キィィヤァァァ!シャベェッタァアァアァァァ!(サード目線)
アダドの家の外で黙って星空をみている。とっくに皆は寝ているが、何かイライラして眠れねえ。
今日でこの村に引き止められて一週間たつ。本当は三日前にあれこれ言葉を並べて村から立ち去るつもりだった。
だがエリー、アレン、ガウリスの三人組が村人に助けを求められているのにと結託して全くいい顔をしない。いやアレンはエリーとガウリスの後ろで「そうだそうだ」ぐらいしか言ってねえが。
勇者である手前、仲間の意見を真っ向から却下して「勇者ってあんなに人当たりのいい顔をしているけど仲間の意見は全然聞かないワンマンな人なんだな」と思われるのは都合が悪い。
だからもう三日だけと条件をつけて、その三日目の今日、村から去ろうとした。
するとアダドが夜に村人たちがお別れの宴会を催すからもう一晩だけ居てくれと言われ…宴会となるとアレンが乗り気で、アレンにつられてエリーとガウリスもせっかくだからと結託して村から去るのがまた一日伸びた。
ああイライラする、ハロワの女がこの依頼はよした方がいいと止めたのを無理やり受けたが、この依頼は失敗だった。
ゴブリンの討伐は楽で、それもその裏に盗賊がいたらそいつらをぶっ潰して名声を上げてやろうと思ったらこんなに七面倒くせえ話が潜んでいるとは思わなかった。
それもダラダラと村に長居させられる。クソが、何にも面白くねえ。
それに連日手入れのされていない山の中を朝から晩まで歩いて疲れがたまってきているせいか体がだるい。胃が重い。それが余計にイライラする。
「…ん?」
イライラしながらもふと気づいた。
思えばアレンも最近具合が悪そうにしていた。時折辛そうに腹を押さえて気持ち悪い体がだるいと言っていて、ゴブリン討伐の途中でこれ以上は無理だと村に戻ることもあった。それに足がもつれて何度か転んでいた。
体力ねえなこいつ、と思っていたが…エリーも最近具合悪くねえか?
「ここの料理が美味しすぎて最近食べ過ぎたわ…胃が重い…何だか足も上がらなくなってきて…」
とガウリスに言っていて、
「太って体が重くなったな」
と後ろでボソッと呟くと即座にキレてきたが、エリーは見る限り太ってはいない。ただ前よりすぐに息が切れて、目をしきりにこすっている。
「ゴミでも入ったか?」
と聞くと、
「何だか…ピントがブレるの…」
とまた目をこすっていた。こんな自然しかねえ状況で急に目が悪くなるなんてことあるはずもない。おかしいとは思ったが、俺も最近は胃が重くて体はだるく、前より体の動きが鈍くなっていてそれ以上は何も考えずにいた。
今日だって山の中を歩いていて何度足が上がりきらず木の根につまづいたことか。
…まさか毒か?
内臓機能の低下、筋力の低下…とくれば体の機能が麻痺する毒の可能性が高く、内臓にも異変が起きているから口から入った可能性も高い。いつ、どうやって?
…そう言われればこの山にはこの辺にしか生えていない植物が随分ある。その中に毒のある植物が紛れ込んで料理に出された?
だが同じ飯を食ってるアダド一家にガウリスはピンピンしてやがんだよな。
…この山に住んでる村人にはその毒の抗体ができているが、よそから来た俺らにはその抗体がなくて、毒を喰らった状態…?だがガウリスはピンピンしてやがんだよな。
だとすると何だ?この俺らの具合の悪さは…。
「なーん」
視線を動かすと、光る目が二つ暗闇に浮いている。正体は鳴き声とこの光る目で分かる。
ネッコとかいう鬱陶しい猫だ。
ネッコはトトト、と歩いて俺と同じ方向を向いて座り込んだ。
「…」
なんでこいつはこんなに俺に懐いてやがんだ?ちっとも可愛がってやしねえのに。変な猫だな。
「喜一」
女の声が聞こえ、素早く頭を動かした。
誰だ?佐渡で呼ばれていた俺の名前を呼んだ奴は?…それとも気のせいか?
