王女の過去
「まさかフロウディアが勇者御一行のエリー・マイで、勇者も共に城に来るなんて…」
私とサードは部屋の窓際にある小さめの綺麗なテーブルとセットの椅子に座って、外から中の様子が見えないようにレースのカーテンを引いてサブリナ様と話し合っている。
サブリナ様の部屋に近衛兵姿のサードが侵入するとサブリナ様は驚いた顔で椅子から腰を浮かしていたけれど、口から透明化のハンカチを取り外して私が姿を現すと驚きのあまり椅子にひっくり返っていた。
そして簡単に近衛兵の姿をしているのが勇者のサードで、私はフロウディアという名前を隠してエリーという名前でサードと旅をしている勇者一行だと明かした。
それにしても…。
「まさか本当に部屋に閉じ込められているとは思いもしませんでした、サブリナ様」
その言葉にサブリナ様も、
「お母様も私を部屋に閉じ込めてもいいと簡単に許可を出したのです。…私はお母様に部屋に閉じ込めてもいい程度にしか思われていないのですね」
傷ついたような顔でサブリナ様は顔を下に向けてため息をつく。
それにはどんな慰めの言葉をかけてもフォローになりそうになくて、口をつぐんだ。
「先ほど王子と会話を交わしました」
サードの言葉にサブリナ様は顔を上げる。
「エリーたちから話を聞いて王子とも話した限り、国王、王妃、王子は王家以前に人間として大変な愚者であらせられますね」
サードは表向きの優雅で丁寧な口調ながらも毒を吐いている。
サブリナ様は少女らしくない大人のような影の差す顔でフッと皮肉を込めた笑いを浮かべて、
「何も返す言葉はございません。私とてあの三人は最低で最悪な人間だと思っております」
と言いつつ、
「…私もその家族の一員です」
と付け加えた。
「死なない程度の毒を両親から盛られたとエリーから聞きましたが」
サードの言葉にサブリナ様は少し顔つきを改める。サードは真面目な顔で続けて聞いた。
「あなたはそのような家族をどのようにお思いですか?」
「…」
サブリナ様は視線だけを日の差しているレースの窓に向けた。
「好きではありません。話せば話すほど頭の悪さしか感じない者たちです。話し合うと頭痛がするほど愚かです。あのように熱でやられた自分を演じ始めてから馬鹿がうつると兄によく言われていますが、演じる以前は私があの三人の愚かな発言にやられて頭痛が起きていました。
本当の話ですよ、あの三人と話すだけで頭が痛くなるんです、あの三人から毒の成分でも出ているのかと思うくらい」
そこまで話してサブリナ様はふいに口をつぐんだ。
「いいえ人のことはとやかく言えません。私もその家族の一員で、あの家族と同じように国民の皆さんを見捨てているような生活を送っていたのですから」
サードはしげしげとサブリナ様を見て、
「あんな王家…失敬、何故あなただけがそのように考えるようになったのか、気になる所ですね」
サブリナ様は少し黙り込んで、サードと私の顔を交互に見た。
「私の思い出話に付き合う時間があるのならお話ししますが」
「そうですね、時間はまだあります」
サードが返すと、サブリナ様は指をもてあそびながら口を開いた。
* * *
物心ついたときから私の両親と兄はどこかおかしいんじゃないかしらと思っていました。とにかく話の内容がさっぱり理解できず疑問を持つようなことしか言わないんです。
それでも両親や兄は私が訳の分からないことをのたまっているとばかりに笑い、時には怒りました。
…例えばどのような、ですって?
そうですね、お父様は私が頂点に立っているからこの国は恵まれている、私が生きているだけでこの国は平和なのだと口癖のように言うのですが…。
…ほら、あなた方だってそんな顔をするでしょう?
