腹が減ってはなんとやら
アレンから私たちが居ない間に何があったのかを聞くと、ガチャガチャうるさいと思って目を覚ましたらすごい数のモンスターが部屋に入って来ていて、ビックリして跳ね起きたらしい。
でも見回すと隣にいた私は居ないし、部屋の外に居るはずのサードの戦ってる音もしないから、もしかして二人とも倒されたのかとパニック状態で暴れまわっていたと。
ひとまずその夜は別の部屋に移動して一晩を明かし朝食を食べている今。私は昨日のことを思い出しながらアレンに声をかける。
「でもあんなにアレンが強いだなんて思わなかったわ」
心の底からの言葉だけどアレンは昨日のことがよっぽど怖かったのか、生気の抜けたようなションボリした顔で呟いた。
「何言ってるんだよ…俺は弱いよ」
一人であんな立ち回りをしたんだからもっと自信を持ってもいいと思うんだけどな。
本当は明るくなったら女の子の幽霊を見たという話もしようとも思っていたけど(怖がらせるためじゃなくて情報の共有のため)それでもこれ以上何か言ってアレンの恐怖心を煽るのもどうなのかしら。…うん、言わないほうがいいかも。
「今日は二階行くぞ」
先に食べ終わったサードがマップを広げて眺め始める。
「二階…、一階よりも強いモンスターいるよな?」
少し疲れたような声でアレンも話に参加する。
一階の情報は割と多いみたいだけど二階の情報はほとんどないと二人は言っていたわ。唯一ある情報は二階にいる中ボスの間まで誰もたどりついてないってくらい。
だから二階はよっぽど強いモンスターがウヨウヨしているんだろうってことだけれど、どんなモンスターが出るのかというとそれもよく分からないみたい。
とにかく二階は謎が多すぎてそこが不気味なのよね…。
でも不気味でも行かないといけない。食事を終えた私たちは、玄関の広間から左右に伸びる階段を上がる。動かない騎士が手すりに立てかけられていた例の階段。
立てかけられていた五体の騎士は昨日のままで、それも不気味に感じながら通り過ぎたけど…広間の階段を上がったらバルコニーに続いてるだけで他に進める通路がなかったからすぐ引き返した。
「あれぇ?おかしいな、マップだと通路あるんだけど…じゃああっちの階段行ってみようか」
アレンはそう言いながら階段を降りていく。
他の階段に向かってる途中、サードがの言っていた視線を感じる…というのを思い出して辺りを警戒してみるけど、サードの言う視線ってどんなものなのかしら。もしかして今も視線を感じている?
チラと見ると昨日ほどじゃないけどサードは右に、左に、と顔を動かしている。
ゾワッと鳥肌が立つ。
だってそんな動きしているってことは、やっぱり視線を感じているんでしょう?居るんでしょう、私たちの周りに謎の何かが…!
腕をさすり辺りをそうやって他の石の階段を上り、踊り場を通って二階にたどり着いた。上がり切ると丁字路になっていて、左右に向かう廊下が長く続いている。
「左だな」
午前の光が差し込む明るい廊下を見てアレンも元々の調子を取り戻したのか、声もいつも通りの明るい声になっている。
光が差し込む長い廊下は気持ちが良い。そのぶん夜は暗闇がどこまでも続く恐ろしい廊下に変わるけど。
左に曲がり、あとはアレンの指示通りに進んでいく。
二階の窓の並ぶ長い廊下から窓のない中央へと進んできたせいか段々と日も差し込まなくなってきて、薄暗くなってきたわね。
「中ボスはどこにいるの?」
そう聞くと、アレンはマップを私の目線の高さで広げて指さす。
「今がここの廊下だろ?中ボスがいるのはここの大広間だから、あの廊下の突き当りを左に曲がって少し歩いたところにある扉の向こうだな」
その突き当りまでは百メートルかそこら。でも私はさっきから思っていた違和感に黙っていられないで辺りを見渡しながら口を開く。
「だけど…何か変じゃない?」
その一言にアレンが顔色を変えた。
「変って、ど、どういうこと…?」
急にオドオドし始めたアレンを落ち着かせるように私は手を動かして首を横に振る。
「別にアレンが怖がるような事じゃなくて…。だって、二階に上がって来てから一度もモンスターに遭っていないじゃない?」
「あ」
アレンはそういえば、という顔つきになって立ち止まった。
サードも立ち止まったけど何も言わない。横目で見てみると、サードはこちらの話を聞いていたのか分からない雰囲気で別の場所を見ている。
もしかしてまだ何かの視線を感じている…?
