詐欺師百パーセント
トーフォル大臣の話が上がって、サードは少し考え込んでからサブリナ様に聞いた。
「そのトーフォル大臣は事情を話せば仲間になっていただけるような方でしょうか。今現在私たちがやろうとしていることは国家反逆罪ですので、そこにも真面目に対応するような方だと困るのですが」
味方になれば心強いけど、反逆者と見られたら面倒だと言いたいのね。
サブリナ様は、ふふ、と笑いながらサードを見返す。
「さぁて、どうでしょうか。トーフォルは非常に真面目な者です。国王をおいやり、熱にやられた女を次期王位継承者にと言って素直に納得するかどうか」
サードは視線だけを動かして何か考え込んで、口を開いた。
「しかしサブリナ様が好ましく思うのならば少なからず気が合うということ、気が合うならば思考回路も似た所が多いはずです。大臣の立場なのにファディアントとマーリンの側に居ても殺してやるとばかりの顔をするのなら、二人の対応によほど腹を据えかねていることの表れでしょう。
私がトーフォルの立場であれば、次期王位継承者があの王子かあなたかと言われたら、迷わずあなたを選択しますね」
「あら嬉しいこと。比較的私の方がマシということですね」
「…そんなに卑下しないでください、サブリナ様。サブリナ様はご自身が思ってる以上に素晴しい方なのですから、そんな風なことをおっしゃらないでください」
何だかサブリナ様の言葉の端々には自分を卑下するようなことが混じるのよね。
あんな王家の中でここまで立派に生き抜いて成長してきたんだから、もっと誇りに思っていいのに。
するとサブリナ様は少し微笑んでから私を見る。
「これは卑下しているのではありません、自分への戒めです」
「戒め…?」
「私ではなく両親や兄がおかしいというのは道化師によって客観的に証明されました。しかし私も子供の頃からそのおかしい人に囲まれて育ったのです。
他の者と考えが違うところがあるかもしれませんし、自分だけはまともだという考えが成長すれば自分以外の全員がおかしいという考えに発展しかねません。そうなれば晴れて私は両親や兄の仲間入りです」
サブリナ様は私に分かるかしら、と言い含めるように真っすぐに見てくる。
「あまり自分がまともだと考えすぎると逆に正気を失うのです。ただの馬鹿よりそちらの方が非常にタチが悪いでしょう。私はどちらかというとその気があるのである程度の所で自分を抑えているのです」
…本当にサブリナ様は十一歳?
私が十一歳のころにそんな風なことを考えたことなんてあるかしら。…ううん、ない。友達と遊ぶ、勉強、お菓子を食べるくらいしか考えてなかったと思う。
サブリナ様と比べたら…私は確かに何も考えていないポワッとした子供だったわね、これ…。
「トーフォル大臣をこの部屋に呼び寄せて、今ここで話した話を聞かせてみるのはどうでしょう?熱にやられていないと分かれば話は早いと思うのですが」
サードが言うと、サブリナ様は微笑みの口を引き結んで、少し悩む素振りを見せる。
「トーフォルは本当に真面目な者です。下手をしたら本当にあなた方を国家反逆罪及び侵入者として捕らえるかもしれません。呼び寄せようにも私はこの部屋から出られませんし、メイド以外の者は誰も入れないことになっています」
「分かりました。こちらでトーフォル大臣に接触し、話し合う場を整えておきましょう」
あまりに簡単に言うもんだから驚いてサードを見た。
「どうやって?相手は大臣なのよ?」
「どうとでもなります」
…さっきから王家を追い出せばあとはどうとでもなる、大臣に接触するのもどうとでもなるって簡単に言っているけれど…本当に考えがついてるのかしらこの男…。
私の疑惑の視線は無視するようにサードはサブリナへ様に続ける。
「もちろん、あなたの力ぞえがあればもっと楽に事が進みます。協力くださいますね?サブリナ様」
頼み込んでいる調子だけど、その言い方だと断るわけないだろ?って言っているようなものじゃない。
私は呆れたけれどサブリナ様はおかしそうに微笑みながら、
「あなた、物腰は柔らかいですが中々に事の進め方は強引ですね。国の中にいたら外交に向いているわ」
と言いながら優雅に身を乗り出す。
「しかしこのような状況です、それくらい強引でなければ話は進まないでしょう。まずあなたの考えをお聞かせください、私は何をすればいいのか」
