私に死ねと思えしや
一旦セリフィンさんたちの居る大学に戻ると、アレンはメモ帳と鉛筆を用意してガリガリと城の中の簡単な見取り図を描き始めた。
「とりあえず今日は城の中は大体見てきたから、明日は庭園をグルッと回ろうって話してさ…」
サードに今日の報告をしながらガリガリとお城の中のマップを書いていくアレンを見て、セリフィンさんは、
「すげー…今日だけでこんなに覚えられるもんかよ…?」
とメモ帳に次々と描かれていく部屋の数々を見ている。
私も覚えている限りのことは言おうと思っていたけれど、そんな必要もないみたいでアレンはあっという間にお城の内部のマップを完成させた。
でもお城の中はやっぱり広いせいか、一枚だけじゃなくてメモ帳を何枚も使っての完成になった。
サードはそれをじっくり見ると、いきなり並べられている紙を取って重ねてはシャッフルする。
「あっちょっと!せっかくアレンが並べて書いたのに…!」
私が慌てるとサードは私を見る。
「セリフィンさんたちのいるこの部屋に城の内部の描かれた見取り図をそのまま置いておくわけにはいきませんし、仮に見つかったらお二人に咎めが行くかもしれません。それにこうやってバラバラにして重なっていたらパッと見でも何が何だか分からないでしょう?」
「そうそう。必要なら後でジグソーパズルみたいに並べればいいかなってこうしてたから大丈夫」
アレンは最初からそんなこと考えてて、サードはパッとアレンの考えを察してたの。…私って、本当に魔法を使う以外のことはろくに頭が回らないのね…。
かすかに自己嫌悪に陥っていると、
「仮にエリーさんのご家族を見つけたらどうします?その場で救出しますか?」
とガウリスが皆を見渡して聞く。サードはわずかに考えて、
「救出したとしたとしても今は国外に逃がすのも大変でしょう。それに三人をかくまう場所もありません。よほど三人の状態が悪いのなら話は別ですが、そうでないのならこの国の王家を追いやるまでその場に留めていた方が良いと思います。…それでいいですか?エリー」
サードが私に聞いてきて、それならさっさとこの国の王家を追いやらないと、と気持ちを切り替えて頷く。
私はサードに訴えるように口を開いた。
「この国の王家は思った以上に最悪だったわ。ファディアントは大臣に今の城下町の現状を聞かされても多少不便でも憂い無さそうとかふざけたことを言っているし、マーリンなんて宝石のディスプレイかしらってくらい宝石をつけているし、ディアンはサブリナとメイドに暴力を振るってしつけをしたみたいに満足気に笑っていたのよ?」
思い返すほどにはらわたが煮えくり返ってくるわ。
あんな王家のためにお爺様は魔法を使い過ぎて命を縮めて、四年前には戦争が起きて私の家族はバラバラになった。
あんな王家なんだもの、私の髪の毛が純金になるって話を聞いて、
「それなら純金いーっぱい手に入るんじゃないのぉ?ねえあなた~、欲しい~」
「それなら手に入れてしまおうかなぁ~。年も近いみたいだし王子の嫁にでもしてやるかぁ~」
くらいの感覚だったんじゃないの?
