怖いものはなんですか
サードの最終通告のような言葉にハロッソとマディソンは顔を強ばらせた。サードはそんなハロッソとマディソンを見ると、マロイドに一歩詰め寄る。
「マロイドさんとミレルさんは確かに戦えるかもしれません。しかしハロッソさんとマディソンさん。あなた方の身のこなしを見る限り戦えるとは思えませんし、逃げ足は一流と言われておりましたが失礼ながらそこまで早く走れるとは思えません。本当に身の危険に晒された時、とっさの判断で逃げ切る自信がありますか?」
二人は何も言わずに黙って顔を見合わせる。薄っすら青ざめてかすかに震えながら、二人は視線をサードに向けた。
「それでもミレルが行くならマネージャーの私もついて行かなきゃ…」
「私もこの時のことを記事にするなら自分の目で見ないと臨場感のある絵が描けない…」
「それで命を落としたら全て終わりですが?」
サードの言葉に二人は口をつぐむ。
少し目がうつろになっているハロッソはボソボソと呟いた。
「…大丈夫です、新しくできたダンジョンを実際に攻略して、戻ってこない班もいるんです。それを考えたら今までが楽だっただけで…」
「私も、大丈夫です、いけます…」
二人の言葉とは対照的に脅えているのがすごく分る。
むしろサードが引き返すなら今、と言った時点で二人はもう心が折れている顔だった。
「…二人とも冒険者上がりでもなんでもない一般募集で集めた事務方だからなぁ」
ボリボリと頭をかいているマロイドにサードは声をかけた。
「上司として…いえ元冒険者であるのなら目先の利益より仲間の身の安全を優先させるべきでは?」
「…」
マロイドはチラとハロッソとマディソンを見る。
その視線に気づいた二人は、
「いや!行けます!」
「私も行けます!」
と慌てて言うけど、マロイドは腕を組んで、長々と「うーーーーん」と唸る。
「…本当は御一行とミレルを絡めた絵が欲しかったんだけどなぁ…!そうだなぁ、やっぱ危ないもんなぁ…!んーーー惜しいが俺だけ行く!ハロッソとマディソン、それとミレルもあっちに戻れ」
「えー!」
ハロッソとマディソンはパァッと顔が明るくなったけど、ミレルがもの凄い変顔をしてマロイドを睨みつけた。ああ、可愛い顔なのに…。
「やだ、私もエリリンたちと一緒に行く!」
「ミレル、勇者様がここまで言うなら危険なのよ。顔と体に傷がついたらどうするの、あなたモデルなのよ?」
ハロッソがそう言いながらミレルを引っ張ると、ミレルは私にしがみついた。
「やだ!私エリリンと離れねえし!」
…何でかすごく懐かれてるわね…。
「早く決断しなければ。日がどんどん傾いてます」
ガウリスが声をかけてくるから空を見上げると、太陽がどんどんと傾いて西日になりつつある。
「ウソ、この先に進んだら日が傾くんじゃないの!?」
驚いて声を出すとサードは、
「幻覚を見せる範囲内に入ったら後は自動的にこうなるのでは?まあこれが幻覚なのかどうかは分かりませんがね」
と冷静に解説している。
そんなサードとは対照的にハロッソはパニック状態になってしまって、
「ミレルわがまま言わないの!戻るわよ!」
とミレルをグイグイ引っ張るけど、ミレルは私にガッチリとしがみついて、
「やー!」
と叫んでいる。丁度ミレルの胸辺りに私の頭があるぐらいの身長差だからアレンがものすごく羨ましそうな顔で見てきてるけど、これ結構圧迫感が強くて苦しいのよ、アレン。
ミレルは私にしがみつきながら文句を言う。
「だって読モの冒険者って肩書なのにいつもハイキングばりのことしかしてねえじゃん!本格的な冒険なんて一度もしたことねえし、そのせいでエセ冒険者っても言われてっし!勇者御一行と一緒ならまだ安全に冒険できんだし一回ぐらいこういう冒険者っぽいことしたいぃ!」
「その安全な勇者様が危ないって言ってるんだから危ないの!いいからエリーさんから離れて!」
「やだぁー!」
「あああ!どんどん日が暮れてるぅう!早く、早く!」