ゾッとしながら、それとなく聞いてみた。
「サード、…何かあった?」
サードは「別に」と言いながらそれまで目を向けていた所から視線をずらして、これから進もうとしている廊下を真っ直ぐ眺める。
アレンはというと敵と遭遇しない違和感に気づいたらどうにもその事が気になるみたいで「んー」と唸りつつマップと薄暗い部屋続きの廊下を見比べる。
「そういえばおかしいよなぁ。一階は一定間隔でモンスターが現れてたのに。なぁサード」
声をかけられたサードはアレンからマップをひったくった。そしてよくよくそのマップを見て、廊下の右から左まで移動して対角線上の斜め先を見ている。
何を確認しているのか分からないままサードの行動を見ていると、サードは振り返りもせず呟いた。
「戻って別の道から行ったほうがいいかもな」
「えっ」
私の驚いた声は思ったより大きくて、廊下の前と後ろに反響していく。サードはマップを私にズイッと見せつけてきた。
「このマップには書いてねえが、実際この廊下にゃあの突き当りに行くまで小さい通路が何本か横切ってる」
そう言われてサードが見ていた斜め先を首を伸ばしつつよくよく見てみると、確かにこれから向かう方向に小さくて狭い通路が何本か横切っている。
「あの狭い通路がどうかしたの?」
「これだけ死角が多いんだ。仮に両側に敵が居たら挟み撃ちだ、死ぬぞ」
それを聞いてアレンは返されたマップを見て、なるほど、と呟く。
「最短ルートを通ろうとする奴はここで一網打尽にする仕組みか。ってことは、反対の右方向もこんな十字路になってるってことかな?」
アレンがマップを指さしながら聞くとサードは、
「かもな。一旦戻って迂回すっぞ」
と引き返していく。
「最初から地図に描いてなかったの?」
そういえば、広間の階段から先もバルコニーがあるだけでマップにあるはずの通路がないってアレンが言っていたわね。…ということはもしかして…!?
「偽物のマップを売りつけられたってこと…!?」
それでも一階はマップ通りだったのに、と思っていると二人は案外とケロっとした顔をしている。
「いやいや、あのおじさんここに入ったことないだろうし、しょうがないよ」
そう笑うのはアレンで、
「城の正確な内部情報をご丁寧に残す馬鹿な設計者がどこにいるんだよ。敵に渡ったら大惨事だろ」
と吐き捨てるのはサード。
二人の性格がよく表れている返答だわ、本当。
「でもそんな違うんじゃ、二階からそのマップは使えないってことでしょ?」
重ねて聞くと、アレンはいや、と頭を横に振った。
「大体は合ってると思うよ、多分防衛の面でサードの言ったのが本当だと思うし。それだったら城を守る側の不利になることは書かないだろ?」
私は、いやいや、と軽く言い返した。
「それが使えないんじゃないかって言ってるんだけどね?」
すると先頭を歩くサードが楽しそうに言う。
「どうだっていい。要は相手を喜ばせず困るやり方を考えながら攻め込むだけだ」
そりゃ性格の悪いあなたにピッタリな作業ね、と思わず嫌味を言いそうになる。でもその性格の悪さが今役に立とうとしているんだからけなすのはよしたほうがいいかしら。
とりあえず口をつぐんでいるうちにサードとアレンは実際の通路とマップを見て話し合いだした。
「ここの通路はどうだ?行ってみる?」
「…まさかあの横切ってる細い通路、全部繋がってんじゃねえだろうな。だとしたら二階全体が十字路だらけってことだが…」
「それは無いんじゃね?だとしたらあそこに壁があるのはおかしい。マップに描かれてるこの部屋はあの壁の向こうだろうから十字路だらけじゃないと思う」
「それでもここの通路は怪しいから入らねえほうがいいな。このクランクで挟まれたら逃げられねえ」
私もマップをちょろちょろと覗き込みつつ二人の会話に目と耳だけは参加してみるけど、二人の会話にはついていけない。
アレンは持っている鉛筆でメモ帳に簡単なマップを描き始める。
線も曲がっていて見栄えは悪いけど大体の距離感と構造はしっかりとしているから、私にしてみたら細かすぎるお城のマップより分かりやすい。
そうしているうちに光の差さない城の中央から日当りのいい最初に通った長い廊下へと戻ってきて、もっと廊下の奥から進むことになった。
今日も外は気持ちのいい天気で、昨日と変わらず小鳥がさえずっていて平和的。
と、窓の隙間から木々をぬった向こうに城下町…今は謎の病気に侵されて封鎖されている町がチラと見えた。それでも歩いていく内に背の高い木で隠れていく。
「思えばあの城下町を病気に追いやっている毒の元ってなんなのかしら」
ぽつり呟くと、マップに書き込みを加える手を休めてアレンが顔を上げた。
「さぁなぁ。とりあえず城下町の中にモンスターは居ないっていうし、あの看護長の先生が言ってた通りの姿も見えないで毒だけまき散らす感じなのかなぁ」