「喜一」
いや気のせいじゃねえ、それも近い。
立ち膝になり聖剣を…しまった、部屋に置いてきた。まず武器をと地面にしゃがみ込んで石を掴む。
「誰だ」
小さくドスの効かせた声で言うと、クックッと近くで喉を鳴らす声が聞こえて、
「私で御座いますよ、喜一」
と声が聞こえた。
声のする方を見ると、ネッコが俺を見上げている。
「…」
まさか猫が喋ったなんてこと、あるわけ…。
ネッコはクックッと喉を鳴らして笑うように体を揺らした。
「鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で御座いますね」
…喋ってやがる。
まさかモンスターか?殴り殺すか?だが何でこいつは俺の名前を知ってる?何者だ?化け物か?それとも佐渡と違ってこっちの世界はただの動物が話すことも起こりえるのか?
…少し様子を見てみよう、モンスターで襲ってきたらすぐこの石でぶん殴ればいいし、話かけてきたということは知能が高い証拠でもある。
上手くいきゃあ話し合いで終わらせられる。
「てめえ、何で俺の…」
「何でサードではなく喜一の名で呼ぶのだと思ったでしょう」
考えを先に言われて、まさかこいつ、と思うと、
「今、まさかこいつは妖怪サトリではないかと思ったでしょう」
妖怪サトリ…次々と人間の考えを読みあてていく妖怪。しかしそのようなモンスターはこちらの世界にいない…はず。
するとネッコは俺を見上げた。
「私は佐渡であなたによくご飯を頂いていた三毛猫の玉で御座います、覚えておいででしょうか」
「…玉…?」
寺によく来ていた猫に食い物を与えていたのは確かだ。その目が宝珠のように綺麗だということで住職がその猫に玉と名付けていたのも…。
「…その佐渡の猫が、何だって?」
「まず手にお持ちのその石を捨ててください、いつそれを投げられるかと思うと気が気では御座いません故」
「…」
チラと手に持っている石を見て、一応素早く持てる範囲内に捨てた。
「で、何だって?お前が三毛猫の玉?」
座り直してネッコに目を向けると、ネッコも俺に向き直って見上げる。
「はい、喜一が寺男として働いている時、毎日食べ物を分け与えていただいていた玉で御座います。
あの節は大変嬉しゅう御座いました、身重の時でありましたし、子を産むには力をつけなければいけませんでしたから」
その玉は確かに孕み腹で、ほどなく五匹のガキを産んでいた。
だが…。
「なんで…その佐渡にいた猫がここにいるんだよ」
クックッとネッコ…、玉が笑う。
「お世話になった喜一に恩返しがしたくてこちらに生まれ変わった次第で御座います。喜一はこちらに移動したようなので私もこちらのこの村に生まれ落ちました」
「生まれ変わり…?本当にあるのか、輪廻転生、六道ってのは」
「さあて、人はどうだか分かりません、信じるかどうかは喜一の勝手で御座いますよ。ただ四つ足の身は生まれ変わるのは早く、様々な世に生まれやすう御座いますね」
生まれ変わりはあるって言ってるようなもんじゃねえか。
一瞬黙ると玉は俺を見上げる。
「さてと、まだ半信半疑では御座いましょうが、それなりに信じていただけたのなら本題に入ってもよろしゅう御座いますか?」
「…ああ」
確かにまだ半信半疑だが、とりあえず頷いておく。
ここは佐渡と違って信じがたいことが次々に起きるものだから、これくらいで一々突っかかり続けることもねえ。佐渡だったら化け猫だと大騒ぎになる所だが。
「早くこの村をお出になってください、私が言いたいのはそれだけです」
玉の言葉にウンザリとした口調で頭をかく。
「俺だってとっとと出てえよ。だがあいつらがゴブリンがまだ現れるだの何だの…」
「ご自分たちの体調が悪くなっているのに気づいておいででしょう」
玉に視線をずらすと、真面目な顔つきで玉は見上げている。
「食べ物に毒を盛られています。ほんの少しずつ、少しずつ、体の機能が麻痺していく毒を」
目を見開いて玉を見る。
まさか知らずのうちにじゃなくて、故意的に毒を盛られていた…?
そういやこの前、エリーが手渡したおやつをセージの手から玉が叩き落としていた。こいつはそのことを知っていたのか?
