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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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アレンの本気スイッチ(恐怖)

この城のトイレ事情はすごくに合理的。

トイレの()は大体お城からせり出していて、あとは崖の下か川にそのまま落ちる仕組みでお城の中は常に清潔。


お城のダンジョンはよくあるけれど、トイレ問題はかなり深刻で冒険者を悩ませているのよね。

だって随分と昔の造りだとトイレが存在しないお城がたくさんあるんだもの。


それならその当時トイレの無いお城に住む国王、王妃、王子、王女たちはどこでトイレを済ませていたのかというと、お城の中でも広場でもその辺で用を足していたっていうから今の感覚だと信じられないってものだわ。


今では衛生面が悪ければ病気が蔓延(まんえん)するって考えが常識だから至る所にトイレが設置されている世の中になったけど、こんな打ち捨てられたようなお城だとトイレはほぼ無い。


むしろトイレがちゃんとあるダンジョンなんて無いから、冒険者は基本的にダンジョンに入るとトイレの面で悩まされていると言ってもいいのかもしれない。


でもどんな冒険(たん)でもトイレの話がろくに出てこないのは、語るとトイレの話題が半分以上を占めて笑い話になってしまうし、下の話ばかりで外聞が悪いからあえて書かれないんだろうなと思う。


…長々と前置きをして何が言いたいのかというと、昔の設計のお城でこうやってちゃんとしたトイレがある所はすごく珍しいしありがたいってこと。


私はトイレから出てすぐにある水甕(みずがめ)で手を洗った。


お城の裏を流れる川の水を引き入れているのかトイレ近くには壁から筒が伸びてきていて、そのまま手を洗うのに丁度いい高さの水甕に絶え間なくチョロチョロ流れてきている。そして甕からあふれた水はそのままお城全体を通っている下水の水路行き。


昔のお城でトイレがあるだけでも珍しいのに、こうやって用を済ませた後に手を洗うようにしてあるのもかなり珍しいわ。このお城を建てた人は潔癖症だったのかしら。

まぁ、お城の中を常に清潔に保つ面は理に適っているから先見の明があったのかも。


ハンカチで手を拭きながら離れたところで待っているサードの元へと歩いて行った。


「お待たせ。ありがとう、サード」


「素直に礼言われると気持ち悪いな」


ムッとなるけど、それでもついて来てもらったことに変わりはないから文句は言えない。でもやっぱり腹が立つから、


「あなたがもっと素直になればいいのよ」


とほんの少しの皮肉で返したけど、


「何言ってんだ、俺はいつでも自分に素直だぞ」


と真面目な顔で返される。


この男は…。


呆れて冷ややかに見ていると、サードは不意に視線を動かしてスッと真横に首を向ける。


「サード?」


サードの奇妙な行動に名前を呼ぶと、サードは無言で私に目くばせをして、あっちを見ろとばかりにまた視線を真横に向ける。

何よ口で言いなさいよと思いながらそちらに目を向けてみて、ギョッと目を見張った。


パタパタと軽い足音を立てて、子供が走っている。


ドレス。


薄い水色で、銀の細かい刺繍が施されたドレスの端をちょいとつまんだ女の子。走るたびに明るい色の柔らかそうな茶色の髪の毛が揺れている。


そこまで見て違和感を覚えた。


ここは暗闇。なのになぜあの女の子の服の色、刺繍、髪の色がこんなにくっきり分かるの?


そう思ったと同時に違和感の正体はすぐ分かった。まるで女の子の体、その周辺がぼんやりとした光で包まれているようにほのかに明るい。


パタパタと女の子は奥へと走っていく。


サードは自分の両手をスッと胸の高さまで上げ、そのまま思いっきりパン!と叩いた。


その音に驚いたかのように女の子が振り向いた。


白い肌にピンク色のほっぺ。子供ながらに少しきつい目つきをしているけど、それでも愛らしいと十分に言える顔だちの五歳くらいの女の子。


驚いた表情でこちらを振り向いた女の子は、視線の先にサードと私が居ることに更に驚いたように目を見開いた。

女の子は慌てたようにパタパタと足音を立て壁にぶつかりそうな勢いで走ったかと思うと…そのままフッと消えて行ってしまった。


消えた…!?

