中ボスから先へ
恐る恐るランディ卿が流れて行った方向を見てみたけど、どうやら通路のずっと奥まで流されて行ったようで姿はどこにも見当たらない。
「よっしゃ、今の内にいこう!」
振り向くとサードもアレンもランディ卿が出てきた扉を開けて入って行くのが見えて、私も慌てて二人の後を追いかける。
足元の水をビチャビチャ響かせながら歩いて、部屋の中を見渡した。
さっきの滝の攻撃で大広間にも随分と水が入ったみたい。
床は水浸しで壁も濡れているし、元々床いっぱいに敷いてあったと思う赤い絨毯らしき物もどす黒く濡れていて、長机、椅子、装飾品と一緒に部屋の端に破壊された状態でミッチリ寄っている。
すると隣に並んできたアレンが目を輝かせながら聞いて来た。
「エリーやっぱ凄いなぁ。さっきの川の水?」
「ううん、滝。流れをねじ曲げて持ち上げて上からぶつけたの」
「…あっさり言ってるけど、それって普通の魔導士でもできねぇよな?」
「…多分?」
そこはよくわからないから首を傾げた。
でもアレンは私をすごいと言ったけど、その提案をしてきたのはサードなのよね…。
モヤモヤとした感情に襲われる。
だって私は建物の中では自然のものはないからってずっと空気を震わせて風の魔法だけ使ってきた。なのにサードはお城の外を流れている川の水を使えってランディ卿にバレないよう言ってきた。
いくら自然を動かせる魔法が使えても、そういう時に外の川の水を使おうとパッと思いつかないなら使いこなせていないも同じじゃないの。
それでもサードは魔法が使えないのにそういうところにすぐパッと気づいてこう動かせと私に指図してくる…。まるで魔法が使えないサードに魔法の使い方を教えられているみたい。何かモヤモヤする。
サードのことは勇者を失業してしまえといつも思うぐらい大嫌いだけど、そういう頭の回転の早さは本当にすごいのよね。癪だから本人に絶対言わないけど。
でも…そうよね。建物の中にいるから中の物だけを使わないといけないなんてことはないんだわ。
少し戦闘の知恵がついたと前向きに考えつつ水浸しの部屋の奥にある扉を開けると、塔に向かって細い空中回廊が伸びている。
「塔に続く通路ってこんなに細かったの…」
良かった、ここに滝が直撃していなくて…。これでこの通路が真っ二つに折れていたら先に進めなくなっていたわ。
それでも大いに水をかぶったみたい。通路全体は濡れているし所々に水たまりできていて天井から滴がぽたぽたとしたたり続けている。
通路の窓から塔のてっぺんを見上げる。
「あの塔のてっぺんにラスボスがいるのね」
「ああ」
サードがそっけなく言いながら歩き出すと、アレンが心配そうに声をかけた。
「なぁ待てよサード。トラップとか仕掛けられてないか?ここ一本道だし何かあったら逃げられないぜ」
サードは面倒臭そうに振り向く。
「そんなこと言ったって、ここを通らねえと先に進めねえだろうが」
「そうだけどさぁ…」
アレンはそう言いながら前を見て、後ろを見る。サードは更に面倒そうに顔をしかめて戻って来た。
「じゃあここで起こりそうなトラップってなんだよ?」
「それは分かんないけど…ここまで来てスライムの塔の転移トラップみたいに城下町まで戻ったら嫌だなぁーって」
アレンの言葉におかしさが湧いてきて、クスッと笑う。
「大丈夫よ、あれはトラップなんかじゃなかったから」
「え?あれトラップじゃなかったの?」
アレンが聞き返してきたから私は頷いて、
「そうよ。あれはトラップじゃなくて…じゃなくて…?ええと…」
事情を説明しようとしたけど自分でトラップじゃないって言ったにも関わらず、突発的に何であれがトラップじゃなかったのか急に分からなくなって言葉が出てこない。
「…?エリー?」
アレンがどうしたとばかりに先を促してくるけど、答えに詰まる。
「あれは…トラップじゃなかったはずなんだけど、何でだったかしら。何か思い出せない…」
顔にかかる髪の毛を後ろに流しながら頭を押さえて考え込んだ。
頭に浮かんでくるのはあのフードを目深にかぶったスライムの塔で仲間とはぐれた女の子。それと生態調査員のラグナス。
…ん…?まって、あのフードの女の子とラグナスは別人のはずなのに、背格好もフードからはみ出した髪の毛や色合いもよく似ている気がする。思えば声も似ていたような?
