ゴブリンを倒すだけの簡単なお仕事です
私たちは次の依頼を受けるためにキューシロット国にたどり着いた。数日前の話し合いでサードが次はこれ、と言っていたゴブリン討伐の依頼をこなすため。
だからハロワに来て依頼を受けると申請しようとすると、受付のお姉さんが何とも言えない顔つきをしている。
「その依頼の件なんですが…。勇者御一行が受けずとも一般の冒険者でも大丈夫なほどの内容なんです、本当にお受けになられますか?」
そうよねぇ、ゴブリンの討伐だなんて駆け出しの冒険者でも受けるような内容だものねぇ。
多分アレンもサードも私と同じことを思っているでしょうけど、サードがやると言っているから止めることもないって思ってるのかも。
「それでも通りすがらにある村ですし、わざわざ私たちに依頼を出したのならゴブリンの他にひっ迫したできごとがあるのやもしれません。ですから受けようと思ったのですが」
サードの言葉に受付のお姉さんは、んー、と言いながら少し言いにくそうな顔をしてそっと顔を近づけて、
「あの実は…」
と小声で語りかけてくる。するとサードもキスするつもりかと思うほどグッと顔を近づけて、
「はい」
と甘い声で囁くと、お姉さんは顔を真っ赤にしてバッと後ろに飛びのいた。でもサードは手早くお姉さんの手を押さえつけて逃げられないようにすると、
「どうしました、お話をどうぞ」
と手をギュッと握っている…。…こんな所で何やっているの、この男。
冷たい目でサードを見ている中、お姉さんはアワアワと顔を真っ赤にしつつ、
「じ、実はその村の代表の方がここにいらっしゃったんですが、内容はその、他の冒険者でも大丈夫そうでしたので全冒険者向けに依頼なされては?と言ったんです、その方がゴブリンも早めに討伐できますからって…」
「それで?」
サードはお姉さんの手を掴んだまま先を促す。
お姉さんは見ているこっちが恥ずかしくなるほど顔を真っ赤にして、
「それでも勇者御一行じゃなきゃダメだと言って、そのまま去ってしまって…。もしかしたら、勇者御一行に会いたいがためにわざわざ指定しただけじゃないかとぉ…」
とまで言うと、お姉さんは顔を押さえてイヤイヤと体を揺らして、
「あの…手を、離してください…!」
と恥ずかしそうにしている。
「ああ、申し訳ありません。つい話を聞かねばと意気込んでしまって」
わざとらしい言い訳をしながらサードは手を離す。
「先ほども言いました通り、この村は依頼内容以外のことで困っている出来事があるのではと思ったのです。でなければ早く片付けて欲しいと全冒険者に向けて依頼を出しているはずですから」
「依頼内容…以外のこと?」
お姉さんはまだ顔を真っ赤にしてモジモジしながらも仕事を全うしようと受け答えすると、サードは頷く。
「以前砂の町で水を飲み尽くすモンスターの討伐を依頼されました。しかしそれ以上に困っていたのは近くに盗賊が居座っていたこと。あの村は盗賊によって搾取され続けてそれは苦しんでおられました」
どの口がほざいているんだか。深刻そうな声と表情で言っているけど、あなたそこの村のことは飯が不味いだのお金も少ないだの辺鄙なところだのって散々けなしてたわよね?
呆れている中でもサードはニッコリ表向きの優雅な微笑みを浮かべながら話を進める。
「ですから様子見がてらこの依頼を受けます。受付お願いできますか?」
「…は、はいぃ…」
お姉さんはもうポワワワンと恋に落ちたような表情で受付の処理をし始めた。
ああ、またサードの表向きの顔に騙された女の人が一人…。可哀想に、表向きの顔と態度で騙されて…。
受付のお姉さんに同情しながらハロワを出て、それから少し早めに宿に宿泊すると、いつも通り私の部屋で話し合いが始まる。
「ってサードああ言ってたけど、本当に盗賊とかいたりするのかなぁ」
アレンが一番初めにそれを話題にすると、サードは首を傾げる。
「さあなあ。ただそんなのがいて倒したなら俺らの名が上がるだろ。盗賊ごとき俺らで十分殺…倒せる」
今殺すって言おうとした、殺すって言おうとした、絶対殺すって言おうとしたこいつ。
サードは私の疑惑の目はスルーして目的の村を探す。アレンはここ、と即座に指を地図の上に置いた。
「明日にはたどり着きそうですね」
ガウリスも地図を覗き込みながら言うとアレンは頷きながら、
「だな。ただ結構山の中だからちょっと行くの大変かもしんねえけど」
山の中だから大変、との言葉に私はすぐ反応して早口で聞いてしまう。
「どれくらい大変なの、カームァービ山の山脈くらい?」
あのアップダウンの激しいガレ場を思い出して、嫌よ、あんな山登りはもう嫌と首を横に振る。