実際はどうなのか分からないけど。セリフィンさんが言ったみたいに貴族階級の私が国外に抜けてしまったら大変だって大臣が動いたのかもしれない。それでもあの国王と王妃を見る限り、純金が欲しいって軽い気持ちだけで簡単に動いたんじゃないのかしら。
「サブリナはどうだったのですか?」
「うーん…」
サードが質問してくるから今日見たサブリナのことをかいつまんで伝えた。暴力を振るわれていて可哀想だったけど、政治には関われそうにないって。
サブリナの話を聞いたセリフィンさんは顔をポリポリとかく。
「サブリナ王女は重い熱病に二年前にかかったみたいでな。その熱でやられちまったみたいで、城ん中でも持て余されてるって話だぜ」
「…お可哀想に…」
ガウリスは心を痛めたような顔でしんみり呟いている。
ふくふくしいメイドに何度も叩かれていたあの姿を思い出したのかもしれない。
「けどま、どうせその王女様だって俺たちの生活には無頓着だったんだろ。俺は可哀想とも思わねえな。俺たちの怒りが通じたんじゃねえのって城下の奴らはこぞって言ってるぜ」
セリフィンさんは苦々しい顔つきでそういう。
確かに。今日見た限りだと可哀想と思えたけど、あんな両親と兄に囲まれて育った王女もあんな性格の子だったのかもしれないものね。
「それはそうと皆さんがお城に行っているうちに今日泊まる宿を見つけておきましたので、そろそろそちらに移動しましょうか」
セリフィンさんは申し訳なさそうな顔つきで私に向き直る。
「俺らはここで寝泊まりしてるからついでにお前らも…って学長に掛け合ったんだけどよ。やっぱり大学関係者以外はダメらしいわ。悪い」
ううん、と頭を横に振る。
「私たちを迎え入れてくれて、危ないかもしれないのにこんなに力を貸してくれてるんだもの。これ以上お世話になれないわ」
そんな私をセリフィンさんはジッと見つめて、頬をペチペチ叩いてからギュっと優しく抱きしめた。
「苦労の知らずのポワッとしたお嬢様だったお前がこんなにしっかりして…。スロヴァンが見たら泣くぜ」
スロヴァンは私のお父様の名前。
むしろセリフィンさんが今にも泣きそうじゃないの。
それより私ってそんなにポワッとした苦労の知らないお嬢様って風に見られていたのかしら。私的には今と同じように過ごしていたつもりなんだけど…。
「だよなぁ、最初は妹と思ってたエリーが今じゃ姉さんみたいな感じになってきてるもんなぁ」
アレンは腕を組んでうんうん、と頷いている。
「思えばエリーも随分顔つきがしっかりしたものですね。最初は帰りたいと脅えて泣いているばかりだったのに」
サードがそう言ってくるけど、最初はあんたの表向きの顔と裏の顔のギャップに脅えてたのよ、あんたの!
横目で睨むけど、サードはサラッと私の何か言いたげな視線を受けながす。
「とにかくだ、もし他に必要そうなもんがあるんだったらいくらでも協力してやる。…王家に睨まれない程度のことならな」
センプさんに小突かれてセリフィンさんはついで程度に言葉をつけたしながら私から離れた。
サードはニッコリと微笑む。
「これ以上は奥様が気を揉むだけでしょう。わざわざ夫婦を引き裂く真似などしたくありませんし、ここまでしていただいただけでも十分です、あとは我々にお任せください」
セリフィンさんはサードの言葉に不満そうな顔をしているけど、サードはおかしそうに笑った。
「隣の奥様の顔をごらんなさい、そんなに心配そうな顔をされては頼みごとなどできませんよ」
え?センプさんの表情が変わって…?
チラとセンプさんをみるけど…センプさんの表情…全然変わってないじゃない…。
「…そんなに俺のことが心配か、こいつぅ可愛いやつめ、こいつぅ」
セリフィンさんがセンプさんに抱きついてチューしようとしているけど、センプさんは手を突っぱねて、
「やめて」
と迷惑そうに拒否して顔をのけぞらせている。
「そういえばお聞きしたいことが…」
ガウリスが声をかけると、セリフィンさんはセンプさんから身体を話してガウリスを見た。
「この魔法陣はとてもいいのですが、口にくわえているとあまりに乾燥して辛かったのです。最初からこれを水などにつけるなどして移動しても大丈夫なものでしょうか」
するとセリフィンさんは腕を組んで難しい顔をしながらガウリスを真っすぐに見る。
