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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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妄想フカシ料理

日も暮れた薄暗い宿屋の一室の中…アレン、ガウリス、それに私の顔すらも一つのロウソクの明かりの中に浮き上がっている。


こうやって暗闇の中で妙に真面目中をしていると何か悪だくみをしているみたいだけど、そうじゃないのよね。


「…というわけで」


アレンが口をゆっくりと開いた。


「サードの食べたい物である『モチ』について話し合いたいと思います」


珍しく敬語で話すアレンに、ガウリスと私も真面目な顔でコクリと頷く。


今はまだシュッツランド国内にいる。でももうアレンの実家からは遠く離れた町の宿屋に泊まっていて、さっき夕食も食べ終わった。


その夕食の時にアレンはサードに、


「今回、俺の家のことなのに本当サードにおんぶに抱っこだったなぁ。捕まって暴力振るわれたし高いストールも切られちまったし…。お礼にもなんねえだろうけど、何かサードの食いたいもんおごるぜ?何がいい?」


と声をかけていた。


「酒」という言葉が即答されるでしょうねと私は黙って耳を傾けていると、サードはしばし考えてから、


「…モチ…」


と謎の一言を漏らした。


「モチ?モチってなに?」


お酒と即答されるはずと思っていた私が思わず聞くとサードはふっと我に返った顔になって、


「やっぱいい」


と終わらせにかかる。でもアレンは食べたいものを言ったのにどうして、と慌てて、


「それってどんな食べ物なんだ?それとも飲み物?」


と聞き返す。サードは食べ物を口に運ぼうとするのを一旦止めて、諦めの表情になって息を吐いた。


「こっちにはねえよ。こっちの主食は麦だからな。モチってのは俺のいた世界で食ってた食いもんだ。モチゴメをフカシてついてこねて丸めたもんで…」


サードはどこか昔を懐かしむような明るい顔つきで、


「つきたてのモチは格別だったぜ。白い見た目にあの匂い、柔らけえ伸びる触感で、煮ても焼いてもうまくてな…」


そこまで言うと少しテンションが上がったことに対してバツが悪そうになって口をつぐんで、いつも通り世の中面白いことがないという顔になったサードは、


「まあどっちにしろこっちにゃ原材料からしてねえしな。それなら高い酒でもおごれ、アレン」


とそこでモチという謎の食べ物の話は終わった。


けどアレンはその時私とガウリスにアイコンタクトをしてきた。

何も言わなかったけど、その表情を見てアレンが何を言いたいのかはすぐに分かった。


「サードのためにモチを用意しようぜ?」


と言っているって。


そのまま夕食を食べ終わって、少しお腹を休めてから私の部屋に集まって明日からの話し合いをすることになったんだけど、私たちは夕食を食べてから即座に私の部屋に集まって、こうやって話し合いをしている。


「思わずだったんだろうけど、サードが自分の好きな食べ物を口に出すのは初めてだ…」


アレンが口を開くと、暗闇の中心にあるロウソクの火がユラユラと揺れる。


「俺の所でのお礼でモチをサードに食べさせたい…!できればサプライズで渡して驚くサードの顔が見たい!」


アレンが熱い口調で拳を握って私たちの顔を見てくるので、その熱量が乗り移ったかみたいに私もガウリスも強く何度も頷いた。


それでもガウリスは冷静で、


「しかしサードさんは原材料からして無いとおっしゃっていました、原材料が無いのならば用意するにしろ作るにしろ大変だと思いますが」


と意見する。それに続いて私も口を開いた。


「とりあえず、モチゴメっていうのが欲しいのよね?それから作る的なことをサードは言っていたし」


「確かにそうですが、そもそもモチという名前は聞いたことがありませんし、ゴメというものも何なのか分かりませんしね…」


そんな…!


