隣のファミリーと
「それじゃあもう行っちゃうの?」
「うん、本当はエリーの故郷に行くはずだったんだけど、ちょうどこっちに寄ったから来ただけだし」
ミリアの言葉にアレンは軽く返した。
あれ以来ラニアが何かしてくるような気配は無い。
ランテはラニアと話しに隣の家に行っていて、戻ってきたら、
「ラニア、前より肩の力が抜けてる気がするし俺の話も怒鳴ったり流さないでちゃんと最後まで聞いてくれた。俺様気質が緩んでる」
と意味が分かるような分からないようなことを言っていた。
そんな所もアレンにそっくりよね。ああ、アレンがランテに似ているっていった方が正しいかも。
「次はどこに行くんだ?」
ドミーノに聞かれたアレンは地図を広げて指をさす。
「エルボ国、エリーの出身地に向かうよ。でも依頼もたまってるから道すがらに消化できるものならさっと依頼を受けながら向かおうかな。その方が路銀にも困らないし」
「エルボ国…随分と小さい国だな、っと…失礼」
ドミーノは小さい国と言ったあと、ハッと私に目を向けて謝ってきたけど、私は笑う。
「いいのよ、本当に小さい国だもの」
ガウリスの出身地のサンシラ国も周りの国と比べると小さい国だったけど、エルボ国はそれよりはるかに小さいのよね。サンシラ国の中にエルボ国が何個入るかしらと思うほどの小国。
最近だとこんなに小さいのによく国としてやっていられるわと自分の国なのに逆に感心するくらいだし。
「…やっぱり行っちゃうんだ」
ミョエルが椅子に座りながら声をかけてきた。
ミョエルは憮然とした強い眼光でアレンを見ていて、アレンは思わずその眼光から目を逸らしている。
「前も言ったけど俺ら付き合ってもないし…やっぱりお互い好き同士じゃないとミョエルにも失礼だし…冒険したいし…」
ミョエルは憮然とした表情からどこか寂しそうな顔つきになって床を見てから、またアレンを睨み上げた。
「ほんっとにあんたって優しくするだけ優しくしてあとはポイだよね」
「なにそれ、俺そんなに勘違いするようなことした?」
アレンのピンときてない言葉にミョエルはカッと怒りそうな顔になったけど、唇を噛み締めてから口を開く。
「うちの家ってあんな稼業だから、子供のころはろくに遊んでくれる子なんていなかった。あたしもこんなすぐ手と足が出る性格だから余計に。
けどいくら殴ろうが蹴とばそうが泣かそうが、アレンはあたしが遊びに誘った時は一度も断らなかった。それがどれだけ嬉しかったか分かる?」
アレンは黙ってミョエルを見ている。ミョエルは黙ってアレンに見られて少し恥ずかしそうに目を逸らしてから続けた。
「それであたしが港で転んで怪我をしたらおぶって家まで連れて帰ってくれたでしょ。その時に恋人になってくれる?って言ったらアレン言ったよ、うん、って」
するとアレンは、見る見るうちに思い当たる節があったようで、
「ああ、あれ!あの時!」
と言った。でもブンブンと首を横に振りながらわたわたと手を動かして、
「違う、違う!あの時風が強く吹いててよく聞こえなかったからとりあえず、うん、って言っちゃったんだよ!そんなつもりじゃなかったんだよ!」
ミョエルは顔をしかめて冷たい目をアレンに向ける。
「最低」
「ごめんごめん!だってあの時向かい風でミヨちゃんの声が後ろに流れててよく聞こえなくてさ…」
「そういうところは鮮明に覚えてるくせに、大事な所は適当だよね、あんた」
ミョエルはイライラとした顔つきでアレンから視線をそらして、ふと私を見てからまた視線を逸らして空中を見上げた。
「あーあ、あたしに似た被害者がいなけりゃいいけど」
ドキッとして思わずミョエルから視線を外す。
もしかして私がアレンに片思いして、思い切って告白したけど完全に告白したのに気づかれないままフラれたのがバレてる…!?
