じゃあどうする?
私たちは重苦しい雰囲気で、皆で椅子に座って沈黙し続けている。
するとその静寂を破るかのように、バァンッ!と玄関の扉が開いた。
「たっだいまー!いやー三日ぶりに会う彼女ってなんであんなに可愛いのかなぁ?もう会うたびに可愛くなっててどうしよう、天使になって天界に帰っちゃうんじゃないかなってくらい、ペロペロ!
あ、そこで勇者様と会ったから一緒に帰って来たヨ!ほら勇者様もただいまって言おうぜ、ただいまー!って!今ここは勇者様の家なんだからさ!ほらただいまー!」
ブラスコが良い笑顔で帰ってきて、中の重苦しい様子を見てから、ハッと真剣な表情になる。
でもその視線はミリアが買ってきたけど、床に落とされた食材に向けられている。
「どうしたの!買い物袋落としたまんまで!あーあ、卵割れちゃってんじゃんもったいないなー。えーと、この具材だと今日のお昼はカルボナーラで夕飯はピザかな?」
ふんふんと陽気な鼻歌を歌いながら床に落ちている食材を拾い集めるとブラスコは、
「あ、明日は彼女と一日デートだから朝から夜まで俺のご飯はいらないよ!」
とバチコンとウィンクをする。
「ブラスコ黙れ」
ドミーノが一言でブラスコを黙らせる。
そこでようやく私たちの様子が変だと気づいたブラスコが、
「何か…あったの?」
と聞いてきた。
ドミーノはため息をついてブラスコを見た。
「割符…」
「…うん?」
「父さんとロッシモが今行ってる国の割符がラニアの手の内にあったそうだ」
「っはぁあ!?」
ブラスコは身を乗り出してあり得ないとばかりの声を出す。
あの妙な形の木の板。何がそんなに大事なのか分からなかったけど、事情を説明されるとかなり大変なことになっているのが分かった。
割符…それは他の国と貿易をする時に使う重要なものなんだって。
例えばアレンがサンシラ国のガウリス相手に貿易しているとすると、アレンが船でサンシラ国まで行って割符を取り出したらガウリスもそれと似たような割符を取り出す。
その二つは妙な形で割られているけど、それを合わせるとぴったりと一つの木札になる。
そこで貿易相手のガウリスは、
「あなたは海賊や違法商売人ではなく、シュッツランド国ランジ町公認で商売を営んでいる方ですね?」
という風に国や町公認の身元のしっかりした商人だって証明できる大切なものなんだって。
だから仮にアレンがサドに住むサード相手に貿易しているとして、うっかり間違えてサド用の木札じゃなくてサンシラ国用の木札を持って行ってしまったとする。
そうなると貿易相手のサードに、
「んだあ?合わねえじゃねえか。捕えて牢屋に入れろ。定めた期間内に身元保証人がこれに合う割符を持ってこなけりゃてめえは海賊や違法商売人として縛り首だ」
とあっさり牢屋に突き出されて、身元保証人がその期間内に割符をもって行かなければそのままアレンは罪人として縛り首になる。
ラニアが持っていた板、もとい割符…。あれはアレンのお父さんと一番上のお兄さんが向かった国の割符だった。だからあの割符を持っていない二人は今頃捕えられて、そのままラニアがあの割符を返さなければ二人は…。
ラニアの家にいた時のことを思い出す。
指先から火を出した魔導士の男にラニアは割符を近づけると、魔導士の男はブツブツと呟いて手の平から激しい炎をゴッと出した。
「アレンがミョエルと結婚するなら返してやるよ?だが断るってぇなら…」
ラニアは割符をユラユラ動かしながらその炎に近づける。
「…!」
今にも動き出そうとするミリアをラニアは目で威嚇した。今そこから動いたらこの割符がどうなるか分かってるんだろうな、とでもいう目だった。
歯ぎしりするミリアを見ながらラニアは割符を火から遠ざけて後ろにいる男に手渡すと、受け取った男の手の内から割符が消えた。
転移の魔法で割符をどこかに飛ばしたんだと思う。でも転移は上級魔法。それをあっさり使う魔導士がラニアファミリーにはザラにいるんだと私は思った。
