物乞いか魔導士か妖精か
行商人たちは一旦引き返すことにしたみたいで、荷物をサササッとまとめあげると私たちが向かう方向とは逆に向かって走っていった。
「あのところでこのことも記事にしちゃあだめですか?場所をぼかす条件で…」
先頭を歩いていたマロイドが振り向いて遠慮がちにサードに聞いているけど…まだ雑誌に私たちのことを載せるのを諦めてなかったの。粘り強いっていうか、しつこい人ね…。
「数年後にそういえば昔こんなことがあった、程度ならよろしいですよ」
マロイドは数年後かぁ…と渋い顔をしたけど、あれこれ自由に言い過ぎてまたサードを傷つけ不快にさせるかもしれないと思っているのかそれ以上強く言わず、
「それなら三年後ぐらいに場所をぼかしたところで勇者御一行と会って、共に道端に現れる謎の人物と対峙した、と記事にしてもよろしいのですね?」
「ええ」
かすかにサードの言葉からは笑いを込み上げるのを抑えているのを感じる。
何となくだけど、生きて帰れたらの話だがな、って思ってるのかも。
「あと顔の公表も控えてくださいね。私は今ぐらいの認知度が心地よいので」
マロイドが口を尖らせる。
本当は顔も載せたいんだけどなぁ~、この事もすぐ雑誌に載せたいんだけどなぁ~、そうすれば本が売れるんだけどなぁ~。
って言いたいのがありありと分かる顔つきだわ。
でもサードはそんなマロイドの視線は一切無視してるわ。
そうやってまっすぐ緩い斜面を登って、そして下って、大きく曲がって…と歩いて行くと、ガサガサと音が聞こえてきたから、全員で警戒しながら顔を向ける。
するとボロボロの服を着たおじいさんが茂みをかきわけて道に出てくる所だった。
もしかしてこれが行商人の言っていた例の物乞いの人?
皆にチラチラとアイコンタクトを送る。
「飯ぃ、くれんか」
おじいさんはガサガサと茂みから出てきったところで一声かけてきた。
「や、けどさっきあなた、行商人から食べ物をもらったのでは…」
マロイドが軽く突っ込むように言うけど、サードはマロイドの言葉を手で止めて一歩前に出る。
「いいですよ。パンと水でよろしいですか?」
うんうん、とおじいさんが頷くからサードは自分の荷物入れからパンと水を取り出して渡す。
それを受け取った老人はその場に座ると私たちを見て、
「一人で飯くうのは味気ないから一緒に食ってくれんか」
食べ物をねだって一緒にご飯を食べようと誘うこのシチュエーションにセリフ、行商人たちに言ったものと全く同じじゃないの?このおじいさん、何か妙だわ。
一緒に食事をして気がゆるんだ所で幻覚魔法を使ってくるかもしれないし、いたずら好きの妖精で変なものを食べさせられるかもしれない。
一緒にご飯を食べるのは危ない気がする、ここは断ったほうが…。
サードに視線を向けてとめようとしたけど、サードは私が何か言うよりも先に口を開いた。
「いいですね。ちょうどお腹が空いた所だったんです」
サードはそういうとその場にどっかりと座り込む。
「ちょっと…サード…!」
驚いてサードの肩を後ろから掴むけどサードはお構いなしで、
「せっかくです、輪になって食べましょう」
と全員に座ることを促してくる。
ちょっと、ちょっとちょっとちょっとちょっと!相手はこっちを襲う目的かもしれないのよ?それもその正体は人間なのかモンスターなのか妖精なのかも分からないのよ?
そんなよく分からないのとご飯を食べようだなんて笑顔で言えるわよね!
まあサードなんだから何か考えがあっての行動なのかもしれないけど…本当に大丈夫かしら…。
心配になりながらも私たちはおずおずとおじいさんを警戒しながらその場に座り始めると、ザ・パーティの皆は「本気!?正気!?嘘でしょ!?」って顔つきで戸惑っている。
そりゃそうよね、正直私たちだって戸惑ってるわよ。
分かる、と心の中で頷いていると、ミレルはすぐに私の隣に座ってきた。
「まだ腹は減ってねえけど。食うんだったら食うわ」
…あんまり動じないわね、ミレルは。
ミレルが普通に座ってお昼ご飯を広げ始めたのを見て、ザ・パーティの人たちも戸惑った顔をしつつ、各自輪になるように座ってお昼ご飯を広げ始めた。
するとサードがおじいさんに声をかける。
「あなたはこの辺にお住まいなんですか?」
はうんうん、と頷きながらサードに目を向けた。
「ずーっとここに住んでる、あっちもこっちもそっちも家みたいなもんだ」
おじいさんはそう言いながらパンをバクバクと食べ、水をガブガブと飲んでいる。行商人たちからも食べ物をもらって食べたはずだけど、まるで久しぶりに食べ物にありつけたみたいな勢いだわ。
…。もしかしたらこのおじいさんは普通の人間で、単純にお腹が減って、誰かと一緒に食べたいだけってこともあり得るかも…?
