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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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こいつらの方が怖い(サード目線)

ヤザリク。毒の成分を含む野草。

その根をよく洗い三十分ほど煮詰め、それを布で()したら強力な毒液の完成となる。


その毒液に矢の先を浸して射ると小型の獣で即死、中型の獣だと十分程度、ゴブリンだと三十分ほどで動きが鈍くなり死に至る。

ヤザリクの毒の特徴は無味無臭で舌への痺れも苦味も全くないこと。そのため誤って薄めず原液を飲んでしまったら、毒を飲んだと気付かないままその場で倒れ死に至る。


そのヤザリクの生息地はこの村周辺の山の一帯。その強力性により一般的な毒消しは効果はなく、ヤザリクの解毒薬に当たる薬もこの一帯にだけ生える野草からしか作れない。


だが狩猟に長けているこの村の者たちはどれほどの量が人の体内に入ったら致死に至るかなど、先人の経験と知恵から受け継いで知っている…。


俺はニッコリと表向きの顔を浮かべてアダド一家に向かって微笑む。


「全く、災難でしたね。まさか動物を射殺すためのヤザリクという毒がうっかりスープの中に入ってしまっていたなど」


いいやウソだ。ヤザリクの毒は俺が入れた。


玉から全て聞いたあの夜、調理場からヤザリクを探し出して、朝にこの一家の女たちが調理場から居なくなった隙を見計らってヤザリクを入れた。


鍋が二つあってどっちが俺らのでどっちがアダド共のか分からず悩んだが、とりあえずどっちにも原液を半分ずつ入れた。


どうせガウリスに毒は効かねえようだし、エリーかアレンがスープを飲みそうになったら前の晩から部屋に忍ばせていた玉にスープをひっくり返せと言いつけておいたからな。

あとはアダド一家の誰がスープを一番先に口に入れるか観察していた。


まあ俺がヤザリクをスープに混入させたことは一家も勘付いてることだろう。


なんせあんなに手際よく毒を飲んだら治す薬草を与えてやろうと言い、その前に手早く約束事をさせ、しかもポケットからその薬草を取り出してすぐに飲ませたのだから。


最初から用意周到に準備していたと気づかないはずがない。


その証拠に現在、表向きの顔をして微笑んでいる俺を一家は空恐ろしい人物を見る目つきで脅えたようにオドオドと見ている。


だが俺が毒を盛ったとは言いふらせまい。なんせこいつらも俺たちに毒を盛って殺そうとしていたんだからな。


もし俺が毒を盛ったとこいつらが騒いだら俺もこの村の奴らに毒を盛られていたことを騒ぎ立てる。

勇者として名を馳せる俺らが騒いだら世間も公安局も黙っちゃいねえ。そうなったら別の意味でこの村は終わりだ。だから黙っているしかない。


俺はポケットから取り出した紙を広げてアダドたちに向かって広げる。


「このサインしていただいた件ですが、本日中に依頼を取り消すことと、二度とこのような依頼を出さないこと。それだけが条件です。この誓いを破りましたら我々はすぐさま公安局に赴き、この国の法に則ってあなた方を罰するよう要請いたします」


アダドが顔を上げるが、視線は俺の足元を見ている。少なからず殺そうとしていた奴に助けられたからバツが悪いんだろう。


俺は続けた。


「しかしそうなると色々とややこしいことになって面倒ですので、守っていただけますね?」


アダドはゆっくりと視線を上げてくる。


アダド、てめえはどんな顔をする?一度だけ猶予を与えてやる。心から反省する顔を見せるならあとはこの脅しだけで終わりにしてやるぞ。


「…はい…守ります」


目が合ったが、その目からは反省の色などちっとも見えない。ただ憎々しい感情が溢れ、今からでも殺してやると言わんばかりに睨みつけている。


これは約束事など守る目じゃねえ。きっと俺らがこの国から去ったら同じことを繰り返す。


脅しで素直に反省し引くならまだ見逃してやろうと思ったがしょうがねえな。


こいつらはどうやら知らねえようだが、ハロワにも規約がある。

その規約の最初の辺りにあるんだよ。


嘘および故意的に命を落とさせる悪質な依頼だとハロワが判断した場合、ハロワが介入し公安局に報告するって決まりがな。


そもそもハロワの女もこの依頼は嘘の依頼じゃないかと感じていた。だがそれを知った上で俺らが受けたから見逃した。

そんな実際に赴いた俺らが故意的に命を落とさせる村だったと報告を一つしてみろ、この村に公安局が押し寄せて終わりだ。


まあそれでいいだろ、若い女の命を使って守られるような偽りの平和なんて崩れてしまえ。


しかし俺が毒を盛ったこともこいつらは公安局の奴らに話すだろうな、そこは大丈夫だろうか…。…大丈夫だな、どんなに喚こうが村ぐるみで嘘をついて勇者一行を殺そうとした奴らというレッテルは中々剥がせまい。


