そんなんじゃないんだってば
私たち勇者一行がいたことが分かると、通り過ぎていった行商人の男の人たちも全員戻って来て、各自が自分たちの身に起きたことを訴えてくる。
どうやらこの六人の行商人の人たちも、私たちが今向かっている町に向かって走っていたみたい。
そうしたら道の途中に人がいて、飯をくれって声をかけられたんだって。
見た目で物乞いなのはすぐ分かったから立ち止まって食べ物と飲み物を分け与えると、一人で食べるのは味気ないから一緒に飯を食ってくれって重ねて言われたみたい。でもまだお昼の時間には早いし今のペースでもっと先に進みたかったから断って進んだんだって。
するとまだ昼にもなっていない時間なのに段々と周りの日が暮れてきて、ついにはとっぷりと夜になってしまって。おかしいと思っていると暗闇から数え切れないほどのモンスターが現れて、全速力でUターンしてダッシュで逃げてきた…。
そんな風に戻って行くと今度は暮れていた日がどんどんと高く明るくなって、物乞いと会った辺りまで来ると完全に元の時間帯の明るさになっていたって。物乞いはまだ同じところに座っていたらしいんだけど、まるで行商人たちの身に何が起きたのか全て把握しているかのような目つきでただジッと見ていて…。
その目つきにゾッとして、声もかけずそのまま目の前を通り過ぎて引き返しているところで私たちにあったみたい。
「絶対にあの物乞いは人型のモンスターであのような邪悪なモンスターを呼び寄せたんだ!」
行商人の一人が拳を振り上げて唾をまき散らしながら怒鳴る。すると先頭を走っていた行商人は、
「もし退治してくださるというなら報酬は前払いでこの荷物の中から好きな物を十ほど持って行っていただいて結構です。ここは山の中でハロワもありませんからこのような形での依頼でも大丈夫でしょうか?」
「…そうですね、分かりました。では報酬は前払いということでお受けいたします」
行商人たちはサードの言葉を聞くと各自が自分の荷物を下ろし、その場に手馴れた手つきで物を広げる。
「物は回復アイテムから便利道具、ここら辺のマップから軽食、飲料水、宝石の類まで揃っています。どうぞお選びください」
「けど…勇者御一行は別に依頼があるんじゃ…」
マロイドがボソッと言うとハロッソが「んん!」と唸るように咳き込んだ声を出す。マロイドは、やっべ内緒だった、という顔つきで慌てて口をつぐんだ。
まあ、秘密にするほどの依頼なんて受けていないけど、私を中心に戦争が起きたエルボ国に向かうんだから、細かく調べられたら私の髪の毛が純金になるとか、そういうのが大っぴらにされる可能性もあるものね…。そうなったら色々と後が大変そうだもの。
「ちなみにアレン、この道から次の町に行くまでの迂回の道はありますか?」
サードはアレンにいきなりそんなことを聞いている。
それでもいきなり聞かれたアレンはさくさくと答えだした。
「迂回路って、ここからかなり戻って旧道から行くってこと?あの道グルッと大回りすることになるから大変だぜ。
しかもあっちの道は俺らが行きたい次の町とは違う方向に道が伸びてるから目的の町にたどり着くの五日先になるんだよな。あと古いし崖も多いし危険だからあんま通りたくない。やめよう」
サードはマロイドに目を向ける。
「そういうことです。この道以外を通るとなると不便なのできっとこの道を通る人々は多いはず。先に受けている依頼もありますが、すぐそこにモンスターが大量に現れるというのならこちらを優先すべきです」
分かりました、と無言で頷くマロイドを見たサードは行商人たちに視線を移す。
「ちなみにモンスターはどのようなものでした?」
聞かれた行商人の一人が、顔を上げて身を乗り出す。
「ドラゴンだった!それも巨大で首が三つのがワラワラと!」
ドラゴン!?
