再会!
サブリナに手を引かれ走って行くと、あのかんぬきがかけられた建物の前にたどり着いた。サブリナは肩で息をしながら先ほどと同じように黙って兵士たちの前に立つ。
兵士たちはまた現れたサブリナを見てギョッとして、お互いに顔を見合わせている。
「サブリナ様、そろそろ部屋に戻らないとメイドに怒られますよ…?」
「あの年増…センモは怒ったら怖いですよ、戻った方がよろしいですよ」
兵士たちは戻るように促してくるけれど、サブリナは聞いて聞かぬふりとばかりにジッとその場に立っている。
兵士は困ったとばかりの顔で、後ろにいる私を見てきた。
「あなたは?」
すると手を繋いでいるサブリナの指が私の手の平をツツツ、と動く。
ゾワッとしたけど、変わった動きをしているわ。…もしかして、文字を書いている…?
えーと、「メ」、…分からない、「ド」。メ■ド?…あ、メイド!王女付きのメイドってことにしなさいってことね!
「王女付きの新しいメイドよ…あ、いえ、メイドでございます」
サードが悪人のような低い声から王子のような爽やかな声に変えるがごとく裏声にしてみた。
裏声にしてみたら自分でもびっくりするくらいの透き通る美声になったわ。
兵士たちはジロジロと私を見てくる。これ、怪しまれているわね?
ドキドキして手に汗がにじむような気がする。…こんなに水分がハンカチに吸い込まれていたのに、汗はまだ出るんだわ。
兵士たちは「新しいメイド?」「けど服…」「まだ用意されてないとか…?」とヒソヒソと話しているけれど、サブリナが私の手をしっかり握っているのを見て、
「けど随分懐かれてるみたいだよなぁ?」
「だなぁ…ジュケイすらここに連れてくることもないし…」
「まぁメイドと一緒なら…」
どうやら初対面で王女に随分と懐かれたメイドと思って納得したみたい。兵士はかんぬきを外して扉を開けた。
サブリナに手を引かれたまま中に入ると、扉はすぐに閉められてかんぬきがかけられた音がする。
サブリナはふぅ、と息をついてから呼吸を整えて、私に向き直ってクッとあごを上げた。
「改めましてエルボ国第一王女、サブリナ・レ・ローナ・エルボです。フロウディア、あなたにお会いできて光栄ですよ」
ちょいとドレスの裾をつまんで軽く会釈するのにつられて、私も思わず同じようにローブの内側の服を軽くつまんで、
「エリー…じゃなくて、フロウディア・サリア・ディーナです、サブリナ様にお会いできて光栄です」
と思わず会釈した。
下級貴族としてしつけられたマナーをこうして王家相手に使う時がくるなんて…。この挨拶、練習以外で初めてやったわ。
「挨拶も済んだことですし、後はどうぞご自由にお話になって?この中は防音になっていて音は外に漏れませんから」
サブリナはそう言いながら指を揃えて右の方へ動かしていく。
その手の動きに合わせてその向こうを見て、私は目を見開いた。
そこには私のよく知っている顔が揃っている。
ブロンドに近い茶髪を長く伸ばした大人しい顔つきのお母様、その後ろには実の祖父のように思っている白髪頭の使用人が驚いた顔で椅子から立ち上がって私を見ている。
「フ…フロウ…ディア?」
お母様が目を潤ませて、いきなりの出来事に驚き指先を震えさせながら声をかけてくる。
「お母様…!」
突然の再会に戸惑いながらフラフラとお母様と使用人の側へと近寄ると、お母様は耐えきれないとばかりに駆け寄ってきて、私をギュッと抱きしめた。
四年前はお母様の胸に頭を埋めるほどの身長だったはずなのに、今はお母様の身長をわずかに越している。
四年、四年でこんなに私の身長はお母様を越すぐらい伸びていたの…!
「フロウディア様…!」
使用人は口を押さえてそのまま涙を流しているけど、すぐに背を向けて階段の上に向かって大声で叫んだ。
「旦那様!フロウディア様です!旦那様!」
すると上からガタガタッと音が聞こえて、ドタドタと走って降りてくる音が響いてくる。
その慌ただしい足音と共に天井に続くような階段から足が見えて、柔和なお父様の顔が見えた。
「フロウディア!」
お父様が階段から転げ落ちそうな勢いでかけ降りてきて、私をお母様ごと強く抱きしめる。
でもお父様の頭を見て私は目を見開いたまま絶句した。
貴族のたしなみとして髪の毛は軽く一本結びできる程度にお父様は髪の毛を伸ばしていた。
でも今のお父様の髪型は坊主頭。ほとんど頭皮が見えるぐらいの…。
私の視線に気づいたのか、お父様は少しおどけた顔で頭をなでる。ショリ、と音が響いた。
「個人的に涼しいし頭を洗ったらすぐ乾くから気に入っているんだがね。似合わないかい?フロウディア」
そんな問題じゃない。
きっとお父様の髪の毛も体から離れたら純金になると知った王家は、髪の毛が少しでも伸びたら若い芽を摘み取るようにお父様の髪の毛を剃り落としているんだわ。
そう思うと胸の内から怒りの炎が燃え上がる。
許さない、こうやって皆の無事も分かったんだし、それならお城を私の魔法で全て壊してやろうかしら。お城は石造りなのだからやろうと思えばいくらでも壊せるもの。
そうなったら王家の住むところはなくなって、間接的に王家を追いだすことができる…。
心の中でお城をバラバラに壊すイメージをしていると頬をそっと暖かい手で触られる。
顔を上げると柔和なお父様の目が私を捉えて、ニッコリ微笑んだ。
「久しぶりに会ったんだからそんなに怖い顔を見せないで、もっと可愛い顔を見せておくれよ」
その一言でさっきまで燃え上がっていた怒りと憎しみが一気に消え失せる。
それと同時にようやくお父様たちに会えたんだって実感が押し寄せてきて、胸の奥がジーンとして目からボロボロと涙が零れて、口から嗚咽がもれた。
「お父様お母様、使用人…会いたかった…!会いたかったぁ…!」
皆に抱きついてわぁわぁ泣いた。今まで我慢していた分が一気に爆発したみたいにむせび泣いて、皆も涙を流しながら私を抱きしめてあやすように体をポンポンと叩いてくれる。
そうしていると、足元に小さい気配を感じてハッと下を見た。
視線の先には幼い男の子がキョトンとした顔でお父様のズボンを掴んで、泣いている私たちを不思議そうな顔で見上げている。
…何?この子?
