真面目王女とフリーダム王妃
トーフォルを見送ったサブリナ様は、ふぅ、とため息をついて椅子に座りると、背もたれにズルル…と少し体を滑らせる。
「随分と内部でも私の家族の評判は悪いのですね。まさかトーフォルの口から殺そうかなんて言葉があれほどに滑らかに出てくるとは。…まあ私もあまり好きではありませんが」
「あまり、ということは嫌いでもないのでしょう?」
ガウリスがそう言うと、アレンが「え」と妙な顔でガウリスを見てらサブリナ様を見る。
「けど毒盛られたんだろ?嫌いじゃないの?」
サブリナ様は少し羨ましそうな顔でアレンの顔を見上げた。
「きっとあなたは家族に可愛がられて育ったのでしょうね」
「…まあ」
年下の女の子に分かったような口調で言われて、アレンもそれ以上何も言えないのか一言返すと、サブリナ様は微笑んだ。
「正直お父様たちのことは好きではありません。会いたくありません、口もききたくありません、関わってほしくありません。ですが記憶の中には笑っているお父様にお母様、お兄様の姿があります。ほんの少しでも可愛がられた記憶もあります。その顔を思い出すと完全に嫌いだといえなくなります。
…が、それ以上に私がされた仕打ちを思い返すと憎い気持ちが渦巻きます。トーフォルのように殺してやろうかと何度思い、何度あの人たちを頭の中で殺害し続けたことか。ですが…それは現実にしたくありません」
サブリナ様は私に視線を移して、
「フロウディア…いえ、エリーと呼びましょうか。あなたもとても良い家族をお持ちです。ディーナ家の方々と共に居る時、私は言いも言われぬ幸福感を味わえます。ディーナ家の方々も私を王女と分かりつつ、どこか娘の一人ように扱ってくれます。家族とは本来このような暖かいものかとどれほど泣きそうになったことか」
サブリナ様は大人びた顔つきになってアレンに視線を戻した。
「家族とは難しいものですね。いっそ完全に嫌いになってバッサリ見放してしまえば楽になれるでしょうに、嫌いになれないのです。家族とはそのように大変なものです。家族が大変だというこの言葉が分からないのなら、あなたはとても幸せな家庭で育ったのですよ、アレン」
アレンは名前を呼ばれて、あ、俺のこと分かってるんだ、という顔になって、
「俺アレン、こっちガウリス」
と軽く紹介する。サブリナ様はふふ、とおかしそうに笑うと、
「知っていますよ」
と返した。そしてサブリナ様軽くニヤニヤと笑いながらガウリスを見る。
「あなたもどうやら家族に苦労なさった経験がありそうですね?ガウリス」
ガウリスはお父さんのことを思い返したのか、ふっとやつれたような顔で口端を上げて、
「そうですね、父の愛情が重いと反感を抱くことが多々ありました」
あら、とサブリナ様は肩透かしを食らった顔になる。
「愛されすぎても嫌になるものですか?」
「子離れのできない父でして。幼子の時ならいざ知らず、こんな大男に対してああしろこうしろと指示する方でした。私の意見など全て流されて聞いてもくれません」
全くしょうのないお方です、とばかりにガウリスは困ったような微笑みを浮かべると、サブリナ様は、まあ、と言う。
「それはそれで有難迷惑というものですね。想像でしか言えませんが、愛されているのなら余計に身動きが取れなかったでしょう」
ガウリスはサブリナ様の言葉に少し黙り込んで、
「正直…今思い返しても鬱陶しい方という気持ちの方が勝っていますが、父なりに私の行く末を心配してのことだったのです。それにここまで大きくなれたのも父の愛もあったからこそです。反発する気持ちは未だ消えませんが、感謝もしています」
その言葉を聞いたサブリナ様は少し表情を固めてガウリスを見た。その目には、妬ましいとでも言いそうな感情がよぎっているような…。
ガウリスは黙ってそんなサブリナ様の様子を見て、
「もちろん、父と母だけに育てられたわけではありません。周囲の大人にも助けられ、神にも助けられ、勇者御一行に助けられ今の私があります。父のことで苦労しましたが、それ以上に他の方々の助けがあって私はここにこうやって立っているのです」
ガウリスはそう言いながらサブリナ様に続けた。
「あなたにもそのような存在が居らっしゃるでしょう。私も過去にあった苦しい出来事はそうそう捨てられませんが、あなたを手助けしてくれる存在が居る限り、その方々に愛と感謝の気持ちを表してください。
そのほうがあなたも周りの方も気持ちがいいものです、過去にあった辛いことばかり思い出して自分と同じ境遇の者たちを見つけ話し合おうとも、傷をなめ合うだけで先に進めません」
サブリナ様は途中までガウリスの言葉をじっと聞いていたけれど、話の最後の辺りになると目つきを変えて怒ったようは表情になる。
「私が家族で苦しんでいる者たちと傷をなめ合っているとでも?」
サブリナ様の様子に私は失礼よ、とガウリスを止めようとしたけれど、ガウリスは構わず続けた。
「失礼ながらそのようなものを感じました。辛い出来事を口に出し周りに聞いてもらい同調してもらうというのは気分がよくなりますが、それが心地よいと感じては心が健全ではありません。それでは文句と愚痴の多い人間になってしまいます。