きっとガウリスならモチゴメが何か知ってると思っていたから、原材料が無いってサードが言ってても何とか調達できるでしょ、って簡単に思ってたわ。


最初からつまづいた感を感じながらも、


「モチ…ゴメ…」


私が呟くと、


「モチの…ゴメ…」


とアレンも呟いて、


「ゴメ…って…なんでしょうね…」


とガウリスも呟いて皆で頭を抱える。するとガウリスは表を上げて、


「とりあえずモチの特徴を書き出してみましょうか。恐らくモチもモチゴメもサードさんの故郷で使われていた言葉です。もしかしたら違う名前でこちらに同じようなものが存在している可能性もあります」


なるほど、と私たちはサードの言っていたモチの特徴を思い出して書き出していく。


~モチ~

・フカシ、つく、こねる、まるめる

・白い、いい匂い、伸びる、柔らかい、煮ても焼いてもいける

・モチゴメが必要(原材料)


「これだけみるとパンにも思えるんだけど」


「けどパンは麦からできるし、伸びないだろ?それに煮るってのがな」


そっか…と黙り込むとガウリスもこれは一体何だろうと考え込んで何も言わない。


「まず海辺のこの国の方が色々と物が揃ってると思うから、明日ちょっと探してみよ…」


アレンがそう言っていると、バンッと扉が開いてサードが現れた。私たちは慌ててモチの特徴を書き出したメモを一気に奪い合って、紙はそれぞれの力に負けてビリィッと三つに破ける。


「ッアーーー!」


三人で叫ぶ中でもサードはズカズカと中に入ってきたから、全員でメモを手の内に隠したりポッケにねじ込んだり服の内側にもぐりこませる。


「何やってんだ、お前ら。つーか明かりぐらいつけろ、何でロウソク一本テーブルの真ん中に置いて辛抱してんだよ、変な儀式でもやるつもりか?」


サードは明かりを調節する魔法陣をいじって部屋の中を明るくすると空いている椅子にどっかりと座った。


でもテーブルの上にはロウソク一本だけで他に何も乗ってないのを見て、苛立たしそうな顔つきになる。


「こんなに早くに集まってて、明日からの話し合いは何もしてなかったのかよてめえら」


「いや明日からの話し合いしてたしてた!めっちゃしてた!とりあえず国道通ってこの国抜けたいなってところまで話してた!」


「そうよ地図を広げてなかっただけよ!」


「ええとこれからエルボ国に向かう先の依頼はこのようなものがありまして…!」


皆でわったわたと動いて、ガウリスがアレンが先に荷物入れから出してソファーの上に置いていた私たちあての依頼の紙の束をサードに見せる。


サードは何かしら怪しむ目で私たちを見ていたけど、とりあえず依頼の束を受け取って一枚一枚に目を通している。


それでも何とか誤魔化せたかしら。


ドキドキとする胸を抱えながらアレンとガウリスを見る。アレンは口笛でも吹きそうな顔でサードから顔を背けていて、ガウリスは落ち着かないように指を組んでそわそわしている。


…二人とも、誤魔化すの下手じゃない…?いつもこうじゃないわよね…?サード相手だから緊張してるの…?


「ここから近いのはこれか」


サードは一枚の紙をスッとテーブルの上に置いてきて、私たちはその紙に頭を寄せる。


えーとキューシロット国の村からの依頼で、ゴブリンの討伐…。

……私たちに依頼しないで他の冒険者たちに依頼してもいいような内容の気もするけど…。その方が他の冒険者たちが素早く倒しに行くと思うんだけど…。それでも来るか来ないかも分からない私たち宛てに依頼を出したの…。