「ゴブリン討伐中に食えと渡されていた食べ物にも毒が入っていた、だからセージが食う前にお前は叩き落としたのか」
玉は頷き続ける。
「あなた方は最初から騙されています、この村でゴブリンの被害など一切ありません。この山は元々ゴブリンの巣もあり、ゴブリンが多くいるところです。
この村の男のほとんどは動物の狩りが出来ますから、ゴブリン程度追い返すなど容易いものです。ここの村人らは嘘をついていると、全身に鎧をまとったあの方は気づいておいででしたよ」
…グランがどこか楽しそうにしてやがると思っていたが、自分たちが村人に騙されてると知っていたからか。
玉は畳みかけるように続ける。
「それでもなぜこの村人たちは力のない者のように振る舞ってあなた方を呼んだとお思いですか」
考えを口にする前に玉が答えを言った。
「狙いはあのエリーという女魔導士です」
「…なんで」
勇者を殺して何かしらの報酬を受けとる悪事に村の奴らが加担している、と思っていたら、全く予想していなかったエリーの名前が出てきて聞き返す。
玉はクックッと喉を鳴らして体を揺らした。
「住職様と対等にお話なさっていた喜一なのですから、そのような話にも精通しておられるでしょう」
玉はニヤニヤと下から俺の顔を覗き込み、
「人柱です」
その一言で、村の守り神の正体が分かった。
「…元々人間だったのか?守り神は。それも魔法の力のある女…」
例えば橋を架ける。
その橋が壊れぬように人は祈願する。その時に人を一緒に埋める。人の命をもって完成させた橋なのだからそうすれば壊れないとされている。
それも呪術の力が強い女や純潔の清らかな女を人柱とするとその守りは一層強固なものになると…。
「ええ、いつの時代の女か分かりませんが、元々川にいた守り神はこの村人によって殺され、祀り上げられ、守り神としてこの土地に縛り付けられた女で御座いましょう。
私が案内したあの石碑もそれを表わすもので御座いましたが、あれほどに文字が削れるほど時がたち、女はゆるゆると自分が守り神などではなく村人に殺されたただの女だと気づいた。だからそのまま成仏でもなさったのでは?」
オレンジ色の目を光らせ玉は続ける。
「土地に縛り付けていた女が消えたと村の者たちは気づいた。だから魔力の強いと噂の勇者御一行のエリーをこの地に呼び寄せ、いつまでもここにいるようにしむけ、少しずつ毒を盛り動けなるのを待って、新たな村の守り神に迎えようとしている。
邪魔なあなたたちもそのまま毒で弱らせ殺し、後はこのような人里から離れた山奥です。村人ぐるみで死体を隠すなど簡単で御座いましょう」
玉はそこで区切りわずかに口元はニヤニヤと、でも目は真剣なものにして、
「それでもガウリスにその毒は通じておられないらしい。一人あのように何ともない顔をしておられるので村長たちも裏で焦っておいでです。
それに勇者のあなたがことあるごとにこの村を去ろうとしているから毒を盛る量も昨日今日で一気に増えました、今夜の宴会を含め一気に畳みかけ殺そうとしています」
「…なるほど?」
村人ぐるみで俺らを殺そうとしていたってことか。…宴会をやった後だから村人の大半は酔っぱらっている。具合は悪いが、この闇夜に乗じればこの村人全員殺せるな。ぶっ殺そうか。
いや、依頼を受けた村で大量の死人が出たら俺らが疑われるな。やめよう。
だがどうやらガウリスに毒は効いていないらしい。神に近い龍になったからか?