「トーフォル大臣に直筆で手紙を書いてください。国王らに毒を盛られ身を守るために熱でやられたふりをして身を守っていたこと、この国の現状をどうにかしたいというあなたの思いを余すところなく」
「…」
それだけ?とサブリナ様の顔が言っている。サードはその顔を見て続けた。
「それとその手紙がサブリナ様本人が書いたと証明できるものがあればなおいいのですが。あなた専用の封蝋の印か王家のものと分かる判子などはありますか?」
「そのような印は国王しか持っておりません。この国専用の印鑑を持つ者こそが王の座につく者の証なのです。それでもこれは私の名前と王家の紋が入っております、これがあれば私からの手紙と証明できるでしょう」
サブリナ様は話しながら首に下げられている小さいネックレスを外してサードに渡し、サードはネックレスを受け取ったけど、わずかに渋い顔で忠告するようにサブリナ様に声をかける。
「このような大層な物を簡単に人に渡すと悪用されますよ」
サブリナ様はからかうような笑いを浮かべた。
「あら、国家反逆罪にでも悪用するおつもりかしら。存分にどうぞ」
そう返されたサードは思わず笑ってしまっている。
サブリナ様も笑っていたけれど、ふと時計を見て私たちに向き直った。
「そろそろメイドが来る時間です」
「では私たちはこれにてお暇しましょう」
サードはさっさと立ち上がるから私も立ち上がって後ろをついていく。
それでもあのセンモに暴力を振るわれるんじゃないかと思うと不安で、後ろを振り向いて、
「次に会う時までお元気で」
と声をかけた。こんなの気休めにもならないでしょうけど、それでも何か言わずにはいられなかったから。
サブリナ様はニッコリ微笑むと軽く手を振って、
「次に会える時を楽しみにしていますよ」
とだけ返した。
サードは扉を閉めて鍵も締め直す。
…サブリナ様はこのまま私たちと一緒にお城を抜け出した方が安全なんじゃないのって思う。むしろ連れ出したい。
私だったらこんな所に一人置いていかれるなんて絶対にイヤ。それでも王女が急にお城から居なくなったら変に騒ぎが起きてしまう。
その事が分かっているからサブリナ様もここから逃げたいって言わず、私が足を止めないようただ微笑んで私たちを見送った。
サブリナ様のことを思うと胸が締め付けれる…。
「早く…早くサブリナ様が安心できる場所を作らないと」
「まあな」
独り言みたいに呟くとサードは気がないような一言を返す。ハンカチをくわえて透明化して、サードの腕を掴んだ。
その後はここに侵入するまでとは逆。近衛の鎧を脱ぎ捨てて城下の見回りをする兵士を気絶させて、三時の見回りの兵士たちに紛れてお城から脱出。
お城から出たサードは見回りの兵士たちから少しずつ距離を取り始めて私に声をかける。
「あの王女はいい女になるぜ。あーあ、あんな年下のガキじゃなくて俺と同じくらいの年齢だったらもっと口説き甲斐もあるんだがな。…でも身分が高い女にちょっかい出すと後が面倒くせえか…」
あの立派な方を見ての感想がいい女になるとか、口説くとかそんなものになるわけ?こいつ。
そう思うとイラッとしてサードの腕を殴るけど、鎧で覆われているからサードはノーダメージ。全然痛がってない姿を見ると腹立つ。むしろ鎧を殴った私の手の方が痛い。
それでも手を離したらサードと距離ができ始めるからすぐに横に並んで腕をつかみなおすと、ふとサードは私を見た。
「つーかお前、何でいちいち俺の腕に手回してんだ?」
「私の姿は透明だからサードとはぐれないようにしてるんじゃない」
モソモソと返すとサードは何を言っているんだこいつ、って顔で見返してくる。
「俺の姿は見えるんだから普通に俺の後ろついてくればいいだけの話じゃねえのか」
は?何言っているのよ、そうしたらはぐれちゃうでしょ、ガウリスたちと一緒の時だって…。……ん?そういえばガウリスの服を掴んでいたのって、皆が透明になっててはぐれたら大変だから。
でも今はサードの姿はハッキリと見えるんだから、サードの言う通りサードを目印にして後ろからついて行けばいいだけの話。それにサードは私が透明になっていてもどこにいるか把握できるんだから、こうやってずっと腕を掴んでいなくたっていいんじゃないの。
そう気づいた私はシュッとサードの腕から手を離す。
