熱にやられてしまった王女
サブリナがかんぬきのかけられた建物の中に入った後、私たちは建物から離れた庭園の茂みにかがんで、話し合った。
「最初の建物と今の建物、もしかしたらどちらかにエリーさんのご家族がいるかもしれませんね」
「どっちかと言うと今見たかんぬきの建物かなぁって思うよな」
アレンはそう言いながらも、少し納得できないような口調で続けた。
「けどあっちの鍵かけられた方が厳重に警戒してるじゃん?もしかして親父さんの髪の毛が純金になるって知ったファディアントとマーリンが絶対に逃がさねえって監禁しちゃった可能性もあるかもしんねえ」
アレンの言い分に、でもと私は反論した。
「神様たちは軟禁だって言ってたし、肉体的な苦痛はないって言っていたわ」
「それでもそれ聞いたの数ヶ月前だろ?この数ヶ月で考えが変わったとかもあり得ないわけでもないじゃん?」
アレンはいつも淡々とヒヤッとするようなことを言う。じゃあ家の裏側にしか窓がない、しかも鉄格子で覆われているあんな建物にお父様たちが閉じ込められているかもってこと?
「アレンさんが見つけた鍵のかかっているあの建物なら何とか中を見れるかもしれません。鉄格子はあっても曇りガラスではなさそうでしたから。しかし窓までが高いですからね…」
「いいこと考えた!」
アレンがガウリスの言葉を遮って嬉しそうな声を出す。
「ガウリスが俺を肩車して、俺がエリーを肩車すれば二階ぐらい余裕で見れる高さになるよ!」
「そりゃガウリスの身長にアレンの上半身の高さと私の上半身の高さもあれば二階の窓から中は見られるでしょうけど、どうやってそこまで肩車するのよ」
「先に俺がエリーを肩車して、ガウリスがその俺を肩車するとか。…無理?」
アレンが聞くと、ウーン…とガウリスは難しそうな声を出す。
「ただ持ち上げるだけならできると思いますが…二人分のバランスを支えるのは難しいです。後ろに倒れていったとしたら助けられません」
二メートルの高さから肩車されている私とアレンが後ろに倒れていって、後頭部を地面に打ちつけて動けなる姿が想像できた。
アレンも私と同じような想像図が浮かんだのかそれ以上何も言わない。
「梯子を持ってきた方が早いかと思われます、先ほど庭師の方々が使っているような小屋がありましたから少し借りて来ましょう」
ガウリスの言葉にアレンは気を取り直したような声で、
「うん、結構でかい梯子あったよな、俺とガウリスでとりに行こうぜ。一人だと引きずりそうだし」
ハンカチを外した状態で手に物を持って透明化したら、手に持ってる物も一緒に透明化するものね。
「それなら私はここら辺で待ってるわ」
二人がいれば大丈夫と判断して私は待つことにした。
二人はカサカサと茂みをかき分け去っていくから、私も茂みから出てサブリナが入っていった建物に向かってみる。
アレンとガウリスが戻って来る前にほんの少しだけでもこの中を確認できればいいのだけれど…。
それでも相変わらずかんぬきの前には兵士が立っているまま。まあ一人はメイドに報告に行っているみたいでかんぬきの前にいるのが一人だけだけど。
…でもあのかんぬき、鉄製の二つの輪に木製の棒を突っ込んだ程度じゃない。簡単に引き抜けそうだわ。
ソッと兵士の後ろに回り込んでかんぬきの端を掴むと、そのままそろそろとかんぬきを引き抜いていく。
この調子なら普通に外して中を覗けそうだわ、とりあえず中を確認して、お父様たちがいるかどうかだけでも分かれば…。
あともうちょっと…。…。外れた。
そっと棒を地面に置いて、見張っている兵士に気づかれないように大きく迂回しながら扉に手をかける。
「お!ちょ、おま、かんぬきどうした!」
急に聞こえてきた声にビクッと体が震えて、飛び上がる。
振り向くとメイドに報告しに行っていた兵士が戻ってきていて、慌ててその場から逃げる。
かんぬきの前にいた兵士は「え?」という顔でかんぬきが外れているのを見て、
「え!?え、どうして…!?」
と慌てて棒を拾って鉄製の輪に通した。
ああ、失敗しちゃった…。
ガックリうなだれているとかんぬきの前にいた兵士は不思議そうな顔でかんぬきをみてから、こちらに向かってくる兵士を見る。
「それより戻ってくるの早くないか?」
「そこにジュケイがいたから伝えといた」
「ああ、ジュケイ。ジュケイは穏やかでいい子だよなぁ。あの年増のセンモとは大違いだよ本当」
…ジュケイが細身のメイドで、センモがふくふくしいメイドのことかしら。
そこからはセンモへの悪口と、ジュケイはあんなのが近くにいるのによく頑張ってるっていう褒め言葉が続く。
それでも二人はかんぬきの前にしっかり立ってしまっているからもう開けられそうにない。
中の様子を見るのは諦めてアレンとガウリスが戻ってくるのを黙って待つことにした。
でも黙って待つの、暇すぎるわ。
アレンとガウリスはまだ戻ってこないのかしら、…ていうより庭師の小屋がどこにあるのかも私は分かってないのよね。だからこれくらいの時間で戻ってくるかもって計ることもできない。
