朝食のできごと
「…うう…」
唸りながら頑張って起き上がった。体が重い。胃が重い、昨日の宴会で胃が重いのに食べ過ぎた?お酒も結構飲んじゃったし…。もしかしてアレンがよくなる二日酔いってこんな感じなのかしら…。
昨日は村の皆がお別れの宴会を催してくれて、アレンも宴会だからってはしゃいでいたんだけど、一番楽しみにして一番はしゃいでいたアレンは途中で体調が優れないからって抜けたのよね。
楽しいことが大好きなアレンが宴会を途中で抜けるなんてよっぽどだわと心配になって、アレンを支えながら部屋まで送った。その途中で大丈夫?と聞くと、
「なんあ…すっげぇ腹あ重いし気持い悪い…手…、手、手もあんま動ああくて…」
アレンはいつもどんなに酔っていてもペラペラと活舌よく話すのに、昨日は聞き取れないぐらい言葉も突っかかるし舌がもつれるような口調で真っすぐ歩けなくて…。
飲みすぎだわ、ヤバいと思って、アロナに酔ってる人に効くような薬を持っていないか聞いてみた。毒消しは持ってるけど、毒消しじゃ二日酔いは治らないもの。
するとこれをどうぞと薬を用意されたものをアレンに飲ませて、横になったアレンを見届けてから私も寝ようかしらと思ってそのまま床についたけど…。
ベッドから起き上がるとスゥ、と頭から血の気が引いてわずかに体がグラッと揺れる。
ああ、二日酔いって辛い…。お酒の飲みすぎには注意しなきゃ。
のたのたと着替えて外に出ると、ガウリスにばったり会った。
「おはようございます、エリーさん」
「お、おあよ…おはよう」
舌がもつれて朝の挨拶が上手く言えなくて言い直した。ガウリスはどこか心配そうに私を見てくる。
「大丈夫ですか?顔が青いですが…」
「二日酔いらと思う…」
あれ?何だか口が回らない…。おかしいわ。
「瞳孔も少し開いているように見えますが」
「最近目のピントあブレるしぇいかしら…」
そう言っている今も目の調子が悪くて思わず擦る。
「…最近皆さん体調が優れませんね、何かあったのでしょうか…」
「…」
そう言われれば最近サードも木の根っこに良くつまづいたりしてるわね、あんなに身軽に色んなところを通り抜けるようなサードが根っこに何度もつまづいてるわ、ププー!って後ろでこっそり笑っていたけれど…あれって体調悪かったってこと?
「ガウリスは?体は大丈夫?」
見上げながら聞いてみるとガウリスは心配そうに私を見て、
「私は大丈夫です、どこも悪くはありません。アレンさんが今の所一番体調が悪そうですよね、昨日も宴会の途中で抜けてしまいましたし…」
そうなのよと頷きながら外に出て顔を洗おうとすると、サードがもう雨水の溜まった桶で顔を洗い終わっていた所だった。
サードは私とガウリスの顔をチラチラと見てから、
「具合どうだ」
と聞いてくる。
何だかんだでサードも皆の体調が悪いのに気づいているのねと思いつつ、
「悪い…二日酔いにもなっれるみらいで…」
と言いながら調子の悪い目を擦る。
「…視覚障害、舌のもつれ…」
サードはボソリとそんなことを言っている。目をシパシパさせながら、
「サードは大丈夫?」
と聞く。
「だるい」
…見た感じいつもと同じだけどね…でもこいつ、だるいって言ってるわりに…。
「昨日の夜、家の外れ女の人と話しれらわね?うるさかった」
具合の悪さとお酒が入っていたのが相まって床についたらすぐ眠っちゃったのよね。
でもボソボソとサードの声が聞こえてふっと目が覚めて、よく聞いてみたら女の人の声も聞こえてきて。
何を私の部屋のすぐそばで女の人と密会してんのよ私は具合が悪いのに、と思いながら体調の悪さを抱えて眠りにつこうとしたら、二人は余計仲良さげに延々と楽しそうに話していて、うるさいなぁとイライラしていた。
私の言葉にサードは少し真顔になってからかすかに笑う。
「話の内容聞こえたか?」
誰がそんなものに聞き耳を立てるもんですか。
ふん、とそっぽ向くとサードはだるいと言うわりに楽しそうに笑って、
「聞こえてた方がきっと楽しかったぜ」
と言いながら私の肩をポンポン叩くと立ち去っていく。
何?何かイラッとするぅ。
「…はあ」
ともかく私もガウリスも顔を洗い、タオルで顔を拭いていると村長の息子の奥さん、アルシーが玄関から顔を出す。