マディソンは一人で逃げようとして、でもハロッソとミレルを待っているのかウロウロと行ったり来たりを繰り返しながら叫んでいる。
見ると眩しい真っ赤な西日は向こうの山に沈んで、青みかかった空が広がってきているわ。
「いいからお前ら早くあっちに戻れ!」
「やー!マロマロどこ触ってるのエッチぃ!」
マロイドも怒鳴ってミレルを引き離しにかかったけど、ミレルの叫びにギョッとして手を離した。
「肩掴んだだけだろぉ、ミレルゥ!?」
「肩でも私がセクハラって思えばセクハラだもん、編集長がモデルにセクハラしましたー、事案ですー」
ミレルはそう言いながらサササと私の背後に回り込んだ。
「ミレル!そういうのいいから…」
ハロッソが私の後ろに回るミレルを掴もうとするけど、ミレルは私を中心にクルクルと身軽に回って逃げて、ハロッソはそんなミレルに追いつけない。
私を中心に追いかけっこしないでほしい。
そうしている間にも太陽の天辺も山の向こうに全て隠れて、青みかかった空も紺色になると、もう真っ暗闇の夜になってしまった。
「…ミレルゥー…!」
ハロッソが手を拳にして振り回して怒っている。
「それでも元来た方向に行けば日が高くなって元の位置に戻れるはずだ、いいから三人は…」
マロイドはそう言いながらふいに言葉を止めてある方向を眺めた。その方向に皆が視線を向けると、全員の顔が見る見るうちに豹変していく。
「ぎゃー!お化けー!エリー!」
一番先に叫んだのはアレンで、ミレルごと私に抱きついてきた。
「ッギャアアアアア!バジリスク!バジリスクゥウウウ!皆目を見るなぁああ!」
マロイドはそう言いながら目を隠し、
「やめろ!私の絵を酷評しないで、やめてぇえ!」
とマディソンは頭を押さえてその場に崩れ落ち、
「いやああ!ゴキブリ!でかいゴキブリぃいい!」
とハロッソはその場をビョンビョンと妙な形で飛び跳ねている。
「え?え?みんなどうしたの…」
驚きながらもふとミレルを見ると、ミレルは顔を青ざめさせて、ただただ呆然と立っている。
「っわああああ!」
ギョッとした。サードが聖剣を引き抜いて振り回しているわ!
「サード危ない!やめて!」
「gweioweomvuaaaaaaa!」
私の言葉は聞こえていないのか、サードは謎の言葉を叫びながら近くの太い木の幹をスラッと切り裂いて、どこまでもどこまでも切り刻んでいる。
「エリー!お化け!お化け、お化け!やっつけてええ!」
アレンはアレンで私とミレルを力任せにギチギチと締めつけパニック状態に陥っている…!
「ぐええ…アレン、苦し…」
もしかして今、身体能力向上魔法が発動してるんじゃないの?苦し…死ぬ…!
「アレンさん!落ち着いてください!二人が潰れてしまいます!」
するとガウリスがアレンの腕を掴むと「ふん!」と歯を食いしばってアレンの腕をこじ開けて、私とミレルはアレンの腕から崩れ落ちて脱出できた。
「ガウリス!ガウリス!あそこにお化け…」
アレンはまだパニック状態でガウリスによろよろと近づいていくと、
「いません!何もいません!これは行商人の方々も見た幻覚か何かです!目を覚ましてください!」
とアレンの頬をパァンッと叩く。
「ブヘッ」
ガウリスに引っぱたかれたアレンはその場でギュンと一回転してドシャッと地面に落ちた。
ガウリスは…皆のパニック状態を見て困惑しているわ。じゃあ正気なのね?
するとガウリスも私をふと見て、正気だと思ったみたいで手を取って立ち上がらせた。
「まずサードさんを止めなければ他の方に危害が及ぶかもしれません」
私は頷く。さっさとサードを大人しくさせないと、危ないわ!
魔法を発動しようとするとサードがふと魔法を使おうとしている私を見た。でもすぐに辺りをキョロキョロとせわしなく見て聖剣を振り回して、私とガウリスを見て、また別の方向を見て…。
どんな状況でも冷静に周りを見て駆け抜けてきたサードがこんなに混乱しているだなんて…どんな幻覚をみているの?