「ま、ゆっくり考えてくんな。だが一昨日、ヴェルッツェ国から割符を持ってない商人が来たから身元保証人を寄こせっていう手紙が届いたぜ。公安局に届けられる前に俺がせき止めたけどな」
そこまで言うとラニアは初日にみせた人の良いニコニコ顔でアレンの背中をポンと叩いた。
「そういうことだ。母さんをあまり困らせるなよ、アレン」
ラニアはそれだけ言うと、悠々と奥の部屋へと戻っていった。
あの時のことを考えて、何度目かのため息をつくと、続けざまにドミーノ、ミリアとため息をついた。
今この家の中ではアレンの父と兄の命を取るか、アレンのこの先の人生を取るかの重い選択肢が両天秤のようにのしかかっている。
そしてラニアがなぜ私をさらったのかが分かった。
商売の邪魔をする海賊を討伐して欲しいためにサードを動かそうとしたんじゃない。最初からアレンを自分のファミリーに引き込もうと考えて、私をさらったんだわ。
「…だけどあの割符、他の船の人のものだとかはないの?」
かすかな希望をこめて聞いてみるけどミリアは首を横に振って、
「あれはヴェルッツェ国の割符…ヴェルッツェ国とは今うちのランテとロッシモとしかやり取りしてないの、この間ようやく口説き落として貿易をする準備が整ったから行って来るって言ってて…」
ミリアは椅子に座って額を手で押さえて泣きそうな顔になっている。
「ヴェルッツェ国とこのシュッツランド国は昔から戦争をしていてな…」
ドミーノの説明だとこう。
シュッツランド国と海を挟んだ向こうのヴェルッツェ国は昔から戦争をしていて、土地を奪い奪われる血みどろの歴史を繰り返していて仲が悪いんだって。
それが残虐な魔王が居た百年前ぐらいの時代になると、人間同士でいがみ合ってる場合じゃないって戦争を一時休戦。休戦したままお互い現在に至っているけど、百年経っていてもそれぞれの国では悪い感情は未だに残っている。
だから今の今まで貿易のやり取りは無かったらしいけど、ランテとロッシモは、
「戦争が休戦して百年以上たってるんだし今ならいける!」
って単身ヴェルッツェ国に乗り込んで、毎日のようにお酒を飲んで会話をしてようやく心を開いたヴェルッツェ国相手と貿易できるまでにこじつけたんだって。
そうやってヴェルッツェ国公認の割符を手に入れて、それを自慢げに仲間内に見せびらかしていたって。もちろんラニアにも…。
「出発する前、二人とも酔い潰れてラニアのファミリーの奴らに連れてこられたから、盗られたとすればその時しかない。だがそれだと割符を持ってないまま出港したことになるが、二人は割符の確認はしなかったのか?」
ドミーノはミリアに聞くけど、ミリアは首を横に振ったまま何も言わない。
「偽物を用意して渡したのでは?」
サードが口を挟んだ。
「本物があれば偽物も出回るものです。しかしお父さんとお兄さんが捕まったのなら明らかにどこか違うように作ったのでしょう。…アレンをファミリーに引き込むために少しずつ脇を固めていたと思われます」
「けどそれだとおかしいじゃねぇか、七年もここに帰ってこなかったアレンが帰ってくる保証なんてどこにもない。
…そうだ、ラニアは自分のファミリーが関わってないのにヴェルッツェ国と貿易を始めた親父とロッシモが憎くてこんなことを…!」
ブラスコが怒ったようにいうが、サードは首を横に動かした。
「もしかしたらですが、私たちは少し前にシュッツランドに入国しました。そこでアレンがここに戻って来ると思っての行動なのではないですか?
シュッツランド国中に名前が知れ渡っているということですし、話を聞く限り公安局…まあ国の関係部門へ行く手紙も止めるほど影響力もあります。国の各地に手下が散らばってると考えても不思議ではないでしょう」
そういえばラニアが初めて会った時に言っていた。「手下から聞いてアレンが昨日帰ってきてるのは知っていた」って。
サードが言うのが本当なら、シュッツランドに入国した時からアレンが勇者御一行として帰って来ていたのが分かっていたんじゃないの?
それで私たちの行動を全部知ったうえで一日ずらしてやって来て、勇者御一行かとすっとぼけて驚いたふりをしていた…?