「そう思ったならもっと早めに言ってよ」
ずっと腕に手を回していたのが恥ずかしくなってきて文句を言うと、サードはしれっとした態度で、
「何が目的か分かんなかったから放っといた」
何を言ってるのよ、いつも何が目的か分からないならすぐさま人に突っ込んで聞いてくるくせして。
特に人が少しその場を立とうとすると「便所か?」とかデリカシーのないことを聞いてきて、それにすぐ答えないと「クソか?」ってもっと嫌なこと聞いてくるくせして。
…腹立つ。
もう一回サードの腕を叩いといた。
* * *
サブリナ様と会ってから三日。
私の知らない所でどう動いたのか、サードはトーフォルに手紙を送り届けて、サブリナ様と面会できるようにセッティングできたみたい。
たった三日でどんなことをしたのか…。それでも悪事に近いことはやったんだろうなとは思えるけど。
「お前らも一応トーフォルに紹介しておくから行くぞ。もちろん変装した姿でだ。十分後に出発する」
サードの言葉に私は困惑した。だって変装って言ったって、私はアレンのパンダナかぶってフードを深くかぶるだけだし…。
そんな私に気づいたのかサードは、
「エリーはこれでもかぶってろ」
とサードが最近よくかぶっていたボサボサの茶色のカツラをかぶせてきて、私の髪の毛を手馴れた手つきで全部カツラの中に入れていく。
…私くらいのロングでも、カツラの中に納まるんだ、すごい…。
自分用の小さめの鏡で今の自分の姿を確認してみるけど、髪の毛が茶髪で、しかもボサボサになるだけで結構見た目の印象変わる。
「フードもかぶれ」
サードはそう言って後ろから私のフードを被せてきて、サード自身はとっくに変装も終わらせて必要そうなものをコンパクトに畳んで小さい荷物入れに押し込めていた。
…サードって着替えるの早いわよね。私が鏡を取り出して自分の姿を見ているうちに着替え終わってるじゃないの…。
ともかく皆着替え終わってお城に向かって、途中でサード以外の私たちは透明化のハンカチで透明化する。それでも三日ぶりに行くとお城の門の様子がかなり違っている。
前はただ兵士は挨拶をすれば中に入れたのに、今は一人ひとり自分の名前を名乗って、冑を取って顔を見せている。
「どうしたのかしら、三日前に来た時よりチェックが厳しいわ」
モソモソと皆に声をかけると、とっくに城下町の見回りをする兵士の姿になっているサードはチッと舌打ちした。
「ここ数日で立て続けに兵士を気絶させたのはまずかったか…」
…こいつ、この三日でどれくらいの数の兵士を気絶させたの?
サードは木の陰で鎧を脱ぎながら私たちに指図してくる。
「俺は別の所から侵入するからお前らはあの兵士らの後ろにでもくっついて中に入ってろ。サブリナの部屋の前に居りゃ後から俺が行く」
それだけを言うとさっさと一人で別の方向に行ってしまった。
まあサードなら大丈夫だろうって三人で話し合いながら、サードに言われた通り兵士の後ろについてお城の中に侵入して、サブリナ様の部屋に向かった。
するとサブリナ様の部屋の前に誰かいるのに気づく。
誰?と思いながら近づいて私は驚いた。
サブリナ様の前にはトーフォル大臣、心優しいメイドのジュケイに、貴族らしい服装に身を包んでいる…サードがごく普通に並んで談笑しているんだもの。
何で私たちより先にそこにいるの、何で普通にトーフォルと話してるの、さっきまで普通の服だったのにいつの間にそんな貴族らしい服を着ているの、どこで手に入れたの。
色んな疑問が駆け巡るけれど、とりあえず透明化したまま傍に寄る。
するとサードはジュケイに、
「ではお願いします」
と声をかけると、ジュケイはコクリと頷くとポケットから鍵を出してサブリナ様の部屋を施錠している鍵を開けて扉をわずかに開ける。
「センモは今向こうで私の作ったおやつを食べているのであと三時間ほどはここに来ないはずです。それでも念のため扉の前でも見張っておきます」
その真剣な眼差しと言葉を聞く限り、事情を知って協力してくれるみたい。やっぱりジュケイは優しい人だわ。
トーフォルはセンモの話を聞くとわずかに眉をしかめて中に入っていく。サードはチラと私たちの居る方向に目を向けてきて、あごで「中に入れ」と促してきた。
何で透明化していて、しかも少し離れた所にいる私たちがここに居るって分かるのかしら。実は見えているんじゃないの?
