大臣の勧誘
トーフォルは少し黙り込んでからサブリナ様を見て、背筋を伸ばして試すような顔になる。
「…この国は荒れに荒れ果てたままです。四年前の戦争で崩れた家はほとんどそのまま、金を持っている家は少しずつ建て直されていますが、ほとんどの一般家庭の者は家すら建てられず青空の下で着の身着のままで生活し、そのせいで亡くなる者が大量に出ております。
市場もありますがこのような荒れた国で他国からの流通も滞っており物は少なく高値で販売されていて、結局食に困っている貧困層には手が届かないものになっています。そんなこの国から他国に逃げようとする国民を国が縛り付けて動けないようにしている。これが今の状況です」
ツラツラと今現在の城下町の状況をトーフォルは伝えて、真っすぐにサブリナ様を見た。
「サブリナ様はこの城下のことをどのようにお考えですか」
サブリナ様は一拍おいて考えたあと、トーフォルと同じようにツラツラと返す。
「まずは衣食住の確保が先決です。どこでもいい、まずは雨風をしのげる布一枚を張る程度でもいいので人々が避難できる場所を作りましょう。お金が無く食に困っている者たちにはこの国の食糧庫を開けて炊き出しをします。
着る服が無くて困っているのなら服を持っている者に要らない服を分けてもらい、それを与えましょう。この城にも誰も着ていないドレスなどがたくさんあります、それを全て売り払って国民のために新しい服を買う資金に回せばよろしい。
瓦礫は…そうですね、国からお金を支払って日雇いの労働者を募りましょう。年齢性別を問いません。運んだ量に対してお金を支払う形にします。
そうすれば少しずつでもお金が手に入り市場から食べ物を買えるでしょう。次第に物流の交流が盛んになり、高値で売られているものも少しずつ値段も落ち着き、お金が回りだせば国民の生活も少しずつでも潤います。
そこまで順調にいくとは限りません、ですが今できることを着実にやれば成果は出てくるはず。私のこの考えについてあなたはどう思いますか、トーフォル?」
サブリナ様がそこまで言い切ってトーフォルに聞き返すけど…トーフォルは真顔でサブリナ様の顔を見下ろしている。
それどんな感情?ってくらいの真顔…。もしかして何か不満な所があったの?
サブリナ様もトーフォルが真顔で何も言わないのを見て、私の考えはおかしかったかしらって、どこか不安そうな顔になってきている。
するとトーフォルは口端をピクピクと震わせ、次第に体を震わせヒゲを震わせて、急に顔を押さえて「ああっ」と膝をついた。
「祖父の代より数えて百十二年、代々大臣職としてエルボ国に仕え、なんと無意味な人生だったことかと祖父も父も嘆いておりました」
震える声でトーフォルは続ける。
「良かれと思った考えは全て国王に要らないと言われ、良かれと思って忠告すると鬱陶しそうな顔をされ、どんなにこの国のためを思っても全てが却下され…。私の祖父も父も失意のうちに亡くなり、私も大臣の存在はなんと無意味なものかと思っていました…!」
段々と涙声になって…ううん、もうトーフォルは会話の途中からむせび泣いている。
「今サブリナ様のお言葉を聞き、ようやく分かりました。私が仕えるのはファディアント様ではなくサブリナ様、あなただと!」
トーフォルはサブリナ様の手を取って泣きに泣きながら膝をついて見上げて、
「私はこれより現国王を今の地位より追いやり、あなたを王位に据える力ぞえすることをお約束いたします!」
サブリナ様は目を見開いてトーフォルを見た。その驚き具合からみて、サードがそこまで話しているのは分かっていなかったみたいね。
「聞いて…いたのですか」
サブリナ様の言葉にトーフォルは、
「はい、このジリス男爵より聞き及んでおりましたが、実際に会って話してみない事には決められないと…失礼ながら政治的に利用されようとしているのではと怪しんでおりましたので。
しかしあなたはこの代々の王家にはいない稀有なお方です、どうかこれより私を上手に使っていただきたい、ともにこの国を栄えさせましょう!」
むせび泣きから嬉し泣きに変わっているトーフォルに、サブリナ様は戸惑いながらも嬉しそうな顔つきで微笑んだ。