でも依頼を受けたんだから行かないといけないものね。もし目的地の村がカームァービ山の山脈くらいだとしたらかなり覚悟を決めてかからないといけないわ、本当にあのアップダウンの激しいガレ場は大変だったもの。
深刻な私の顔を見たアレンは軽く笑いながら、
「いやいや、あそこまでじゃないよ。この等高線の狭さを見る限りだと龍姿のガウリスと初めて会ったあの山くらいかな」
等高線…って、地図に書かれてあるぐにゃぐにゃの線のことだったはず。
広ければ広いほど緩やかで低い山、狭ければ狭いほど高く険しい山って簡単にアレンに教えてもらったっけ。それ以上は詳しく知らないけど。
でも龍姿のガウリスと初めて会ったあの山合の村も結構辛かったのよねぇ。カームァービの山脈くらいじゃないならまだいいんだけど…。
「準備などどうしますか?ゴブリンならばそこまで苦戦はしないと思いますが」
ガウリスの言葉にサードは、
「一応、薬草くらいは買っていくか。他に欲しいもんがあるなら各自で買っとけ」
と返す。
「じゃあ俺、ザ・パーティ買っちゃお。今日新刊の発売日なんだ」
アレンはウキウキした顔で「今から買いに行こっかなぁ~」と浮かれている。
ザ・パーティは、アレンが定期購読している冒険者向けの隔月雑誌で、アレンはその雑誌の読者モデルの女の子のファンなのよね。
そんな浮かれるアレンにサードは「こいつ明日山に登るっつってんのにそんな荷物になる物を買おうとしやがって…」という目を向けていたけれど、特に何を言うことなく視線を逸らした。
どうせ自分の荷物になるわけじゃないから放っておくのね。分かる。
* * *
「勇者御一行様だ!」
「勇者御一行様がおいでになった!」
辛い斜面を登ってたまに現れるゴブリンを倒しながら山の奥地にひっそりとある村にたどり着くと、勇者御一行と気づいた村人たちがわあわあ言いながら駆け寄ってきて、あっという間に囲まれた。
そしてその勢いのままどやどやと村長の家に連れて行かれて、急に村人が押しかけて驚く年老いた村長も、話を聞くとすぐ嬉しそうな顔になって心から感謝しますとばかりに私たちの手を掴んで何度も頭を下げ続ける。
「私はこの村の村長、アダドと申します。こちらは息子のアダモ、その隣が孫息子のアダプ。後ろのそっちが私の妻アロナ、その隣が息子の嫁アルシーです。さあさ、まずお座りください…」
ニコニコ笑う村長一家に見守られる中促されて木製の椅子に各自座ると、サードは早速話を切り出した。
「依頼はゴブリンの討伐とのことでしたが?」
ゴブリン討伐以外に何かあるのでは?という含みを持たせてサードが聞く。
すると村長のアダドはまだウキウキと嬉しそうな顔をしながら、
「そうです、ゴブリンの討伐です」
と簡単に頷いた。
え?まさか本当にゴブリンの討伐だけ?
私は思わず隣のアレンと目を見合わせる。
チラとサードを見ると、サードも私と同じことを考えたのか一瞬黙ったけど、
「数はどのくらいか分かりますか?依頼には書かれていなかったので」
ああ、数がけた違いに多いから私たちに頼んだとか、そういうこともあるわね。この村に来るまでにも十体くらいは倒してきたけど…。
すると村長アダドの後ろにいる村長の中年の息子アダモが、
「最近見たって話では二十数体くらいでしょうか」
と言った。
二十体くらい?ここに来るまでで十体倒してきたんだから、半分は倒したことになるじゃないの。
もし本当に他に困ってることがなくてそれだけで私たちを呼んだのだとしたら…この人たちはあのハロワのお姉さんが思った通り、ただ私たちに会いたいだけで依頼してきたのかも。だとしたらすごく迷惑な話だわ。
私はチラとサードを見ると、サードは、
「ちなみに被害などは?」
と聞いている。うん、サードも一応他に何事もないのを確認してから去ろうとしてるわね。
アダドは、
「町に行く時に帰る時など襲われることが度々ありまして…特に町で買い物をして帰る時に荷物を奪われるなどの被害が酷いです」
サードは頷きつつ、
「けが人などは?」
「今のところ荷物を奪われまいと激しく抵抗した者が武器で滅多打ちにされ、重傷になって町医者の所で療養しております」
何度話を聞いても、やっぱり私たちじゃなくて駆け出しの冒険者でも受けられそうな依頼だわ。
「ならそのゴブリンらはここに来るまでの道のりによく現れると」
サードが重ねて聞くと、アダドはうーん、と腕を組んで首を傾げた。
「確かに一番多いのはここに来るまでの道すがらなのですが、山の中や向こうの川にもよく現れます。山の中にいる動物や魚をとりに行ったり、果物や実をとりに行ったりもするので」
