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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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勇者に預けるこの人生

「サード…遅すぎない?」


サードが出て行って四時間も過ぎた。

もう日付も変わったし、ミリアたちもサードがラニアの屋敷に乗り込んだことなど知らず眠りについている。


サードが見つかったなら隣が騒がしくなる、とアレンが言っていたから耳をすましていても、隣の家から誰かが暴れているような騒音は聞こえてこない。


「…侵入して、いきなり捕まったとかじゃ、ねぇよな…」


何となく皆考えていながらも口には出さなかったことをアレンはひっそりと口にする。


あのサードがそんなわけないじゃない、といつもの私ならあしらうように言うかもしれないけど、あまりにも戻って来ないからそのまさかが本当のことになっている気がして何も言い返せない。


ガウリスはというと祈る時みたいに指を組んで、厳しい表情で口を引き結んで黙っている。サードなら大丈夫と言った手前信じなければという気持ちと、まさか…という不安がぶつかり合っている表情だわ。


すると、ドンドンドンッと玄関の戸が叩かれる音が二階にも聞こえてきて、全員の頭が一斉にドアに向いて立ち上がる。


皆で玄関に行こうとするとアレンが私たちに手の平を向ける。


「俺がまず行ってくる。ファミリーの人だったらいきなり皆で押し掛けたら変に思われる。あと時間も時間だから二人とも寝間着に着替えて今起きて来た風に後からきて。俺は今まで外で遊んでたってことにするから」


そう言われれば皆寝間着姿じゃなくて、すぐ外に出かけられそう服。こんな服装の勇者御一行が真夜中だというのに一斉に玄関に押し掛けたら確かに変よね。


アレンは玄関に向かってダッシュで駆けていく。私とガウリスは寝間着に着替えるため一旦自分の部屋に戻った。

はやる気持ちを抑えて寝間着に着替えて、一応杖を持って今起きましたとばかりにゆっくりと…ううん、やっぱり耐えられなくて少し早足で玄関に向かった。


玄関では戸を叩いた人とその人の対応しているアレンが何か話をしている。


あの人って…ラニアの近くにいた手から炎を出す魔導士の男じゃない。アレンが言うにはノリオって名前でラニアの右腕の人…!


そのノリオは何かをひきずっているような…。


駆けつけながらノリオの後ろをチラと見ると、力なく地面にうつ伏せになりそうな感じでうなだれて膝をついているのは…。


あ…!サードだわ!あの変わった紺色の服はサードだもの!サード…!まさか本当に捕まっていたの…?


私が近づくのを見たノリオは警戒したのかそれ以上近寄るなとばかりに睨みつけてきて呪文を唱え手から炎をだした。


このまま近づいたらサードがどうなるか分からないから、私はそこで一旦止まる。

すると後ろからも寝間着に着替えたガウリスがやって来て、私の後ろに立った。


するとノリオは私たちに向かって、


「お前らこの男に見覚えあるだろ?」


と言いながらサードを無理やり膝立ちにさせて、あごを無造作に掴みながら顔をあげて炎で照らす。


サード…!サード…。サード…?

……ん?サード?


炎で顔を照らされるサードを見る。


あれ?この紺色のあの変わった服を着ているのはサードよね…?


でも…誰?この人。


目の前にいるのはどう見てもサードじゃない。

髪の色は茶色いボサボサの肩までのセミロング、顔面は横に広がった下膨れ、かすかに笑っているような口元から前歯がチョロリと少し出ていて、口元からあごには髪の色と同じ茶色いモジャモジャのヒゲがの生えている。それに鼻の脇には大きいほくろ、目の色は青…。


アレンもサードの服を着こんだ謎の男を見て、混乱しているのか黙り込んでいる。


「どうせ勇者御一行のお前らが金で雇って忍び込ませたんだろ?何とか言えよ、え?」


ノリオが問い詰める口調で威圧的に言ってくるけど、アレンは首を横に動かして、


「え…いや、俺はこいつ知らない…。え?誰この人」


と混乱している顔つきで逆にノリオに聞き返している。


すると茶髪の男はキョトキョトと首を動かした。


「ゆ、勇者御一行…!?この人たちが!?」


甲高い声で男は私たちを見て、ノリオを見る。


「なんの話だよ、何で勇者御一行が絡んで俺はここに連れてこられたんだよ?さっきも言っただろ?金に困ってるって言ったら金持ちの家を教えてやるって酒場で言われて忍び込んだんだ!

