だからそういうのやめてほしい
私たちはお城を抜けて宿屋に戻った。部屋のベッドに座って私は一息つく。
とりあえず国の大臣たちはファディアントじゃなくてサブリナ様の味方についてくれた。ここまでは順調。
それでもこれから…ファディアントをどうやって退位させてサブリナ様を王座に据えるかよね。
暗殺みたいなことをすると国民の心が離れるってガウリスが言っていたし、サブリナ様は王家の皆は嫌いだけど死なせたくはなさそうだった。
でも大臣の一人は真っ当な方法でどうやって退位させるつもりだって言っていて、他の大臣たちもその部分はまだ考えがついてなさそうだった…。
色々考えていると、着替えのためにズボンを脱いでいたアレンのパンツがズボンと一緒にズルリと半分脱げる。
「おっと」
アレンはパンツをずり上げた。
「新しいパンツ買えよ貧乏くせえ」
サードがものすごく嫌な声を出す。
「擦り切れてもないしまだ穿ける、これ」
「お前毎回ズボン脱ぐときケツ出てるじゃねえか、パンツのゴム全部緩いんじゃねえの、男のケツなんて見たくもねえ、新しいの買えよ」
「よく見てんなあサード」
「ぶっ殺すぞてめえ」
「だってゴムが緩いだけでまだ穿ける…」
「アレンさん、ズボンと一緒にパンツが脱げるのなら替え時だと思いますよ」
サードは怒り気味で文句を言いながら着替えていて、ガウリスは少し呆れたような声でアレンに声をかけながら着替えているみたい。
皆が着替えだすと私は窓から外を見ている。薄暗い路地裏と隣の建物の壁しか見えないけど、皆が着替えてる所を黙って見るのもちょっと変だし、特に見たくもないし。
なんかもう私が同じ部屋にいるのに皆して普通にパンツ一丁になって着替えるようになっちゃった。
ガウリスは最初気を使って、
「すみません、着替えます…」
と一声かけてくれていた。
それでもサードとアレンが私に何も気を使わないですぐさまポンポンと服を脱ぐのを見たら私に何も言わず背を向けて部屋の隅でそっと着替えるようになって、そのことで私も特に何も言わなかったせいか今では皆と一緒に普通に脱いで着替えるようになってしまって。
正直、最初のころみたいに気を使ってほしい。特にサードとアレン。
見られたってどうってことないって思ってるのかもしれないけれど、それでも目のやりどころにものすごく困るのよこっちは。
でも良かった、私の変装はカツラだけで。いちいちトイレに行って着替えるの面倒なのよね。
カツラを取り外してベッドの脇に置く。音で大体皆は着替え終わったみたいだから、私はサードに視線を移した。
「ところでファディアントを退位させる方法とか何か考えついているの?」
「どうすっかな」
ずりあがっている服を下までキチンと下ろしながらサードは返してくる。
どうすっかな…って言うならサードは一つ以上は頭の中でファディアントを真っ当に退位させる方法は考えついているのね。
「どんな考えを思いついているの?」
サードはわずかに厳しい顔で黙り込みながら、ベッドに座った。
皆もサードの言葉を待っているのか何も言わないけれど、サードが口を開かない。部屋の中にある唯一のインテリア、時計から響くコチコチという音が部屋に広がっていく。
「…サード、まさか…」
沈黙を破ってアレンがサードを見ながら口を開いた。
「何も思いついてないんじゃ…?」
私とガウリスが「えっ」と言葉を合わせてサードを見る。
まさか、あのサードがなんの策も思いつかないなんてことがあるの!?
まさか、ってサードを見ると、サードは厳しい顔つきのまま私たちに視線を動かしていく。
「平和的にサブリナが王位に就く方法はある」
「何よ思いついているんじゃないの」
何となくホッとした。しかも平和的にサブリナ様が王位に就けるのなら最高だわ。
するとガウリスがサードに質問した。
「それはどのような方法ですか?」
「…十年」
「十年?」
ガウリスが聞き返すと同時サードが喋り出す。
「最低でも十年黙って今の状態だったら平和的にサブリナが王位に就ける。だがこの国の現状だ、十年も今のままなら王家ごと国が潰れるからそんなことできねえ」
「何で?何で十年なの?サブリナがまだ十一歳で成人してねぇから?」
アレンはそう言ったけれど、それでもあと四年もしたらサブリナ様も成人になるって気づいたのか、余計に意味が分かってなさそうな顔になっている。
基本的に十五歳を過ぎたら大人の仲間入り。ならその十年って一体何のための十年なの?