全員がギョッと目を見開いた。
ドラゴンは滅多に会えない。だから会えたら幸運。でもあまりに強いから出会った者は大体その場で死ぬ。
そんなドラゴンがワラワラと街道近くにいるなんて…!どうするのそんなに大量にいて勝ち目でもあるの?
すると他の行商人が身を乗り出して怒鳴った。
「何言ってんだ!あれは野犬型のモンスターだったじゃねえか、聞いただろ、あの何百という吠える声…!」
ブルッと震えあがる行商人に、他の行商人たちは何を言っているとばかりにわっと話し出した。
「いやあれはでかい蜘蛛のモンスターだったじゃねえか、それが俺たちを囲むように…」
「違う違う!あれは毒蛇のモンスターだった。あの赤く光る目は見間違えねえぜ俺は」
「いいやあれはゴーストタイプのモンスターだった、あんな不気味な光景見たことねえ…」
「いやあれは渋く熱い茶だった、それが意思を持ったようにどこまでも洪水のように轟々と…」
そこで行商人たちはお互い見たものが全く違うって気づいたのか、全員がえ?と頭の上に「?」を浮かべている表情で黙り込んだ。
「…皆さんの見たものが全て一致していないようですが?」
サードの言葉に行商人たちも意味が分からないのか、お互いの顔を見合わせている。
でもそれって、もしかして魔法じゃないかしら。
「もしかしてそれ幻覚の魔法じゃない?そうやって敵に幻覚を見せて混乱させる魔法があったはずだけど」
何となく思ったことを言うと、全員の視線が私に向けられる。
「じゃああの物乞い、魔導士だったのか?」
「それで俺たちに幻覚を見せて…?」
行商人たちの会話に、アレンが微妙な顔をして首を傾げた。
「けど何のために?行きと帰りで出会っても特に何の攻撃もしてこなかったんだろ?」
そう言われれば、と行商人たちは黙り込む。
「今までもこのようなことはあったのですか?」
ガウリスが質問すると、行商人の一人が首を振る。
「この道は比較的最近できた道で二年くらいたつんだがね…あんな物乞いもモンスターの大群も今日初めてみた」
サードは少し考え込んでから、ふと顔を上げた。
「これはモンスター辞典ですね、少し中身を見てもよろしいですか?」
「はいどうぞ」
声をかけられた行商人はあっさり頷く。
…でもこの行商人、分厚いモンスター辞典を五冊も持っているわ…。すごい。一冊を誰が持つかで喧嘩別れしたっていうジョークもあるぐらい重い本を五冊も…他にも色々入れているのに、すごいわ。
「モンスター辞典を見るってことは、勇者様は魔導士ではなくモンスターだと思っているんですか?」
マロイドが声をかけるとサードはパラパラとページをめくっていく。
「その物乞いが魔導士ならまだこちらも対処のしようがありますが、それでモンスターであれば対策を練らねばなりませんから。…人型…幻覚…」
「人型モンスターであればもう少し真ん中の辺りです」
行商人の言葉にサードはパラパラとめくっていく。
サードの横からミレルがくっつくように一緒に覗き込んでいて、サードはふとミレルを見たが、気にしないように本に視線を落とした。
「モンスターだとして近いのはこれでしょうか。妖精の一種のようですが」
サードがそう言いながら全員に見せるように本を広げた。
「パック…」
名前ならよく聞くわ。妖精の一種っていうか、完全に妖精よね。ただイタズラの度が過ぎるからモンスター辞典の中に入っているけれど。
少し顔を寄せて本の内容を見てみるけど、最初の一文からして当てはまらない気がした。
『パックは体長が三十センチ弱、手のひらサイズで…』
という出だしだもの。行商人たちは物乞いって言っていたんだから普通の人間サイズのはずじゃない。
「変身能力があるというので好きな姿に変身できるようです」
私の視線に気づいたのかサードがそう付け足してモンスター辞典を行商人に戻すと、目の前に広がる品々を見た。
「ならばお言葉に甘えて好きな物を十ばかりいただきましょう」
サードはそくそくと目の前に広げられている物で必要そうなものを手早く物色してはアレンやガウリスに渡して、自分の荷物入れにも入れている。
見たところ値段が高そうなアイテムばっかり選んでいる気がする。こいつ…。
呆れて見ていると、最後の一つにサードが宝石のような物を手に持って、私にスッと渡してきた。
「ん?」
「どうぞ」
「…ん?」
怪訝な顔でサードを見る。
サードがいきなり「はいプレゼント」って私に宝石を渡してくるはずがない。何こいつ、何考えているの?