まさかあそこがラニアファミリーの家だなんて知らなかったんだ!知ってたら誰が忍び込むかあんな所!放してくれ!」


サードの服を着こんだ男はジタバタと暴れだした。


「暴れるな!燃やすぞ!」


ノリオが怒鳴ると、サードの服を着こんだ男はヒイィ、と言いながら逃げるように遠のき、そのまま足をもつれさせ転んだ。


「本当だ、俺はただ金を盗みに入っただけなんだ、それに金なんて何も盗んでない、ただ割符を見つけたから上手くいきゃこれで貿易でもやって一儲けできると思ったらあの通りラニアさんの部屋まで行っちまっただけで…。な?俺何も盗んでねえんだ、だから助けてくれ、な?頼むこの通りだ」


サードの服を着こんだ男はヘラヘラ笑って媚びるように、でも声を震わせながら両手を合わせてノリオに男に頭を下げ続けながらも逃げようとしている。


「こいつはこう言ってるが、本当はお前らの差し金で忍び込ませて割符を奪い返しに来させたんだろうが!」


ノリオは、必死に逃げようとしているサードの服を着こんだ男の襟を掴みながらアレンに目を向けた。


アレンは目を瞬かせ、


「いや…だから俺この人知らない…」


ノリオはチラ、と私に目を向けてきた。


本当は知ってる男だろ、って目が問い詰めるように言っているけれど、私だってこんな人は知らない。


首を横に振って後ろにいるガウリスを見上げる。でもガウリスも知らない人みたいで、目を瞬かせながら首を横に振っている。


そんな私たちの戸惑った反応を見たノリオは段々と疑いの目から本当か?と問いかける目つきになってきて、次第に本当に知らない男らしいと察したのか、


「…本当に、こいつのこと知らねえのか?」


と最終確認のように聞いてきた。


私たち全員がまとまった動きでウンウンと頷く。


「てめえ、本当に何も知らねえで侵入したのかよ」


ノリオがサードの服を着こんだ男に声をかけると、


「だ、だ、だから何度もおっしゃってる通り…!」


と言いながらサードの服を着こんだ男はごまをするような仕草でヘラヘラと笑った。


「ったく、ざけんなよ!こんな時に忍び込みやがってクソが!紛らわしいんだよ!」


ノリオはサードの服を着こんだ男から手を離して脇腹に背中を何度も蹴とばしてからアレンに目を向けた。


「いいか、アレン。馬鹿なことは考えるなよ!お前はラニアさんの言う通りミョエルと結婚すりゃそれでいいんだ!」


悪い話じゃねえんだからな、と指を突きつけるとノリオは足音も荒く、玄関の戸もバンッと閉めて出て行った。


荒い足音が遠ざかっていくにつれて家の中が静かになってきて、私は皆に目を向けた。


「…結局サードは…」

「いってぇー…」


サードの声が聞こえて全員がビクッと体を揺らして頭を動かす。


声のした方向に向けると、サードの服を着こんだ男がヨロッと立ち上がって着崩れた服を元通りに着直して私たちに目を向けてきた。


「ノリオ程度の蹴りは防げるが、この装備でも身体能力向上魔法使う奴の攻撃はそうそう防げねえみてえだ、クッソいてえ」


くぐもってはいるけど、サードの服を着こんだ男からサードの声が出ている。


サードの服を着こんだ男が髪の毛をズルッと取った。茶髪の下から黒い髪の毛が出てきた。


もじゃもじゃのヒゲをむしり取り、口の中に指を突っ込んで詰め物のような白い物を大量に取り出すと、横に広い顔面も下膨れも笑ってるような口元もちょっと出ていた前歯も消えて…目の青いサードが現れた。


「サー…ド?」


アレンが驚きの目と声で呆然と呟く。


「こんな服着てるの俺しかいねえだろ、馬鹿か」


そう言いながら目に指をあてて何かを取り出している。もしかして目の色を変えるお洒落アイテムのコンタクトレンズ?