見た…見ちゃった…お化けを、幽霊を…!


思わずその場にへたり込んだ。

でもサードはお化けの女の子が消えた場所へと躊躇(ちゅうちょ)なく歩いていく。


「ちょっと、待って!」


立とうと思ったけど腰が抜けて立てない。


「すぐそこだ、黙って待ってろ」


サードはそう言いながら私を置いて歩いこうとする。


でも松明を持ってるサードが遠くに行ったら私の周りが真っ暗闇になっちゃう。あんなものを見た後で一人になりたくない。


去りつつあるサードのズボンを両腕でしっかりと掴んだ。


「待って、サード待って、置いていかないで!」


「おい、離せよブス!」


サードは私の手を振り離そうと足をブンブン動かすけど私も必死にしがみつく。それでも腕がほどけそうになって慌てて必死に言葉を繰り出した。


「待って待って、置いていかないで!お願いだから、あなたの言うこと何でも一度だけ聞くから置いていかないで!」


するとサードの動きがピタリと止まった。


「何でも…?何でもって、今言ったな…?」


ゆっくり繰り返すサードの言葉にフッと冷静になって、そろそろと下から見上げる。

松明の明かりに照らされたサードのその顔は…ものすごく邪悪に笑って私を見下ろしている。


ヒエ…。


私は私が今言った言葉の重大さに気づいて冷や汗がドッと出てくる。


どどどどうしよう、でももう口に出してサードの脳内に記憶されてしまった言葉は取り消せない…!


あわあわしながらも私は誤魔化すように引きつった愛想笑いをつつ、


「犯罪にならないことと、性的なものじゃなければ…ね、言うこと聞くわ…」


恐る恐る付け足すとサードは途端につまらなそうな顔になる。


そんな顔をするってことは私に犯罪紛いのことか性的なものをさせようとでも考えていたのかしらこいつ…。いやまさか…でもさせかねない…。


むしろサードはこうやって後付けした言葉を了承するような奴じゃない。きっとあれこれ言葉を並べたてて後付けした条件は無効、という流れに持っていかれるはず。

…どうしよう、一時的な恐怖をかわすための言葉で私はこの最低最悪な男に何をやらされるのか…。


絶望して頭が真っ白になっていると、サードは私の腕の下に潜り込むようにして抱え起こした。


「俺の言うこと何でも聞くって言った今の言葉、忘れるなよ」


そのままサードは私を引きずるように奥へと歩き出していく。


それって、後付けの言葉込みで了承したってこと?あー良かった…。


ホッとしたのも束の間。すぐに疑問が湧く。


後付けで犯罪と性的なもの以外って言ったのに、サードがあれこれ言うでもなくあっさり頷くっておかしくない?

それだったら本当に何をやらせるつもりなの?…。全然見当がつかない。どうしよう逆に不気味すぎて怖くなってきた。


「この辺で消えたんだったな」


「え、ええ…」


女の子の消えた壁の辺りで声をかけてくるサードに、私は上の空で返事をする。


今はあのお化けの女の子よりサードは私に何をやらせるつもりなのという不安で頭がいっぱい。

今更だけどあんなこと本当に言うんじゃなかった…。


後悔してうなだれている私のことは気にせず、サードは壁に松明を近づけて女の子が消えた辺りの壁を一通り調べて撫でたり押したりしている。


「べつに隠し通路があるわけでもなさそうだな」


「でも消えたじゃない。スッて」


「あのガキ、わざわざ左に曲がって消えたんだぜ?普通に消えられるなら、そのまま真っすぐ走りながら消えても十分だろ。なのにこの辺に曲がり角でもあるかの勢いで曲がってなかったか?」


そう言われれば、左に急に曲がった後でスッと消えていたような。


「けど、どっちにしろ消えたのよね…」


ぞわぞわとした恐怖が改めて押し寄せてくる。


「まあな」


否定しないサードの言葉で余計に恐怖が押し寄せる。


すると、遠くから声が聞こえた。


最初は風の音とも思ったが違う。この声は…!