「あなたが隣で手腕を発揮してくれるのならとても心強いですよ、トーフォル」
その言葉にトーフォルは感極まったのか余計に泣き出してしまう。
でも…そりゃそうよね。お爺さんの時から王家の誰にも目をかけられなくて、皆が無意味な人生と思いながら過ごしてきて、ようやく心から尊敬して自分を認めて声をかけてくれる人が現れたんだもの。嬉しくなるのは当たり前よ。
「大臣が手腕を発揮する前に、現国王と王妃、そして王子をどうにかしなければ」
サードが声をかけるとトーフォルは鼻をすすり上げて立ち上がって目を拭い、背を伸ばして真面目な顔になった。
「ジリス男爵、あなたを今の今まで疑っていたこともここに深く謝罪いたします、どうかお許しを」
「いいえ。国を思っての猜疑心、立派でございますトーフォル大臣」
お互いに腰を折り曲げ優雅に頭を下げ、トーフォルは顔を上げた。
「つきましてはジリス男爵にも力添えをいただきたいのですが」
「それなら私の仲間もご紹介いたしましょう」
サードは私たちの立っている所に顔を向けて、
「どうぞ姿を現してください」
と言うから、私たちはハンカチを外して姿を現す。
急に私たちが続けて三人現れたからトーフォルは短く叫んで心臓を服の上から押さえつつ、目を瞬かせながら私たちを怪しげな目で見てくる。
「本当に…仲間ですか?」
トーフォルがサードに向かって聞く。
まあ確かに貴族姿のサードの仲間にしては格好が不釣り合いすぎるわよね。
私は髪の毛がボサボサでフードも深く被ってて顔もろくに見えないし、アレンは似合わない眼鏡のせいでいかがわしさがすごいし、ガウリスなんて殺し屋そのものだもの。
それでもサードは微笑みながら手を差し向けてきた。
「ええ私の仲間です。右からロドディアス、ランディ、グランと申します」
右から変装しているアレン、ガウリス、私。
こいつは本当にこの国と関わりの無い人に魔族の名前をポンポンと適当に使うわね…。そこまでやってて混乱しないのかしら。…ううん、混乱なんてしないか、サードだもの。
とりあえず私はグランって呼ばれたら返事をすればいいんだわ。
…この場にグランが居たら「俺の名前を勝手に使うな!」って口をガッと開けて怒り出すわよね。
そんな風に怒るグランが簡単に想像できて、少し笑いが込み上げてきた。
すると視線を感じて顔をふと上げると、トーフォルの後ろからサブリナ様が私を見ていて少しおかしそうに口元を上げている。
どうやら私がエリーだって気づいているみたい。それならアレンとガウリスのことも勇者一行だって分かっているのかも。
「この三人は魔導士ですか?」
「ええそうです。いつもこのように私の周りに居て守ってくれています。口の固い者どもなのでご安心を」
魔導士は私だけなのにサードは堂々と嘘をつく。
それでも空中から急激に現れたのを見たトーフォルは、私たちが貴族のボディガードの魔導士と素直に信じたみたいで、
「では本題に入りましょう」
と私たちから視線を逸らした。
「まずは真っ当に国王を退位させる方法ですが、在位期間は明確に決められていません。崩御されるか、お体を壊し執政ができなくなるまでと思っていただいてよろしいかと。
しかしファディアント様は国王の座を降りる気は全くない。いつまでも自分が王位に座ってるのが当然と思っておられる。
お体の方もそれは丈夫で滅多に風邪も引きやしないお方ですし、ついでに息子のディアン様も父親譲りの頑健なお体をお持ちでございます」
「頑健?ですが王子は…」
サードは口を開きかけたけど、思い直したように口を閉じて、
「いえ、話を遮り申し訳ございません」
と引っ込んだ。
けどそんな所で話を終わらせられると気になるじゃない。それでも貴族のボディガードの立場になっている私がサードにあれこれと話を聞こうとするのもおかしいし…。
そう思っているとトーフォルも私と同じように気になったのか、サードに声をかけようとしている。でもその前にアレンが口を開いた。
「ところでこの国じゃ女王が上に立ったことねぇって聞いたけど、そこの王女様が上に立つことってできんの?」
アレーン!そりゃアレンはいつも誰にでもそんな態度だけど、今は貴族のボディガードで話している相手は国の大臣と王女なのよ、少しは弁えてよアレーン!