そう思いながらキョトン顔の男の子をジッと見ていると、お母様がその男の子をよいしょと抱え上げて、顔を見せるように私に向けてきた。
「あなたの弟よフロウディア。マリヴァンっていうの」
「えっ!?弟!?」
驚いて思わず涙が引っ込んだ。
マジマジと弟だという幼い男の子を見てみる…。確かに目元はお母様、口元と全体的にはお父様に似ているわ。
弟…マリヴァンは不思議そうな顔のまま「この人は誰?」という顔で小首をかしげて私をしげしげと見ている。
「マリヴァン、あなたのお姉様のフロウディアよ。挨拶なさい?」
「おねえさま?」
舌ったらずの声で呟きながらマリヴァンは私を見てきたけれど、急激に恥ずかしくなったのか、やーん、と言いながらお母様にヒシッとしがみついた。
何…可愛い。
キュンとしているとお父様はマリヴァンの頬を指先で撫でながら、
「私たちも分からなかったんだが、四年前の戦争が起きた時にどうやらアリアのお腹の中にいたらしい。それからここに入れられて、段々とアリアのお腹が大きくなって…」
「今三歳よ。サブリナ様にはこの子に必要な色々な物を用意してもらっていたの」
お母様の言葉に私はは振り向いてサブリナを見た。サブリナは何も言わず、ただ背筋を伸ばして入口からこちらを見ている。
「…あなたは…私の家族を、助けてくれていたの?」
国民の生活に無頓着。それが国民からのサブリナへの評価。セリフィンさんもそう言っていた。さっきだって反省している素振りはあったけどそれも本当かどうかわからないって思っていた。
だけどサブリナは、本当にさっき反省して私に頭を下げていたの?それも自分の得にもならないのに私の家族を助けてくれていた?
サブリナは子供らしからぬしわを眉間に寄せて、渋い顔をする。
「私は王家の者でも国民に対して何の手助けも出来ていません。それなら手の届く範囲の者たちはどうにかしたいと思うのが普通ではないですか。…とはいえ私は物を運ぶ程度しか役に立てていません」
「何を仰いますか、おむつからミルクまで用意してくださったり、子供の服などを用意してくださたりと尽力なさってるではないですか」
お父様が即座にそう言うとお母様も、
「そうです、乳幼児の服や食べ物も手に入れるのは難しいでしょうに。産婆などもどうやってここに連れてきてくださったのか…私たちは本当に感謝してもしつくせないほどに思っているのですよ、サブリナ様」
二人がこんなにも感謝するくらいなんだ、本当にこの王女はこの無能な王家の中で唯一まともな人…ううん、お方なんだわ。
「私からもお礼を言わせてください、ありがとうございますサブリナ様」
王家の者にするように頭を深々と下げる。
「やめて!」
サブリナ様から拒絶の声が響いて、驚いて顔を上げた。
「ここにいる四人を救えたからってなんですか、城下にはもっとたくさんの人が家もなく食べる物もなくさ迷ってるではありませんか。私はその者たちを救えていないのです、お礼など言わないで、感謝などしないで、あなた方の優しさで私は国の現状を忘れてしまいそうになる!」
サブリナは耳を押さえて頭をブンブンと振り回す。そしてハッと表情を真顔に戻すと、スッと背筋を正した。
「失礼、取り乱しました」
「…」
あっけにとられてサブリナ様を見ていると、お母様が痛ましそうな顔つきでサブリナ様の側に寄って優しく肩に手をかける。
「あの戦争はあなたが引き起こしたわけではありません、十一歳のあなたが全ての責任を負っているわけではありません」
「他の家族が全く反省も何もしていないのです、私一人がこれくらい追い込まれないでどうするのです」
サブリナ様は睨みつけるかのようにお母様に言ってから私を見る。
「私だって四年前の戦争が起きるまでこの国のことなど全く顧みませんでした。自分のことで精一杯で、国民になんて気が回らなかったのです。どうですか、こんな私を許せますか。
父も母もあなたが嫁にくれば純金が沢山手に入る程度の気持ちしかありませんでしたし、兄など顔のいい生娘であればどうでもいいなどとのたまっていました。最低でしょう、これがこの国の頂点に立っている王家たちです」
自虐と嫌味のこもった言葉に、王家は最低と怒ればいいのか、そんな家族に囲まれているサブリナ様に同情すればいいのか分からなくなってきた。
そもそも戦争が起きた一番の原因は国王が「戦争をする」って宣言したからでしょ?それにまだ十一歳…四年前には七歳で政治に関われるはずもないサブリナ様が責任を全て背負うかのように言うのもおかしいじゃない。
するとサブリナ様はフッと表情を変えて、お母様の背中を押した。
「私などより、久しぶりに会った娘との会話を楽しみなさい。そのために連れて来たのですから」




