ミレルの話
「けどエリリンマジ凄かったし」
寝間着に着替えているミレルが私に言ってくる。
「あのドーンッって木とか花とか草とか地面に戻すのマジ凄かった」
「私もあんなことしたの初めてよ」
ミレルと同じく寝間着姿の私はミレルの言葉に返す。
ランディキングが帰ったあと、私たちは夜も更けたころに目的の町にたどり着いたのよね。あの道はこの町に来るのに一番いい道だったみたいだけど、結局町と町の距離は離れていたし、妖精と精霊が自分も描いて自分も描いてってマディソンを逃がさなくて余計に時間がかかってしまって。
そうやって町に来るまでにサードとマロイドが雑誌に載せてもいいことと、ダメなことの確認をして、その話し合いが終わるころに町にたどり着いて一旦別れたのよね。泊まる場所は別々だろうってことで。
そうやって私たちがこの町で一番のホテルにチェックインしようとすると、
「あれ!勇者御一行!?」
ってザ・パーティの皆がやってきたのには驚いたわ。さっき別れたばっかりだったんだもの、どうやら同じホテルに泊まるつもりだったみたい。
だから皆で笑い合ってからついでに夕食も一緒に取って、それも泊まる部屋も近くてそれぞれがお休みと声をかけあってそれぞれの部屋に入ったのよね。
そうして部屋に入って少しするとミレルが枕を小脇に抱えながらやってきて、
「一緒に寝よ、エリリン」
って言いながら私の返事を待つことなく部屋に入って来て…。まあ、別にいいんだけど。
そうやって今はミレルと色々と話し合っているところ。
でもそろそろ眠くなってきたわ…。
あふ、とあくびをすると、ミレルはあくびをする私を見て、
「寝る?」
と聞いてくる。
「そうね、ちょっと眠くなってきちゃった」
「じゃ、寝よ」
ミレルは照明の魔法陣をいじって明かりを落とした。
「これくらいでいーい?全部暗くするとトイレ行くとき大変っしょ」
「ええ大丈夫よ」
ミレルはゴソゴソとベッドにもぐりこんでくる。
「結局、妖精と精霊とランちゃんのことは次の次に載るらしいよ。次の号はもう最終に入ってるから間に合わないんだって」
「そうなの」
ヤーセたちと会う前は三年後くらいに場所をぼかして勇者たちと会った、っていう風に書く予定だったみたいだけど、ヤーセたちのことは早めに周知した方がいいだろうってことになったのよね。
もちろん、私たちが関わったことは全部カットするようにサードが言い含めていたけど。
「その特集、楽しみにしてるから」
「うん、どんなもんになるか私も分かんないから楽しみ。初めて冒険者っぽいことできたし、満足」
ミレルは楽しかったなぁ~と微笑みながら私の方にゴソゴソと向き直った。
「…でもエリリンってさ」
「ん?」
「行き合った人と普通に同じベッドで寝るんだね」
「問題の起きそうなこと言わないでくれる?」
そんな言い方をされるとまるで誰彼構わずベッドに入れてるみたいじゃない。
「ごめん怒った?」
「怒ってはいないけど…ミレルは信用できるから部屋にも入れたし、女の子だからこうやって同じベッドに入ってても気にしないだけよ」
言い含めるように強くに言うと、ミレルは、ふーん、と言う。
「女の子好きなの?」
「…ミレルゥ…」
ミレルからウフフフ、と楽しそうな笑い声が響いて、
「冗談冗談」
と笑いながら私の肩を軽く叩いてくる。
「エリリン真面目に返してくれるから、からかいたくなって」
…もう。そういう冗談あんまり好きじゃないんだからやめてよね。