「…目に見えない…」
脳裏に昨日の女の子の幽霊の姿が浮かび上がった。
いや、まさかね。
頭を横に振って考えを振り払ったけど、もしかして、と思うと段々とそうじゃないかと思えてきてサードの傍に駆け足で近寄った。
サードは急に近づく私の足音を聞くと、聖剣をジャッと半分引き抜きバッと振り向く。
たまに後ろから杖で殴りかかろうとするのが原因なのは自分でも分かるけど、だからって魔族をも一振りで倒す聖剣を抜いてまで警戒しなくたっていいじゃないの。
イラッとしつつもサードに近寄るとサードは攻撃する気はないと判断したのか聖剣を収める。
「何だ」
私はアレンが聞いたら怖がる内容だから小さな声でサードに考えついたことを伝えた。
「サード。もしかして病気の毒の原因ってあの幽霊の女の子が関わってるとか…ない?サードも度々視線を感じているっていうし、もしかしたらあの女の子は魔族の手先のゴースト型モンスターで、それで毒を川に流して、今は私たちを見張ってるとか…」
サードは妙な顔をする。
もしかして自分が考えつかなかったことを私が思いついたからプライドが傷ついたのかしら。
フフン、と少し優越感に浸っていると、サードは口を開く。
「あれは本当にゴーストなのか分かんねえだろ。そもそも毒をまき散らすゴースト型のモンスターは確実にいるっててめえ分かってんのか?仮に毒を使う魔族の手先ならとっくに俺らは毒の餌食になってるはずだし、昨日俺らに毒を使って攻撃してたはずだ。それなのに延々と見張ってるだけ?それに何の意味がある」
いきなりのつらつら続く質問攻めにさっきまでの優越感はへし折られ、少し黙り込んでから返す。
「…分かんない」
「分かんねえくせに確実じゃねえ思いつきの話をするな」
ムッとなってサードを睨み、歩みを遅くして少しずつサードと距離を取る。
あーイライラする、私だってそうじゃないかと思ったから伝えただけなのにそんな言い方ある?それとも何?私の意見は余計なことだとでも言いたいの?
そうね、普段だって私の意見なんてほとんどスルーだものねー。ふーんだ。
私のイライラした態度にサードも「なんだよ」と苛立ったように言うけど、それ以上何を言うわけでもなく進んでいく。
それでも私のイライラに当てられたようにサードがイライラしているのはよく分かる。そのイライラしているサードをみていると、先にこっちをイライラさせたのはどこの誰よとますますイライラしてくる。
ほんの一分で私とサードがギスギスした雰囲気になったけど、アレンは元のマップと見比べながら地図を描くのに一生懸命でこっちの出来事には気づいていない。
「こっちは平気だと思うんだけど」
アレンに声をかけられたサードはイライラしながらもそこはしっかりと「そうだな」と返事をしてアレンと確認しあいながら角を曲がる。
そうやって地図と通路を見比べて進み、曲がり、引き返しているうちに私のイライラも少しずつ収まってきて、辺りをキョロキョロする。
「ねえ、ここさっき通らなかった?」
「いや、ここは初めて通るところだよ。似てる構造だから分かりづらいよな」
アレンの優しいフォローを受けて、そっか…と黙り込む。
余計なこと言っちゃった。
こんなに行ったり来たりを繰り返し続けているんじゃ、もう私一人じゃ戻れないわね。
下級貴族とはいえ外に出て近所の子たちと近くの森に入って遊んでいたから、ある程度方向感覚はあると思う。でもアレンと…ついでにサードの方向感覚の鋭さの前にはかすむわ…。
すると段々薄暗い通路の向こうに光が差しているのが見えてくる。角を曲がると、明るく長い廊下へと出た。
でも窓から見えるのは森と城下町じゃなくて、城の向こう側…中心部の塔と、その塔に入るための長い空中回廊が見える。
そっか。これでようやく朝に見た長い廊下の正反対側に来たんだわ。すごくやり切った感がある。
まぁ主に進路方向を考え続けていたのはアレンとついでにサードで、私はただ言われるがままついて来ただけだけど。
廊下をずっと奥に視線を動かしてみると、大きい扉が見える。
「もしかしてあれが中ボスのいる部屋?」
聞いてみるとアレンは嬉しそうに頷いた。
「そうだな!地図でもあそこが軍議を開く場だって書いてるからあれが中ボスへのいる部屋だよ!ようやくたどり着いたな!」
でも結局ここに来るまでにモンスターと遭わずに来た。それだけが妙に不気味だけれど…まあ何事もなく来れたんだから別にいっか。
サードもようやくここまで来たと少なからずやり切った感があるのか、イライラした感情もない軽い表情でスッと振り向いた。
「うっし、じゃあ…」
私たちはサードの言葉の続きを待つ。
「昼飯食うか」
仙台駅構内で迷って同じところをグルグル回り続けたことがあります。
ここで私は一生を終えるのだろうかと思いました。