「朝食の準備ができておりますよ、昨日の宴会の後ですから今朝は軽いものにしておきました」
「…」
正直、体調が悪すぎて軽いものでも食べたくないのよね…。
でも今日で立ち去るからこれで最後の朝食だし、気を使って軽いものにしてくれたんだし、山道を歩くからちゃんと食べた方がいいし…。
のろのろと食卓につくと、いつも通りアダド一家と私たちの顔ぶれが揃って…あら?アレンの姿が見えないわ。
「アレンは?」
「先ほど起こしに行ったのですが具合が悪いとまだ寝ていましたよ。きっと二日酔いでしょうから、お薬を飲んでいただきました」
アルシーが簡潔に答えてくれる。
「…」
何だか申し訳ないわ。
守り神は見つからない、ゴブリンはいくら倒してもどこまでも出てくる、それなのに私たちはこんなに至れり尽くせりで恨み言も言わないで宴会すら催してくれる村人を置いて去っていく…。
サードはグランの死ぬって言葉が気になってとにかく早く去ろうとしているけれど、こんなにいい人たちを見捨てて行くなんて後味が悪いわ。
もう少しここにいれるようにサードを説得しようかしら。ああそれにしても胃が重い。でもスープくらいなら食べられるかも…。
スープの器を手に持とうとすると、ぬっとテーブルの下から灰色の何かが出てきて私の膝に飛び乗ると、テーブルの上に素早く移動する。
驚いているうちにテーブルの下から出てきたものはジャンプをしながらスープの入っている器をひっくり返して、ビューッと素早く家の外に向かって逃げだしていった。
っていうかほんの一瞬のことで今のが何だったのかハッキリ見えなかったけど、今のってネッコじゃないの…?ああ驚いた…!
ドキドキと大きく鳴る心臓を抱えて、でも具合が悪いから叫び声もでないまま無言で固まっている内にも、
「こらー!」
とアダドがネッコに向かって怒鳴って、アロナとアルシーが慌ててひっくり返ったスープのの片づけに取りかかっている。
「ごめんなさいね、服大丈夫?濡れてない?」
「え、ええ」
まだ驚きで心臓がドキドキとしながらも頷いた。
「今新しいのをお持ちしますので」
アルシーは足早に調理場に駆けていって、アダドはブツブツと、
「セージの猫だな?まったく、しつけが全くなってない…いや猫にしつけは無理か。まず、食事をどうぞ」
「…」
本当はスープだけでごちそう様にしようと思っていたんだけど…。今はサラダも薄焼きのパンもちょっと食べたくないわ。スープがくるのを待とう。
そう思って皆の食べる姿を見ている。
ガウリスは薄焼きのパンを食べてスープを飲んでいるけれど、サードはスプーンを手に持っているのに何にも手をつけていない。ただ指先でスプーンをもてあそんでいる。
思った以上にサードの具合は悪くて食欲がないのかも。
そうしているうちにまだネッコのことで苛立たしそうに文句を言いながらアダドはスープに口をつけて、ズズズ、とすすった。
「ブッ、ウッ」
急にアダドが口からスープを吐き出して、床に倒れ込んだ。
「えっ!?」
私とガウリスは驚き慌てて立ち上がってアダドに駆け寄ると、その瞳孔は見開いていて、それも手足が痙攣し始めていて顔色がどんどん青ざめていっている。
「どうしたの!?」
いきなりのことに思わず叫びながら振り向くと、アダモが、
「ヤザリク…!」
と顔を青ざめさせて、バッとアロナに視線を向けた。アロナは青い顔をして、
「まさか!まさか入れるわけないじゃない!私たちのには入れてない!」
と首をブンブンと横に振っている。
アダモは調理場から私の新しいスープを恭しく持ってきたアルシーに向かって、早口でまくし立てた。
「おいアルシー!ヤザリクの解毒薬…!」
「解毒薬?ではアダドさんは今、毒でも喰らったのですか?」
サードがよく通る声が響き渡る。
それまで慌てふためていていたアダド一家は一斉に静かになって、混乱と恐れとパニックの入り混じった顔でサードを見た。
「そのヤザリクとはどのようなものです?その解毒薬とは一体どのような効果があるのです?ここでぜひ説明してもらいたいものですね」
アロナ、アダモ、アルシー、アダプは全員が困惑したような焦った顔でサードを見て、全員で視線を合わせてアイコンタクトをしている。
でも全員混乱しているから、てんでバラバラの顔つき。
でもそんなことより…!
