してきて、
「『ファジズ好きよ愛してる』って言ってからほっぺにキスするのを十回してくれるなら教えてあげる」
「じゃあいい」
スイッと視線を逸らすとファジズは、
「ああん、聞いてぇ」
と私にすり寄ってくるけれど、とにかく知らないふりをした。
大方変身できるファジズの能力を使って色々させて、色々なことをしてファディアントを退位させるんでしょ。
…まあその「色々」の所がさっぱり思いつかないんだけど、サードがもう一手の押さえが欲しいって思っていた所をファジズが押さえてくれるんだわ。
…ん、もしかして。
ファジズにキスされた人は次の日には性別が変わって、一ヶ月か二ヶ月ぐらいで元の性別の時のことは忘れてしまう。
だからファジズにキスさせて性転換させた後は、ファディアント、マーリン、ディアンを数ヶ月放置して記憶をあやふやにさせてから追い出そうとしているんじゃない?
そう考えたらそれってかなりいい方法じゃない。
ファジズにキスされて性転換した後はファジズがもう一度キスしないと元の性別には戻れない。国の最高権力者で色んな魔導士にかけあったってどうにもできやしない。
それにサブリナ様以外の王家の人々は性には奔放だから、ファジズが誘惑したらキスくらい簡単にできるはずだもの。
…好きでもない人にキスとか私は絶対嫌だけど…ファジズはそれでも頷いてくれたのよね。
まあガワファイ国でもファジズは大量の人にキスして回っていたから本人もそんなに気にならないのかもしれないけれど…それでも申し訳ないわ。
「私の国のことにファジズを巻き込んでごめんなさいね。…でもありがとう」
私の言葉にファジズは「んふふ」と嬉しそうに笑って膝を抱えながら私を見た。
「いいのよ、エリーのためなら一肌脱ぐわ」
* * *
その夜、ファジズとオンミツが着ていたっていう装束を身にまとったサードは、お城に出掛けて行った。
出掛ける前、
「サブリナに話つけて了承させてから作戦に移る。まず俺が城の中を案内してファジズ一人に色々やらせるからお前らはついて来なくていい。適当に過ごしてろ」
ってサードが言うから私たちはお留守番。
まあファジズがキスするだけだとしたら大人数でついて行かなくたっていいものね。わざわざ体の水分が持っていかれるハンカチも使いたくないし。
そうやって二人を見送って、アレンやガウリスと他愛ない話をしつつ眠りにつこうとするころ、サードとファジズはフラッと帰ってきた。
思った以上にスピーディーに戻って来たから皆で出迎えて、アレンが、
「結構早かったな?」
と声をかけると、アレンの言葉にニヤニヤ顔のサードは、
「案外とことが早く終わってな。なぁ?」
とファジズを見て、
「ねー、あっけなかったわぁ」
とファジズもおかしそうにクスクス楽しそうに笑っていた。
どうやらファディアントたちの唇は簡単に奪えたようね。だろうと思っていたけど。
サードはベッドにどっかり座ると、私たちの顔を一人ずつ眺めてから口を開いた。
「サブリナとの話合いが長引いたから少し遅くなったが、一番面倒くせえ所への布石は置いた。明日からサブリナは熱で頭はやられてない、思考回路は現国王より上だってことをこの国のやつらにアピールする。まずその話はサブリナとトーフォルにも通しておいたから、明日から本格的に動くぞ」
「私たちは何をやるの?」
サードは説明しようとしたのか口を開きかけたけれど、時計をチラと見る。
「お前の髪の毛、最近乾燥が酷いから今日は寝る。説明は明日だ」
「…」
別にその説明ぐらい今してくれたっていいじゃない…。
そう思っているとファジズがいそいそと私のベッドにもぐりこんでいく。
「私寝ることろないからエリーと一緒に寝るわね」
「やめて」
布団を取り上げると「いやぁん」とファジズは体を手で覆い隠すけれど、男の姿で服も着ている状態だから気が抜ける…。
ファジズは頬を膨らませて、
「分かったわよ、女の姿ならいいんでしょ?」
しょうがないわね、とばかりの口調で男の姿から女の姿に変わったファジズが隣をポンポン叩いているけれど、私は首を横に振って拒否する。
「なんでよぉ、エリー」
ファジズは悲しげに潤んだ瞳で私を見つめてくるけれど、私はひたすら首を横に振って拒否する。
「恵んでやるから別の部屋いけ」
サードがワンコインを指でびんと勢いよく弾くと、コインはファジズの胸の谷間にパーンッと綺麗に挟まった。
ちょっと…!すごいけど、ある意味すごいけど人の胸に向かって何してんのサード…!
ファジズは胸に挟まったコインを見てからサードを睨みつける。
「私の力を借りたくせに…魔族の始祖の直系なのに…こんな扱い…!」
ぐちぐち言うファジズにアレンは声をかける。
「一応それお礼のつもりだと思うぜ。サードがなんの得もねえのに金を他の奴にタダで渡すだなんて絶対にないし」
アレンの言葉にファジズは黙り込んだけれど、それでもものすごく不満の顔をしている。でも胸からコインを取り出すと、
「正直これ以上の働きはしたけどね!まったく、ケチな男って最悪。エリー、こんな男は絶対やめた方がいいわよ、こいつは使うだけ使って使い道がなくなったらあとはポイの最悪な男よ!」
とサードに向かって悪態をつきながらプリプリとドアに向かって行く。
「んだゴラ」
サードはイラッとして脅すようなことを言うけれど、ファジズは、ベー、と舌を突き出してドアを閉めて行った。
サードがファジズの胸にコインをパーンッと入れる。
アレン
「(サード、めっちゃやり慣れてんじゃん。普段どういう所行ってんだよ…俺も行きたい…)」