私の中で何かが繋がり始めていく。
少し前から記憶の端々が繋がらないその中心の記憶に…。
「髪の毛触んなって言ってんだろがゴルァ!」
「イタタタタ!」
サードに腕をひねり上げられて繋がり始めた記憶が弾け飛んで消えた。
「やめ、てよ!」
私も力任せに腕を振り回してサードの腕を振り払う。
今何か思い出せそうだったのに…!この野郎のせいで何もかも忘れてしまったわ。
サードを殺す勢いで睨みつけていると、アレンは心配そうに声をかけてくる。
「でもエリー、たまにボンヤリしてるけど大丈夫か?もしかして城下町の人たちみたいに頭痛とか腹痛になってるとか?」
「それはないんだけど…」
「痴呆だな」
呟くサードをギッと睨みつけるとその視界に何か動くものが見えて、その動くものに視線を向けた。
空中回廊の真ん中の辺りで何かが蠢いている。
「ねぇ、あれってモンスター?」
モンスターの言葉にサードとアレンが態勢を整えるけど、その蠢いているものはジワジワと動いていてもこちらに向かってくる気配は無い。
三人で顔を見合わせてじりじりと近づくとそれは透明な水みたいで、動いていなければただの小さい水たまりとスルーしてしまいそうなもの。
「…モンスター…?こんなモンスターいるか?スライムでもなさそうだし…」
アレンが不思議そうな顔をして動く水のようなものを指さしながらサードと私に聞いてくる。
「殺すか」
言うや否やサードが私の杖をもぎ取ると、その水のモンスター(?)に杖を突き立てた。
水に触れるようなピチャンッという音と同時に床の石畳にカン、と杖が当たる軽い音がするけど、その水のモンスターはじわじわと動き続けている。
「ちょっとやめてよ人の杖で!」
サードから杖を奪い取り、もう奪われないようにギュッと抱きしめ守っている間にも水のモンスターはじわじわと動き続けて、段々とアレンの足元に近寄っていく。
「うわー、くるなよー」
アレンは気持ち悪そうにつま先でチョイチョイしながら横にずらそうとするけど、足で押された水のモンスターは平べったく広がって、また元の大きさに戻ってじわじわ進み続ける。
すると聖剣を抜いたサードが水のモンスターに切っ先を突き立てた。
―プシュルッ
小さい袋から空気が抜けるような音がして、水のような体からドロリと液体が広がると水のモンスターは濁った白い色になって動かなくなった。
「…動かなくなったってことは、モンスターだったってことかしら」
「多分そうなんだろうけど、こんなモンスターいるか?こんなことならモンスター辞典、重いからって売るんじゃなかったなぁ」
「ええっ売っちゃったの!?」
驚きのあまり聞き返すと私が非難していると感じたのか、アレンは悲しげな顔で必死に訴えてくる。
「だってあれ重いし、あんまり使わないし、かさばるし、数年前に発行されたやつで古かったし…」
確かに辞典を見なくてもサードの聖剣と私の魔法で大体切り抜けてきたから、あんまり使わないままずっとアレンに持たせっぱなしだったけど…。
モンスター辞典は世界各国で発見されているモンスターの情報や弱点が記載されている本。
でも年々発見されるモンスターは増えて、その分だけ本に載るモンスターの量も増えていくからどんどんとページ数は増えて重く、持ち歩きは不便になっていく。
A「女たちが意気投合してパーティーを組んで冒険に出る準備も全部整えたんだけど、結局冒険に出ないまま解散したんだって」
B「へえ、なんで?」
A「モンスター辞典を買って誰が持つかで喧嘩になったからさ」
A、B「HAHAHA」
っていうジョークが生み出されるくらいモンスター辞典はあると便利だけど重い。
「…もしこれが新種ならどっかの研究機関に売れるか?」
サードは白くなったものを直接触らないよう布の袋に入れ、自分のバッグの中に入れる。
「水のような体、酸の要素無く知能低し、攻撃性無く、杖と足の直接攻撃効かず聖剣をさすや破裂音と共に白濁し死ぬ…」
サードは呟きながらメモ用紙に鉛筆でサラサラと特徴を書いていく。
「ん。そいつ、一匹じゃないみたいだぞ」
アレンの言葉に顔を上げると、水ようなものが数匹、通路の壁や地面をジワジワはいずっている。
サードが妙な顔をする中、アレンは「ええ?」と首をかしげる。
「ここにいるの騎士型のモンスターだけって話だったけどなぁ」
「けどあのランディ卿から先に誰も来てないんだし、ここから先は騎士以外のモンスターも出てくるんじゃない?」
アレンの言葉に私が応えて、そのまま二人でサードを見た。
何気にサードの一言は的を射ていることが多いから、アレンだけじゃなくて私もこういう時だけは無意識的にサードの意見を聞こうと顔を向ける流れがいつの頃からか定着しちゃっている。
でもサードは私たちの話をバッサリ切った。
「あんな中ボスの先にこんな弱いモンスター用意すると思うか?それだったら魔法使う騎士の軍隊を置いた方が効果的だろ」
「じゃあこれ何なの?」
はいずる水のモンスターを指さすとサードは、
「川の中にいたモンスターだろ」
と素っ気なく言う。でも自分の言ったことに納得いかない顔つきになって何か考え込むようにジッと動かなくなったけど、すぐさま我に返り、
「こんなモンスターごときで立ち止まってる場合かよ、行くぞ」
と先に進み始めた。
「こいつら倒す?」
「放っとけ。倒しても何も手に入らねえし時間の無駄だ」
アレンの言葉にサードはそう返して先に進む。
そして通路を渡りきり塔の中に入る扉を開こうとサードが手をかけようとした瞬間。
サードは身を固め、叫んだ。
「脇によけろ!」
こういう時、瞬間的な判断が生死を分けるのは何度も経験してきてる。
考えるでもなくとっさに右に避けると、扉を突き破って長く鋭利な刃が飛び出してきた!