「え、おま…顔変わって…っていうか…何で怯えて…?サードなら倒せただろ?」


考えがまとまらないけど言いたいことがたくさんあるアレンがそう言うと、サードは私たちに体を向ける。


「念のため変装して顔を変えて行ったんだ。俺の顔は見られてるからな。あと声の小せえ野郎が知らねえうちに呪文唱えて身体が動かなくなって、あのままだと殺されると判断したからただの三下と思わせるために謝り倒して泣き喚いて雑魚と思わせて外に連れ出させた」


「泣…いたのですか!?サードさんが!?」


ガウリスが驚きの声を出すと、サードはニヤッと笑う。


「いざとなりゃいつでも泣き喚いて情けねえ姿もさらすさ。命には代えられねえからな。それでも疑ってこの家に連れてこられたが、襟巻き一枚切り裂かれて身体能力向上魔法使う奴に十数発殴られる程度で収まったからまだラッキーだった。痛えが骨まではいってねえし」


淡々と言いながらも体を押さえつつ、サードは玄関に向かって歩いて行く。


「どこに行くの」


引き留めようとするとサードは振り返った。


「勇者御一行なんか知らねえって言ってたのにずっとこの家から出ていかねえのはおかしいだろ。俺はその辺うろついて見張りの奴を撒いてから戻ってくる。窓は開けたままでてめえらは寝ろ、話は明日だ」


そう言うとサードは茶髪のボサボサのカツラをかぶって、ヨロヨロと疲れ果てた人の足取りで玄関から出て行った。


「…」

サードが大丈夫だったう安心感はあったけど、色々と普段見ない…ヘラヘラ笑ってごまをするサードに脅えてヒィヒィ言うサード、それも完全に別人になり切っていたサードを見て皆が混乱しているように見えた。


* * *


朝になるとサードはいつもと変わらない爽やかな顔で起きてきて、何事もないように朝食を食べていた。


でも身体能力向上魔法は女のミリアでも鉄の棒を易々とへし折るほどの力が出ていたし、昨夜サードは痛そうに体を押さえていたから心配になってきて、朝食後、サードと二人になった時にこそっと聞いてみた。


「サード、体は大丈夫?」


するとサードは優雅な顔付きを崩して、


「痛えよ」


何を当たり前の事を聞いてるんだとばかりにサードは不愉快そうになったけど、ミリアが戻ってきたから即座に上品な勇者の顔にすぐ戻った。


「ではまた少し我々で作戦でも練りましょうか。部屋に行きましょう」


サードの言葉にまた私たちがサードの寝泊まりする部屋に入って、昨日ラニアの家に侵入した話を聞く。


「じゃあミヨちゃんがリビングで見つけた割符は偽物だったってことか」


アレンがそう言うとサードは頷いた。


「あれは罠だった。まあ偽の割符も使い道はあるから持ってこようとしたが、あのノリオってのに没収されちまった。向こうもそうそう簡単にはいかせねえな」


「けどそれ本物だったんじゃないの?偽物だったら没収する意味がないじゃない」


サードは首を横に振る。


「言ったろ?偽物でも使い道はある。国公認の割符なんだから、偽物が出回ればヴェルッツェの連中も困るわけだ。そうすりゃ偽物を作った奴らを探しだしてやめろって圧をかけるだろ。

それが法律に則ってラニアファミリーだけに的を絞った穏便な圧のかけ方になるか、武力を使ってシュッツランド丸ごと相手にする圧のかけ方になるかは知らねえけどな」


「…それ…下手したらシュッツランドとヴェルッツェの間で戦争が始まるかもしれないってことじゃない」


「そうなるころには俺らはこの国にはいねえ」


「ふざけないでよ、本当にあなたってガウリスの故郷だろうがアレンの故郷だろうが戦争が起きても関係ないみたいなこと言うわね」


サードは私が怒っている姿を見て、声を出して笑いだした。


「お前本当に俺が思った通りのこと言いやがるな、エリー」


何笑ってんのよこいつ。


イラッとして文句を言おうとしたけど、


「しかし…それならこれからどうすれば…」


と悩むガウリスの言葉に口をつぐむ。


そうよね…。結局本物の割符がどんなものなのか、どこにあるのかも分からない。

サードでも捕まってしまったのだからまた侵入しても同じことの繰り返し…ううん、次に侵入した時にはもっと酷い目に遭うかも。


でもまだ数ヶ月時間はあるからって、あまりに時間をかけていたらアレンのお父さんとお兄さんが…。…これ、詰んだ状態に入りかけてない?