それに俺はアダドの命を救った。


その事実があるだけで毒で殺そうとしてきた相手の命を救った心優しい勇者の図が出来上がる。


あんなに守りたがってた先祖代々の村なのに、反省の顔を見せなかったってだけで終わりに向かってるとはアダドも思っていねえだろ。ご愁傷様だ。


ゲラゲラ指をさして笑いたいのを必死にこらえ、


「では、何のお役にも立てず申し訳ありませんでした」


と深々と頭を下げて具合の戻ったエリー、アレン、それにガウリスを引き連れて村の入口を抜ける。


ったく、この村の入口を抜けるのにどれくらい時間がかかったことか。


それにしてもラグナスから手に入れた魔界の薬草の効果はすさまじかった。

口の中に粉末をサラサラ入れた瞬間、もう死んだと思っていたアダドがのどの奥につっかえていたゲロを吐き出して、


「不味い!」


って喚きながら起き上がって元気にのたうち回ってたからな。


あんなに効くんだったらもっと少なく口に入れるんだった。あと十年生きるかも分かんねえ、それも俺らを殺そうとしてたクソジジイのために貴重な薬をあんなに…。


ついでに俺も指についた粉末を舐めると確かに吐き戻しそうなほど不味かった。だがあのだるさが嘘のように消え失せた。


だからエリーにも粉末に指を突っ込ませて舐めさせ、その足でアレンの部屋に向かった。

薬を飲ませたとかアルシーが言っていたから、もしかしたらもう死んでいるかもしれねえと思ったが…。


アレンはベッドでゲラゲラと笑いながら空中を指さし、


「おじさん!ちっちゃいおじさんがたくさん飛んでる!」


…一体何の薬を飲まされたのやら、幻覚症状を見てハイになっていた。あまりに愉快そうだから放っておこうかと思った。


だがこんな形で魔界の薬を使うなんてな。なんなら体が半分吹き飛ぶぐらいの大惨事の時に使おうと思っていたのに…。まあ、持ってるなら活用しないと意味がないしな…。だが勿体ねえ使い方したもんだ…。


「勇者御一行様!」


村からだいぶ離れた時、セージというガキが玉の小脇を抱えて走ってきた。だが玉の胴体は長く伸びて、足のつま先が地面について引きずられている。


「今日もゴブリンやっつけに行くのか?」


…ああ、村長一家以外は俺らが今日限りで去るってまだ知らねえのか。


この村は潰すつもりだが、そうか、こういう何も分かってねえガキもいるんだな。大人はどうだっていいが、何にも分かってねえガキ共も公安局に捕まるのは…。


黙り込む俺をセージは真っすぐな目で見上げてくる。


ガキはうるさくて嫌いだが、ここまで真っすぐの目をしたガキに悪事に加担させた過去は背負わせたくねえな。

…アダド共。最後の猶予をくれてやる、これでお前らがその村を捨てねえってなら俺らはもう知らねえ。その大事な村もろとも死んでしまえ。


「実は我々は守り神を見つけていたのです」


「えっ」


セージどころか、エリー、アレン、ガウリスの驚いた声が重なる。


「ここだけの話ですが、ガウリスは元神官で神からの信託を受ける仕事をしていました。そしてエリーはそれは神聖な体でして、その身に神が宿り神の言葉を人々に直接告げたこともあります」


「ちょ、ちょ、ちょっと…!」


エリーが慌てた声を出しているが、俺は気にせず話を続ける。


「ガウリスが神官として守り神を呼び出しエリーの体に守り神が宿りました。そして守り神は言うのです。『私は大昔、この村人によって殺され神として祀り上げられたただの女。それが分かったからにはもう村を守ることはできない』と」