少し頬を膨らませていると、しばらく笑っていたミレルの声はやんで静かになる。
…眠りについたのかしら。じゃあ私も眠ろう…。
「エリリンってさぁ」
目をつぶろうとするとミレルから喋りだしたから目を開けた。
「色んな所歩き回ってるよね?」
「…まあ冒険者だから」
「…」
「…」
ミレルから言葉が返ってこない。起きているの?寝ているの?…あ、起きているわ。薄っすら目が空いてる。
「…エリリンってさぁ」
ミレルも薄暗い中私と目が合ったのに気づいたのか、口を開く。
「黒魔術使う魔導士に会ったことある?」
黒魔術…魔族に忠誠を誓った人が使える魔術。でもほとんどの国では禁止されているから、知名度はあるけど実際に使ってる人なんているのかしらってくらいのもの。
「ううん、会ったことないわ」
軽く首を動かしながら答えると、ミレルはそっか…と静かになる。
「…それが何かあるの?」
「…」
私の言葉にミレルは何も答えない。薄っすら見えるその顔はどこか沈み込んでいて、無言のまま。
でも私はミレルからの言葉を待った。だって今のミレルは何かを言いたそうなんだもの。でも言いづらくて、言い出せなくて、言ってもいいのかも分からないって顔をしているもの。
するとミレルがそっと視線を上げて私を見てくる。
私は黙ってミレルを見返す。
そうしているとミレルは大きく鼻から息を吸って、鼻から全部の息を吐いて、口を開いた。
「…うちの弟、黒魔術使う人に呪いかけられたっぽいんだ」
突然の言葉に驚いて半身を起こしてミレルを見下ろした。
「何それ、何で!?」
「…弟が生まれる時なんだけど…」
話しづらそうにしていたミレルの話が始まったから、私は頭を枕の上に乗せてミレルの話を聞く。
* * *
私の弟が生まれる時、すっげー難産だったんだ。今でも覚えてるよ、お母さん死ぬんじゃねってくらい唸り続けて、それが夕方から一晩たって朝になってお昼になっても終わらねえんだもん。
んで、産婆の人がお母さんに言ったんだ、このままじゃお母さんも弟も死ぬから、弟は諦めろって。
私から見てもお母さんもう死にそうだったよ、でも絶対嫌、諦めたくないって完拒否したの。そうしたら今度は産婆の人、お母さんを説得しろってお父さんに言い始めたわけ。
…うん、でしょ?困るよね、それ言われたの私じゃなくて良かったって子供心に思ったもん、お母さんと弟どっち取る?って言われても困るっしょ?だって弟の片足そこまで見えてんだよ?あともうちょっとなんだよ?
そんなどっちを選ぶ?なんて選択でどっちかが目の前で死ぬんだって思ったらマジ怖かった。お父さんだってすっごく悩んでたよ。
そうしたらそこに旅の魔導士が現れたわけ。
そんで言ったの。
「私が祈り、子供がすぐ産まれるようにしましょう。やってみる価値はあると思いますが、いかがでしょうか」
って。お父さん、もう飛びつく勢いで魔導士が出した紙に名前書いて指切って血ぃ出して判を押して。
そんでその魔導士がさ、お母さんの横でゴチャゴチャと色々やって呪文唱えたら、片足だけ出てそこから全然動かなかった弟がスルッと出てきたわけ。
びっくりしたよ。魔導士マジすげえって、そん時は思ったもん。そん時だけ。
で、お父さんがお礼にお金とか食べ物を渡そうしたんだけど魔導士は全然受取ろうとしないで、お父さんが名前書いて血つけた紙を開いてニコニコ笑いながら指さすの。
そこになんて書いてたと思う?