類は友を呼ぶ、これから王位に立つ方の周りにそのような者が集まっては大変でしょう。そう思いあえて言葉にさせていただきました」
しっかりとした口調のガウリスにサブリナ様は少し口をキュッと引き結んで表情を固くしたけれど、それでも心を落ち着かせるためか厳しい目つきでレースのカーテン越しに外を睨むように見続けている。
…それからゆっくりと視線を下に向けた。
「…確かにサードやガウリスが家族で苦労したというのを聞いて、家族で苦しんでいるのは私だけではない、家族の辛さを分かってもらえる、文句を言っても受け止めてもらえると思っていた部分はあります。認めましょう」
それからサブリナ様はまたしばらく黙り込んでいたけれど、ガウリスに子供らしい、どうしていいのか分からないという視線を向けた。
「ガウリス、あなたはどうやってそこまで自分に嫌な思いをさせたお父様をしょうがない人だと笑えるのですか、どうして感謝できるのですか、憎くはないのですか」
ガウリスはそんなサブリナ様にあっさり返した。
「父と離れ冒険しているからでしょうね」
「え」
「私は元々神官で、父も同じ神殿にいる神官でした。きっと私の場合は距離が近すぎたのだと思います。こうして離れて冒険していると、目の前ことに目がいって昔のことを思い出すことも少なくなります。
もちろんたまに嫌な思い出がよみがえることもありますが、今ではそんなこともあった程度にしか思わなくなりました」
サブリナ様はじっとガウリスの言葉を聞いてあれこれと考えているみたいだけれどいい返答が見つからなかったのか、
「…離れたら、笑えるようになるものですか」
と聞いた。ガウリスは苦笑する。
「父と離れたら気持ちに余裕が出て、目の前のことに集中していたら嫌な記憶がろくに出てこなくなって、その状態で昔のことを思い出しても深く考えなくなった。それだけのことです。それよりも愛と感謝の心さえあれば、許せることは格段に多くなりますよ」
ガウリスの言葉にサブリナ様はさっきとは違うニヤニヤ顔をガウリスに向ける。
「いやはや、神官の言うことは最もらしく聞こえるものですね」
船の船長、ヤッジャが言ったようなセリフがサブリナ様の口から出てきて、思わず笑ってしまいそうになって慌てて口をふさいだ。
それでもサブリナ様の表情はどこか柔らかくなっていている。
「愛と感謝…ですか。…そうですね、あなたの言葉、肝に銘じておきましょう」
* * *
「この国にもあなたのような方がおられるとは!」
「こんなにも幼いのに考え方はファディアント王とは比較にならん!」
「お可哀想に、まさか毒を盛られていたなど…」
「こうなればどうしてでもサブリナ様を王位に」
トーフォルが去って行ってから一時間かそこら。サブリナ様の部屋に訪れたこの国の大臣たちがあれこれと自由に発言をしている。
どうやらトーフォルは立ち去ってすぐに緊急の会議がしたいって呼び掛けて他の大臣たちを集めて、サブリナ様のことを話したみたい。
サブリナ様は熱にやられていたわけではないこと、国王たちに毒を盛られていたこと、ファディアントを退位させてサブリナ様を国の頂点に据えようって話を。
四人の大臣たちはいきなり始まったトーフォルの話に半信半疑で、それが本当かどうなのか実際にサブリナ様の様子を見にきたんだって。
そうしたらトーフォルよりも年上のお爺さんのような大臣全員がサブリナ様の立派な受け答えを見て聞いて、サブリナ様こそが国の頂点にいるのがふさわしいとばかりに喜んで手を取って喜びあっている。
「これならすぐにでも動かなければ」
「そうだそうだ、あの国王は速やかに退位させよう」
「大臣全員の協力があるというのなら心強い。痛み入ります」
サードは優雅に頭を下げるけど、隣にいるアレンは、
「結局どうやってファディアントを退位させんの?」
と聞いた。
トーフォルはどうも馴れ馴れしいアレンが苦手みたいで顔を歪ませているけれど、他の大臣…クローキっていう一番年上に見える白髪の大臣はふむ、と頷く。
「まずはファディアント様たちに私たちの動きを悟られないよう動くのが肝心だな。国政には関わらないが自分の不利益になることには敏感に察するお方たちだ」
「しかし真っ当な方法で退位させなければとトーフォルは言っていたが、あんな健康体で王座にしがみついて離れようともしない男、どのように真っ当に退位させればいい」
渋い顔の大臣、ラツィが本当に渋い顔をして文句みたいに言っている。
「他の国の歴史でも探して調べてみますか、この近辺にあった国に限りますが各国の伝聞の書記が書庫にあったはずです」
柔らかい口調のガット大臣がそう言うと、
「まず何でも調べられるのなら調べよう、このような大きい話、やれることから手をつけていかなければ何も始まらん」
と明らかに疲れはててるのが目に見えるロップ大臣が呟き返す。
目の前であれこれと話あっている大臣たちをしり目に、チラッと優雅に微笑むサードの顔を見た。
いつもサードは私たちには思いもつかない方法で物事を解決していくから、もしかしたらもうファディアントを王座から引きずりおろす方法を考えついているんじゃないかしら。
でもサードは何も言わないものね。それなら何も考えついていない?