初対面だとアレンを可愛がってる近所のおじさんという印象だったのに、今はもう得体の知れない不気味な人物としか思えない。
「じゃあ、どうする?」
アレンが口を開いた。
皆の視線がアレンに集中して、ミリアはポカンとした顔でアレンを見る。
「どうするって…何を」
アレンはいつも通りの表情でミリアを見返した。
「とりあえずあの割符を取り戻して父さんとロッシモを迎えにいけばいいんだろ?手紙は一昨日来たっていうし、ヴェルッツェ国の距離なら処刑されるまで最長で三ヶ月ぐらい時間はあるはず」
自分の家族の死が関わっている話なのに空恐ろしいことをアレンは軽く言う。
するとドミーノが苦々しい表情でアレンを見てテーブルに手をついて身を乗り出した。
「しかしその割符がどこにあるのか分からん」
「俺、ラニアん家の割符が置いてる場所知ってるんだよね」
アレンの言葉に全員が驚いてアレンの顔を見た。アレンは身を乗り出す。
「子供のころからラニアに結構可愛がられてたから、あそこの屋敷歩き回ってても周りの大人も何も言わなかったんだよ。ミヨちゃんに引き回されてたってのもあるけど。それで割符置いてる部屋も知ってる。
久しぶりに行ったけど部屋の間取りも全然変わってないから場所も変わってないはずだよ。割符はラニアの部屋の隠し扉の向こうだ。暖炉の上には女の人の絵があって、その絵を開けると小さい扉がある。
それには数字を合わせるダイアルがあって…その番号までは知らないけど」
アレンがペラペラと話すのを聞いていたブラスコは目を輝かせながら、
「お前、最高かよ!」
と思いっきり抱きついてアレンの頬にキスを連発する。
「やーめーろーよー」
アレンはそう言いつつニヤニヤと笑っているけど、サードはかすかに男の兄弟同士で気持ち悪い、という目をしていて引いていた。
「だが…あのラニアが奪い返しに来るかもしれないと知っててそのまま置いてるとは思えないんだが」
ドミーノが苦々しい顔を軽く上げて目だけを動かしながら私たちに視線をずらす。
「それも勇者御一行…魔族をも何度も倒すほど実力のある方たちが仲間のピンチだと攻め込んでくるとも限らない」
するとサードは首を横に振って口を挟んだ。
「ラニアが犯罪組織のボスだと有名であれ表向きには商いを営んでいる貿易商の社長です。我々が乗り込んで力ずくでとなると、端目には一般の社長宅に我々が乗り込み暴れて脅す図が出来上がります。そうなるのは我々には不都合ですね。
それを見越したうえでろくに手出しはできないとアタリをつけての行為なのでしょう。実際に勇者として手を出すのは得策ではありませんし、出来ませんから」
サードの言葉にダーツ家の皆は絶望的な顔つきになる。
「それじゃあ私たちはアレンのために動けないの?」
と私もそんな、という気持ちで視線を送ると、サードはニッコリと微笑んだ。
「だからといって見捨てるようなことはしませんよ。なんせアレンとその家族の一大事ですから」
サードの言葉にミリアもドミーノもブラスコもフッと希望の湧きあがる明るい顔つきになった。
何だかんだでサード…勇者の一言って周りを大いに一喜一憂させるわね…。
皆の表情の変化を見ているとサードは続けた。
「アレンの言う通り、まだ時間はあります。私たちも今回のことが丸く収まるよう、全力でどうにかします。ですからまずはお昼ご飯でも食べて一息ついてから考えましょう。腹が減ったままでは良い案が出ません」
「こんな時にご飯って…」
こいつ…と思いながら呟くと、
「休む時は休む。動く時は動く。この基本がなっていなければいい結果など出ませんよ」
サードのあっけらかんとした言葉にミリアも泣きそうな顔から笑いをかみ殺す顔つきになって、
「そうだね、お昼もとっくに過ぎちゃってるもんね」
と言いながらゆっくりと立ち上がって私を見た。
「エリー、カルボナーラのソースづくり、手伝ってくれる?」
少し元気になったミリアを見て私はホッとしながら、
「もちろん!」
と腕まくりをしてミリアと一緒にに台所へと向かっていった。
あるアニメで帰国子女の兄弟が互いにチューしてて、
「うんうん、日本人として違和感だけど外国では同性でもよくすることなんだよね」
と思っていたらある回で急にお兄さんが弟を押し倒して、
「え?お兄さん弟押し倒したよ?え、これ…あ、BLか…」
って時がありました。




