どんな存在?
現れたランディキングを見て、さめざめと泣いていた精霊と妖精たちはギョッと驚いた顔になって一斉に涙が引っ込んだみたい。
ランディキングはその場にどっかりと座ってあぐらをかくと、妖精と精霊たちを見渡した。
「なんかやってるから見に来た」
「…」
妖精と精霊たちは息が止まったんじゃないかってくらい静かになって、張り詰めた緊張感でいる。それも動いたら死ぬの?ってくらいピクリとも動かない。
「棲み処が人間たちの手で分けられたから嫌がらせか?」
「あ…の…」
ヤーセが何か言おうとしているけど、子供が大人に怒られている時みたいなビクビクと脅えた顔で、ただただうつむくばかりで何も言えない。
その様子を見たランディキングはしわだらけの頬に頬杖をついて、
「俺だって場所はどんどん人間に取られてるよ、地に繋がってるあらゆるものは全部俺のもんだったのに」
と口を開いて、続けた。
「だがそうすると地に足つけてる他の生き物が生きていけない。だから俺はどんどんと居場所が取られようが国が出来ようが国境線が出来ようが道を石畳で覆われようが川の形を変えられようが山を削られようが容認してきた。
それと比べたらお前たちは何だ、元々の住む場所と踊る場所がちょっと道で分かれただけだろ」
「でも…!」
ヤーセがカッとなったのか顔を上げるけど、
「でも?」
とランディキングに聞き返されてウゥ、とうつむいて口をつぐむ。
「俺と比べてみろ、俺は何も貰えねえで与えてばっかりだ。それも人間には存在すら知られてねえし忘れられてる」
「…ランディキング何なの?妖精たちと知り合いなの?やっぱ妖精だったの?偉いの?」
あまりに普通に妖精たちと話すランディキングをみて気になったのか、アレンが口を挟んだ。それを見た妖精と精霊たちは「ヒッ」と、なんて恐ろしいことを…!と言いたげな顔でビクビクしながら成り行きを見守っている。
ランディキングはアレンに顔を向けた。
「大したもんじゃねえ。ただこの地上ができたころから地と繋がってる川に山に草木に生き物を一手に引き受け育んだってだけだ」
その言葉にこちらの時が一瞬止まったような錯覚を覚えた。
「大したことあるよ!何それランディキング何歳なの!?」
「長く生きすぎて忘れた」
アレンの驚きの声にランディキングはあっさり返す。
え!?え!?ちょっと待ってよ、地に繋がったあらゆるものを育んだ…。それってファジズが話してたわよね?
大昔、人間に力を与えた神と魔族は人間たちが安心して暮らせる大地を作って、地面にくっついている自然のものごとは大地に任せたって。その大地って、もしかして今目の前にいるランディキングってこと!?
妖精と精霊たちが委縮する気持ちが分かったわ、これは委縮せざるを得ない人物…ううん、大地の化身、神様ともいえる相手じゃないの!
ランディキングはよっこいせ、と立ちあがってアレンを見た。
「それでも人間で俺を知るやつはもう居ない。今じゃ呪文の中にも俺の名前は出やしねえし、俺の名前を唱えた奴も俺という存在じゃなくて呪文の一小節としか思わねえ。そんな奴が大したことあるかね」
そのまま私とガウリスを見て、
「そっちの姉ちゃんは俺の名前を唱えて、隣の兄ちゃんはあの姿からその姿に戻ったんだぜ、もう覚えてねえだろ」
え?どういうこと?
考え込んでいてると、サードが私の横に並んでランディキングを見ながら、
「ランディキング・ランダドーラ・ラッキリング。ロッテの屋敷で確かに唱えていましたよ、エリー。現代語に直すと『ランディキング・ランダドーラ・ラッキリングよ、大地の恵み、大地の力を持って…』という古語と古代魔法の組み合わせの詠唱を」
ロッテの屋敷で唱えた?え?
……あ、そう言われればガウリスを人間の姿にする時、言葉遊びみたいな言葉の連続で苦しんだところがあったわ、そこ?そこで私はランディキングの名前を唱えていたってこと!?
「ほらな、覚えてもいねえ」
ランディキングの言葉に私は居心地が悪くなって、えへ、と笑って誤魔化す。
それでもランディキングは特に気にしていないのか妖精と精霊たちに向き直った。
「で、お前らはやっぱり棲み処が分けられたのは気に入らねえか?これからも嫌がらせを続けるのか?」
ランディキングの言葉に妖精と精霊たちは黙っていたけど、ヤーセが脅えた顔つきで一歩前に出る。
でもやっぱりランディキングを恐れているのかプルプルと震えている。
ああ…!可哀想で見ていられない…!