「俺もそう思って水や水蒸気を十分に含ませようとしたが、魔法陣の血がにじんで使い物にならなくなっちまった。だが人の体液だと全くにじまねえ。
つまりこの魔法を使う対価報酬として人の体に含まれる体液が必要なのさ。血でも唾でも涙でも小便でも。そん中だと唾が一番手軽だろ?それに元々の魔法より安全になった分、水分はそんなにもって行かれねえ部類になってはいるんだぜ?」
と言いながらもふと顔を上げて、
「ああ、ちなみにそれ使って風呂に侵入したら湯気で魔法陣がにじんで姿見えるようになるからな。気をつけろよ」
アレンは心なしか「そっかぁ…」としょっぱい顔をしている。
むしろセリフィンさん…もしかしてセンプさんがお風呂に入ってるところにその魔法陣を使って侵入した…?だってセンプさんが冷めた目つきで見ているもの…。
「まず、私たちはこれで」
サードはそう二人に頭を下げると、セリフィンさんとセンプさんは大学の門まで見送ってくれる。
「お前らはさっきああ言ったが、他にやることがあるなら俺らはいつでもここにいる、頼れよ」
「気をつけて」
二人に見送られて私たちは大学から離れていく。
「良い方々でしたね」
「な。協力しないって言ってても何だかんだで協力してくれたし」
セリフィンさんとセンプさんが褒められて私も何だか嬉しくなっていると、サードは大学の外から建物の方をかすかに振り向く。
「…人妻ってのもいいもんだな」
…さっき夫婦を引き裂く真似はしたくないとか言ってた口が何を言ってんのよ。
無性に腹が立って、杖でサードを後ろからドスッと突いた。
* * *
サードの取った宿に入った。けどまだまだ復興途中のせいか宿屋の数も人が入れる部屋も少ないから四人一部屋になったみたい。
それに部屋の中はベッドが四つあるだけで部屋のほとんどが埋まってしまうような小さい部屋。
もしかしたら二人部屋に無理やりもう二つベッドを入れて四人部屋にしたのかも。
そう思えるぐらい入った部屋は狭い。
窓もあるにはあるけれど、すぐ隣の家が隣接してあって、その隙間の裏路地のようなジメジメした壁しか窓からは見えない。
でも今まで私たちが寝泊まりしているのが無駄にいい部屋だったのよね…きっとそう。こうやって壁と屋根のあるところで寝泊まりできるだけでもいいじゃない、外では着の身着のまま外で寝てる人が多いんだから。
「クッソ、こんなに乾燥しやがって…」
そんな狭い部屋の中、窓際のベッドに座ってジメジメした路地裏を見ている私の髪の毛をサードが一生懸命髪の毛を保湿液で手入れしている。
「だってあの透明化のハンカチにものすごく水分を持っていかれるんだもの」
むしろ髪の毛より肌の乾燥の方が酷いわ。背中、首、腕、足が乾燥しているせいかすごくかゆい。一度ポリポリとかいたら止まらなくなってしまって、かいたところの肌がボロボロになってきてる。でもかゆみは収まらなくて、また手が伸びてついかいてしまう。
でも私には心強い味方が荷物入れの中に入っている。ミレルから別れ際にプレゼントしてもらった保湿液が。
「他に餞別で渡せるような物ねえからあげる。これモデルの仲間内で評判のいい保湿液なんだ。エリリン肌綺麗だから必要ないかもしんねーけど、これをみたら私と一夜過ごした時の肌の質感を思い出してよ」
って渡されたもの。だからその言い方ぁ…ってあの時は思ったものだけれど、それが今役に立ちそう。
でもサードたちと同じ部屋だから体中に塗りたくるなんてできないし…。そうね、あとで宿のトイレに行って塗ってこよう。
「明日はもっと水持ってった方がいいよな、あんなに喉が乾くだなんて思わなかった」
「そうですね、あんなに乾燥で咳が止まらないなど初めてでした…」
「これだけ乾燥するんだ、吐き戻すくらい先に水飲んでいけばいいだろ」
ひたすら私の髪の毛を保湿しながらサードは簡単に言う。
「俺は明日城下町を見て回って情報集めておく。お前らは明日も今日と同じようにやってこい。特にエリー、腹が破れるくらい水飲んでけ」
…こいつ私に死ねって言ってるわ。
あゝエリーよ、君を泣く、君死にたまふことなかれ、
長女に生まれし君なれば、親の情けはまさりしも、
勇者は杖をにぎらせて、人を殺せとおしへしや、
人を殺して死ねよとて、十八までをそだてしや
勇者
「人を殺せとも死ねとも思ってねえよ、殺人犯したのがバレたら後々面倒だし、死なれたらこき使えねえだろ?」
エリー
「…最悪…」