「明日出発…」

「っえー!?」


サードの言葉をアレンが絶叫でかき消した。

サードはとっさに耳を押さえてアレンを睨みつける。


「んだよ」

「いや、あの…もうちょっとここにいようぜ」


サードは無言で「何で」という顔つきでアレンを睨んでいる。


「何だかんだで俺の出身国だしぃ、もうちょっと居たいなぁなんてぇ」


アレンがそう言うと、サードは呆れた表情で見返す。


「そのわりに家から去る時も普通にいってきますの一言だけで一度も振り返らずに歩いてたじゃねえかお前」


「…」


アレンがサードに言いくるめられそうになっているわ。手助けしなきゃ。


私は二人の会話を止めるように手を上げる。


「わ、私のね、体調が悪いから…数日くらい休みたいわ!」


サードが私に視線を素早く動かしてくる。


「頭か、腹か、別の所か」


とっさに聞き返されると頭が真っ白になった。だって嘘だから…。


「少し咳が出るみたいです。ね、エリーさん」


変な間が空いてしまって、ガウリスが横からかばうように口を出してくれる。私もウンウン、と頷きながら額に手を当てて、


「な、なんか咳も出るし喉が痛いかも…熱もある気がする」


「これはきっと風邪だなぁ!風邪は引き始めに早く治した方がいいから、無茶できないなぁ!なぁそうだよなぁサード!」


アレンも大きく頷いて、全員でバッとサードの顔を見る。

サードは明らかに疑いの目で私たちを見ていて、私たちは思わずサードから一斉に視線を逸らした。


その疑い深さと頭の回転の早さが敵に向かうと心強いのに、それらが私たちに向けられると何て厄介なの。


「…何かこの国でやりてえことでもあるのか?」

「…うん」


明らかに嘘がバレていると思ったらしいアレンが子どもみたいに素直に頷く。


サードはアホくせえ、という顔で立ち上がって扉に向かって、


「なら明日一日くれてやる、さっさと用事でも何でも済ませろよ。話合いは明日の今頃な」


期限は明日一日。

明日の話合いまでに謎の食べ物、モチを用意しないと。


* * *


「モチゴメ?」


次の日の朝、私は手始めに今泊まっている宿の厨房に近寄って、せっせと働いているの人たちにモチゴメという材料を知らないか聞いてみた。


声をかけられた一人は首を傾げながら後ろの人たちにも声をかける。


「誰かモチゴメって材料がどんなのか知ってる人いる?」


そくそくと手を動かしながらも、全員が頭に「?」を飛ばしながら私を見ている。


「そもそもそれってどんな物なんです?」


厨房の奥の方に居る人に聞かれたけど、私もそれを聞かれると困るのよね。


「モチっていう食べ物をつくるための原材料名みたいなの。フカシ、ついて、こねて、丸めて、白くて、いい匂いで、柔らかくて、伸びて、煮ても焼いても美味しい食べ物らしいんだけど…ごめんなさい、実際には私も見たことがないの」


それを聞いた厨房の人々は腕を組んだり頭を抱えたりと混乱の表情を浮かべている。


「そもそもフカシって何ですか?」


一人が本当に痛い所を突いてきた。

サードの言っていたけど皆聞いたことがなかったのが「フカシ」というものだったから。

多分モチとかモチゴメみたいにサードのいた世界の言葉なんでしょうけど…。


言い淀んでいると厨房の人たちは話し合っている。


「ふいごみたいなもので吹くってことじゃないですかね?」


「つまり火力が強いってことか?」


「もしかしてピザじゃないですかね?生地は白いし、手でついてこねて丸くしていい匂いで、チーズを乗せたら伸びるし…」


「ピザは煮たら美味しくないだろ」


「あ…」


厨房の人たちもギブアップの顔だわ。…これ以上ここで粘っても仕事の邪魔よね。


お仕事中に失礼、と一言謝ってから私はその場を後にする。


色んな物が揃っている市場に行ったら何か分かるかしらと思って私は市場に向かってモチゴメを売ってるところはないか聞いてみたけど、


「さっきも赤毛の背の高い兄ちゃんが聞きに来たよ、モチゴメはねえのって。でももしかしてあの兄ちゃん、勇者御一行のアレン・ダーツだったんじゃねえのかなぁ、ここら辺に居るって噂もあるしさぁ」


勇者一行の一人が目の前に居るとも気づかず、市場のおじさんはアレンに会ったという自慢話をしばらくしてきた。まぁ私は気づかれない方が気楽だからそれはどうでもいいけど。


そうやって色んなところを巡ってみたけど市場の大体はアレン巡回済みで、行き詰まった私はあてもなく歩いていく。すると、市場から少し離れた所にあるベンチにガウリスが難しい顔つきで座っているのが見えた。