私だって子供のころからその言葉を聞くたびに疑問でした。
お父様が生きているだけで国が恵まれ平和になると言うわりに大臣たちがひっきりなしに走り回ってあの件はどうしますか、この件に関してですが、あの行政のことですがってお父様に話を持ちかけているんですもの。
はた目から見ても大臣たちがお父様の代わりに政治を代行しているようにしか見えませんでした。
ただ王家が生きてるだけで国が平和だというのなら、そのような事をことを大臣がやる必要など何もないでしょう?
ですから子供ながらに私は気になってその疑問をお父様に聞いてみましたら、お父様はムッとした顔で怒りましたね。
「私の言うことに間違いでもあるというのか!」
と。
正直、何か違うとは思っていましたよ。
それでも話が合わないだけで家族の一員から弾かれている気がしていましたし、その上で皆から…それも国王で家族の中心のお父様に嫌われたなら本格的に居場所がなくなってしまうと必死にお父様に謝りました。
私が間違っていました、お父様の言葉に逆らって申し訳ございませんでした、どうか嫌いにならないでくださいって。
お父様は口答えすると疎ましそうな顔をして睨みつけ、そして怒りましたが、それでも謝るとすぐに許しました。自分に反抗せず口ごたえもせず素直に従ってさえいればあとは満足なんでしょう。
お母様?お母様は物心ついたころからほとんど私の顔を見ることすらありませんよ。
同じ部屋に居ても宝石ばかり真っ直ぐ見つめて、素敵、綺麗、可愛いと声をかけて…。どっちが自分の子供だと思っているのかしらと不満に思ったこともありました。
ああ、でもお母様はお兄様のことは愛しているように見えますね。跡継ぎだからという理由もあるでしょうが、何より性別が男だというのが一番だと思います。
お母様は女という性別の者には本当に興味がないように見えますから。
疎外されている、そう感じるには十分すぎるものでした。
それでも子供なりに両親や兄の気を引こうと話を合わせようともしました。でもやはり噛み合いません。いくら頷きたくても、頷けないようなことばかり言うんですもの。
次第に両親や兄ではなく私がおかしいのではと思い始めました。
そうなると自分がよくわからなくなってきて私は何とも暗い子になりました。
塞ぎこんで何も話もしないでいつも落ち込んでいる、そんな性格に成長しました。
そんな時です。
「いやいや、何よりサブリナ様がこの王家の中で一番聡明でしっかりしていらっしゃる!おっと口が滑ってしまったな!」
と言葉をかけてくれる方が現れました。その方は私が誕生日の時、お父様が呼び寄せた道化師でした。
…いえ、違いますよ?私の誕生日だからとお父様が呼び寄せたのではありません。
単純に諸国で有名になっていた道化師に興味を持ったお父様が、娘の私が誕生日だからと呼び寄せただけです。
私の誕生日をダシにして他の国より優先的に道化師がエルボ国に来るようにオファーをかけたのです、そういう自分のことに関しては頭も回るし手早く動ける方ですので。
それでもあの道化師は本当にすごい方でした。
あのお父様、お母様、お兄様にあっという間に打ち解け肩を組むほど笑い語り合って、数日足らずでお父様からエルボ国の宮廷道化師として迎い入れられ、特別にこちらの王家の居住地にいつでも足を踏み入れてもいいという待遇すら得ました。
子供心に、娘の自分ですら家族とあそこまで笑い合ったことはないのに、他人の道化師が数日足らずで家族に好かれたことに傷ついて余計に塞ぎこみました。
私は行きずりの道化師にすら負けたとみじめな気持ちでいっぱいでした。
それでも道化師は私の気持ちを知ってか知らずか、頻繁に私の周りに現れ、あの手この手で笑わせようとしてきました。
最初は笑えもしませんでした。家族の愛情が取られた、居場所を取られたという気持ちでいっぱいでしたから、少なからず憎らしい気持ちと、そんな気持ちになる自分がみじめでみじめでたまらなかったのです。