「サード!落ち着いて、これは…」
「あっちにいるジジイとババア…いや男と女が見えるか」
私が遠くから話しかけるのを遮って、サードが私にわかる言葉で話しかけて一方を指し示す。他の皆と比べて落ち着いている私とガウリスを見て何かおかしいと感づいたのかも。
でもサードの指さす方には何も見えない。ただ暗い道がみえるだけ。
私は頭を横に振ってガウリスに視線を向けたけど、ガウリスも同じように頭を横に振る。
サードは気持ち悪いという視線を一方方向に向けて、そっちから視線をずらして深く長く深呼吸している。それでも耳を押さえて頭を横に振る。
「エリー」
サードが私に手招きするから、恐る恐る近寄っていくと、サードは私の腰に手を回してしがみついた。
「…サード…」
「お前にもガウリスにも何も見えねえんだな?じゃあ今俺が見てんのは幻覚か?」
耳元でサードが苦し気に呟く。
「…だと思う」
「だよな、じゃなきゃここにあいつらがいるはずがねえ…」
すぐそこにザ・パーティの面々がいるというのに表向きの表情をサードは作れずにいるなんて。
サードは唸り声をあげながら腕を振り回して、何も見たくないとばかりに私の肩に頭をぶつけるように置いた。
「サード、あなたには何が見えてるの」
「…化け物みてえな顔で鉄鍋振り回してくる俺の母親と、下半身押しつけてこようとする養父…」
耳元にそんな言葉が聞こえてくる。想像しただけでゾッとしたけど、ふと思った。
マロイドはバジリスク、ハロッソはゴキブリでマディソンは絵の酷評、それでアレンはお化けが見えている…。
ってことはもしかしてこれって…!
「分かった!分かったサード!これはその人の怖いと思うものが見えてるんだわ」
サードはそれを聞くと少し落ち着いた顔で顔を上げて私を見た。
「怖い…?」
「そう。だからアレンはお化けを見て、サードは…その二人を見てるの。人の怖いものはバラバラなのよ、だから行商人の見たモンスターも全部違った」
サードは顔を上げたらまた幻覚が見えだしたのか、唸りながらまた私の肩に頭突きする勢いで頭を置いた。
「じゃあ何でガウリスとお前は何も見えねえ?怖いもんなんて何もねえってかクソ」
「…違うと思う」
落ち着かないサードを見ている私は逆に酷く冷静になっていている。
私だって怖い物なんていくらでもある。でもどうして私とガウリスだけ何も見えないの?その共通点って?
私とガウリスの共通点は…金髪?完全に人じゃない所?
「…あ!」
そういえば幸運のミツバチをまとめる国王と女王は言っていたわよね。
幸運を与える蜜を全て食べ尽くして自分たちを体内に取り込んだ熊型モンスターには偶然でも触れないはず、それならあなたは私たちより格上の存在じゃないかって。
ということは。ガウリスは幻覚を見せてくる何かより格上の存在だから幻覚が効かない。
じゃあ私は?全ての血が混じってる種族だから?それともラグナスの忘却魔法に完全にかからなかったみたいに、私の魔力が強くて効かなかった?
聖なる属性のガウリスより格下の存在だとしたら精霊か、サードが思った通り妖精なのかもしれない。多分。
それで私にも幻覚がかかってないんだとしたらきっとこれは魔法で、術者は私よりも魔力が弱いわ。多分。
まだ混乱のさなかにいるサードの頬を両手ではさんで無理やり視線を合わせた。
「サード、やっぱりこれは妖精か精霊の魔法かもしれない。私は魔法の耐性が強いから効かない、ガウリスはその妖精か精霊より格上の存在だから効かない。そういうことじゃない?」
完全にそうなのか分からないから最終判断はサードに任せることにした。
サードだったらすぐさまイエスかノーって答えるでしょうし。
「…」
でもサードは至近距離で私の目をジッと見るだけで、何も言わない。
「…サード?」
何も言わないサードに呼びかけると、ふと我に返ったのかサードは首を横にふるって私の手を払って、
「妖精と精霊…」
と呟く。
サードは大分落ち着いたけどまだ幻覚が見えるみたいで、唸りながら何かを振り払うように腕を動かしている。
やっぱりいつもみたいにあれこれ考えられる状況でもなさそうね。
…でも精霊と妖精っていえば…。
私はガウリスを見上げる。
「そういえばさっき、ランディキングが言ってたなかった?妖精と精霊がダンスしてなんとかかんとかピーヒャララ?みたいな」
その一言にサードが即座に反応して私を見た。
「妖精と精霊がダンスして、紋章浮かんで…。そのあとは夜に虫がブーンとか言ってたな」
「最後にはめでたし、で去っていきました」
ガウリスも付け足す。
「めでたし…」
サードはそう言うと指示を出してくる。
「虫!なにか虫飛んでねえか!?探せ!」
そこまで言ってザ・パーティの皆ががいることを思い出したのか、パッと表向きの表情に切り替わる。
もしかして今、サードの裏の表情を見た人がいるんじゃ…!?