不安になって自分の手を見て確認したけど、やっぱり透明化しているから見えなかった。
私たちはスススと移動して部屋の中に入る。
すると中ではトーフォルとサブリナ様がどこか気まずそうな雰囲気で対面している所だった。
何となくお互いがお互いの出方を伺っているような…でも何て話を切り出せばいいのかと悩んでいるみたい。
そんな気まずい雰囲気を破ったのはトーフォル。トーフォルは私たちの立っている方向に手を差し向ける。
「…そちらのジリス男爵からサブリナ様の手紙を受け取り、馳せ参じました」
ジリス…?ジリスって、サンシラ国の近衛隊長じゃ…。
そう思いながらトーフォルの手の先にいる人物…サードを振り向く。
サードはそれは優雅に微笑んでいる。それに優雅で柔らかい物腰にスッと筋の通った背中、流れるブロンドの一本つなぎのカツラ、青い目になるカラーコンタクト…。
そんなサードの出で立ちは、爵位を持っている貴族と言われても普通に通用するレベル。
ああなるほどね、エルボ国とは全く関係ない人の名前を勝手に使って、男爵の爵位を持っているとか嘘をついて、それでトーフォルに近づいたってわけ。
思ったよりは悪いことをしてトーフォルに近づいたわけじゃないみたいで安心したわ。
私は納得したけれど、トーフォルは納得のいかない顔でサブリナ様を見る。
「しかし他国の男爵クラスの男となぜ手紙のやりとりなど…」
「以前パーティーで会った時あまりにも考えが似ていらしたので、それからは手紙のやりとりをジュケイに頼んで個人的にしておりましたの。お互いにそれ以上の感情はありませんよ」
サブリナ様も話を合わせているわ。サードと話を通していたのかしら。
それでも納得していないトーフォルにサブリナ様は続ける。
「この国の現状をどうにかしたい。その思いを相談しましたら、ジリスは私の代わりに動いてくれました。あのネックレスがあればあなたも納得すると思いまして…」
「そういえばお借りしていたこれはお返しいたします、サブリナ様」
サードはそう言いながらポケットからネックレスを取り出してサブリナ様に返した。
トーフォルはそんなやりとりを見てからまだ疑わしそうにサブリナ様をマジマジと見ている。
「それなら本当にこの二年の間、サブリナ様は熱にやられてしまったふりをしていただけだったと?」
「そうです。…ジリスから聞いたかもしれませんが、両親に毒を盛られたのでこれ以上目をつけられるのは危険と判断してのことで…少なからず、迷惑をかけました」
トーフォルは呆然とした顔をしつつ、首を横に何度も動かしている。
今の今まで見ていたサブリナ様の言動が全て演技だったのを知って驚いているのと、ファディアントとマーリンがサブリナ様に毒を盛っていたこと、こんな小さい少女に二年間も騙されていたなんてって不信感の入り混じった顔。
「そのような顔をサブリナ様にお向けにならないでください、トーフォル大臣」
サードが声をかける。
「一番に助けてくれるはずの親に命を狙われる境遇の中で編み出した処世術だったのです。しかし私よりあなたの方が近くにいたのですから、あなたがもっと先に異変に気づいて差し上げればよろしかったのでは?」
トーフォルがギッと睨みつけると、サードは微笑みながら、
「失礼、出過ぎた言葉を」
と体の前に手をスッと寄せ、優雅に頭を下げて身を引いた。
「…」
完璧。あまりにもサードの動きは完璧に貴族だわ。
サードが表向きの表情の時はどこの爵位を持っているのか聞かれるぐらいの柔らかい物腰で優雅な微笑みをしているけれど、いつもはここまで流れるような滑らかな動きはしていない。
いつもは優雅さの中にキビキビとした動きがあるけれど、今はそのキビキビした動きは抜けてゆっくりとくつろいでいるような動き。
冥界の王レデスも言っていたけれど、舞台の上に立っている限りは役者って感じで演じているのかしら。勇者の立場の時には勇者らしい動き、貴族の立場をしているなら貴族らしい動きって。
…貴族らしい微笑みを浮かべるサードを見ていると、泥棒よりも詐欺師に見えてきた。
エリー
「思ったより悪いことしてトーフォルに近づいたわけじゃないみたいで安心したわ」
サード
「…まあな」
ガウリス
「…(身分詐称は犯罪…でもエリーさんが知ったら怒りそうだから黙っておきましょう…)」
アレン
「貴族じゃないのに自分は貴族って嘘つくのは身分詐称って立派な犯罪なんだぜ!エリー!」
エリー
「えっ」
サード
「こいつがうるさくなるからバラすなボケェ!」




