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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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セリフィンとセンプ

「けど学者だっていうからもっと細い人かと思ってた」


大学構内を進む中アレンが後ろから言うと、セリフィンさんはニッと口端を上げながら振り向いた。


「学生時代は運動部のエースだったもんでね。未だに体は鍛えてるからこの通りだ!」


白衣の腕をまくってムキッと筋肉を盛り上げるセリフィンさんを見て、アレンはハッとしてガウリスの羽織っている黒いマントを掴んで揺らす。


「ガウリス!ガウリスもムキッってやれよ!お前の自慢の筋肉見せてやれよ!」


「いえ別に…見せるためのものではありません」


ガウリスは迷惑そうだわ。


でも確かにセリフィンさんって世の中の人が思い描く学者・研究者のイメージから遠い人だと思う。

大きい背丈にガッチリした体、性格は負けず嫌いで喧嘩っ早くて、運動部エースの経験もしてきたからか自信家で少し自惚れ屋。


そんな人前に出て目立つことが好きそうなセリフィンさんと違って、センプさんはものすごく静かな人なのよね。表情だって一つしかないのかしらって思うぐらい変わらないもの。

近くにいても滅多に話しかけてこない人だったけど、お菓子をそっと目の前に用意してくれたり、私が話すとただ黙って頷きながらまとまりのない話を聞いてくれていた。

私の髪の毛が家庭教師に切られたと知った時には、ホロリと涙を流して黙って抱きしめてくれていた。


するとセリフィンさんはサードに聞く。


「ところでお前ら、どうやって仲間になったんだ?」


「四年前の戦争の時、争いの元となった一家がブロウ国王家の城の牢屋に入れられていると聞きまして。そのままでは危険なのではと思い助けに行ったのですよ。私はこの子の父に娘をよろしく頼むと言われました」


そう言われてセリフィンは目を見開いて、本当か?と私に聞いてくる。


「本当よ」


ええ、確かに本当。

でもサードは私の純金の髪の毛狙いで助けに来ただけ。…思えばサードだってここの王家と同じ目的で私を助けに来たんじゃない…何か腹立ってきた。


腹立ち紛れでサードをビスッと叩くと、サードは表向きの顔を崩さず黙っている。それでも微笑む目がイラッとしている。

でも知ーらない。セリフィンさんたちの前じゃ私を叩くこともつねることもできないでしょ、ふんだ。


そうしているうちにセリフィンさんとセンプさんが部屋に入るから私たちも続いて入って行く。


「適当に座ってくれ」


そう言いながらセリフィンさんもソファーに座った。皆が座るとセリフィンさんは身を乗り出して話し出す。


「今までフロウディアとお前らが旅をしていたのは分かった。で、ディーナ家の今後をどうするかだって?」


他に誰もいないからかセリフィンさんは私のことをフロウディアと本名で呼ぶ。するとサードは、


「今はその名前を隠しエリー・マイと言う名前で冒険者登録をしています。どこで誰が聞いているとも分かりませんので、本名ではなくエリーという名前で呼んでいただけませんか?」


それを聞いたセリフィンさんは、軽く笑い声を立てた。


「エリー・マイ?勇者御一行の女魔導士と同じ名前じゃねえの。有名人にあやかったのか…よ…」


そこまで言うとセリフィンさんはふと真面目な顔つきになって、私たち四人をジロジロと見てくる。

いやまさかな、という顔つきになってソファーにもたれたけど、すぐにガバッと身を起こした。


「エリー・マイの女一人と男三人の四人組…。そのうち二人は体格のいい男、一人の男は細身…まさか…勇者御一行か…?」


それでもすぐに、いやまさかな、という顔つきになってまたソファーにもたれた。


「一般的にはそう呼ばれています」


サードはあっさり認めるとズルリと茶髪のカツラを外した。


「もう取っていいの?」


アレンは(かぶと)ごと金髪のカツラをスポンと取り外して眼鏡を取って、ガウリスもサングラスと帽子を取る。


「カツラに冑って頭蒸れるなぁ」


アレンはそう言いながら頭をワシャワシャとかき乱して、変装を解いた三人を見ていたセリフィンさんは驚いている。


「黒髪に紺色の鎧のサード、赤髪の武道家アレン、歴戦の戦士ガウリス…」


あ、ガウリスは歴戦の戦士って通り名になっているの。


「いやまさか…フロウディア…じゃねえ、エリー…が勇者御一行だなんて…なあ?」


驚いたままセリフィンさんが隣に座っているセンプさんに声をかけるとセンプさんもさすがに驚いたのかいつもより大きく目を見開いている。

セリフィンさんは、はあー、と感心するような驚きの声を漏らしながら、


「なるほどなぁ、市民の味方の勇者御一行が来たとなれば…大量の市民が困ってる国だ、色々目立って助けてくれっていちいち声かけられると面倒くせえから変装してたわけだ…」