「…アレン!?」


聞こえてきたのは、アレンの絶叫。

サードはアレンの叫びを聞き付けて顔を上げてから私に視線を動かした。


「お前、走れるか?」


サードから聞かれて、私はサードから離れて立ってみた。

まだ恐怖でかすかに膝が笑っている。頑張れば走れるかもしれないけどきっと足がもつれてうまく走れない。


サードは私の足の状態を見ると松明を渡してきた。


「松明おいて行くから、さっきみたいにギャーギャー(わめ)くなよ」


サードは走り出した。


「待っ…!」


手で引き止めはしないけど、思わず口が引き止めようとする。それでも慌ててギュッと唇を引き結んだ。

アレンの身に何かが起きているんだから怖いってだけでサードを引き留められない。


私も笑う膝を抱えて走り出した。足がもつれてドタッと転んだけど、松明を持ち直してまた走り出す。


遠くを走るサードの静かな足音が響き渡る。音から察するにかなり遠くを走っている。


サードは夜目が効くし走る音は静かで、それも速い。


闇に混じれる紺色の鎧、顔を隠す紺色のストール、夜目の効く目、足音は静かで速い…その全部を兼ね揃えているサードはやっぱり元々泥棒だったんだわ。


全力でヒィヒィ走って曲がり角を曲がると、遠くにアレンが寝ている部屋の明かりが見える。

その明かりの中に、サードがドアを大きく開くシルエットが浮かび上がった。どうやら今たどり着いて開けたみたい。


アレン、アレンは…!


サードのシルエットが扉の前で一瞬立ち尽くし、わずかに後ろににじり下がったのが見える。


―まさか


脳裏に嫌な考えがよぎったけど、慌てて首を振ってその考えを吹き飛ばした。


「サード、アレンは…!」


最後の百メートルほどを全力で走って、勢いが止まらずサードの背中に思いっきりぶつかって止まる。

でもサードは怒るでもなく真顔で振り向いて、親指で部屋の中を見てみろとばかりに指し示した。


―まさか…嫌な考えが現実に…!?


サードを押しのけ中を覗く。


「来るなっつってんだろ!」


そんな大声と共に、アレンが体ごと振りかぶって鎧の騎士を殴り飛ばす。その勢いに首が真逆に回転した鎧の騎士は、あらぬ方向へよたよたと歩き出している。


「俺弱いからやめろつってんだろ!」


槍で突いてきた騎士の槍を引き掴み、そのまま上に持ちあげたアレンは他の騎士の上へと叩き落とすと、そのまま力任せに回転しながら槍を掴んだままの騎士を使って他の騎士をガスガスとなぎ倒していく。


「怖えーんだよ!来るなって…」


アレンはなおも近寄って来る騎士を睨みつけながら叫んだ。


「言ってんだろぉお!」


そのままブォオンと槍を手放して、他の騎士たちへぶっ放した。


目に止まらぬ速さで一直線に飛んで行った騎士は、アレンへ向かって前進する全ての騎士を派手になぎ倒してガランガランと大きい音を立ててバラバラに崩れていった。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ」


アレンは目を見開いて呼吸も荒くその場に立ち尽くしている。

部屋の中をザッと見渡すと、軽く十体以上の騎士型のモンスターがバラバラになった姿であちこちに散らばっているのが見えた。


「うそ…、これ全部アレンが?」


「エリー!?」


私の呟き声に気づいたアレンは、泣き出しそうな顔で小走りで駆け寄ってきた。


「どこ行ってたんだよぉ、俺すげー怖かったんだぜぇ?」


アレンは私にヒシッとしがみついてきて、ふええ…と子供みたいな泣き声を漏らす。


「いや、だってこれ…」


呆然とする私に、サードが後ろから呟いてきた。


「そいつ、恐怖でブチ切れた時だけ異様に強いんだよ」

エリーが仲間になる前の出来事


アレン

「ぎゃー!ゴブリンに囲まれたー!ぎゃー!助けてサードー!」


サード

「落ち着け、てめえはまず後頭部と首を守って耐えてろ、その間に俺が殺す」(剣を引き抜く)


アレン

「ぎゃー来んなぁあ!うわぁああ!(ブチッ)来んなつってんだろゴルァアあああ!うるあああ!」(次々とぶん殴って数メートル飛ばす)


サード

「!?」

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