いざ城への侵入を
サードは透明になれる魔法陣で透明になれないからとりあえずセリフィンさんたちの所で留守番することになって、私、アレン、ガウリスの三人で早速お城の中に向かうことになった。
「それでは、気を付けて行ってきて下さいね。アレンは城の内部のマッピングをお願いします」
「分かったー。…あ、けどさ、透明化して鉛筆と紙持ったら浮いて見えんじゃね?ほら」
サードの言葉に頷いたアレンだったけど、すぐそう言いながら魔方陣のハンカチをくわえて透明化すると、テーブルの上にある紙を持つ。
確かに浮いてるわ。
「最初から持っていたらいいのでは?」
ガウリスが声をかけるとアレンのいる所から「むー」と声が聞こえて、ごそごそと動く音がする。
「今ペン取り出したんだけど、最初から持ってると見えないんだよー」
ふがふがした言葉使いでアレンが情けない声を出す。多分顔も情けなくなってると思う。
「なるほど…透明化した後に物を手に取ると物が不自然に浮かんじまう、元々持ってるのは一緒に透明化して何も見えねえ、か。そんな状態じゃマッピングなんて無理だな」
セリフィンさんはあちゃー、と頭をがしがしとかくけどサードはアレンを見た。
「ではできる限り内部の構造を覚えてきてください、特に王家の者たちがよく過ごすような場所に個人の部屋、寝室などが分かるとありがたいですので、よろしく頼みますね」
「うん分かった」
サードの言葉に姿を現したアレンが簡単に頷く。
セリフィンさんは「無理だろ…」と呆れた顔をしたけど、とりあえず私たちは元々していた変装をして出発する。
するとセリフィンさんとセンプさんが出発する私たちを大学の門まで見送ってくれた。
「気をつけてな、それがあれば見つかりはしねえと思うが…」
「大丈夫よ、私たちは今までも魔族のいるダンジョンに入って無事に戻ってきているんだから」
心配そうなセリフィンさんたちに私は安心させるように声をかけて手を振りながら大学を後にした。
…でもそうやって二人には安心させるようなことは言ったけど、わずかにサードが居ないのは不安だわ。魔族のいるダンジョンだってサードの回転の早い思考回路で切り抜けてきたことが多いんだもの。
それでもアレンとガウリスが居れば大丈夫だと思うけどね、姿も消せるんだし…。
そうやって歩いていくと、アレンはハッとした顔になってガウリスの腕をピシピシと軽く叩きながら声をかける。
「なぁガウリス、この魔方陣の描かれたハンカチさ、これ使ったら女風呂に入り放題になるんじゃね!?」
「そんなことのために使うものではありません」
ガウリスが強めの言葉でアレンを諌めた。
変装している今のガウリスの風貌はどこの悪人なの?っていう見かけだから、言葉が強めなだけで圧迫感がすごい。
言葉が強めのガウリスからサンシラ国近衛隊長のジリスにも負けないぐらいの迫力を感じて、私はわずかにビクッと震えた。
それでもアレンは「へへ」って笑っている。そんなアレンを見てガウリスの口元が全くもう、って微笑んだから緊張がほぐれた。
ガウリスの性格をよく知ってる私でもついビクッとしちゃったわ…。ガウリスのことを良く知らない人だったらこの体格と隙のない身のこなしで本当に脅えてしまうかも。
この学者が多い国にガウリスくらい体格がいい人もそうそう居ないし。兵士だって大半は魔法を使う魔導士だから体を鍛える人もそんなにいないって聞いたこともあるし。
そうやって話しながら段々とお城が近くなってきて、兵士の姿も多く見かけるようになってきた。
「そろそろハンカチくわえてく?」
「そうね、これ以上このまま近よったら怪しまれて声をかけられるかもしれないし」
アレンの言葉に頷くけど、それでも私は思ったことを口に出す。
「でも透明化したら皆の姿が見えなくなるし話もできないからバラバラに進んじゃいそうじゃない?」
ガウリスは体格がこうだから歩くのも颯爽としてて速い。アレンは足が長いからのったり進んでても一歩の幅が私と違う。どっちにしろ私は気づいたら二人に置いていかれそう。
「だったらガウリスの服掴もうぜ。ほらこの悪役チックな黒いマント、これちょうどいいじゃん」