「いいえ、エリーが戻ってきたとこの国の王家に知られたら、また何かが起きかねないからです」


嘘つき、城下町に入る前にセリフィンさんが言ってたのと同じこと言ってたじゃないの。


呆れながらも黙っているとセリフィンさんはそうかそうかと納得の表情で頷くと、私に視線を向け真面目な顔つきになった。


「それでだ、エリー。お前の両親たちだが…」

「王家に軟禁されてるんでしょう?」


先に言うとセリフィンさんはテーブルに手をついて身を乗り出した。


「軟禁?監禁じゃねえのか?ってか、何で知ってんだ?」


「勇者一行という立場になると、色々なルートから情報が入ってくるのですよ」


まさか神様から情報が入ってきただなんて思わないでしょうね。


でも別にセリフィンさんたちなら神様ルートで情報が手に入ったことを伝えてもいいかもしれないと事情を話そうとすると、それより先にサードは続けた。


「それとこれは予想なのですが、エリーのお父様もエリーと同じように髪の毛が抜けたら純金になるのではないのですか?」


セリフィンさんは少し黙り込んでから軽く頷いて口を開いた。


「…その通りだ。スロヴァン…ああ、エリーの親父の名前だ。スロヴァンの家は代々力の強い奴が生まれる家系でな。

そのせいで魔族だ何だって周りが言うのに腹立って、こいつらは魔族じゃなくてただの人間だってのを証明したくて、力の強さの何か…原因を発見したかったんだ。そうしたら、人間じゃねえってことと、髪の毛が純金になるってのが分かった」


そこで少し言いにくそうな顔つきで口を閉じたけど、顔を上げる。


「…正直、大発見だと喜んだ。新種族、それも体から純金を作り出せる新種族だ。俺もあんとき欲に目がくらんでた。新種族発見となれば俺の名前も後の世に残る、うちの研究チームに国から金が降り続ける、それだけを考えて後先考えずに公表した」


深々とため息を吐いて、セリフィンはさんは目を覆う。


「俺のしたことが間違ってたって気づいたのは、エリーの髪が家庭教師に切られたあの時だ。こうなるなら軽い気持ちで公表するんじゃなかったって後悔した。

そうしてるうちに戦争が起きて、スロヴァンとアリア、セルロンは王家の兵士らにさらわれてエリーは行方知れずになっちまって…」


アリアはお母様の名前、セルロンは使用人の名前。


セリフィンはテーブルに頭をぶつける程低く頭を下げた。


「俺が全て悪いんだ、エリー、本当にすまない…!」


「そんなこと…私もお父様も思っていないわ」


この国に到着する数日前、戦争が起きるきっかけの話を雑談交じりに皆に言うと、サードは言った。


「少しずつの不運の積み重ねで起きた戦争だな」


不運の積み重ね?と聞いてみると、


「王家から嫁に欲しいって言われた時、お前の親父がきっぱり断ってりゃそれ以上何もなかったんじゃねえの?お前の家は代々王家から魔族だって怖がられてたんだから命令は出してもそれ以上強く出なかったと思うぜ?

それに家庭教師にハサミ向けられた時、お前が激しく魔法を使って抵抗して追い払ってりゃ髪の毛を切られたからって親父が別荘に行くこともなかった。

その別荘だってちゃんと管理して場所の確認も毎年きっちりやってりゃ、知らないうちに隣国の敷地内にあった、だなんて間抜けなことにはなってなかった。これ全部が回避できてたら戦争には発展しなかったんじゃねえの?だが残念なことに全部の不運を踏んずけて戦争に発展した」


かすかにニヤニヤしながら、


「戦争を起こした一番の原因は国のトップの奴らだろうがな、お前ら一家も戦争が起きる一因を作ってたと思うぜ」


サードはそうしめくくっていた。

もちろん私は激怒した。激怒して私たちは国のやりとりに巻き込まれただけって怒鳴り散らした。


でも寝る間際、一人になって色々考えて…確かに家庭教師より私の方が絶対に力が強かったんだから、家庭教師を追い払っていたら別荘に行こうとお父様も言わなかったでしょうし、別荘に行かなければブロウ国に捕まることもなくて、戦争が起きることもなかったんじゃ…と思った。


あの時こうしていれば…だなんて、いくら考えたって今更どうにもならないけど。


沈む気持ちを無理やり押し込んで、私は顔をセリフィンさんに向ける。


「私たちは王家を追いやろうとしているの」


今のところサードは自分達が勇者一行ってことも隠していないから、このことも隠す必要もないわよね。


セリフィンさんもセンプさんもわずかに顔を上げて、サードを見た。

視線を向けられたサードは頷く。


「エリーから話を聞く限り、この国の王家は無能で人の上に立つべき者は揃っていません」


サードは軽く身を乗り出しながら続けた。


「城下町の様子も垣間見てきましたが、戦争が終わったというのに復興している様子は全く見えません。あちこちに瓦礫が散らばり、住む家もない者たちが大量にあふれかえっています。

実際に国民の方からは国への不満の声を聞きました。きっとあの様子では一人どころではなく多くの者が不満を持っているのではないでしょうか?そんな王家をあなた方は必要としておられるのですか?」