「つまり町からの買い物後や山からの幸を手に入れた後で横取りしにくると。そしてそのゴブリンの数はニ十体程度。しかし私たちはここに来るまでに十体は倒しました。
それならば残りのゴブリンはあと十体程度ということになりますが、それ以外のことで我々を頼るほど困っていることもない。それで間違いないのですね?」
サードがどんどん重ねて聞くとアダドは一瞬黙り込んで口をつぐんだけど、すぐに微笑んで、ウンウンと頷く。
「そうですそうです」
沈黙が流れる。
ちらと見ると、表の表情ながらサードがアダドに疑いの目を向けている。
今の会話で何を感じ取ったのかよく分からないけれど、サードは今、アダドを疑っているわ。
そっとアダドに目を向けると、アダドは痒そうに自分のあごの辺りをボリボリとかいていた。
私からしてみたら普通の村長だけど…。
でもサードは一度疑って気に入らないと感じたらさっさと人も依頼もバッサリ切り捨てるから、このまま依頼を断るつもりかもしれない。
でも依頼を受けたんだからせめて残りのゴブリンは倒さないといけないわよね。バッサリ依頼を切り捨てそうになったらサードを止めよう…。
「…本当に他に気になる点などはないのですか?」
あら意外。
さっさと切り捨てて立ち去るかと思ったけど、猶予を与えたわ。びっくり。
サードの質問に村長はオウム返しで聞き返す。
「気になる点?」
「ええ」
サードはアダドを真っすぐに見る。
「もしかしたらゴブリン以外にも何か手助けしてほしいことがあるのでは、と思いここへ来たのです。
何か表ざたにできず、このようなモンスター討伐の依頼を隠れ蓑に我々を呼び寄せ、本当に依頼したい件があるのではないですか?」
まあー本当に意外。サードが懇切丁寧に説明して事情を聞いてあげようとしているわ。どうしたのかしら。
全員の目がアダドに集中する。アダドの家族全員の目も。
アダドは目を激しく瞬かせ、何か言っているように口をモゴモゴと動かして、サードから視線を何度も逸らす。
また無言の時間が流れていく。でも表の表情で真っすぐに見てくるサードの視線に耐え切れなくなったのか、渋い表情を浮かべながら口を開き始めた。
「…確かに、ハロワにも勇者御一行にも隠していることがございます」
サードは口を開きかけたけど、その前にアダドは早口で続ける。
「しかし今は言えません。それにゴブリンのことで困っているのは本当です。今まで度々荷物も奪われましたが、重傷の者も出ました。
もしかしたらゴブリンはもっとつけあがり、そしてこの村の者たちを襲うかもしれません。そうなったらこの村は…」
アダドは頭を深々と下げて、
「お願いします、勇者御一行様…!」
薄くなったアダドの後ろ頭を見てから、皆でサードの顔を見た。
サードは基本的に依頼人が隠し事をしているとすぐ断るのよね。用心深いのもあるし、気分的に騙されてるようで気に入らないんだと思う。
サードはアダドを妙に疑っているし、隠し事をしているのならなおさら断るに決まってる。もうここまできたら私がゴブリンだけでも倒そうと言い含めようとしてもムリかも…。
サードは神妙な顔つきで黙りこんで軽く息を吐いてから、
「…申し訳ありませんが、今その理由を仰っていただけませんか?」
と言う。
ウソ…。ここまで隠されてるのにまだ話を聞いてあげようとしているわ。どうしたの、何かあったの、熱でもあるの?
私は驚いているけど、アレンもガウリスも驚いた顔でサードを見ている。あまりにいつものサードらしくないって皆も思っているのね。
そんな私たちの視線は無視してサードは続ける。
「私たちも命を懸けてこの村のために力を尽くすつもりで来ました。それなのに内容が不明瞭ですと我々の命にもかかわります。
私たちも死にたくはありませんからね、ここで今すぐ全て話していただけますか?」
サードの言葉にアダドは体を強ばらせて顔を上げる。
その目は激しくパチパチと瞬いていて、
「命に関わるような隠し事ではございません…それよりゴブリンを…」
と言うけど、サードは相手を追い詰めるぐらいの、これ以上はない微笑みを浮かべた。
「命に関わらないのなら隠す必要もないでしょう、どうぞお気軽に全ておっしゃってください」
これ以上言葉は受け付けないとばかりにサードが笑顔で圧力をかけると、アダドはテーブルに視線を落として、何かしら口をモゴモゴと動かしている。
ここまでくると何を隠しているのかしらと私だって怪しむわ、もしかして私たちはゴブリンを倒す以上に危険なことをさせられそうになっているんじゃ…。
すると、バンッと入口の戸が開かれて、全員が入口に目を向ける。
そこには男の人が血相を変えて飛びこんて来ていて、叫んだ。
「大変だ!ゴブリンが村の中に入ってきた!」