ヒヤヒヤしながらトーフォルをチラと見ると、自分やサブリナ様に対して馴れ馴れしい言葉使いをされたせいか目を剥いてアレンを睨んでいる。それでもサブリナ様は、
「今は同じ目標に向かって心を合わせる者なのです、よろしいではないですか」
と声をかけた。それでもトーフォルは面白くなさそうな顔だけれど、それでもアレンに顔を向けて、
「たしかに建国以来、女王が立ったことはない。が、明確に男性のみが継承するものと決まってもいない。ちょうどよく王家の中に跡を継げる長男がいたから王位を担っているだけのこと」
ふーん、とアレンは少し納得するように頷きながら、
「仮にファディアントを退位させたらどうすんの?城ん中で軟禁でもすんの?国から追い出すの?殺すの?」
いつも通り人が顔をしかめるようなヒヤッとすることすら日常会話レベルの軽さで聞くアレンに、トーフォルは何だこいつって目をしているけれど、アレンは続ける。
「だって娘にも毒盛るような奴らなんだろ?ファディアントがやったのかマーリンがやったのか二人でやったのか分かんないけど、全員納得済みで王位から引かせないと確実にサブリナのこと殺しにくると思うんだよな」
アレン!せめてサブリナ様には『様』をつけてよ!ほら、呼び捨てにするからトーフォルが凄く睨んでるじゃない…!
「そうですね、国王らは殺し屋などを多く雇っているときいております。国王らが何か命令を出す前にサブリナさんを王位に据えなければ、この国のどこにいようが危険がつきまとうでしょう。そのような者たちに対して何か対策ができたらいいのですが…」
ガウリスがそう言うとトーフォルは、最も殺し屋に近そうな男が何か言っていると言いたげな顔をしているけれど、気を取り直したようにガウリスに返す。
「その者たちなら問題ない。ただ雇っただけでろくに動かしていることもないからな。四年前の戦争が起きたころに自分専用の殺し屋とスパイが欲しいとファディアント様に駄々をこねられたから少しでも戦力になるならと雇ったはいいが、いざ雇ったらあとは満足して一度も声をかけたこともない。全く、無駄なこと国家予算を使ってしまった…」
トーフォルは話している途中からイライラしている。
でもそれなら殺し屋とかスパイはファディアント専用だから、ファディアントが動けって命令しない限りは動かないんだわ。
「それじゃあその人たちが動いてサブリナ様が危険に晒されることはないってことね」
良かった、という気持ちで独り言みたいに言うとトーフォルもわずかに頷きかけたけれど…少し難しい顔をする。
「しかし普段頭は回らないのに、いざその立場を利用されそうになると目ざとく察知して拒否すようなお方だ、ほんの少しでも私たちのような動きを悟られたら面倒事になる」
「小賢しいのですね」
サードが優雅に毒つくと、トーフォルは全くもってその通りと大きく深く頷いている。
「自身の身の振り方は何より分かっておられる方です」
「じゃあどうやってファディアント追い出す?気づかれないように辞めさせる方法ってある?」
馴れ馴れしいアレンにトーフォルは、だから何なんだこいつ、という目を向けつつも悩むように口に手を当ててあれこれと考え込んでいる。
「まずこの国は百年足らずの新しい国だから、国王の座から王を引きずり降ろした先例がない。正直にいうとどのように動けばいいのか…。手っ取り早いのは国王の雇っている殺し屋に声をかけることだが、それだと国王に悟られる可能性が高いからな…」
「殺すおつもりですか?お父様方を」
サブリナ様が驚いたようにトーフォルに声をかける。トーフォルはハッと顔を上げて、