サードはしばらく何か悩んでいるように黙り込んだけれど、急にペラペラと話し出した。
「正直殺すのが手っ取り早い。王家の奴らはアホだから少し手ぇ回して適当に罪状を作ったら簡単に王家から追い出せる。そんで王家の身分がなくなった所を殺しちまえばいい。だがガウリスの言う通りそんな後ろ暗いことをすると人心が離れて後の政治がやりにくくなる。
真っ当な退位もいくつか考えているが、まだ完璧じゃねえ、どっかでほころびが起きたら都合の悪いことに敏感な王家らに悟られてサブリナに不利益になる。あともう少し、そのほころびが起きねえようにもう一手の押さえが欲しい。だがその押さえをどうすっか…」
サードは厳しい顔つきのまま黙り込んでイライラとしたような雰囲気でいる。
…多分、今サードは頭の中でものすごく色々と考えているんだと思う。あれこれ考えて、でもこうなったら問題が起きる、こう動いたらファディアント達にバレる、こんな風にしてみても何か不都合が起きそうだ…。
そんな私には思いつかないようなことを考えては、これは駄目だって却下し続けている。
今更だけど、王家を追い出すってこんなにサードが悩むくらい大変なことなんだわ。
私の国のことで、この国の王家を追いやりたいって言ったのは私。でもその私は何も考えないでサードの考え待ちをしているだけ…。何だかすごく申し訳ないわ。
すると不意にサードが顔を上げてドアに視線を向ける。そのタイミングでコンコン、とドアがノックされた。
サードは聖剣を片手に持つと、私ベッドの脇に置いていたボサボサの茶髪のカツラを奪い取って頭に被る。
「はい、何か御用ですか?」
表向きの顔でドアノブを握って、右手に握る聖剣でいつでも攻撃できるようにしている。
いつも通りのチグハグな仕草…。
呆れているとドアの向こうでクスクス老人のかすかな笑い声が聞こえてくる。
すると私の隣で誰かが動いたような空気の動きが起きる。驚いて隣を見ると、今まで居なかったはずの小柄な女の子が私の横に座ってイタズラっぽく私を見上げている。
茶色のクセっ毛の二つ結び、ソバカス顔で小柄な女の子…。この子、ファジズが化けていたコック見習いの女の子、ピーチじゃないの?っていうことは、
「ファジズ…!?もしかしてドアの向こうにいるのもファジズね!?」
「正解です」
ドアの向こうから老人…ファジズが変化していたホテルの支配人、カールの声がする。
サードは部屋の中にいるピーチを見て、ドアをスッと開ける。扉の向こうにはあの小柄で細枯れた姿のホテルの支配人、カールがいた。
いや、ピーチもカールもどっちもファジズなんだけど。
そうセルフツッコミをしているとカールとピーチはバラバラと蝙蝠の姿になって一ヶ所にまとまると、スッキリとした男の人の姿に変わる。
「ん~会いたかったわ、エリィ~」
男の人の姿のファジズは私に抱きついてきて、頬と頬をグリグリとすり合わせながらどんどんとのしかかってくる。
「ちょっと、こういうのやめてって、前も言ったわよね!?」
「覚えてな~い」
甘える口調でファジズは横から抱きついたまま体重をかけてくるから、ファジズを支えきれなくなって一緒にベッドにゴローンと倒れる。
「会いたかった、会いたかったエリー!」
上に覆いかぶさられた状態でファジズはグリグリとすり寄ってくるけれど…!ちょ、やめて!何かやだ!これ何かやだ!何か違う!っていうか何で手首押さえてるの!?
「ちょ、やー!やーーー!やめてー!」
ジタバタと足を動かして暴れていると、ファジズがわずかに後ろに下がる。
「ファジズ…エリー困ってるだろ…」
見てるこっちが恥ずかしいとばかりの顔でアレンがファジズの小脇に手を突っ込んで引きずり離してくれている。
ファジズはムウッと頬を膨らませて渋々と起き上がるから、私も起き上がって乱れた髪の毛を手櫛で整え…。
「触んなつってんだろゴルアァ!」
手櫛で髪の毛を整えようとしたらサードに腕を掴まれてひねりあげられた。
「イター!痛い痛い痛い痛い!」
「サードさん!いけません!」
ガウリスが止めようとしたけれど、その前にサードは手を離してファジズを見下ろす。
「つーかてめえ、何でここにいる」
「そこの壁に穴が開いてたから」
「そういうことじゃねえ」
ファジズはチラとサードを見上げて、私の肩にするりと手を回しながら、
「あなた達が去っていって少ししてなんだけど、ロッテが迎えに来てくれたの」
「ああよかった、行き合えたのね…!」
ホッとしながらそう言うと、ファジズも嬉しそうな顔をして熱い視線で私を見てくる。
「これも全部エリーのおかげよ。ロッテは優しいし、お話ししたらユーモアがあって面白いし、それに私も史料編纂やってたからそんなに本の仕分けも管理も苦痛じゃないもの」