…もしかしたらここまでセッティングしたんだからあとはもう国の内部で解決しろって放置しているのかも…。こいつ面倒くさがりだもの。
あれこれ思っているとサードは一歩前に出て頭を下げる。
「ひとまず私は今日はこれにて失礼します」
「行ってしまわれるのですか」
「ジリス男爵や後ろの方々にも話合いに参加していただきたいものですが」
トーフォルたち大臣はそう声をかけるけれど、サードは優雅に顔を上げる。
「本日の目的はサブリナ様と大臣を引き合わせ誤解を解くこと。その目的は達成されましたので私たちは次の行動に移りサブリナ様のご即位に尽力したします。さあ行きますよ、姿を消すこともお忘れなく」
そう言ってサードがドアに向かっていくから、私たちはハンカチをくわえて透明化する。
大臣たちは、おお、とどよめいた。
「お待ちください、入口まで兵士に案内させましょう」
トーフォルが声をかけたけれど、サードは振り向く。
「ありがとうございます。しかしここまでの道筋は覚えておりますので大丈夫ですよ、お気遣い感謝いたします」
大臣たちは何て頼もしい人だろうという目でサードを見ているけれど、かすかに王家の居住地までの道筋を他国の者に覚えられて大丈夫か?と少し引っかかっているような顔つきの大臣たちもいる。
まあ普通の反応よね。それでもここまでサブリナ様のために動いた人だからと見逃しているのかも。
外に立っているジュケイに頭を下げたサードはすたすたと歩いて入口まで向かって行っているみたい。
「普通に入口から出て大丈夫なの?むしろどこから入ったのよ、サード」
モソモソとサードに話しかけたけれど、サードがシッと声を出したから私は口をつぐむ。するとコッコッコッとヒールの音が聞こえてきて、サードは廊下の脇に寄ると腰を折り曲げ胸に手を当て深々と頭を下げた。
「あらぁ?」
曲がり角から甘ったるい声を出しながら、マーリンが現れた。今日も体のあちらこちらに二重三重にもキラキラ輝いている宝石を身につけた見本市みたいな格好で。
サードをみつけたマーリンは不思議そうな顔で近づいて来る。
「見ない顔ねぇ、誰かの知り合い?ディアンのお友達かしら」
ユッサユサと盛り上げた胸とその胸に乗っているペンダントを揺らしながらマーリンがサードに近づいて聞いている。
「はい、ここから離れた国で男爵をしているジリスと申します。以後お見知りおきを」
顔を上げないままサードは挨拶する。
「へえ、あの子友達なんていたの、変なの」
あっけらかんとマーリンは言った。
けど息子のことなのに友達なんていたの、変なのって言葉…。
サブリナ様はディアンは跡継ぎの男だからマーリンに可愛いがられいるって言っていたけれど、今の言葉を聞く限り本当に可愛がられているのかちょっと分からないわね…。
マーリンは宝石がちりばめられている扇でチョイとサードのあごをすくい上げる。
ジロジロとサードの顔を見たマーリンは、うふ、と笑った。
「随分と可愛らしい顔だこと。うふふふふ」
マーリンは甘ったるく笑いながらサードの首に自分の腕を絡めるとそのまま後ろに下がって行って、今出てきた曲がり角にサードを引きずり込んでいく。
あ、ちょっとサード…。
追いかけて曲がり角から身を乗り出すと、マーリンは吐息がかかるんじゃないかってくらいサードに密着して、そのまま胸も密着させながらサードを壁に押し付けている。
「可愛がってあげるわよ、男爵坊や」
マーリンはサードの頬を撫で、目をつぶって唇を突き出している。
えっ、ちょ、この人結婚して子供もいるのよね!?……あ、ああ、マーリンってそういう人なのね…。ふーん、そう…。
なんとも微妙な気持ちになりながらサードを見ると、貴族のような微笑みを浮かべたままマーリンの顔をじっと見つめて、
「お戯れを」
と言いながらあごに軽く手を添え顔を左右に動かして、髪の毛を上になでつけている…。
…へーえ、こんなサブリナ様を早く即位させないといけない状況なのに、その母親とこんな廊下で女遊びするつもりなの、へーえ。