「そういえば先ほど引き返してきた行商人の方々が、この先で大量のモンスターにあったと言っておられたのです。ここに長らく住んでおられるならそのモンスターが何なのか分かりますか?
我々もこの道を通りたいのですがそんなに大量のモンスターが現れるとなると通るのが大変そうで…」
どうやらサードは雑談しながら探ろうとしているみたい。
でもおじいさんはもぐもぐと口を動かしてサードの言葉には何も答えずパンを次から次に頬張っていく。
「…」
サードはしばらくおじいさんが何か言うのを待っていたみたいだけど、何も言わないのを見ると自分も千切ったパンを口に入れた。
「ところで私はサードと申します。あなたのお名前は?」
サードがパンを飲み込んでからおじいさんに聞くと、
「ランディキング・ランダドーラ・ラッキリング」
とおじいさんはパンを頬張ったまま答える。
似たような名前の連続ね…。覚えやすいような覚えにくいような…。
ふとサードを見ると、サードは妙な顔をしておじいさん…ランディキングをじろじろと見ている。名前を聞いただけで何、どうしたの。
サードはしばらく警戒しているような妙な顔で黙り込んでから、
「ランディキングさんはいつからこの山で生活を?」
とさぐるような口調で会話を始める。
よく分からないけどサードはランディキングに対して何かしら疑いの気持ちを持ったみたい。
ランディキングは簡単に答えた。
「生まれた時から」
「なら今おいくつですか?」
「長く生きすぎて忘れた」
「それくらいここにいるのならこの山に棲むモンスターにもお詳しいでしょう、それともあなた自身がモンスターだったりするかもしれませんね」
「…」
ランディキングは水をグビグビと飲んでプハーッと息をつく。そしてサードの探っているような、喧嘩を売っているような言葉は完全無視。
「…妖精じゃないかなぁとも言っていたのよね、行商人たちは」
私も情報を引き出そうとして何気ない感じで会話に参加する。
「妖精、妖精な…」
独り言みたいに繰り返してランディキングはパンにまたかじりつく。でもすぐ口を離した。
「妖精と精霊がダンスして、紋章浮かんでピーヒャララ」
「!?」
謎の言葉がランディキングから飛び出して全員がランディキングを見るけど、本人は残りのパンにかじりついて口の中からはみ出る程パンを押し込んで、モゴモゴと口を動かしている。
「…なにそれ?妖精と精霊が呪文?モンスターと関係あんの?やっぱ幻覚なの?」
まるで犯人に答えを聞くようなアレンの言葉にヒヤッとしながら見ているけど、ランディキングは知らん顔で口の中のパンをモゴモゴと食べ続けている。
「…」
サードは荷物入れの中から小さいボトルを取り出してスッとランディキングに差し出す。
「お酒でもいかがですか」
お酒の「お」すら言い終わらないうちにランディキングはサードからボトルを奪い取るように受け取ると、口を開けて一気に上向きにしてゴッゴッゴッと喉を鳴らして飲み干していく。
「うわ、すっげ飲むじゃん」
ミレルがそう言いながらもしげしげとランディキングを見る。
「もしかしてそんなにお腹空いてんの?」
うんうん、とランディキングが頷く。
…このぼろぼろの服装だものね、そりゃあご飯だって満足に食べられてないのは何となく分かるわ。
私はパンを半分千切ってランディキングにスッと向ける。
「食べる?」
うんうん、とランディキングはパンを受け取った。
「夜に虫がブーン」
「!?」
またランディキングから謎の言葉を言う。でも本人は残りのお酒を全て飲み干して、ゲフゥ、とゲップをした。
「めでたし」
ランディキングはそう言うと立ち上がると、最後にブッとおならをして草むらの向こうにガサガサと去っていった。
その最後のおならでミレルはブハッと吹き出してゲラゲラ笑っているけど…やめてよ、最後におならを残して消えていくの…。
「…こんなに食事ももらったくせにお礼もしないなんて」
ランディキングが茂みをかき分けていく音が聞こえなくなった時、ザ・パーティの絵描きのマディソンが嫌そうな顔をして一言毒ついた。
「なんというか…自由な方でしたね」
ガウリスはそう言いながらランディキングの去っていった方向を見る。
「結局あれ、人だったのかな、妖精だったのかな」
アレンがサードに質問する。サードはまださっきのままの疑いの顔をして、