パッと見だと体格の良い人が空恐ろしい表情を浮かべているように見えるから周りに人はいないわ。


サンシラ国周辺だと周りの男の人たちも体格が良かったからそれなりに溶け込んでいたけれど、サンシラ国から離れていくに従ってガウリスの体格に隙のない身のこなし、あと顔の彫りの深さで黙っていると怖い人に見られることが多いのよね。物静かで優しいのに。


「ガウリス」


ガウリスに近寄って声をかけると、ガウリスは難しい顔を崩して顔を上げた。


「ああ、エリーさん」

「そんなに悩んでどうしたの?」


「以前サードさんから聞いた龍の話を思い出していたのです。龍とはサードさんの住んでいた所で天候を操る神のような存在で、龍が暴れ出すと山を崩し川は暴れ川になり、畑も飲み込むとおっしゃっていたでしょう?」


「そうは言ってた気もするけど…」


どうしよう、興味深く聞いていたけどろくに覚えていないわ。でもとりあえず覚えている風に頷いておこう。


「それで?」


うろ覚えだと思われると嫌だから、さっさと話の続きを促す。


「どうやらサードさんのおられた故郷は私の住んでいたサンシラ国とは違い雨や川の水が多い地域なのでしょう。川が氾濫し山が雨で崩れ畑も飲みこむほどに。

ならば雨や水が多い地域で育ち、なおかつ一般的に食用になる動物、植物などを先ほど図書館の方に聞いて調べていただきました」


「そんなこと、図書館の人が調べてくれるの?個人的なことなのに?」


「ええ、個人的な事でも調べる手伝いをしてくださいますよ。レファレンスサービスといいうものです」


と言いながらガウリスは続ける。


「そうしたら一番当てはまるのは米ではないかということでした」


「お米?それならここら辺にも普通にあるじゃない!」


何だ、お米かぁと私は思ったけど、ガウリスがしていたさっきの難しい顔を思い出す。


「お米なのが分かったのに、他に問題でも…」


言っていてハッと気づく。


「フカシね?フカシが分からないのね?」


そうなんです、とガウリスは頷く。


「恐らくモチの原材料は米で代用できるかもしれません、そこの市場でも売っていましたから。しかしフカシというのがいくら調べても分からなくて…」


「料理の最中に使う何かくらいしか分からないものね」


「フカシ、つき、こねて丸める…という手順の中に出た言葉なので、道具などではなく行為をさすものだと思うのですが…」


ここ最近で食べたお米といえば、サンシラ国で家庭の女神ヘルィスの助言付きで作ったパエリア。


あれは生米を水に入れて、その上に魚介をのせ味付けして煮立たせて出来上がっていたけど、あれにフカシという行為はなかったと思う。


でも家庭の女神のヘルィスならモチというものも、その作り方も分かるかもしれない。

ここにヘルィスが都合よく現れてくれたら…とキョロキョロと見渡してみるけど、やっぱり居ない。


そうよね、世の中そんなに都合良くいかないわよね…。


「んー…。じゃあ一旦フカシは置いておいて、つくとこねるってのは?生米をつくのかしら?」


私の言葉にガウリスは少し首をかしげて、


「私は料理をしないので想像の枠を超えないのですが…。丸める、いい匂い、という特徴から考えるに、出来上がった米をつくんじゃないでしょうか」


「炊いたお米を、わざわざ潰すってこと?」


「そしてパン生地のようにこねて丸める、で完成なのだと思います。もしかしたらそうすることで伸びる可能性もあります」


それなら何となく納得がいくわ。パンとは違ってお米なら煮ても焼いても美味しそうだもの。


でもやっぱり分からないのがフカシなのよね。

本当にフカシって何なのかしら…。

タイトルは以前テレビ番組でやっていた「妄想ニホン料理」からパクりました。


レファレンスサービスってどんなもの?って方には「おさがしの本は/門井慶喜」の小説をおすすめ


餅おいしいよ、餅。

ある時へらつき餅が皿にこびりついて固まってしまって、固まった米の部分が鋭利になっているのに気づかず皿を洗おうと勢いよくジャッと動かしたら手の平が切れました。

忍者っていざとなったら米を潰して(鉄粉も混ぜたりして)平べったくして簡易な刃を作るとか言ってましたが、固まった米は皮膚の表面くらいは軽く切る。

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