周りを見渡すと、マロイドはまだ顔を押さえて目を閉じろ目を閉じろと連呼していて、ハロッソもキャーキャー叫びながら妙な形で跳ね続けて、マディソンは耳を押さえて地面に丸まっていて、ミレルはただ呆然と座ったままどこかをみている。
全員幻覚を見ていてサードの裏の顔には気づきもしていなかったみたい、うーん、サードってどこまでも悪運の強い奴…。
「けど何で虫?」
聞くとサードは表向きの顔で、
「めでたし、とは主に物語の結びの句です。その前の夜に虫が、というあの言葉は夜の状態である今、何かしら飛んでいる虫が物語の最後に必要…つまりこの状況を突破できるピースなのかもしれません」
するとアレンが頬を押さえて、悲しそうな顔をしてむっくりと起き上がった。
「ガウリス、いたい…」
「…すみません、その力でしがみつかれたら厄介と思いまして…」
ガウリスが申し訳なさそうに謝っている。私はアレンの腕を掴んで立たせようとした。
「とりあえず、虫飛んでないか探すわよアレン」
アレンはビクッとその辺を見て、
「虫よりお化け飛んでるんだよぉ…!」
と恐怖の目で私を見てくる。腰が抜けているのか立てもしない。
どうやらアレンは今見えているのは幻覚だって分かったみたいだけど、サードほど冷静になれそうにないわ。
ともかくサードの言うとおり虫を探そう。
キョロキョロと辺りを見渡すけど、虫なんて明かりもない夜の山で探すなんて無茶すぎるわよ、小さいし…。
「ぎゃああ!エリー、お化けが草むらから出てくるー!」
「ぶっ」
アレンが急激に後ろから私にしがみついてきたから私は地面に顔面から倒れた。
「アレンふざけないで!」
鼻を押さえつつアレンに文句を言う。
「ふざけてねえもん!お化けいるもん!お化け出てくるんだもん!」
泣き顔でアレンが訴えてくるけど、こんな状態じゃあ虫なんて探せない。
するとガウリスが叫んだ。
「あれですか!?」
倒れ込みながらガウリスが指を向ける先を見ると、ピカピカと光を放つ虫が空中をフラフラと飛んで行く。
「きっとあれだわ!」
本当にそうか分からないけど思わず私も叫ぶ。
でもあれが探していた虫だとしてどうするの?
サードに目を向けると、サードは振り向いた。
「追いかけますよ」
ガウリスも私も頷いたけど、アレンがしがみついているから立ち上がれない。アレン、重っ…!
「ちょっとアレン、離して!離して立って走って!」
「やだあああ!俺置いていかないでぇえ!」
光る虫はふらふらと飛んで行くのに、アレンはひたすらしがみついたまま離れない。
そうしているうちにサードはいつも通り素早く走って遠くなっていく…!
「ちょっとサード待って…!」
「エリーさん、そのままで!」
ガウリスの声が聞こえたかと思うと腕が伸びてきた。ガウリスはすくうように私ごとアレンを肩の上に乗せ、背中にはマロイドとマディソン二人をぶら下げて、もう片腕にはミレルとハロッソを重ねるように抱えてダッシュでサードの後ろを追いかけ始める。
…嘘でしょ!?ガウリス、私とアレンとマロイドとマディソンとミレルとハロッソの六人を抱え上げてぶら下げてダッシュしているんだけど…!しかもそのうちアレンとマロイドは大柄な体格なのに。
サードはふと振り返ってガウリスの状況を見てギョッとした顔をしていたけど、光る虫を見逃さないようにか視線を戻して走って行く。
その光る虫を追いかけていくと太陽が沈んだ向こうの山から太陽の頭が見えて、真っ暗闇の夜だった景色が西日のオレンジに染まる。そのまま太陽が西から東に向かって動いていくとオレンジ色の景色から晴れた青い空になって、太陽は真上を通過して恐らく本来の今の時間帯の位置に戻った。
夕暮れから午前まで素早く逆に動いていく太陽の動きに思わずすごい、と見とれてしまっていると、サードは街道を逸れて茂みの奥に走って行って、ガウリスも私たちを抱えたままその後を追う。
サードは足を止め、ガウリスも止まる。ガウリスの肩の上で私は視線を上げた。
茂みの奥…そこには手のひらサイズの人間…じゃないわ。ともかく小人が笛を吹いて、聞き取れない言葉で歌を歌って、それぞれがその場で踊りを踊っていた。




