私の家族たちはどこ?
次の日。私たちは同じようにお城にひっそりと侵入して、庭園の中を見て回ることにしたけれど。
「あ!天辺!あそこ、お城のあの天辺まだ登ってないな!俺行きたい!きっとあそこに行ったら庭園も見渡せると思うし!」
ってアレンが言うから、それなら先にお城の天辺まで登ろうってことになって今はお城の天辺…見張り台まで来ている。
「遠くまでよく見えるなぁ」
アレンが口からハンカチを取って遠くを眺めながら水分を取っている。もちろん私とガウリスも同じく水分を取った。
ここは三百六十度を覆う壁、所々縦に周囲を見渡すための隙間があるから、お城の全体に屋根、それに庭園、城壁の向こうの城下町も余裕で見渡せる。
城下町はここから見ているだけでもボロボロなのは一目で分かるわ。あの王家たちはここから城下町の様子を見ることなんてないのね。見たって何も感じないのかもしれないけれど。
むしろ普通、兵士はここで見張りしているものじゃないの?なのにこの見張り台には誰もいない。だからこうやって姿を現して水分補給ができるけれど、あの妙に目に光がない死んだ目をしている兵士たちは本当にやる気がないんだわ。
「和平条約が結ばれたからもうここで見張る必要はないとでも思ってるのかしら、ふざけてるわ」
「どうかな。そう思ってるかもしれないし、そもそもやる気がないんだと思うよ」
アレンはそう言いながら見張り台の一つ一つの隙間に近づいて外を見て回っている。
「だってガウリスの国の兵士と比べてみなよ、国のために戦ってやる、守ってやるって気迫が全然違うじゃん?」
アレンも私みたいにサンシラ国の兵士とここの兵士を比較していたのね、全くもって同意見だわ。
「やはり城の中にいる方を命がけで守りたいか、そうでもないかの違いではないでしょうか。我が国の王はざっくばらんながらもしっかりとした政治を執っていて国民からは人気も信頼もありますから」
実際にサンシラ国の国王と会ったことはないけれど、さらわれた子どもの母親や女性たちに隣のカドイア国に抗議させるという案を大爆笑しながらすぐ実行させて、悪政を行っていたカドイア国から謝罪の手紙を受け取ると、
『私たちサンシラ国はいつでもあなたの隣から見ていますよ』
という手紙を送ったって聞いている。
優しさのつもりなのかもしれないけれど「いつでもこちらはお前らの国を見張っている、分かるな」って脅しにしか取れない内容で、結構サンシラ国の王様って人間味があふれてて面白い人のようには感じたわ。
そんな自国を守るためならさっさと動いて周りの国を牽制してジョークじみたこともやってみせる王様を守る仕事なのだとしたら、そりゃあ私だってこの国を守る、戦うってやる気も出るかもしれない。
でも守るのがこの国の王家だとしたら?
…やっぱりあの兵士たちみたいに、何で私はあんな王家の下で兵士として働かないといけないのってやる気もなくなるでしょうね。
そう考えると兵士たちのやる気の無さもちょっと理解できる。あんな王家のために真面目に仕事する気が起きないのよね、きっと。
「あ」
アレンが声に私とガウリスは視線を向ける。
「あっちの遠くの庭に屋敷っぽいのがあるな」
「こちらにもありますよ」
近くにいるガウリスが指さす方向を見てみると、確かにお城から離れた所に小ぶりの屋敷みたいな建物がある。
アレンの側に寄って指さす方向を見ると、同じような建物。
もしかしてあの建物のどっちかに両親たちがいるのかしら。
そう思いながら歩いていると、お城の裏側にも似たような小さい建物を見つけた。
皆にもう一つ建物があったと報告しながら他にそんな建物があるか見張り台をグルッと回ってみてみたけれど、庭にある大きめの建物はその三つだけみたい。
「一つずつ確認していきますか?」
「そうだな、行ってみようぜ」
アレンはガウリスのマントを掴んでから口にハンカチをくわえて、私とガウリスも同じように口にくわえて透明化すると歩き出す。
昨日の乾燥を考えてたくさんの水をコップで何杯も飲んできたから頻繁にトイレに行きたくなるかもって少し心配していたけど、今の所全然そんな心配はない。
あんなに朝に取り入れた水分がこの魔法陣にジワジワと吸い込まれてるんだと思うと何だか怖いわ。
これをくわえたまま水を飲まないで一日過ごしたら、脱水症状で夜には倒れてしまうんじゃないの?