思わず私はヤーセの近くに寄ってそっと手の平で包んで持ち上げる。ヤーセは私の手の平でプルプル震えながら脅えている顔で私をチラと見上げてきた。
頑張って、頑張って、と目で応援するとヤーセは少し勇気が湧いたのか、ランディキングに視線を移すと声を張り上げる。
「私たちはずっとこの山で暮らしてきたの、この山だけなの。人間はこの山にずっといるわけじゃなくてただ通るだけじゃない。ここは私たちの家よ、大事な場所なのよ。道が分けられただけって言われても、あの道も私たちの大事な場所なの」
「だがそうやって嫌がらせを続けたらそこの姉ちゃんに言われた通り、他の冒険者がやってきて退治されるぜ」
「…そんなこと言われたってぇ…」
ウジュ、とヤーセがメソメソと泣き出すとアレンが、
「あー、ランディキング、女の子泣かせたー。いけないんだー」
とグランにも言っていたようなことを言っているけど…。やめて、相手は神様みたいな存在なのよ、怒らせるような煽り文句を言わないでアレン…!
ヒヤヒヤしているけどランディキングはただただ無表情で泣いているヤーセを見ている。
「自然ってのはそんなもんだ。人間の都合の悪いもんは都合のいいように形が変わる。俺も生まれてからずっとその様子を見てきた、だが容認してきた」
「やだぁ!やだやだやだぁ!せめて…せめて満月の晩に踊る時ぐらい人に邪魔されたくないぃ…!」
ヤーセは、えっえっ、と目から溢れる大粒の涙を手で拭いながら泣きわめいている。他の妖精と精霊たちも嫌だけどランディキングにそう言われてはもはやこれまでとばかりに悔し涙を浮かべて…。
「満月の夜に人が近づかないようにする方法ならありますが」
サードの言葉にヤーセの涙も、他の妖精と精霊たちの涙も止まった。ランディキングは、ほお?とあごをなでながら聞く。
「例えば」
「私が元々暮らしていた国に多い話ですが、山仕事をする方々はある一定期間山に入らない時期があります。
これは特別な時期で、その時に山に入ると不吉な事が起こるからと人間たちはその時期は仕事を休み山に入らないようにしていました。そしてその戒めを破った者には恐ろしいこと、不幸が起きることが多いそうです」
サードはランディキングから妖精、精霊を見渡して続ける。
「人が通らなくなるのは無理としても、月に一度、満月の夜に野原に近づく者には容赦なく先ほどのような幻惑の術を見せてやればいいでしょう。
しかし満月の夜以外はその術は使ってはいけません。あくまでもその一晩だけ恐ろしいことが起こると知らしめていけば、次第に人間たちだって満足の晩に野原に行ってはならないと分かることでしょう」
「そんなことで本当に人間が近づかなくなるの!?」
ヤーセがパッと顔を明るくするとサードは微笑む。
「私の国では効果があるようですよ。その行ってはならない日に山に入って二度と戻って来なかった者もいれば、戻ってきた数日後に謎の死をとげた者もいるようです」
何それ怖い。
ゾッとしているとサードはマロイドたちに手を差し向けながら続ける。
「それにそこにいる方々は冒険者向けの雑誌を作っています。今回のこの件のことを誌面に載せたいようなので、あなたたちの訴えを誌面で伝えていただいてもよろしいのでは?
マロイドさんもミレルさんが妖精と精霊と会ったなどというもの、ぜひとも誌面に載せたいでしょう?」
「え!?え、ええまあ…」
いきなり話を振られ、ランディキングから妖精たち全員の視線を向けられたマロイドはビクッとしたけど、とりあえず頷く。
ランディキングは妖精と精霊たちを見た。
「それでどうだ、満足か?それとも道を通る奴らのことはまだ許せないか?」
ヤーセたち大きく頷いている。ランディキングの前だから抑えているのかもしれないけど、それでも許せるか許せないかでいったら許せないみたいで、全員の顔が怒っている。
「なら通行税という事で食べ物を奉納させたらどうです?食べ物を一つ置いたら見逃し、置いて行かない者には山を通りすぎるまで幻惑の術ではない、軽いイタズラを延々とやってみるのは?道に迷わし、服や髪を引っ張り、声をかけておどかす…。そのこともマロイドさんに誌面に書いていただけばいいでしょう」
サードの言葉に妖精と精霊たちからは、
「何それ楽しそう!」
「イタズラしていいんだ!」
「人間の食べ物たべられるの~?」
と全体的に好意的な反応があがっている。
ヤーセも何もくれないならイタズラしてもいいという言葉にコロッと機嫌が良くなって、