その辺を無駄に歩き回って、たまたま見つけたアリの行列をしゃがんで見てみる。…うーん、特に何の役に立たなくても二人についてけば良かったかも。
こうやって何もやることがないのに無駄にうろついて黙ってアリの行列を見ていると、水分がハンカチに吸い取られる感覚が強くなって余計に喉が渇くような気がする。
でも思えばお城の天辺の見張り台で水を飲んでから水を飲んでないわ。今のうちに少し飲んじゃおうかしら。
とりあえず人が来なさそうな所で…。
少し辺りを歩いて、ここなら大丈夫かしらって思えるような人気のない木の影でハンカチを取り外して満足するまで水を飲んでいく。
「ぷはっ」
水筒が一つ空になっちゃった。残りはあと二つ、いつお城から出るか分からないけれど少しセーブしながら飲んだ方がいいかしら。本当に透明化のハンカチを口にくわえているといくら水を飲んでも足りないわ。
二人もお城の見張り台から水を飲んでいないんだし、合間に水を飲んでいればいいけれど。
そう思いながらハンカチを口にくわえようとすると、目の端に何かが映る。
何となしにそっちを見ると、思ったより近くに人が立っている。
思わず肩がビクッと震えた。
目の前に立っている人…サブリナ…は驚いたように目を真ん丸にして私を見ている。
私はパニック状態でサブリナを見返した。
だってさっきかんぬきがかかった建物に入って行ったじゃない、何でここに、それより見つかっちゃった、どうしよう騒がれたら、騒がれたら侵入者だってバレて…、ううん透明化のハンカチがあるから姿は消えるわ、でも目の前で消えたら明らかにおかしいじゃない、でもサブリナって叩かれても何をされているか分からないらしいから消えてもギリギリ大丈夫…!?
ハンカチをくわえようとする姿勢で固まっていると、向こうからガシャガシャと鎧がこすれる音がする。
兵士だわ。こっちに向かってきてる!
流石に兵士に見つかるのはヤバいと思ってワタワタっと手と首が挙動不審に動いてしまう。
そんな静かにパニックに陥っている私と鎧の音のする方に目を向けたサブリナは、スカートをおもむろにめくり上げた。
えー!ちょ、何やってるのよこの子!
驚いてレースまみれのスカートを両手で必死に押さえつけながら下げると、サブリナはなおもめくり上げてキッと私を睨みあげて小声で囁いた。
「兵士に見つかります、スカートの中にお隠れなさい、早く!」
え?
サブリナから飛び出した言葉に思わず混乱して顔を見る。
だってサブリナはいくらメイドのセンモに叩かれてジュケイに優しくされて兄のディアンに冷たくあしらわれてもずっとニタニタと笑っていただけで言葉なんて一言も…。
でも目の前のサブリナはジュケイに手を引かれるがまま歩いて、叩かれてもニタニタ笑っているような顔付きじゃない。真剣そのもの。
もしかして双子?ううん、王家の家系図に王女は一人しかいなかったじゃない。じゃあ熱にやられてしまった王女って、やっぱり目の前の…。
ポカンと黙って見ていると、サブリナは鎧の音が近づく方向を見てから私の肩に手をかけて、
「しゃがみなさい!」
と言いながらしゃがませると、何重ものレースが重ねられたボリュームのあるドレスを私の上にバッサァと覆いかぶせてくる。
鎧の音はどんどんと近づいて、近くでピタ、と止まった。
「…こ、こんにちはサブリナ様…」
兵士はまるで会ってはならない者に会ってしまったとばかりの気まずそうな雰囲気で挨拶をする。
「…」
サブリナは何も言わない。
「お部屋に戻らなくて、大丈夫ですか…?」
「…」
サブリナはやっぱり何も言わない。もしかしてニタニタと笑っているのかしら。
だとしたら兵士の目には茂みのある木影で、王女が一人佇んでニタついているって不気味な姿が映っていると思うけど。
兵士はしばらくそこにいたけど、気まずくなったのかそそくさと去ってしまった。
鎧の音が完全に聞こえなくなるころ、サブリナはドレスをたくし上げて私をチラと見下ろす。私は今までのサブリナの行動にまだ混乱していて、騎士みたいに跪きながら見上げる。
サブリナは私をしげしげと怪しむように見下ろして、そっと口を開いた。
「あなた…もしかしてフロウディア・サリア・ディーナでは?」
本名を言い当てられてギョッとして口をつぐんで、即座に頭をブンブンと横に振る。するとサブリナは凛とした顔と声つきで首を横に振った。
「いいえ。どう見てもあなたはアリアと同じ顔で、髪と目の色はスロヴァンと同じ。あなたは四年前の戦争で行方不明になった二人の子のフロウディアでしょう?」
アリアは私のお母様の名前、スロヴァンは私のお父様の名前。
二人の名前が出てきて、私はパッとサブリナを見据えて立ち上がった。
「知ってるの?お母様とお父様の居場所…」
言ってからマズいと思って慌てて口を覆い隠した。そんなことを言ったら私はフロウディアって認めることなっちゃうじゃない、…つい驚いて言っちゃったけど…!