「悪意はないように見えました。ただ自身の質問には普通に答えていても、向こうに現れるモンスターについて聞こうとすると口をつぐむのが妙に気になりましたが…」
サードは私たちからザ・パーティーの皆を見回す。
「食事が終わったらこのまま進みます。行商人の言うことにはモンスターは大量に現れたと聞きますが、どこまでもしつこく追ってくることも無いようなので。ある程度まで近づき、倒せそうならそのまま進みましょう」
「…こうやってあの爺さんとご飯を食べる意味がありました?」
ハロッソが微妙な表情を浮かべてサードに聞いている。
見るとハロッソはランディキングから一番遠い所に座って微妙に嫌そうな顔をしてご飯を食べていたみたい。…むしろご飯を全然食べていない。
するとサードはからかうように、でも諌めるように口を開いた。
「身なりで人を判断してはいけませんよ。立派な服を着ていても中身はこそ泥の可能性もありますし、逆にボロボロの服を着ていてもどこかの王族の可能性もあります」
サードの言葉にマロイドもそうだそうだ、と声を合わせた。
「モデルのマネージャーだからっていつも綺麗なものとだけ触れ合えるなんてことないんだからな、勇者様の言う通りハロッソは人を見た目で判断しすぎだぞ、お前のそういうところで何回仕事相手を不機嫌にさせたか…」
マロイドが上司らしい叱り言葉を言うと、ハロッソは神妙な顔でうつむいて黙って聞いている。
仕事してる人って大変だわ…。
そう思いながらハロッソを心配していると、目の前に干し肉をズイッと近づけられた。干し肉を持つ手の先を見ると、ミレルが真っすぐに私を見ている。
「パン半分ランちゃんにあげたから足りないっしょ。干し肉分けてあげる。はい、あーん」
ランちゃん…ランディキングのこと?
「あーん」
どこまでもミレルは口に干し肉を近づけてくるから思わずそのまま口に入れる。
「美味しい?」
ミレルが聞いてくるから、おいひい、と口を動かしながら言うとミレルはニコッと笑ってくる。
そのミレルの笑顔を見ると私も笑顔になっちゃう。
こうやって周りを明るく笑顔にできる人だから、きっとモデルとして成功しているのね。人気がある子なのに偉ぶらないし、人懐っこくて近くにいるだけで明るくなれるもの。
干し肉をもぐもぐし続けていると視線を感じて、目を向けるとアレンが微笑ましそうな顔をして私とミレルを見ている。
「エリーとミレル可愛いなぁ。好き」
「…」
脈絡なくいきなり好きって言われて思わずキュンとなる。
そりゃあもう恋愛感情はないけど、こうやって言われると…さすがにキュンとなるわよ。
ミレルもどこかキュンとなったのか少し口をつぐんで、
「アレンいつもああなの?不意打ちやべえわ」
と小声で聞いてくる。頷きつつ、私は注意を含めてミレルに釘を刺しておいた。
「気をつけてね、アレンって優しいうえにああいう言葉ポンポン言うから誤解しやすいけど、女の子が本気になっても自分にその気はないって振ってくるからね、アレンの幼馴染の女の子もその優しさの被害にあったんだから」
「ふーん、じゃあエリリンは?被害にあったの?」
「私は…あってないわよ、あうわけないでしょ」
急に私の話になったから嘘をついて話を終わらせたけど、ミレルは少し眉を上にあげてニヤニヤしていた。
…何か、私も被害にあったのが一瞬でバレた気がする…。
* * *
早めの昼食を食べ終わって、道筋に沿って歩いて行く。
行商人の人たちは走っているうちに段々と日が暮れてきて…と言っていたけれど、今の所、幻覚でも日が早く暮れていくような感じはしない。
「エリリンって魔法使われそうになったら、うわー魔法だーって分かったりする?」
世の中の魔導士の中には魔法をかけられそうになると、事前に察知できる能力を持っている人もいるのは知ってる。そんな場合は「破ぁ!」とその魔法を打ち破る魔法を使ったりするみたいだけど…。
私は微妙な顔で隣のミレルを見上げる。
「私、自然を操る魔法を使えるだけで、そういうのは一切分からないの」
「そうなの。てっきり勇者御一行の魔導士だから色んな魔法が使えるんだと思ってた」
こういう誤解はよく受けるのよね。
私は熟練を重ねた魔導士でも太刀打ちできない強力な魔法を使うって噂されているみたいだけど、どんな魔法を使うのかはあやふやに伝わっているみたいで、
「転移の魔法使えますよね、教えてください」
「回復魔法の極意を教えてください」
「空を飛ぶ簡単な方法とか教えてください」