「それならいいわ!許してあげる!」
と腕を組んでサードの顔の前まで行くと鼻先をピンと弾く。
鼻を弾かれたサードはわずかにこの野郎という顔をしたけど、そんなに痛くもかゆくもなかったのかマロイドに視線を移して、
「それで大丈夫ですね?」
「しかし勇者様との約束で場所をぼかして書いて誌面に載るのが三年後になってしまいますが…」
「そこは後で話し合いましょう」
サードはそこで話を区切ってランディキングに視線を移した。
「しかしあなたのような方がどうしてわざわざこんな真似を?」
「道が一本できた程度で騒いでんのが馬鹿らしくて見てられなかった。別にこいつらの味方する気も人間の味方する気もなかったがよ、要はただの暇つぶしだ」
それに、とランディキングはサードを見る。
「暇つぶしついでに今の勇者はどれほどの奴か見てみたかった。見た目で判断して言葉聞き流す程度の奴じゃねえ、一度聞いた呪文も覚えてる。お前の洞察力と注意深さと記憶力は俺が見てきた勇者の中でも上の方だ」
「それはありがとうございます」
「だがお前、俺が何か情報持ってると思ったからああやって飯食って酒も渡してきたんだろ」
「ええ。以前あなたよりもっとひどい見た目の古い存在に会ったことがありまして。その方がこちらの理解を超えた力を持っていたので、それ以降はあまり人を見た目で判断してはならないと思ったのですよ」
「なるほどなぁ」
会話を続ける二人を見たマロイドはキョトキョトと二人を見比べて、こそっと私に声をかけてきた。
「な、何で神様みたいな存在とあんな普通に話せるんですか、それほどまでに勇者御一行たちはこのような存在といつも会ってるんですか」
いや…それはサードだからと言うしか…。
言葉に詰まっているとマロイドは段々と興奮してきたのか、私の横から一歩前に出た。
「あのぅランディキングさん」
ランディキングはチラとマロイドを見る。視線を向けられるとマロイドは委縮したけれど、それでも興奮している気持ちの方が大きいのか拳を握って口を開いた。
「我社の雑誌にこの妖精と精霊の他にあなたのことも大々的に載せたいと思っています、どうでしょうか!」
ランディキングが「?」と意味が分からなそうな顔をしてマロイドを見ている。
マロイドはもっと興奮した顔つきで、
「わた、私は、生きていて初めて、妖精や精霊を見ました」
噛みながらのマロイドの言葉に私は、え、そうなの!?と驚いてマロイドを見る。
だって私たちだってエローラたち、幸運のミツバチたちと会ってきたんだから、冒険していたら妖精とか精霊とかは皆普通に会っているんだと思ってた。
「その中でもあなたのような…神とも呼べる存在に会えたこと、凄く幸運に思います!ですがあなたはどうやら人間たちには知られていないし忘れられているとおっしゃいます。そんなの勿体ないじゃないですか。
もし嫌でなければ、あなたを我社の誌面で公表し、世間の人々に知ってもらいたいと思っているんです!」
ランディキングは少し考え込む顔をしていたけれど、
「やりてえんだったらやれば?」
と他人事みたいにあっさり言う。でもすぐに続けた。
「だが俺の存在を知ってる人間はいねえ。俺の名前を出しても皆がポカンとするんじゃねえかね」
「ポカンとさせず、皆が喰いつく魅力的で分かりやすいものを伝えるのが我々の仕事です!」
ランディキングは、ふーん、と言いながらマロイドをみた。
「昔と違うねぇ。昔は小難しくて分かりにくいものほどいいみたいなもんだったがな」
サードはそれを聞いてクッ、と軽く笑い声を立てた。
「何笑ってんのよ」
軽くサードを小突くとサードは少しニヤニヤしながら私を見る。
「いえ、今の言葉でランディキングさんが人の記憶から消えた理由が分かってしまってつい」
「ん?」
ランディキングに目を向けられたサードは、理由が知りてえか?とばかりにニヤニヤしながらランディキングに向き直った。
「神に近いあなたの力を借りる呪文となればそれは高度な術になるでしょう。そしてその高度な術を使うのならばそれに似合う知識が必要になるもの。ですからどうやっても小難しくて分かりにくいものに仕上がってしまう。
そうなれば使う者は限られます。使う者が限られるなら使用する者が高齢化し次々に亡くなってしまい、後に続く者にその術を使うに値する高度な技術と知識が無かったとしたら?」
少ない人だけが覚えていた魔法、それを使える人が少しずついなくなって、ついには魔術と一緒に人々の記憶からランディキングも消えたってこと?