もうロッテの所で色々と手伝いしているのね。でも肩に手を回して少しずつ密着してくるのやめて。
ファジズの手を肩から離して少し隙間を空けて座り直すけど、その分ファジズは距離を詰め直してくる。
「じゃあ支配人の仕事辞めたの?コック見習いも」
アレンが聞くとファジズは軽く頷く。
「こんなふうにして辞めたわ」
バラバラと蝙蝠の姿になったファジズの体は、二つの塊に分かれて二人の人間の姿へと変わっていく。
そこには細枯れた小柄なカールと、そのカールに手を取られている小柄で上品な白髪頭の女性の姿があった。
「コック見習いの方は引っ越すからって辞めた。この支配人は運命の女性を見つけたから田舎で暮らすって辞めたわ。皆喜んでくれて…皆から好かれてたみたいだからちょっと辞めるのは辛かったけど…。
それでも私を受け入れてくれるロッテの所に行って良かったわ、魔族だってことを隠さなくてもいいんだもの」
白髪頭の上品な女性の姿でファジズがそう言うと、また一人の男の姿になって私の隣に座り直す。
「それでエリーたちが今いる場所が分かるってロッテが場所を教えてくれて、それなら会いにいきたいわって言ったらいいよってロッテが言ってくれたから…来ちゃった❤」
語尾にハートマークをつけながらファジズは「ん~」と私の髪の毛に口をつける。
「ファジズ~…」
首を動かしてファジズを押し返す。
何度もこういう風にベタベタするのやめてって言っているのにぃ…。
するとファジズの間にスラッと何かが突っ込まれてきた。見るときらめく聖剣が真横に滑り込んできている。
「あっぶな!」
ファジズも私も飛びのく。
文句を言おうとサードの顔を見ると、サードは表向きの輝かんばかりの優雅な微笑みを浮かべ、
「てめえ、面貸せ」
と地の底から響くような低い声で親指を部屋の外にクイと動かした。
…何それ、今までで一番チグハグな言動なんだけど。
「何よ、私がエリーにキスするのがそんなに嫌なわけ?」
ファジズは聖剣からものすごく飛びのいた状態でサードに文句を言う。サードは少し口をつぐんで、
「エリーの髪が純金になるの知ってんだろ…?髪の毛が無駄に悪くなるようになったら困んだよ…だから触るなっつってんだボケが…」
とファジズを睨む。
「ハッ」とファジズは肩をすくめて嘲るように首を横に振った。
「分かってなーい。女の子はね、愛されると自然と顔も髪も綺麗になるものよ。それなのにあなたときたら何?腕はひねり上げる、剣は突きつける、悪態はつく…最悪よ、最悪!
そういえば私のお腹の上にも全体重かけて馬乗りになって首に剣突きつけてきたわね?あの時つけられた首の傷と脇腹の傷、未だに痛むし跡が消えないんだから」
ファジズはそう言いながら自分の喉元を触りながら私に体を向けて、
「ほら見てぇエリー。あの男につけられたのよ、この傷ー。あの聖剣で心臓突き刺されそうになった時に蝙蝠になってなかったら一発で死んでたわこれぇ」
と服をめくり上げて、わき腹から背中にかけて斬られた跡を見せてきた。
傷口はふさがっているけれど…勢いよく身をよじるだけでパックリと皮膚が割れて血がにじみ出そうな感じ。
「…痛そうね」
生々しい傷口に思わず顔をしかめてしまう。
魔族は体が頑丈で、人だったら即死ものの攻撃を受けても身もだえるくらい。それでもサードの持つ聖剣で攻撃されると一気に大ダメージを負っている。
ファジズはうまく避けて皮膚が浅く斬られた程度でどうにかなったみたいだけど、それでも数ヶ月もたつのにこの傷の状態なのだから、魔族にとってはこれってかなりのダメージなのよね。
傷口を見られているファジズは、モジ、と身をくねらせた。
「エリーが優しくさすって口づけしてくれたら、もっと早く良くなると思うの…。お願い…」
ファジズが恥じらうようにそろそろと服をめくり上げていく。でも私はファジズの服の裾をそっと下におろしておいた。
だからそういうのやめてほしい。
ある時、下着の替え時☆みたいな記事をネットでみつけて、ほほう、と読んでみました。
『ほつれが目立つ時、生地がよれよれになってきた時、ゴムがゆるくなった時が替え時だよ☆』
「当たり前のことしか書いてないじゃないかーい!」
と当時は突っ込んだものでしたが、その当たり前ができない人が多いからそんな記事が爆誕したんだよなと後から思いました。
アフリカの人が教える暑い時の過ごし方って記事をネットで見つけて、ほほう、と見てみました。
『暑い時には外に出ない、家の中にいてやり過ごす、それが暑い時の過ごし方さ』
「当たり前のことしか書いてないじゃないかーい!」
と当時は突っ込んだものでしたが、その当たり前ができない人が多いから(略)