アレンがそう言いながらガウリスのマントを掴んで揺らしているけど…それだとガウリスが歩きにくいんじゃ…。
チラとガウリスを見ると、
「そうですね、確実でいいと思います」
とあっさり頷いた。
そうと決まると私たちは物陰に隠れてガウリスのマントを掴みながら透明化の魔法陣が描かれたハンカチをくわえる。一斉に私たちの姿が透明になった。
そしてガウリスを先頭に歩いて小高い所に見えているお城に近づいて城門の前までたどり着いたけど…。
ガウリスの動きが止まった。
そりゃ普通に考えたらそうだけど、城門はぴったりと閉じられていた。
これじゃあ中には入れそうにないわ。
皆とアイコンタクトしようにもお互いに透明になっているし、城門を守る兵士たちの前で話をしようとして姿を現してしまったら全て台無し。
ええい、こうなったら。
最初から手に持って透明になっている杖を振り上げ、魔法を発動した。するとゴォッと突風が起きて、木の城門が風の力でギギィと音を立てて開く。
するとガウリスがすぐさま歩き出しすから私とアレンも慌ててついて行く。
「何だ今の風は?」
って驚く城門前の兵士たちの横と門をすり抜けたタイミングで、こんな風は滅多にないって話合いながら兵士たちは城門を閉じた。
わりとギリギリだったわ、私のローブが挟まれなくてよかった。
それにしても初めて入るエルボ国の城壁の中は思ったより広い。
お城は城壁で囲まれているはずだけど壁は私たちの立っている所からは遠すぎて見えないくらいで、おしゃれな木々やお花の生け垣が道端を飾ってる。それにお城だって門から数百メートルも歩かないとたどり着かないんじゃないの?
お城の壁だって明るい日差しに当てられてオフホワイト色に輝いて見えて…無能な王家が住んでいるお城って前知識がなければ、手放しで「素敵!」って言ってしまいたいくらいのいい景観だわ。
ただ城下町の惨状を見た後だから、自分たちだけこんな何不自由のない暮らしをしてって怒りが湧いてくる。
するとガウリスが立ち止まって地面にジャリジャリと何かが現れた。どうやら足で地面に何か書いているみたい。
覗きこんでみる。
「←↑→ ?」
庭の右に行くか左に行くか、それともお城の中に行くかってことかしら。
すると、真っすぐの城を差している矢印がジャリッと丸で囲まれた。
アレンも足で矢印を丸で囲ったのね。
そのあとにその矢印はジャリジャリと消されて、ガウリスが歩き出す。
城の中に入る扉も閉じていたが、周りに人がいないのでガウリスは普通にキィッと音を立てながら中に入る。
城の入口付近には誰もいないみたいでアレンが、
「とりあえず、その辺歩いて部屋ん中とかみようぜ」
とふがふがと小声で喋る。まあアレンの小声は普通の会話レベルだから小声でもないのだけど。
ガウリスは歩き出した。
初めて入るこの城中はまるで前魔王の息子、リッツが暮らしていたあの屋敷と似たような豪華な造り。
大理石で出来上がった石造りの壁に踏み心地のいい赤いカーペット。天井もとても高くて、壁にかけてある絵画なんて額縁だけでもすごく立派。
窓には色のついたガラスがはめ込まれていて綺麗な柔らかい光が城の中に降り注いでいる。
城下町の瓦礫があちこちにある状況と比べると、ここは別世界だわ。本当に同じ国なの?と思えてしまうくらい。
この絵画の額縁を外して売っただけで私たちにお金を求めて手を伸ばしてきた人の何人救えることか…。
お城の中が立派に整っているのを見れば見るほどやるせない怒りが湧いてきて、王家への憎しみが増えていく。
そんな中でも兵士やメイドたちの横を通り過ぎていくけど、誰も私たちに気づくこともない。
サードはさっくりとアレンを見つけていたから案外とバレるんじゃないかしらって心配もあったけれど、透明になってるのを見つけるなんてサードぐらいじゃないとやっぱり無理なのかも。
ガウリスが立ち止まった。そこはひとつの部屋の前。そして周りに人がいないのを見計らったみたいで、コンコン、とノックを…。
「ダメ!」
ガウリスの腕がありそうな所に手を伸ばして後ろに引いた。
なんでわざわざノックするのガウリス!私たちは侵入してる立場なんだからこっそりと見ないとダメでしょ!真面目過ぎるわよガウリス!