そういえばロッテも言っていたわ。ランディキングの名前があったモンスターを人間にする魔術も、マニアックすぎて情報を集めるのが大変だったって。
もう今の時代じゃ高度な魔術じゃなくてマニアックっていう扱いになるほど忘れ去られた魔術になってしまっているのね。…でもそれって、あの時ロッテと私でかなりの存在の力を無意識的に使っていたてこと?知らなかったとはいえ、凄いことしていたんだわ…。
「んー、まあどうせ本に載せるんなら本当の姿で描いてくれ、そこのヒョロい兄ちゃん。三十秒で消えるから三十秒で覚えろ」
後ろでバリバリと絵を描いてたマディソンがランディキングの言葉に顔を上げる。
するとランディキングの周りに光がほとばしったかと思うと、フッとその光が消える。そこには老人の姿じゃない、褐色の筋肉質の壮年の男の人が現れた。
髪の毛は木炭みたいに真っ黒でボリュームのある髪の毛を無造作に頭の上で束ねていて、顔から体から赤い模様の刺青で覆われている。
「…思ったより若い」
思わずトンチンカンなことを呟いているとランディキングはふっと何かを思い出したみたいに私をみた。
「そういや姉ちゃん」
老人の声から若々しい声になったランディキングが私に琥珀色に輝く目を向けてきて、私は少し背を正してランディキングを見上げる。
「あんまり地面割らねえでくれるか」
「…へ?」
「海に近い所で地面割ったろ、ああいうのやめてくれるか」
…ああ、そういえばシュッツランド国のランジ町で子供たちに襲われそうになって、地面を割ってその隙間に落としたっけ。何か悪かったのかしら。
そう思っているとランディキングは表情を変えずに続ける。
「あん時は表面だけだったが、地面の下ってのは繊細なんだ。もっと深くまでいじくられると地面の下の動きが色々変わる。地下水の流れが変わる、火山の溶岩の流れが変わる、そうなりゃ間接的に人間の生活に支障がでるんだぜ、姉ちゃん」
「…そうだったの、ごめんなさい、これから気を付けるわ」
「ん」
謝るとランディキングは良い子だとばかりに私の頭をポンポン撫でた。サードは微妙に私の髪の毛を触るなと言いたげな顔をしていたけれど、ザ・パーティの皆の前だからか何も言わない。
むしろザ・パーティの皆がいなかったら、ランディキングにも「髪の毛触んなゴルァア!」って怒鳴ってたのかしら…まさかね。
するとヤーセがランディキングの足元までちょこちょこと歩いてきて、ランディキングを見上げた。
「…ランディキングは何でそうやって許せるの?そういう風に地面を色々と動かされて、嫌じゃないの?」
単純な疑問みたいな、それでも同情しているような言葉にランディキングはその時初めて真顔を崩してフッと笑った。
「どうだっていい」
え、とヤーセがランディキングに目を向ける。
「地面に足のついてるもんは皆俺の子供だ、いずれ俺の元に帰る。権勢を誇って道を作り山を削り川の流れを変えた奴も必ず俺の元に帰る。だからそれまでいくらでも与えてやる、自由にさせてやる、それだけだ」
ランディキングはふっと真顔に戻った。
「三十秒とっくに過ぎてるな」
そう言うランディキングの体にビシビシとひびが入ったと思ったら、体がボロボロと土の塊になって崩れ落ちていった。
「ええ!?」
アレンが驚いた声を上げて、
「死んだ!?」
とサードとガウリスの顔を交互に見る。
「大地の存在らしいので、家に帰っただけでは」
ガウリスが冷静にそう言うとアレンは、ああなるほど…と納得する。
「おいマディソン、描けたか!」
「ばっちりです!」
向こうは向こうで盛り上がっているけど、ハロッソは少し首を傾げた。
「けど最後に言ってた言葉ってなんだったんだろ、自分の元に帰るとか…」
「地上の命あるものは死んだら地に還るでしょう?」
サードの言葉に全員が振り向く。
「どんなに地面の上を好き勝手に変えようがその人も最終的に死ぬのですから、それまでは自由にさせてやろうという意味でしょうね」
ニコニコとした微笑みのままサードは薄ら恐ろしいことを言って、皆ランディキングの言葉の意味を理解すると少し顔を強ばらせている。
でもミレルは何回か瞬きすると、
「マジ深ぇ」
と一言いっていた。
妖精&精霊たち
「私も描いてもっと可愛く描いて私こんなんじゃないもっとカッコよくこのポーズどう」(ウジャウジャウジャウジャ)
マディソン
「スケッチブックの上に乗らないで…目を塞がないで…ヒィ、ヒィ」(必死に鉛筆を動かす)
ミレル
「マディ、妖精と精霊にたかられてる、マジウケるw」
マロイド
「マディソン、この妖精と精霊の絵全部に色濡るつもりか…?」
ハロッソ
「(…単体だと可愛いのにこうやって群がってると虫みたい…無理…)」