けどお父様とお母様の子供の私がここに侵入しているのがバレたら問題がありすぎるわ。
どうしようどうやって誤魔化そう…。そうだわ、今からでも遅くないわ、透明化のハンカチを使って透明になって静かにこの場を離れれば…!
ハンカチをくわえて透明になろうとすると、
「…四年前」
とサブリナの口から苦々しい声が出てきたから思わず手が止まった。
「私の父の短絡的な考えでこの国を混乱に陥れ、そしてそのせいであなたたち家族はバラバラになりました」
サブリナは手を体の前で重ねて、私に向かって深々と頭を下げる。
「どれほど謝ろうがあの出来事はもう変えられません。が、あのこと、王家の者代表として心よりお詫び申し上げます…!」
え、ええ、ええええ…!?無能な王家の一人が…謝った?それもこんな下級貴族の私に深々と…!?
驚いて何も返事ができないまま呆然とサブリナを見下ろす。
サブリナはジッと私に頭を下げ続けている。
まるで私からどんな罵倒を受けようが暴力を受けようが全て受け止めるとでも言いそうな、そんなたたずまいで…。
それでも私より背の小さい、成人もしていない小柄な女の子にこんなに頭を下げられるのは、あまりいい気分じゃない。
「お願いだから頭をあげて」
サブリナは私の言葉にスッと頭を上げたけど、その顔は自分で自分が許せないとでも言いたげな、怒っているような悲しんでいるような苦しそうな表情。
本当に、本当にこの子は私に申し訳ないって思っているの?サブリナは国民のことには無頓着だってセリフィンさんも言っていたのに…。
それに熱でやられてしまったという話だけど全然そんなことない。自分であれこれ考えて、発言できて、行動もできるじゃない。一体どういうこと…?
するとサブリナが一息つくと、私を見上げて手を取った。
「急ぎ足で申し訳ありませんが、移動します、こちらに」
「あ、けど…」
そろそろアレンとガウリスが戻ってくるかも…、それよりどこに移動しようっていうの?
何を考えているのかさっぱり読めないわ、だってどう見ても熱でやられているようにも見えないもの、もしかしたらこのまま牢屋に連れて行かれて閉じ込められるかも…。
…まあ私の力があれば頑丈な牢屋に閉じ込められたって、空気がある限り風を起こして破壊して軽く脱出できるでしょうけど。
魔導士の多い地域だから王女も魔法を使えるかもしれない。それでも多くの魔導士が私の家系は魔族かって疑うくらい力が強いんだもの、急に攻撃されたって何とかなるわ。
それについて行った先に何があるのか…少し確認してもいいかもしれない。これでもし牢屋にでも連れて行くんなら、まともそうに見えるサブリナもそういう人間だったって証明になるし。
するとサブリナは振り返って自身の肩につけているショールを私に手渡してきた。
「これで顔を隠すように頭におつけなさい」
背も低い年下の女の子なのに、言葉遣いは私よりかなり年上みたい。
ともかく言われた通りショールで顔を隠す。
「ついていらして」
そういうなりサブリナは走り出して私の手を引いて走りだした。
なんでわざわざ走るの!目立つじゃない!
慌ててショールを下に引いてもっと顔を隠す。それでも周りの兵士たちは走るサブリナと私をギョッと見て、ああ王女か、と興味を失ったように視線を逸らしていく。
メイドたちも庭師も、ああ王女か、とばかりの素知らぬ顔で私たちを見送る。
「エリー!?」
もがもがした声が空中から聞こえて、振り向いた。
もしかしてそこにアレンとガウリスがいたの?
でも私はサブリナに手を引かれまま、その場を走りぬけた。