「はい?」
男の人が扉を開けて、ん?と顔を廊下に出してキョロキョロとしている。
ガウリスは私たちを少し押しのけるようにして後ろに一歩二歩と下がった。
見る限り、兵士…なのかしら。でもくつろいでいたのか鎧も着ていなければローブを羽織っていることもない普段着みたいな格好をしている。休憩中?
「なんだ?」
部屋の中からも別の男の人この声が聞こえて、廊下に出てきた男の人は、
「今ノックされたんだけど、誰もいないんだよ」
と不思議そうな顔をしている。
「聞き間違いじゃねえの?」
「…確かに聞こえたんだけどなあ…」
兵士は不気味だ、とばかりに顔をしかめて部屋の中に戻っていった。
「…すみません」
ガウリスから申し訳なさそうなモゴモゴとした声が出る。アレンからは笑いをかみ殺した声が漏れて、ガウリスの背中をポンポン叩いているみたい。
他にもいくつかの部屋をこっそり開けてみたけど、どうやらこの辺りは兵士たちの休憩室が続いているのか、鎧を着た人が入ったと思ったら鎧を着けて出ていく兵士もいる。
中はすごく汚い。鎧に武器、魔導士のローブに杖にゴミもあちこちに散乱していて、兵士たちも転がっている鎧に甲が邪魔とばかりに足でどかしながら歩いていく…。
「何ということ…兵士が武具を足で…!」
甲を足で蹴飛ばし進む兵士を見て、モゴモゴとガウリスがあり得ないとばかりに小声で呟いた。
それに休憩中の兵士たちを見てみるけど…やる気のある目をしている人なんてほとんどいない。妙にうつろというか、やる気がないっていうか、目が死んでるっていうか…。
何で自分は兵士になってしまったんだろうと今にも言い出しそうな雰囲気の人ばかり。
こんなやる気のない兵士たちに国が守れるわけがない。この兵士たちをガウリスの国に連れていったらどんなに自分たちは兵士として劣ってるって自覚することかしら。
ガウリスの国の兵士はたった三人が目の前にいるだけで圧倒されて脅えてしまうほどたったけれど、こんな兵士たちなら数百人が目の前にいたって怖くもないわ。
アレンがふがふがと、
「王家の部屋はもっと奥じゃねえかな、やっぱり」
と言うから兵士たちの休憩室から離れてもっと奥へと進んでいく。
奥へ進んでいくと段々と部屋と部屋の間隔も広くなって、部屋のドアも壁にかかっている装飾品も玄関辺りよりもっと豪華になってきた。
庭にすぐ出られるような壁のない通路から庭を眺めてみる。
城門の辺りよりももっと手の込んだ綺麗な庭園だわ。
青々とした芝生にきっちりと四角に刈り揃えられた植木。等間隔で並んでいる色とりどりの花、それに散歩するための白い石畳…。
素敵ね、ええ本当に素敵な庭。ここをこんなに手入れするお金があるのなら城下町を直すほうに回せばいいのに、馬鹿じゃないの。
渋い顔をして庭園を見ていると、立派なドレスを着こんだ女の子が淡く長い金髪を揺らして、手入れの行き届いた庭を走っている。
急激に走る女の子が現れたからか全員が思わず足を止める。皆の姿は見えないけど、多分全員が走る女の子を見ている。
するとメイド服を着た二十代前半くらいの細身の女性が現れて、スカートをつまんで必死の顔で女の子を追いかけている。
「サブリナ様!お待ちくださいサブリナ様!」
サブリナって…この国の第一王女じゃない?今走ってるあの女の子が?
改めて走っていくサブリナ王女を見た。見る限りまだ成人もしていない子供だわ。背も私よりずっと低いし…。
サブリナはチラと後ろを追いかけてくるメイドを一目見て、そのままダッシュで走り続けていたけど、その前からメイドの服を着た四十代?五十代ぐらい…?のふくふくしい体格のメイドが現れて、肉厚のその体で王女をガッシリと掴まえた。
あ、捕まった。
成り行きを見ているとふくふくしいメイドは手を振り上げ、王女の頬を思いっきり引っぱたいた。
パンッという音が天気のいい空の下に響き渡る。
ビックリしたのかガウリスの体が少しそちらに向き直るような感覚がする。けど私も驚いて思わずガウリスのマントから手を離してしまって、慌てて掴みなおす。
今、メイドが王女引っぱたいたわよね…?何の躊躇もなく…。
包容力のありそうな体格とは裏腹の意地の悪い顔で、ふくふくしいメイドは眉と目をつり上げる。
「この馬鹿王女が!あんたが庭を駆けずり回る度に追いかける私たちの身にもなってよね!そんなにあたしがあんたの髪の毛とかすのが気に入らないのかい、ええ!?」
メイドは怒鳴りながらもう一度手を振り上げてサブリナの頬を引っぱたいた。
体格のいいメイドに思いっきり引っぱたかれたサブリナは思いっきり地面に張り倒されて、頬を押さえてふくふくしいメイドを見上げる。
泣いている…と思ったけど、サブリナはニタニタ笑いながら自分の頬を押さえて自分を叩いたメイドを見上げるだけ。
「ニタニタすんな!気持ち悪い!」
ふくふくしいメイドはサブリナの頭を引っつかんで揺らしては地面に力任せに押しつける。
それを見ていたガウリスが動き出した。でも私はガウリスのマントを慌てて引っ張って止める。侵入している身で何をしようというの?