それでも道化師は私の周りによく現れました。私が少しも笑わないので笑わせようと躍起になっているのかしらとも思いましたが、それでも道化師は肩ひじ張らず、いつも自然体で私の横に現れあれこれと勝手に話して、おどけて、私が笑わずとも、
「次にあなたの前に現れた時にはきっと笑わせてみせますよ」
と挑戦的に私に指さしてスッと居なくなったかと思えば、すぐにスッと戻ってきてまたおどけてみせて…、フフ、本当におかしい方でした。
そのようなことを続けられたら本当におかしくなってきて、私も少しずつ笑えるようになりました。
そして勇気を出して話しかけてみました。
もしかしたらお父様たちみたいに私が変なことをのたまっていると馬鹿にして笑って怒りだすかとも思いましたが、道化師は私のたどたどしい言葉を全て聞いたうえでしっかりと私が納得できる形の言葉を返してくれました。
初めて会話が通じたと感じました。それだけのことが本当に嬉しかった。
それから道化師と話しあうようになって驚いたのがその知識量です。
各国の話から様々な本の内容、城下町での出来事から舞台になっている戯曲までをクルクルとテンポよくコミカルに語って聞かせてくれました。
それに対してどんな質問をしても私に分かりやすい言葉を使って説明してくれるんですもの、あなたには知らないことなど何もないんじゃないのと聞いたこともありました。
道化師は私にだっていまだに知らないものが多くありますともと笑いながら仰っていましたが、その顔は世の中の大体のことは知っているとばかりのものでした。
あなたの話すことの少しも私は知らないのです、家族からは何を言ってるのかさっぱり分からないとも言われるほど私は頭が悪くて…と言うと道化師は、
「いやいや、何よりサブリナ様がこの王家の中で一番聡明でしっかりしていらっしゃる!おっと口が滑ってしまったな!」
とあまり悪びれしない様子で、言っちゃった~と口を両手で押さえ、私に向かって手を組み悲しげな顔をして言うのです。
「正直に懺悔申し上げます王女様。私はファディアント様とマーリン様とディアン様の仰られるお話の方がさっぱり分かりません!」
驚きました。これほど様々なことを知っている方がお父様たちの話が分からないと言うなんて、と。
その事を伝えると道化師は私に顔を寄せてヒソヒソ言うのです。
「ありゃかなり特殊な考えの持ち主たちです。ご家族を悪く言うようで申し訳ありませんが、あなたは自分が思ってる以上に考え方は大人に近く、ファディアント様やマーリン様はあなたよりよっぽど考えが幼稚だ。ディアン様はそんな両親の犠牲者に近い。
あのような特殊な考えの両親に感化されて自分の方がおかしいと思っちゃいけませんよ。サブリナ様、あなたは立派です」
そこで初めて私というものが認められた気がして泣いてしまいそうになりましたよ、それまで私はどこかおかしい子だと自分でも思っていましたから、あなたはおかしくないと言われたことで本当にほっとしたのです。
歯を食いしばって泣くのを耐えていたら、
「そんな情に揉まれたけど男のプライドが邪魔をして泣けないオッサンみたいな泣き方をしないで、子供らしくもっと大げさに泣いてみたらどうですか」
って笑わせにかかってきましたっけ。それが余計泣けてしまって、泣いて笑ってと忙しかったものです。
それからはもっと道化師に懐きました。そして様々なことについて話し合いました。
埃まみれになっている書庫へと赴いて、道化師にお勧めの本をチョイスしてもらい、それを読んで感想を言い合い、お互いの意見を交換し合いました。
主に道化師が選んで私に読むよう勧めてきたのは政治についての本でしたが、その本についての意見を交換すると道化師の知識というのはさらに凄いと思えました。
それまでは各国の噂話、本の内容、戯曲などのサブカルチャー程度しか話し合っていなかったのですが、政治のことや経済の流れに物流の動き…その全てのことに詳しく通じているんですもの。
道化師の語り口からは自身が政治を執り行っていた過去を持っているように伺えました。
ですからこの道化師はどこかの国で大臣クラス以上の立場で政治を執っていた方ではないのかと疑いを持ち真相を聞き出そうとしましたが、いつも上手な言葉の言い回しに負けて結局真相は謎のままでした。