…それなら…。


私はある決意を決めてチラとサードを見た。サードは私の視線に気づく。


「どうした」


「私が本気を出せば、隣の家を壊滅状態にできるけど…」


もうこうなったら私が自然を操る魔法を使ってファミリーを壊滅状態に追いやってしまってもいいのではと思った。


「私が地面を二つに割るだけで隣の家はきっとガラガラに崩れて皆パニック状態になるわ。そうなればラニアファミリーだって皆集まる家が壊れて大騒ぎするでしょうし、その中で割符も探せるかもしれないわ。あんまりやりたくないけど、いざとなれば私が…」


「エリーさん、勇者御一行としてそのようなことをしてはいけません」


「けど、ファミリーが居て良いことってある?」


ガウリスの言葉に噛みつくように私は身を乗り出す。


ファミリーの名前を出せば私より下の年齢の子も犯罪に手を染める。ミョエルの気持ちもアレンの気持ちも無視して結婚させようとするし、なにより自分の目的のために他人の家族が死ぬような場に追い込むやり方が許せない。


そりゃあファミリーのおかげで国は潤っているかもしれないわよ、実際にこのランジ町はとても栄えていて隣の国からでもお客が来るってお店だってあるもの。実際にパンケーキは美味しかったし。

でもその裏にラニアが控えていると思うとあの賑やかなあの通りで笑っていた人全てラニアに脅えながらも笑っているような…ほの暗いイメージにすり替わる。


「だからサード、何だったら私たちがいる内にラニアファミリーを壊滅させて…」


「あくまでもラニアファミリーを壊滅に追い込むのは俺らじゃなくて国がすることだ。完璧な悪人の集団の賊の類なら普通にブッ倒せば名声が上がるけどな。ラニアの表向きはれっきとした商人だから下手に手を出すと後々妙な噂が立つ」


前も聞いたようなことをサードは言う。

悪人だって分かってるのに手が出せない…。歯がゆいわと思いながら、


「それなら他に手があるの?」


と聞くと、サードは黙り込んだ。


「…方法がねえわけじゃねえ」


その言葉に全員が顔を上げてサードを見る。

でもサードは目つきを鋭くしながら私たちを見てきた。


「ただしその方法は俺の運も必要になるし、お前らのこれからの人生を俺が握ることになる。それでもいいっていうならその手を使うが?俺を信用して自分の人生預けるって言うならよ」


後半は冗談を言うようにニヤニヤ笑いながら、あり得ねえがな、とばかりに鼻で笑ってサードは椅子に寄りかかった。


「よっしゃ、じゃ俺の人生サードに預けるからやろうぜ」


アレンが軽く言うとサードは無表情になって、椅子から身を起こした。


「アホか?」


「だって今のところ俺の人生ラニアに握られてるようなもんだしさ。ラニアは嫌いじゃないけど今回のやり方は腹立つから。だったら俺は仲間のサードに人生預けるよ」


それなら、と私も頷く。


「その方法しかないのなら、私も預けるわ」

「…はあ?」


サードが何言ってんだこいつ、という顔で私を見てくるから、イラッとしながら口を開いた。


「どうせ四年前にあなたに牢屋から連れ出された時から私の人生預かられたようなものなんだから、今更どうなろうが変わらないでしょ」


「…」

サードは口ごもって黙る。


…サードを言葉で黙らせたわ、やったわ。


サードに言葉で勝ったというかすかな勝利を味わってジーンとしていると、ガウリスも、


「私も預けます」


と力強く微笑んで、


「サードさんなら間違った判断をしませんし、悪運が強いと八三郎さんも言っておられました。私はサードさんの悪運の強さを信じます」


ガウリスの言葉にサードは思わず笑って、そうかよ、とニヤニヤしながら立ち上がると腰に手を当て、私たちの顔を見渡した。


「ならお前らの人生、俺が預かるぜ。ならまずはラニアを俺らの舞台に引きずり込む準備からだ」


と悪どい笑顔になった。

私のパソコンでノリオと打つと、「紀夫」が変換の一番最初に出てきます

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