「えっ」


ここはセージの声だけが出る。


「彼女は大変怒り嘆いておられ、この村の者たちを一度酷く苦しめてみせよ、さもなくばすぐにでもこの村人全員の命を取るとおっしゃられました」


「えっ、えっ、えっ」


セージは混乱と恐怖の顔になるが、俺は続ける。


「なので私はこの村に苦しみを与えなければなりません。さもなくば村人全員の命が取られるのですから」


「…どういうこと?苦しめるって?何するの?」


セージはまだ混乱の顔で目を激しく瞬かせている。


「そうですね…いずれこの村に公安局が来るようにします。まず何かしら公安局に何か疑われたというだけで十分に村の方々も気持ちが苦しむでしょうから。大丈夫ですよ、何もやましいことがなければそれ以上何もありません」


実際やましいことだらけだがな。


俺はしゃがんでセージと目を合わせる。


「ですからセージ。今から戻って村の者たちに話を伝えなさい。私は村人の命を助けるためにあえて苦しみを…数日後に公安局がここに来るようにします。そして守り神は村を守る存在から苦しめる存在に切り替わった、その村から逃げないとこれからも厄災が続くと。できれば公安局が来る前に村から逃げなさいと」


「…なんで?悪いことしてないなら公安局が来たって…」


俺はもったいぶって、話してはならないが仕方ないから口を割るという演技をしてみせる。


「ガウリスが信仰していた神から今朝信託がありました。神々内の決まり事なので本当は黙っていろと言われていたのですが…。その数日で守り神が完全な祟り神になって村を祟るであろう、それは人を殺し神に祀り上げ自分たちのみの安寧(あんねい)を得ようとした天罰であると」


「え…あの…」


ガウリスから困惑の声が出ているが、無視する。


「そういうことです。伝えられますね?」


セージは真っすぐ俺を見上げてウンウンと頷いている。玉は…どこかおかしそうに口元からプスプス息を漏らして笑いを噛みしめているように見える。


「どうかお元気で。あなたの無事を祈っています」


わずかに本音を入れ混ぜながら手を差し出すとセージは、


「任せろ!村の皆は俺が守る!」


と子供にしては力強い手で俺の手を握り返した。


さあて、このセージの言葉にどれだけの大人が耳を傾けるやら。ただこの真っすぐな正義感あふれる子供の言葉でも動かないようなら、村人の運命もそれまでってことだ。


俺は玉に視線を向け、前足を取って軽く揺らす。猫の足の裏の肉球ってのは案外と触り心地がいいな。


「あなたは今の飼い主をしっかり守ってくださいね」


「なーん」


玉は義理堅い猫だ、自分を助けるためゴブリン相手に立ち向かったセージのことはしっかり守るだろう。


しかしやっぱ人の前じゃ喋らねえか。


立ち上がって後ろを振り向くと、全員が驚いた顔つきで俺を見ている。


「…なにか?」

「あ、いや…」


アレンが動揺しながら続ける。


「サードがネッコに普通に話しかけたからびっくりして…」


「この猫は人の言葉が分かりますから」

「ぅなーん!」


玉が恨みがましそうに俺を見上げながらしっぽを地面にビシビシと叩きつけている。


言うなってか、悪かったよ。


セージはネッコの足を引きずりながら村に戻っていき、俺らはその場を後にした。


村からどんどん離れ斜面を下っていると、エリーが重々しくハァ、とため息をつく。


「けど…最後の最後にあんな嘘つかなくたってよかったじゃない。セージ完全に信じてたわよ?子供を使ってまでしてあの村の人たちに腹いせでもしたかったの?」


「いいんだよあれで」


「あんなに何もできなかった私たちに文句一つ言わないで良くしてくれたのに…!」


エリーの非難がましい一言に驚いて振り返った。


こいつ朝の出来事を見てて何も気づいてねえのか?


あのアロナって婆が「私たちのには入れてない」って毒薬を俺らに盛ってたのをバラすようなこと言ってたろ?


…まさか間違ってスープの中に毒が入ってしまったようでと俺が言ったのを真に受けているのか?本気か?嘘だろ?あれだけのことを見てりゃおかしいのに気づくもんだろ?


するとアレンも、だよなぁ、と頷く。


「そりゃサードはさっさと村から出たかったんだろうけど、ちょっと今回のは無理やりすぎじゃね?確かに守り神も見つかんねぇしゴブリンもどこまでも出てきたから面倒臭かったんだろうけどさ…」


アレン…お前、本気で言ってるのか?俺を睨みつけている憎々し気なアダドの顔を見て何も思わなかったのか?お前も割と人の悪意を見抜けるだろ?