…道化師が自分の父で国王であれば良かったのにと思いました。
その考えを伝えると道化師は声を出して笑って、帽子をズルリと取ると、
「サブリナ様はこんな脂ぎった顔のメタボ腹で髪の毛も薄い御父上でいいのですか?おっと、帽子を取ったら整ったヘアーが乱れてしまった、私のこの整ったヘアーが」
って女性的なしなを作りながらテラテラと髪の毛を整えておどけていました。…ふふ、目の前で見たらもっと笑えますよ。中年男性なのに乙女のような仕草で指先も優雅にろくにない所の髪の毛を整えるんですもの。
ただ本当にもったいないと思っていました。
道化師はきっと大臣以上の立場にあった方です、知識もありました、それなりの立場になれば手腕を発揮できたはずです。それなのにそうやって人に取り入っておどけるだけなんてもったいないと。
それも道化師はお父様たちに酷く馬鹿にされていました。本当の道化師の知識量を知らないくせにと思うとはらわたが煮えくり返る思いでいっぱいでした。それでも道化師は言うのです。
「なぁに、馬鹿にされてるくらいでちょうどいいのです」
って。
「いいですか?あの人は頭が良く何でもできると思われると変に目をつけられて大変になるんです。自分の身を守るためなら愚者になるのが一番。愚者になると周りは何も期待しません。楽なものですよ愚者というものは」
その言葉に驚いて、
「じゃあわざとあなたはおどけているの?」
と聞くと道化師はニカニカ笑いながら、
「いやぁ、私はこれが天職だと思っていますから。これが本当の私ですよサブリナ様」
と返されました。それでもその話ぶりから考えても、道化師は有能すぎて嫌な目にあった過去があり、身分の全てを捨てて道化師になったのだろうと思えました。
そうしてふいに道化師は私に質問してきました。
「サブリナ様、国が大事にしなければいけないものは?」
「国民、平和、衣食住の保証」と私は答えました。何よりそれが大事だと道化師に口を酸っぱくするほど言われていましたから。
すると道化師は更に質問するのです。
「とくにこの国で無くなると大変なのは?」
「塩」と私は答えました。
…ええ、塩が無いとこの国は大変なのです。
このエルボ国は海から遠い所ですから、塩は行商人を通じての輸入に全て頼っています。ですから道化師には塩をお城に運ぶ商人の顔と名前を憶えて声をかけて仲良くなっておきなさいと言われていました。
それも言われた通り実践して助かりましたよ。戦争が起きこのように国が荒れていても、声をかけて親しくなっていた行商人たちだけは危険と分かっていながらもこの国に塩を運び続けてくれていたのですから。
…道化師は何でそんな質問をしたのですかって?そうですね、話を戻しましょう。道化師からの質問は続きました。
「仮に戦争が起きた時はどうします?」
国民の安全が第一、できる限り被害は最小限に抑えるのが理想。戦争も長引かせず短く勝利で終わらせるのが理想。だけど戦争を起こさないようにするのが一番の理想形と私は答えました。
そう、全部理想です。戦争なんていつどんな形で起きるかも分からないし、起きたとしたらどうなるか分からないもの。ですから全部理想論です。
それでも私の返答に道化師は少し寂し気な顔をしてから、私の前に跪いて手を取りました。
「お別れですサブリナ様、どうか私の教えた言葉の数々、お忘れなきよう」
どうして、何故お別れなどというのですと聞くと、道化師は前歯を出して、チューチュー鳴きました。
「私はネズミ。すばしっこく色んなところを駆け巡るの」
言い終えると道化師は中年男性とは思えない足さばきでその場から、お城から去ってしまいました。
道化師が黙って城から逃げたと知ったお父様の怒りはすさまじかったですね。捕らえて殺してやると言っていたので私は気が気ではなかったのですが、とうとう道化師は見つからず…フロウディア、あなたの一家が隣国のものになったという知らせが届きました。
そして戦争がはじまりました。…道化師が居なくなってから二週間後のことでした。