って色んな魔導士から聞かれることがあって困る。できないって素直に言うと「え?」と驚かれるやらガッカリされるやら…。
その中で一番困るのが魔法の知識も最上級と勘違いされていることなのよね。
「氷の魔法を使う時に生じるあの冷気は皮膚内の水分が氷結され起こるものなのでしょうか?それとも大気中の水分が結露して起きる現象なのでしょうか?私の見解では急激に空気中の水分が魔力で冷却されることにより…」
って大学教授にアカデミックな質問をされた時には思わず血の気が引いたものだわ。
私は自然のものをほぼ感覚で「よいしょ」と動かしているだけで知識は基本的なものしかないんだから、本当に困る。やめてほしい。
前にあった色々なことを思い返していると、揺れる右手で現実に戻ってくる。
私は今ミレルと手を繋いだまま歩いている。
ミレルが普通に手を繋いできたからそのまま歩いているけれど…思えば何で手を繋いでるのかしら…分からない。
「自然を操るって、どんなもんなの?雨降らせるとか?」
「そうね、雨を降らせたり、風を起こしたり、地面を盛り上げたり、木を好きな方向に伸ばしたり。そんな感じね」
ふーん、とミレルは目を輝かせた。
「すげーいい魔法じゃん。じゃああれっしょ、暑いときとかは冷たい風起こして涼めるし、歩きにくい場所とかも平らにできるし、邪魔な岩をどかすとか、景色も自分の好きなように変えることもできるんでしょ」
「…」
ミレルの言葉に私は目を見開く。
そっか…今までそこにある物をそのまま使う、って考えでやってきたけど、制御魔法を覚えた今ならそういう風に自分の都合に良いように自然を色々と動かすことができるんだわ。
それならあのカームァービ山のガレ場も歩きやすいように山をへこませて平らにできたわね…。ううん、そんなことしたら自然破壊とか環境破壊になるんじゃ…。あそこら辺は高山にしか生えない花がたくさんあるんだから、まっ平にして標高を低くしたらその花が全滅するってことよね?
…私の場合、自分が楽になるからって魔法を好きに使っちゃいけないわね。でも暑いときに涼む方法は今度試してみよう。
そう思いながら歩いていると、先頭を歩いているサードが足を止めた。それに合わせて皆が足を止めてサードの後ろ姿を見る。
「…太陽の位置がおかしいですね」
その言葉を聞いて空に浮かんでいる太陽を見てみると、確かにおかしいわ。
さっきランディキングと早すぎる昼食を食べたのはお腹も空いてない正午前。それなのにこの太陽の位置は真上を通過してだいぶ傾いている。
サードは振り向いた。
「私が生まれ育った遠い地での物語に近い伝聞ですが、早くに日が暮れて夜になり、恐ろしい目に遭ったという話があります。しかしそれは一種の幻覚を見せられている状態で、実際にはまだ昼間で一人で幻覚を見て大騒ぎしていただけだったと」
「今の状況と同じではないですか。それならこの日の傾き具合も幻覚だと?」
「もしかしたら」
「なんだ、サード正体分かってんじゃん。で、何のモンスターなの?」
ガウリスの言葉に頷いたサードは、アレンの質問にはかすかに馬鹿にした笑いをにじませた。
「私が生まれ育った地での話ですよ?」
と言う。
あ…そっか、それってサードの生まれ育ったサドの話で、こっちの世界の話じゃないんだわ。
そう思っているとサードは続ける。
「私の住んでいた地では、そのほとんどはコリの類の仕業とされています。それとそうやって幻覚を人に見せたのも、人からイタズラをされた仕返しのようですね」
その話を聞いて、マディソンがそろりと遠慮がちに口を開いた。
「そのコリって…殺してきます?」
「いいえ、イタズラで人を心底震え上がらせても殺しはしません。どんなに驚かせ死にそうな目にあわせても家には帰すと言われていますが…こちらのモンスターとは違うものですので、どうでしょうね」
サードはハロッソとマディソンを見てから、マロイドに真剣な顔で視線を向けた。
「最後にもう一度言っておきます。引き戻すなら今ですよ」
コリの類…狐狸の類。狐と狸。
サード
「太陽の位置がおかしいこれは幻覚か?」
エリー
「きっとそうよ、幻覚よ。けど私は幻覚をどうこうできる魔法なんて使えないしどうすれば…」
寺生まれのTさん
「俺に任せろ、破ぁ!…これで幻覚から覚めただろ」
アレン
「さすがTさん。寺生まれすごい」
ガウリス
「ちょ、今の誰ですか、今の誰ですか!?」