ううん、そんなはずはないわ、ミョエルは知らないはずだし、唯一そのことをを知っているのはサードだけど、わざわざミョエルに言うとも思えないし…。
でももうアレンは私の中で手のかかるお兄さんみたいな立ち位置だから恋愛感情なんて一切ないけどね…。
するとミョエルは勢いよく立ち上がった。アレンは思わず身構える。
「…あんた、次いつ戻ってくる?」
ミョエルが腕を組みながらアレンに近づいて質問すると、アレンは身構えながら口ごもってしばらく視線を動かして、
「…わかんない」
ミョエルは唇を噛みしめて眉間にしわを寄せたけど、途端に投げやりにため息をついて髪の毛を後ろに流した。
「惚れた相手が馬鹿だった。このあたしの魅力が分からないなんて」
ミョエルはアレンに手を伸ばす。アレンはビクッと脅えた顔で一歩後ろに引く。
ミョエルはもう一歩詰め寄って、アレンの頬をギチッと掴むとグイグイと動かした。
「イデデ、イデデデデデ」
「もうあんたなんて待ってらんないよ、バーカ」
ミョエルはそう言うと頬から手を離して家の中全体に音が響くほどの強い平手を喰らわせ、はっ倒れたアレンの脇腹を蹴飛ばしてからその上をまたいでさっさと玄関のドアを開ける。
「親父が謝りに来るまで帰らないつもりだったけど、もう来なそうだから帰る。アレンも出てくらしいし」
と扉を閉めた。
「…痛い…やっぱミヨちゃん怖い…」
アレンはつねられ叩かれ蹴られた頬や脇腹を押さえて泣きそうな顔になっている。
私はアレンとミョエルが去っていったドアを交互に見てから、そっと玄関から外に出た。
ミョエルは悠々と歩きながらアレンの家の敷地内の門を通って外に出ていくところ。
その後ろ姿はなんとなくラニアの歩く後ろ姿に似ているわ。
「あ、あの、ミョエル…!」
私は小走りで声をかけながらミョエルに近寄っていく。
ミョエルは振り向いた。
泣いていると思ったから気になって追いかけてきた。でもミョエルはちっとも泣いていなくて、ケロッとした顔でをしている。
「なに?」
「あ、えーと…」
思った以上にミョエルは落ち着いた顔をしているから、何をしに私は外に出てミョエルを呼び止めたのか、って状態になってしまったわ。
少し気まずい…。
ミョエルはそんな私をジッと見て、
「あんた、アレンのこと好きでしょ」
と聞いてきた。その言葉に驚いて首を思いっきり横に振る。
「嘘つき」
「嘘じゃないわ、それは昔の話…!」
とまで言ってから慌てて口をふさぐ。
でもここで話を止めたらミョエルがまた怒り出すかもと思って、
「昔!そう昔は確かにそうだったけど、私って男の人と接点がなくて、アレンの優しさを好意と勘違いして勝手にのぼせ上がってただけよ!アレンにはそんな気なんて全然なかったんだから!私も今はそんな気持ちなんて全然…」
「あんたと初めて会った時」
ミョエルが口を開いて私の言葉を遮る。
「アレンがあんなに怒って人をかばう姿なんて初めて見た。いつもあたしに脅えてたアレンがあたしに掴みかかったのも」
ミョエルは視線を鋭くして腕を組んで私を睨んでくる。その鋭いミョエルの眼光から涙が湧いてきて、ボロボロと零れていく。
「…悔しい、アレンはあたしのためにあんな風に怒ったことなんて一度もなかった。あたしが他の子にからかわれても、ただ相手にやめろよって言葉でたしなめるだけで怒って掴みかかるなんてことも一回もしなかった…!」
鋭い眼光のまま泣いているミョエルを見ていると…本当にミョエルはアレンが好きで、さっきあんな風に振ったような感じで立ち去ってもまだ諦めきれないんだと分かる。
ミョエルは強い女の人、でもそれ以上になんていじらしいの。
思わず近寄ってミョエルをそっと抱き寄せた。
「あの時はミョエルが私の髪の毛引っ張ったから他の人の代わりに怒っただけよ。恋愛感情があるからじゃないわ」
そう、あれはサードがあの場に居たら完全にブチ切れていたから、アレンがその分マイルドに怒っただけ。
ミョエルは、クッと声を詰まらせ、手で顔を覆って私の肩に頭をもたげて静かに泣きじゃくった。
「嘘つき、できてるんでしょ、白状しなさいよ」
「本当よ、本当にアレンとそんな関係じゃ…」