「早くどうにかしないと!このままじゃアダドが…!」
アダドの体からは力が抜け始めていて、目から光が消えつつある。
「横にしてください!嘔吐物が喉につっかえます!解毒薬があるのなら早くそれを!」
ガウリスはそう指示を出しながらも自らアダドを横にして顔を下に向けさせた。
「…この顔色、瞳孔の開き具合…ここまできたら、もう…」
アダモは青い顔のままその場にへなへなとへたり込んで、ああー、とアロナがアダドの上に泣き崩れてすがりついた。
「そんな…!」
どうしてこんなことに…と私も体の力が抜けてその場にへたり込むと、隣にスッと人が立つ。
サードだ。
サードは冷たい目つきでアダドにすがりついて悲しんでいる一家を見下ろして、かすかに鼻で笑っている。
でもそんな表情はすぐ勇者の顔の下に隠した。
「私たちは良いものを持っています。どんなに死にかけた人でもたちどころに復活するという薬草です。分けてあげましょう」
「本当ですか!」
アロナはパッと顔を上げた。
何でも治す…?何それそんな都合のいい物、持ってるわけないじゃない。
…ん?あ、そうだ!そういえばラグナスからどんな病気でも治すって逸話のある魔界の薬草を一束手に入れて、飲みやすいように粉末状にして持ち歩いていたわ!
「サード、早くそえを…!」
口が回らない中でも私が慌ててサードに声をかけるけど、サードは皆が慌てているというのに一人落ち着いた姿勢で立っていて、ゆっくりと口を開く。
「その代わり、我々は本日をもってこの村を立ち去ります。そしてあなた方も本日中にハロワから依頼を撤回し、同じような依頼を二度と出さないと誓ってください。誓うというのならここにサインを」
サードがポケットから折りたたまれた紙とペンを差し出すと、アロナはバッと紙とペンをひったくってテーブルの上で名前を即座に書こうとする。
するとアダモがアロナの書こうとする手首を力任せに引っつかむと上にあげて、
「おい母さん!」
と引き留めた。アロナは怒りの形相で、
「父さんが死んでもいいの!?」
とアダモに怒鳴るとアダモは、
「この村がどうなってもいいのか!」
と怒鳴り返す。
「どの命を優先させるかで悩みますか?」
アロナとアダモの目がサードに移る。
「アダドさんに村人は助けたい、でも村の外で暮らす者たちはどうだっていい。随分と身勝手な考えだと私は思いますが、あなた方はどうお考えですか?住む場所が違うだけでどの命も同じものだと私は思いますがね…」
「何を訳の分からないことペラペラ喋っえんの!いいからそえ…薬!」
アダドの命の灯が少なくなっているのに、何をヘラヘラ笑ってんのよこいつ!
とにかく薬を寄こしてと手を大きく動かすけど、サードは裏の表情を一瞬チラつかせて私を睨む。
「いいえ、先にここにサインを!早く!これ以上時間がたったらこの薬をもってしても治りません!」
テーブルの上の紙をバンッと叩き強く言うと、アロナはアダモから腕を振り抜いて、テーブルに跡が残るんじゃないかってくらいの筆圧の強さで「アロナ」と名前を書いた。
サードはそれを確認すると微笑みながら紙をピッと引っ張っると、手早く折りたたんでポケットに入れて、そのまま薬袋を取り出してアダドの口の中に粉末をサラサラと入れた。