『この術を行い生まれた子は成長の過程において魔族に忠誠を誓うことになるが、その何れに関しても私は了承する』
お父さんも最初意味が分かんなくて、何これって聞いたの。でも全部の文章読んで、相手が魔族に忠誠を誓ってる黒魔術使う魔導士だって気づいたの。
だからお父さんこの約束は果たせない、無理だって訴えてたよ。私はそん時黒魔術って何?って感じだったから、何でお父さんこんなに必死になってるんだろって思ってお父さんのズボン掴んでただけだったけど…。
そうしたら黒魔術使う人はさ、
「それでもあなたは納得したからサインを書き血判を押したのでしょう?私は強要していない、そんなに嫌なら最初から最後まで丁寧に確認してから署名し血判すれば良かったのだ」
って紙を丸めて、
「ではいずれ、息子さんには我が村で会うことになるでしょう。それまで愛情深く育て上げてくださいよ」
って嫌な笑い声を残して行っちゃったんだ。
それでも私は何が起きてんのかよく分かってなかったけど、お父さんすごく悩んでた。悩んで、それから毎日教会とか神殿とか、とにかく神様関係の所に行って色々相談してたみたい。
でも私も大人になってから分かったけどさ、黒魔術って大体禁止されてんじゃん?だから全然どこに行っても解決しなかったみたい。
んでお父さん思い出したって。黒魔術使う人は最後「息子さんには我が村で会うことになるでしょう」って言ってたの。
だから黒魔術を使う村がどこかにあるはずだからってお父さん探しに行っちゃったんだ。
そっからだよ、大変になったの。お母さん段々と精神的に追い込まれて。
…何でって?……これ、隣んちのおばさんが言ってたんだけど…あ、隣んちのおばさんめちゃくちゃ良い人だよ、私も弟もすっげ助けてくれたもん。
で、私が少し大きくなったころに隣んちのおばさんが言ってたんだ。
育ち盛りの子供二人を一人で面倒見て、外の仕事もして、家の仕事もして、弟は魔族関係の問題を抱えてて、支えてくれる旦那は不在ってなりゃ私だって辛くて心が折れるよって。
そんな感じでお母さん心が折れちゃったんだと思う。
………。私のお母さん、本当はすっげ優しいんだよ。でも、心が折れたせいだと思う。
……夏の日に、こいつを殺して私も死ぬって叫びながら、弟の首絞めてたの。とめた、とめたよ、やめてそんなことしないでって泣き叫んでとめた。
その時はやめてくれた。でも心が折れたのは全然元に戻んなくて、…むしろ酷くなって、弟に当たり散らして…弟を叩いてる所も、何度も見た。
だから私は弟を守らないとって、ずっと弟と一緒にいた。そうしたら段々と私も叩かれるようになって…。
そういう時は隣の家に行って、おばさんもうちのこと分かってくれてたからそういう時は黙って入れてくれた。
お母さん、段々と外の仕事も家の仕事もできなくなってさ。でもきっとお父さんが弟のこと解決する方法を調べて戻って来てくれる、そうなればお母さんも昔みたいに戻るって思って待ってた。
でも色んな国からお金を送ってくれてたお父さんの手紙もぱったり来なくなったの。
そうなると生活できなくなって。
隣んちのおばさんにそこまで世話になる訳にはいかねえし?だから近所の人に頼んで色んなこと手伝ってお金もらってたけど、お母さんと私と弟養えるくらいのお金が手伝い程度でもらえる訳ねえじゃん?
もうそれなら手っ取り早くお金を稼げる仕事しようって思って、それなら男相手にする仕事しかないって思ったから、よしやろうって決めたの。
あっはは、何でエリリンそんなに驚くのウケる。…え?何でいきなりその職業って?
だって私頭悪いから金稼げる職業にはつけないって思ったんだもん。でも見た目と体だけは自信あったから、それならやるしかねえって。
あの時は本当に食うのに毎日困ってて腹も減ってたからさ、手っ取り早く金が欲しかったんだよね。
そんでそう決めた次の日に弟をおばさんの家に預けて、首都に行ってそういう宿を探したの。
やるなら住み込みって決めてたから、それなら住み心地良さそうな値段高い宿探そう~って歩いてたらさ、
「おお!君可愛いしスタイルいいねえ」
って声かけられて。うわ早速かよ、早っ!ってウケちゃってさ。
もー笑いながらまだ入る宿決まってねえから相手できねえよ、良い宿一緒に探してくれんなら最初のお客さんにしてあげっけど?って言ったら、
「あっはっはっはっ、いやいやいや、そんなんじゃなくてうちでモデルしませんか?私こういう者なんですけど」
って名刺渡されて。…あ、それマロマロだったんだけどね。
* * *