サードの言い分を一言でまとめると、要らねえだろそんな王家、というものね。

本当、一言でいえる悪態を長ったらしく良いように言うのが上手だわ。


セリフィンさんはどこかおかしそうに口をゆがめて、ソファーにもたれかかって頭をガシガシとかいた。


「…いやはや、勇者といえど通りすがりの冒険者にまでそう思われちゃもうこの王家も終わったようなもんだな」


そのまま手を組み合わせながらおかしそうな顔のまま口を開く。


「正直、戦争が起きる前から不満の声は上がってた。王家は自分たちだけ良ければそれでいいって奴らの集まりだ。

周りの大臣がそんな馬鹿どもを御しながら政治を執って何とか国としてまとまってるがな。結局トップが馬鹿だから周りの大臣が馬鹿のしりぬぐいに奔走して本来の仕事が手つかずなのがこの国の政治体制なんだ。ウケるだろ」


皮肉を言いながらセリフィンさんはサードを見る。


「俺ら学者や研究者だって、国から研究費として金が貰えなけりゃ一定期間から先は無職だ。だからどうやっても国からの金が欲しい。だがここの王家なんて研究だのなんだのって話には一切興味がねえ。話を聞くのは大臣、そんで何とかやりくりしてもらって金を割いてもらうってぇカツカツな現状だった。

で、戦争起こしやがったから今はどこにも研究費が入らねえ。そのおかげで大学辞めてったチームも大勢いるぜ。俺らのチームだって金がなくなって…こんな現状だ、大体の奴らは勉強と研究より飯と金を求めて他国に流れてったよ」


そこで手をギリッと強く握ってセリフィンさんは強い目をサードに向け直す。


「だが王家の何が許せねえって、スロヴァンたちを城に連れ去ったことだ。あんなクソども、追いやれるもんなら俺だって追いやりてえ。だが俺はただの学者だ、一対一で国王たちを一人ずつ殴り殺すならできるがな、国を相手にどうこうできる力はない」


目を吊り上げながらセリフィンさんは私たちを見る。赤い瞳も相まってまるで燃えているみたい…。


「もし追いやれるってなら俺も協力してやる、どうやって追いやるつもりだ…」


セリフィンさんがふいに言葉を止めて、センプさんに目を向ける。見るとセンプさんはセリフィンさんの白衣を無言で引っ張って、首を横に振っている。


「やめて、それ以上聞かないで」

「何で」


ムッと眉間にしわを寄せてセリフィンさんが睨みつける。


「もしあなたが王家を追いやるのに力を貸したのがバレたら…その後どうなるか分かってるでしょ」


「この国の奴らの意見は全員俺と同じだろうが!あんな王家は要らねえ、とっととくたばっちまえばいい!そのために俺は力を貸すって言ってんだよ!」


センプさんを脅す勢いでセリフィンさんは声を低くしてガンをつけるように睨みつけるけど、センプさんは表情も変えず落ち着いた声で続ける。


「死んだらどうするの」


セリフィンさんはそこで少し黙り込んで、何かの考えに行きついたのか、ははーん?と顎に手を当てて満更でもない顔になる。


「なるほどぉ、俺が危険に晒されて死ぬのが怖いんだなぁ?可愛い奴ぅ」


セリフィンさんは唇を尖らせてセンプさんにチューしようと抱きつくけど、センプさんは表情も変えずに、


「やめて」


と顔を最大限に背けて手の平でセリフィンさんの顔を突っぱねて拒否している。


「照れんなよ俺ら夫婦だろ、チューぐらいさせろよ、なあ」


セリフィンさんはどこまでもチューしようと迫っているけど、センプさんはどこまでもギリギリと腕も突っぱねて拒否している。


この二人は相変わらずだわ。

昔もセリフィンさんがひたすらセンプさんに引っ付いて、センプさんはひたすら手と腕を突っぱねて拒否していたっけ。そんなやりとりが逆に仲が良さそうで、微笑ましいのよね。


「…奥様はどうやらあなたが我々の考えに巻き込まれるのはお嫌のようで」


サードが声をかけると、セリフィンさんは腕の力を緩めてセンプさんから離れた。


「俺個人としては大いに協力してえところだが、悪いな。俺センプから最大限に愛されてて」


真面目な顔でそんなことを言うから思わず私たち全員が吹き出してしまう、


「馬鹿なの?」


センプさんは顔色も変えずに一言呟いてから私たちを見た。


「私も個人としても協力したい。…けど…」


口をつぐみ、少し言いにくそうに顔を上げた。


「王家からはいい話を聞かない。キナ臭い話もいっぱい出てる。四年前のあの戦争で、暗殺者やスパイもたくさん雇ってるって聞いてる。

こんなこと言うと気分を悪くするかもしれないけど、勇者たちはことを済ませたらここを出て行って関係なくなる、でも私たちはそれから先もここで暮らすの。だからそんな人たちに目をつけられたくない。…分かって欲しい」


なるほど、とばかりにサードは軽く頷いた。

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