つーかエリーは神と精霊と魔族の血が流れてるんじゃねえのかよ、何を普通に毒を喰らってんだ、馬鹿か。
「ただ村人もわずかに本当のことも言っておりますよ。ゴブリンめらが村の中まで入ってくることなど今までなかった。これだけは本当です」
どうでもいい玉の補足を聞きながら、ふと思った。
「お前の飼い主のセージは毒で俺らを殺そうとしてんのは知ってんのか?」
「ご両親は知っておられますね、あの顔を見る限り。セージは大人になるころに知ることとなるでしょう。真っすぐな性格なので人を殺して神に迎えるという村人たちの行為を受け入れるかどうかは計りかねますが」
玉はそう言いながら、
「ですから早めにこの村を出ることをお勧めします。このままでは明日明後日にでもあなた方は死ぬでしょう。今から闇夜に紛れて今すぐお出になりなさい」
確かにそれが一番だろう。だが、俺は腹が悪い。
「…ここまでコケにされて黙って去るなんて、胸くそ悪いな」
俺はニヤニヤしながら玉を見る。
「それならとことん後悔させてやりてえな、俺に牙を向いたら後がどうなるかってよ」
ほ、と玉はため息をついて笑う。
「喜一のそういう腹黒い所はお変わりませんね、住職様もその知と実力を使い悪いことをしていないか心配しておいででしたよ。私めは喜一のそんな自分に素直な所が我々に似ているので好感が持てますが」
住職との言葉にふと思ったことを聞いた。
「お前、俺が居なくなった後も佐渡にいたのか?」
「ええ、三味線になるまで」
三味線になったのか…。
「それなら住職はどうだ、つつがなく過ごしていたか」
「七十八の往生でした。喜一が去ってから二年目のことで、最後まで頭も足もしっかりとしていて、眠るうちに息を引き取ったようで御座います。
玉と名前もつけられたのでせめて最後に別れの挨拶でもと思いましたが、猫が死人の側に寄るのは憚れますし、徳の高い住職様でありました故、余計に近寄れず挨拶は諦めました」
「…そうか、死んだか」
そりゃ随分と長生きだったからな。だが実際に死んだと聞くと気分は沈む。
「ずっとあなたの無事を毎朝毎晩仏様に祈願なさっておいででしたよ」
「…そうか」
俺が佐渡から出ると言った時の少し寂し気に微笑んでいた顔が脳裏に浮かぶ。住職は去った俺のためなんかに祈っていたのか。とことん徳の高いことをするもんだな、あの野郎…。
「悲しゅう御座いますか、お泣きになりますか、私の毛皮をお貸しいたしましょうか」
「泣かねえよ」
気分は沈んでいるがろくな死に方しねえと思っていた八三郎だってあの世であんなに明るく過ごしていたんだ。住職はきっと極楽のいい所に往生したに違いねえ。だったらそこまで悲しむこともない、立派に人生を全うしたと送るべきだ。
そういえば団三郎は?…まあ、あんなに願い事をしっかりと叶える一言主がついているんだから、俺が去ってから一年後、苦しまずにぽっくりといけただろ。
そう思いながら軽くしっぽを揺らしながら見上げている玉に目を向けた。
「ついでだから言っておくが、恩を返すのは俺にじゃなくて住職にだぜ?俺がお前に飯をやってたのは住職にくれてやれと言いつけられたからだ。お前を哀れに思ってのことじゃねえ」
「存じております、それでも喜一は面倒くさがることなく毎日欠かさず食べ物を分け与えてくださいましたし、子が生まれてからもそれを続けてくださいました。その心意気が私は嬉しゅう御座いました。なのでその恩を返したいと世を超えてここに生まれ変わったので御座います」
「そうかよ」
玉の頭をボンボン叩く。
「もう少々優しく撫でては下さいませんか、できれば耳の横から首の下までを優しくかくように…」
「知るか」
そんな細かい頼み事をされると面倒くさい。
手を引っ込めると、玉はつまらなそうな恨めしい顔つきで俺を見上げる。
「ああつれない。私は一度だけでもあなたに可愛がっていただきたいだけなのに。佐渡でもあなたは飯を与えるばかりで一度も私を可愛がりはしなかった。…でもそのつれなさがが我々にはたまらなく心地いい」
「エリーもお前のことはそう思ってるだろうよ」
エリーは玉に素っ気ない態度を取られても「しょうがないわね」とどこか嬉しそうに笑っている。そういう性癖なのかもな、あいつ。
「…で、お前は随分とここの村について詳しいな?」
「そりゃそうで御座います、人は人の前で話さないことでも猫の前では普通に話しますし、猫というのは音もなく忍び寄って人の話を聞くのに長けているのですよ。八と三と六の組み合わさったどなたかと似たようなものです」
玉の言葉に思わず笑った。
「それなら俺らをコケにしたこの村の奴らを追い込みたい。恩を返したいならお前が知ってることを全部教えた上で協力しろ」
玉はニンマリ笑いながらしっぽを揺らす。
「はい、私が分かることならなんなりと」
「どこぞの八と三と六の組み合わさったどなたか」=サードに忍の術を教えた八三郎
うちの猫に腕にしがみつかれ猫キックを喰らい噛まれたので猫からDVを受けたと家族に伝えると、「噛まれて叫んでる時のお前は嬉しそうだ、そういうのが好きなんだろう」と鼻で笑われ終わりました。