すると後ろからサブリナを追いかけて来ていた細身のメイドが慌ててふくふくしいメイドの前に入り込んで、サブリナを守るように腕を広げた。
「だ、ダメです、王女に暴力を…振るっては…」
ゼェハァ言いながら割り入った細身のメイドに、ふくふくしいメイドは憎々し気な顔をサブリナと細身のメイドの二人に向ける。
「どうせそいつ、何されてるのかなんて全く分かってないわよ」
「だからって…」
チッ、とふくふくしいメイドが舌打ちする。
「こんなまともない王女の子守なんて押しつけられて、本っ当に最悪、熱上げた時に死んどけばよかったのに」
ふくふくしいメイドは、そのまま二人に向かって唾を吐くと足音も荒く去っていった。
「…」
呆然としながらふくふくしい後ろ姿のメイドを見送ってから、庭に残っている細身のメイドとサブリナに視線を戻した。
「サブリナ様、痛くないですか?」
心配して声をかける細身のメイドに対して、サブリナはニタニタとした笑いを浮かべたまま頬をじっと押さえている。
「そうですよね、痛いですよね?お部屋に戻ってお顔を冷やしましょう。おやつもご用意しますからね」
細身のメイドに片手を引かれてサブリナは締まりのない笑みを浮かべ、片手をブラブラさせながら歩いて行く。
「…」
ただただ二人のやりとりをぼんやり見ていると、ガウリスが歩き出した。私もハッと我に返って歩いて行く。
そうね、部屋に戻るんだから王家の人たちが過ごす場所が分かるんだものね。
細身のメイドとサブリナから一定の距離を取りながらついていくと、向こうから立派な身なりの若い男の人…私より少し年上かな?というくらいの人が歩いてきた。
細身のメイドは向こうからやってくる若い男の人を見つけると、サッとサブリナと共に脇に避けて頭を深く下げている。
若い男の人は二人の横を通り過ぎようとするとき、ピタリと足を止める。そしてサブリナをジロリと見下ろして、あからさまに怒りの表情を浮かべた。
「何だ、この俺に頭を下げないのか!?」
男の人はサブリナの頭を掴みあげて無理やり頭を押さえつけて下げさせる。細身のメイドは慌てて、
「お、おやめくださいディアン様…!」
と言葉で止めに入った。
ディアンは第一王子。…もしかしたら私が結婚していたかもしれない相手…。
見た目は…確かに王子という言葉にピッタリかもしれない。スッキリした細身の体格に王女に似た流れる淡い金髪。でも…。
ディアンはメイドの頭を拳でぶん殴る。すごい音がした。メイドは痛いだろうに、バッと頭をすぐさま下げる。
「お前のしつけ不足だろ!こいつは野良犬と同じなんだからな!今みたいに殴ってでも俺の顔を覚えさせ頭を下げるようにしておけ!俺はこの国の次期国王だとな!」
ディアンは満足げに鼻を鳴らす。その顔はまるで「ふう、よくしつけてやった」みたいな顔。
メイドはただただ頭を下げたままで、ディアンはその場から離れていく。
ディアンが遠くに行くのを見たメイドは「イタ…」と頭を押さえながら、顔を上げてサブリナの乱れた髪の毛を整える。
「大丈夫ですか?」
当のサブリナは本当に何をされているのか理解できていないのかも。相変わらずニタニタと薄っすら笑っている。
それにしても、と私は去っていくディアンの後ろ姿を見てつぐつぐ思った。
あんな男の嫁にならなくて本当に良かった。