「申し訳ございません、安易な考えを口に…!」
と申し訳なさそうに頭を下げるけど、アレンはだよなぁ、と腕を組む。
「まあ手っ取り早く暗殺してって流れになるよなぁ。国の利害関係面倒くさいし、他の人達に適当にやってもらうのが楽だよな」
だから本当に何なんだこいつ、って顔をトーフォルはしている。
それでもアレンの言葉にガウリスが首を横に振りながら語りかけた。
「しかしそれはいけません。私の国では王を暗殺し国王に成り代わった王も過去におられますが、どんなに巧妙に暗殺をしたとしても前後の流れから現国王が前国王を殺したのだろうと察する者たちもおりましたから。
暗殺のようなほの暗いことのあとにサブリナさんが王になったとしましょう。しかし熱にやられていると国民たち全員が思っているのですから、国王を暗殺したのも実際に政治を行っているも大臣たちだと国に対し疑惑を持たれる可能性が高いです。
それに今この国の国民たちは国に対して失望しています。その中でほの暗いことを起こした者についていく国民がどれほどいるでしょう」
…なるほど、って顔でトーフォルがガウリスの言葉に頷いているわ。
「つまり正攻法でファディアント様を退位させなければ、後に王になるサブリナ様が苦労すると」
トーフォルの言葉にガウリスは頷く。
「国民は疲弊していますからそのようなことになっても表立って反逆を起こす者はいないかもしれません。しかし離れた人心をより戻すのは苦労することでしょう」
ふむ、とトーフォルはあごをなでてサードを見る。
「流石、あなたのボディガードなだけあります。言葉の節々に教養と品がある」
「ん?うん、ふふ」
アレンが嬉しそうに笑っているけれど、トーフォルはかすかにお前じゃないって言いたげな顔でアレンを見ている。
「そういえばヘロック地区ですが」
サードに声をかけられたトーフォルがアレンから視線を逸らしてサードを見る。
「ヘロック地区に王子はよく赴かれていると聞きましたが、国王も赴くことはあるのですか?」
ヘロック地区…国の北側にある地区で、ディアン曰く、高級娼館があるって話。
その地区名を聞いたトーフォルは少し微妙な顔つきになってしばらく黙り込んだけれど、
「…あの地区にはファディアント様とディアン様のお気に入りの景観がありますので…」
って曖昧な口調で返した。
そうね、すぐそこにまだ成人前のサブリナ様がいるんだから、そんな話聞かせられないわよね…。
「そういえばヘロック地区はどのような場所なのですか?お父様はいたく気に入っているようですが、気に入っているわりにお母様をお連れにならないのが不思議で…。他の地区の気に入った場所には必ずお母様と一緒に行くのに」
それでもサブリナ様は少なからずずっとヘロック地区が気になっていたのか、トーフォルから聞き出そうとしている。
トーフォルはスッと顔を逸らして、
「さて、他の大臣らにここでの話をしてきます」
と去ろうとした。
「他の大臣らは信用が置けますか?」
立ち去るトーフォルの背中にサードが声をかけると、トーフォルは苦笑の顔でわずかに振り向く。
「安心ください大臣は私を含め全員で五人ですが、皆ファディアント様に良い感情を持っておりません。なんせ年がら年中三百六十五日、この王家の尻ぬぐいや訳の分からない命令で奔走しているのですから、皆この生活にウンザリしています」
トーフォルはそのまま私たちに頭を下げて去っていく。
「…ヘロック地区…」
「高値の華が多い所ですよ」
ヘロック地区のことを説明されなかったサブリナ様はどこか納得いかない顔で呟くと、サードは軽くそう返した。