「確かにあの村から他の場所に移住した方が彼らのためになるかもしれません。しかし信仰心を利用し神の名を使い恐怖で人を動かそうとするなど感心できませんよ」


ガウリスはそう言いながらわずかに面白くなさそうな顔をして(いさ)めてくる。


「二人の言うとおりよ、いくら嫌だったからって今回の終わらせ方はあんまりだわ」


「それにどうしてサイン書かせてまで依頼出させないようにしたんだよ?あんなことされたら本当に村人困るぜ?このまま放っておいて大丈夫?」


「せめて今から村に戻って先ほどサードさんがおっしゃったのは間違いだと伝えることはできませんか?」


エリー、アレン、ガウリスの三人がそうだそうだと結託してかかってくる。


だが俺は三人の発言の数々に心からゾッとして鳥肌が止まらない。


「…てめえら、正気か?」


ガウリスは別として、俺が居なかったらこいつら、あの村で素直に毒を喰らい続けて、グランの言っていた通り死んでいたんじゃねえか?


「いいかあの村はなあ…」


こいつらを正気に戻そうとあの村のことを説明しようとした。


…だがどこから話す?玉のことも説明しねえといけねえから佐渡にいた時の話から始まって、人柱の民族思想の説明、ヤザリクの毒の説明に村の奴らの目的に…。


口をつぐんだ。


説明が面倒臭い。


それにわざと致死量の毒をスープの中に入れたなんて話、道徳観念と倫理観念の強いエリーとガウリスが騒ぎ出して面倒臭そうだ。

しかもガウリスに毒は通じねえからと普通に致死量の毒を飲ませたから、きっと余計にエリーがうるさくなる。


ふっ、とため息をついて斜面の先に視線を戻して進む。


「気楽でいいよなあ、てめえらは。あーあ、俺もたまには馬鹿になりてえ」


「なによそれ、どういう意味よ」


エリーがムッとした口調で突っかかってくる。


「言葉通りだろ」


頭に血が上った顔つきでエリーが杖を振り回すと、アレンとガウリスが落ち着けとエリーの肩を掴んで杖を他の方向へと動かし押さえ込む。


そんな三人を横目で見てから視線を前に向けて歩き続ける。


こいつらは本当に気楽だよなあ、あんなに俺らを殺そうとしてきた奴らを信じてまだ助けたがってんだもんなあ。

説明が面倒だから言わないが、あいつらが俺らを殺そうとしてたと知ったらどんな反応するのやら。


俺だったら激怒するが、こいつらはショックを受けてしばらく落ち込むんだろうな、無駄に人が良いからな。


「ほんっと、あなたって性格悪い、最低」


エリーがぶつぶつ文句を言っているのが聞こえる。


性格が悪いのは自覚してるよ。

だが俺だって少しは性格の改善を試みたんだ。


アレンの故郷で全員が俺に人生を預けると言って、食いたいもがのあるかと言われて餅と呟いたら餅らしき謎の食い物を作ってきた。


馬鹿だこいつら、と呆れたが嬉しかったのは事実だ。

性格の悪い俺に人生を預け、食いたいもんをわざわざ作り出したこいつらの行為が。


だから餅らしき謎の食い物を食ってる時に思ったんだ。

今まで人をろくに信用しないで攻撃的だった分、こいつらを通じて人をもっと信用して優しくしてやってもいいのかもしれない、なるべく表向きの用の勇者像に近づく努力でもしてみるかと。


そう思った矢先にこの村だ。見事に出鼻をくじかれた。


だが今痛烈に思った。

俺までこいつらみてえになったら、悪意にさらされた時まとまって全員死ぬ。


まあ、どうせこの性格も表向きの勇者像にいくら近づけようが直る訳もない。


性格が悪いといくら言われ続けようがこれが俺だ。やりたいことはやるし、やりたくねえならやらない。

三人になんと言われようとも俺は自分の赴くままに行動してどんな手段を使ってでも自分の命と共にこいつらも守ってやる。


…だが、こいつらみたいに素直に人をすぐ信用できる性格だったら、俺だってもっと違う人生が歩めたんだろうな。

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