「嘘でも本当でもいいからそうだって言ってよ、あたしより強くていい女とできてるぐらいじゃないと諦めきれないの」
ミョエルはそう言いながら私の肩を軽くグーで二、三度殴ってくる。
「…」
アレンは脅えているけど、ミョエルって素敵な女の人だわ。
こんなに激しく一途で、男の人に想いをぶつけられて、自分の感情に素直に行動できる。
そんなミョエルが私には眩しい。
私はここまで素直に自分の感情を表にあらわせない。だから余計ミョエルは強くてカッコよくて、でもそれ以上にいじらしくて可愛い。
しばらくそのまま肩を貸して抱きしめていると、私たちに近づいてくる足音が聞こえてくる。
「…ミョエル」
目を向けると、ラニアがすぐそこに立っていた。
ラニアはどこかバツの悪そうな顔でミョエルを見ていて、ミョエルもどこかバツが悪そうな顔で目を拭って視線を逸らす。
「なに」
迎えに来たのが分かっているだろうに、ミョエルは素っ気なく言う。
ラニアは居心地悪そうに葉巻の端を千切ってくわえたけど、火をつけるノリオがいないからか、葉巻を元のケースに戻した。
「…殴ったとこ、痛くないか」
「まだアザが引いてないの、見れば分かるでしょ」
「…」
「…」
お互い居心地が悪そうにもぞもぞと足を動かし、体を動かしと無言の時間が過ぎていく。
「アレン、旅をやめる気はねえってよ」
「知ってる。優しいけど頑固だもん、アレンって」
「…諦められるか?」
「…諦められないって言ったら、また酷いことするんでしょ」
ミョエルはイライラとした口調になって、ラニアを睨みつける。
「あたし、母さんの実家に行く。アレンを待つ義理もなくなったし、親父の商売のやり方好きじゃない。近くで見たくもないし見てるとイライラする。とっとと捕まって縛り首にでもなっちまえクソジジイ」
「…娘ってのは容赦ねえなぁ、頭下げに来た男をそんなに追い詰めるなよ」
ラニアはどこか情けない顔つきになって葉巻を取り出そうとして、ノリオが居ないと気づいてまたケースにしまった。
「…ほんの少し、商売のやり方を変えていこうと思う」
ミョエルがラニアに目を向ける。
「俺と一緒に商売でもやるか」
ミョエルは黙りこんで、信じられないという顔でラニアを見る。
「私が後を継ぐって何度言っても、女が商売なんてってずっと良い顔しなかったのに」
ラニアは何とも言えない顔になって、口を開く。
「…俺も若いころは女の商売人を見ては色々…卑猥な言葉を投げかけてからかってきた。親の身になって、俺があの女の商売人たち投げかけた言葉をミョエルが言われたらと思うと、どうもな…。
だがお前は何度も商売をやりたい、自分だったら俺とは違う商売ができるって言ってただろ。
ただ俺のファミリーの一人娘だと知られれば余計にやっかみだの嫌がらせだの悪口雑言だのを一身に受けることになる、今までお前が気に喰わないと言っていた以上の悪意を周りから向けられる。だから本音を言えばやらせたくない。それでも、やる気はあるか」
「…」
ミョエルはラニアを見ていたけれど、次第にさっきまでの悔し泣きから嬉し泣きの表情になっていく。
「何言ってんの、あたしがランテさんになんて言われたと思う?若いころの親父にそっくりだって言われたんだよ?そんなことを言う男どもには手と足を出して分からせてやるよ」
「おいおい、商売相手に暴力は無しだぜ?」
「殺しにも手出してるくせに、何よ今更」
「シー、外で言うな」
「あたしが商売に関わるならこれからはそんなこともさせないから。親父でも容赦なくぶん殴ってそのケツも蹴っ飛ばしてやるから。いくら殴られようがあたしだって負けないから」
「…怖い怖い」
ラニアは苦笑いしながらミョエルを手で招いて、ミョエルはラニアの隣に並んでその太い腕に抱きついた。
「帰るぞ」
「うん」
「…殴って悪かった」
「…うん」
ラニアは立ち止まって私に振り向く。
「エリー嬢ちゃんも、…巻き込んで悪かったな」
ラニアはかぶっていた帽子を軽く上げてかぶり直すと、そのまま二人は去っていった。
サンシラ国は北海道くらい、エルボ国は東京くらいの大きさで考えてます。