黙ってサードを見ていると、サードの目が「さっさと手に取ってバッグに入れろ」とかすかに裏の感情をにじませてみてくる。
ピンときた。分かったわ。
この男、宝石を私にプレゼント、ってスタイルを見せて値段の一番高そうな宝石を手に入れようとしているわ。でもさすがにこれだけ値段の高い物を物色した後にとどめで高価な宝石を狙うのは行商人の人たちに申し訳ないって思わないわけ?
「いらない。高そうだし」
きっと周りに自分たちしかいなかったら「無料でくれてやるつってんだからもらっておけ!」って怒鳴り散らすでしょうけど、こんなに人がいる状況で怒鳴れるわけないわよね。
ふふん、と勝ち誇っていると表向きの顔のサードはニッコリ微笑む。
「受け取ってください、私からの気持ちです」
予想外の返しに体が固まっていると、サードの言葉にヒュ~、ヒュ~、と行商人たちとマロイドから囃し立てる口笛の音が響く。
ち、違う!この男はそんなつもりで私に渡したんじゃないから!…しかも何だか受け取るのを拒否できない状況になっちゃったじゃないのよ~!
何だか受け取らないといけない状況でおずおずとサードから宝石を受け取って、チラ、と行商人を見て、
「本当にいいの?」
と聞いてみる。すると声をかけた行商人は「男が渡した物を拒否しちゃいけねえよ?」という男気に満ちた顔つきでゆっくりと頷いている…。
「エリリン、勇者様とできてるの?」
「できてない!」
ミレルがいつの間にやら隣に並んで聞いてきて、噛みつく勢いで否定した。
行商人たちは「ああ…」と同情する声を出してサードを微妙な顔で見ている。サードはやれやれですよ、と軽く肩をすくめて笑う…。
だーかーらー!そんなんじゃないのにぃー!しかもサードが無駄に誤解を受けるような言動するぅー!
心の中で頭をかきむしってああもう!とばかりにジタバタと暴れ、
「とりあえず物ももらったんだし、行くでしょ!」
と先を促すと、
「そうですね。まずはその物乞いの者が人かモンスターかを見極めに行きましょう」
と、サードも勇者の顔になると立ち上がった。
「あの…我々もついて行っても…?」
マロイドはどこか興奮しているような顔つきで声をかけてきて、サードはマロイドを真っすぐに見返した。
「お勧めしません。相手が何者なのか分からないのです、そんな中で皆さんの身を守れると確実に言えません」
「何を仰いますやら!私も今は編集長という肩書を持っているのでインドア派と思われがちですが、冒険者を二十年以上続けた実績があります!
それにミレルもモデル兼剣士としての腕もありますし、後ろのハロッソとマディソンは…逃げ足だけは一流です!」
ハロッソとマディソンは何か言いたげな顔をしているんだけど…?
サードは二人の表情を見て、念押しみたいにマロイドに詰め寄った。
「いくら私たちの傍に居ようとも百の安全などありません。本当にそれでもよろしいのですか?」
命の保証しねえぞ、って言いたいのね、要は。
ハロッソとマディソンは何か言いたげだったけど、
「ええもちろん!」
とマロイドは興奮気味に即答すると、
「では行きましょう!謎の物乞いの元へ!」
と先頭を切ってズンズンと歩き始めた。
Q,サードは本当に気持ちで宝石をエリーにプレゼントしたの?ヒュ~ヒュ~
A,いいえ、エリーが察した通り最後の最後に一番値段の高そうな宝石をかすめ取っただけです