呆れて見ているとサードはマーリンの腰に手を回してクルリと回転して、逆に王妃を壁際に優しい手つきで押し寄せた。
「あなたにはマーリン王妃でしょう?夫も子供もいる方が私のような爵位の低い者を相手になど」
「いいのよ、許すわ」
ほれほれ、と自慢するかのようにマーリンがサードの体に大きい胸をこすりつけている…。
うう、気色悪い…!これ以上こんなの見たくない。
傍にいる誰かの体をグイグイ押してここを去ろうと訴える。
「しかしながら今は少々時間がありませんので、失礼」
それでも予想外にサードはスイッとマーリンから離れた。
マーリンは「えっ」という目つきをしているけれど、私も「えっ」という目つきでサードを見る。
親子ぐらいの年の差があっても見た目とその胸の大きさでマーリンはサードの好みの範囲内だと思っていたから…。
「ちょ、ちょっと待ってよぉ、こんな気分にさせておいて急にやめるだなんてぇ…」
サードの服を掴んで引き止めるマーリンにサードは振り向いてその手を取ると、手馴れたように手の甲に口をつける。そしてニッコリと微笑みながらマーリンの両手を自分の両手で挟み込んで、上目遣いになった。
「またいずれ、王妃様」
甘く囁きながらもう一度マーリンの手にそっと口づけして、サードは微笑みを残して背を向け歩き出す。
マーリンはキュンと乙女のようなまなざしで去っていくサードの後ろ姿を見つめて、ヨヨヨ…と壁に手をついていた。
今の成り行きに呆然としていると誰かに服をツンツンと引っ張られる。
あ、そうね、サードの後ろをついて行かなきゃ。
そのまま皆無言で王家の居住地から遠く離れたころ、アレンがもがもがと話し始める。
「こんな昼間の城の中で王妃相手におっぱじめる気かとヒヤヒヤしたぜ」
「俺だって相手は選ぶぜ」
貴族らしい背筋の通った歩き方をしているサードは裏の言葉遣いでそう言いながら片手を上げて、手の甲を見せつけるように指を全て上に向けた。
その指を見ると、指輪が三個、第一関節の辺りにカラッと並んでいる。
…でもサードはアクセサリー系統は邪魔だってつけないのに。…その指輪は一体…?
そう思ってその指輪を見ていると、サードはそれは楽しそうに本性の顔でニヤニヤ笑いながら振り向いた。
「王妃の手に口付けした時に一個、手で挟み込んだ時に一個、最後に口付けた時に一個、合計三個くすねられたぜ」
そう言いながらもサードはどこか悔しそうな顔になって顔を前に戻す。
「しかし壁に押し付けた時に腰回りに巻いてた宝石もとればよかったな、くすねられるって考えに気づくのが遅れた、クソ、俺としたことが…」
ポケットにゴソゴソと指輪を入れるサードに、ガウリスが顔を青ざめているような口調でモゴモゴと言った。
「サードさん…それはスリ…」
サードは裏の顔のままガウリスの声のする方向に顔を向ける。
「これは元々この国民から搾り取った税金だぜ。心配しなくてもこの国の奴らに還元してやらぁ」
くすねるのか、って言いたかったんじゃなくて、指輪をマーリンから盗んだことについてガウリスは色々と言いたかったんだと思うんだけれど…。
それでもその指輪は元々苦しんでいるこの国の人たちのお金だと言われてるとガウリスも言葉に詰まったみたいで、あとは何も言わなかった。
エルボ国に来てから今までサードのやったこと…暴行、傷害、身分詐称、詐欺、窃盗、家宅(城)侵入、国家転覆を目論む行為
あと大臣たちの名前の由来↓
クローキ大臣…ローキック
ラツィ大臣…コブラツイスト
ガット大臣…ガット・バスター
ロップ大臣…ドロップキック
トーフォル大臣…ステップオーバー・トー・ホールドウィズ・フェイスロック(STF)
頭の中で名前の由来になったそれぞれの技を使い、リングの上で汗をとばしながら戦っているおじさん~お爺ちゃんたちの図がいちいち出てきて困りました。頭脳派で魔導士が多い国の中の大臣たちなのに。
ちなみにガット大臣の技が一番エグイと思います。胃袋蹴落とし。