そんな心配が頭をよぎりつつ、見張り台から降りてお城の外に出た。
庭を見張っているのかただうろついているのか分からない兵士をよけ、雑草をむしっている庭師を横目に通り過ぎていくと、アレンが最初に見つけた屋敷の屋根が木々の隙間から少しずつ見えてきた。
まるで貴族の小さい別荘みたいな石造りの建物の周りには、沢山の兵士が立っている。
その兵士たちは今まで見てきた兵士たちと比べると、かなりやる気に満ちた顔つきで見張りについている。
もしかしたらあそこに私の家族がいるのかもしれない。
はやる気持ちを押さえてガウリスの後ろを歩いて行く。
入口はしっかりと閉じられている。よくよく見ると鍵穴があるから鍵がないと入れないみたいね。
ガウリスも扉を確認したのか兵士にぶつからない距離から建物の右側に歩いて行く。
そのままついていくと壁が見える。
別荘みたいな見た目なのに窓が全然見当たらない。高さ的に二階と三階もありそうなんだけど…。
右周りに歩き続けて裏に回ると二階と三階部分にようやく窓を見つけた。それでもその窓は、はめ殺しで鉄格子で覆われている。それに一階に窓はないみたい。
右周りに歩き続けて屋敷の左側に行っても窓は無い。屋敷の裏側だけに窓がある造り…?何かおかしいわ。
するとガウリスの立っている足元にザリザリと何かが書かれる。
「×↖ ?」
バツ?…バツってことはここは違うってこと?
矢印は…お城の裏側にある建物の方向を向いているのかしら。それならここは後回しにして裏側に行こうって言っているのかもしれない。
矢印にジャリッと丸をしておいた。
それを確認したガウリスがジャリジャリと消していくと、その音を聞いた近くの兵士が、ん?とこっちを見る。でも私たちの姿が見えないから、気のせいかと顔を元の方向に戻した。
そうしてお城の裏側の建物の側にたどり着く。裏側の建物はさっき見た建物と比べるとかなり質素だわ。
兵士たちもちらほらと見張りをしているけど、さっきの建物の兵士たちより気の抜けた顔で、一人の兵士なんて槍を杖代わりにして寝ている。
…グランもこうやって寝ていたけど、槍を持っている人って眠い時はこうやって寝るのかしら…。
寝ている兵士から建物に目を移す。ここの建物の窓がありそうな所は木製の板で覆われていて、開けられそうにないわ。
…と思っていると、アレンの方からサササッと動く気配がする。
ん?とアレンの動く方向を見ると、木製の板がカパッとわずかに開いた。
何だ、あれ窓を覆ってるだけなの。
アレンはサササと戻ってきてガウリスのマントを掴んだ。
もちろんアレンの姿は見えないし、アレンからも私たちの姿は見えない。
それでもこうやって皆が無言で透明になっていると他の人の動きに敏感になるのか、サードが言ってた空気の流れと音の響きでどこにいるか分かる、っていうのが少しずつ分かってきた。
自分でも他人でも動くと空気がスー、と動いて風が起きる。その空気の流れで人が動いてる感覚がする。
あとは物音がした時の反響の具合。
歩いていると足音が壁に跳ね返って耳に聞こえてくる。けど壁がないとそのまま足音は横に響いたまま戻ってこないのよね。
それと同じで人の体でも音は遮られる。
兵士やメイドたちが話しながら横を通り過ぎる時、ガウリスとアレンが間にいるときにを挟ん聞こえる声と、二人の体を挟まないで聞こえる声の響き具合が結構違う。
多分サードはこういうので透明化してもどこを歩いているか正確に分かっていたんだと思うのよね。