「…」
私は黙ってミレルの話を聞いていた。
最後のマロイドが出てきた辺りはちょっと笑っていたけれど、話終わると少し神妙な顔で黙りこむ。
こんなに周りをパッと明るく華やかにするこのミレルがそんな環境で育ってきたのが信じられない。
そう思いながらジッとミレルを見ていると、ミレルは続ける。
「マロマロにモデルになるんだから両親の承諾が欲しいって言われたんだよね。でもそんな感じだから無理じゃん?だから家の事情を説明したの。
それなら冒険者の資格を取りなさいって言われた。そうしたら取材途中で偶然黒魔術を使う魔導士がいる村の情報が入るかもしれないし、お父さんも見つけられるかもしれないから…。
…もしエリリンたちが黒魔術を使う魔導士の村とか、魔族に忠誠を誓わなくする方法とか、ケッリルって名前を聞いたらザ・パーティの編集部宛てにでも教えてほしい。ケッリルは私のお父さんの名前…」
話している途中から段々とミレルの口調に涙の色が濃くなっていく。
耐えられなくて私はミレルを抱きしめた。
ミレルも涙を堪えているような詰まった声を喉から絞り出して私に強く抱きついてくる。
「今のところ弟はいつも神様にお祈りしてるって隣の家のおばさんから手紙が送られてる。だけど、知らないうちに弟が急に居なくなったらと思うと怖い。
お母さんも別の所に行っちゃった感じだし、お父さんも今どこに居るのか、生きてるのかも分かんないだもん。それなのに弟まで居なくなっちゃったら、私の家族は本当に終わりって気がする」
ミレルから嗚咽が漏れた。
「あの妖精と精霊の…怖いのを見せる幻覚のあれで、私、誰もいない家の暖炉の前で一人で立ってるの見た。家具とかお皿の位置とかは昔のままなのに、だーれもいない土埃まみれの家…。怖い、あれが現実になったらって思うと怖い、怖い…!」
「…」
私は黙ってミレルの背中をポンポン叩いた。
ラグナス、ロッテ、ロドディアス、ファジズみたいに人間に親しい気持ちを持っている魔族もいる。神様に憧れて好いるリンカもいる。
でもそれはかなり特殊な魔族たちで、大体の魔族は人を人とも思っていない。
そんな魔族に忠誠を誓う行為、ミレルみたいな普通の感覚の人たちからしてみたらここまで人生を大きく変えてしまうものなんだわ。
ここ最近は人と親しい魔族と話す機会が多くなったせいか、私の感覚もどこか鈍ってきているみたい。
でもその分、私たちに味方してくれる魔族だっている。
「知り合いに黒魔術に詳しいかもしれない人がいるの」
人じゃなくて、魔族のロッテのことだけどね。
ミレルの背中をあやすように叩き続けながら言うと、ミレルがかすかに離れて至近距離から私の顔を見る。
「もし会えたら、その時にちょっと聞いてみる。解決できるかは分からないけど、解決策への提案ぐらいはしてもらえるかもしれない」
「勇者御一行すげえ!そんな人とも行き合ったりするんだ。お父さんだってずっとあちこち行っても何も分かんなかったのに」
何だかもう解決すると決まったかのようなミレルの明るい声に、私はやんわり釘をさしておく。
「でもその人にいつ会えるかは分からないし、その人も解決できる方法を知っているのか、教えてくれるかも分からないわよ」
ロッテに会えるかどうかはロッテ次第だし、毒を持つ水のモンスターのことでもロッテはお手上げって感じだったもの。
まあロッテだから黒魔術のことは色々知ってそうだけど…。
釘をさす私の言葉にミレルは、ううん、と首を軽く動かして私にまた強く抱きついた。
「協力してくれるって言ってくれるだけでマジで嬉しい。大体の人は黒魔術の話すると顔しかめて話も聞かないで逃げてくから」
やっぱりそういうのが普通の人の魔族や黒魔術に対する反応なのね。だからミレルは最初話しにくそうにしていたんだわ。
「けど世間の人が勇者御一行好きな理由分かった気がする」
「ん?」
「有名人なのにこんなに一人の話に親身になってどうにかしてあげるって言うんだもん、そりゃ好きになるよ」
「…」
そう言われるとちょっと照れる。
へへ、と笑ってミレルを軽く押してのけぞった。
「え、なにその反応。ムラッとするんですけど」
一瞬の間の後、お互いに静かに笑い合う。
「話聞いてくれてありがと、エリリン」
「いいのよ。解決できるように私も皆に話してみるから。どうなるか分からないけど待ってて」
「…うん」
ミレルはギューッと私に抱きついたまま、嬉しそうな顔でスッと眠ってしまった。
ミレル
「( ˘ω˘ )スヤァ…」
エリー
「…(どうしよう、寝返り打てない…)」