「あそこは武器庫だったよ。槍とか剣とかあった」
周りに誰もいないのを確認したのかアレンがもがもがと言う。
それにしても武器庫の見張りで居眠りしている兵士って…。
でもそれならやる気のある表情で兵士たちが見張っていたさっきの建物にお父様たちがいるんじゃないかしら。
「やっぱりさっきのアレンが見つけた建物じゃない?」
モソモソと言うとガウリスがモゴモゴと、
「しかしあの窓の少ない造りで鉄格子までつけられていては軟禁ではなく監禁ではありませんか?あそこにいるとしたら肉体的にも精神的にも辛いと思うのですが」
「とりあえずガウリスが見つけた建物にも行ってみようぜ」
アレンがもがもが言うからその通りだと私たちは歩いて行く。そうしてお城の周りを一周するかたちでガウリスの見つけた建物にたどり着いた。
遠くから見た時点でも見張りの兵士が数人立っている。それでもアレンの見つけた建物と武器庫の二つと比べると人数は少ないわ。
正面まで近寄ると扉には外からかんぬきがかけられていて、窓はあるけど曇りガラスで中の様子は外から一切見えない。
アレンの見つけた建物と同じように周りをグルッとしてみる。最初に見た建物と違って窓はそれなりにあって、鉄格子ははめられていない。兵士たちはただ与えられた職を全うしているという感じ。やる気があるわけでも、ないわけでもない。
高さは三階建て、窓は全部が曇りガラスで中が見えるところはなかった。
ここか、アレンの見つけた建物かのどちらかに三人が居るのかも。
どっちかというとこっちかしらとも思えるけど、中の様子は見られないし…。
参ったわ、アレンの見つけた建物は鍵が無いと入れなないし、鍵がどこにあるかも分からない。
ここは外からかんぬきがかけられているし中の様子が見えない。
かんぬきさえ抜いちゃえば中に入れるけど、兵士たちが入口のすぐそばにいるからそれも難しい。
魔法さえ使えたらこんな石造りの建物、さっさと穴を開けて中に入ることができるのに。
もう少しで皆を助け出せるかも、でもそのためには周りの兵士にバレないようにしないといけない…。何てもどかしいの。
するとガウリスがスッと横に動いたから、ガウリスの体に押されるように私も下がった。
私が見下ろす位置を淡い金髪の頭が通過していく。
…あれ、この子って王女のサブリナじゃ…。
サブリナは私たちの横を通り過ぎると建物の前に立っている兵士をジッと見上げている。
扉の前にいる兵士は、やれやれ、という顔でかんぬきを外して扉を少し開けると、サブリナは早足で建物の中にスルッと入って行った。
あ、中が見える…。
首を動かしたけど、すぐに扉は閉められてかんぬきがかけられてしまった。
「お前、サブリナ様付きのメイドに王女がここに来たって伝えてこいよ。昨日は俺が行ったから今日はお前」
一人の兵士がそう言うと、言いつけられた兵士は面倒臭そうな顔で建物をわずかに見上げた。
「にしても何でこうも毎日部屋を抜け出してここに来るかね…ったく、こんな端から王家のいる所まで行くのタリィなあ」
「しょうがないだろ、あの年増のメイドにいちいち報告しねえと後で文句言いに来て迷惑なんだから」
「言っても言わなくても機嫌悪いと当たりに来るじゃねえか…」
二人とも、タリィなぁ、とため息をつきながらそれぞれが動き始めた。
Q,体が透明になったら目の構造上周りが何も見えなくなるらしいですが、それでもエリーたちは目が見えているんですね?
A,魔法の存在する世界なんでね




