うー、トイレトイレ
「ううん…」
寝苦しくて目が覚めた。
苦しい。
まるでお腹が締め付けられているようで息がしづらいし、寝返りを打とうとしても体が動かない。
寝起きの頭でそこまで気づくと、眠気がスッと消えて頭から血の気が引いた。
そういえば世の中には金縛りっていう、寝ていると体が動かなくなる現象があるのよね?
原因は色々あるみたいだけど、特に心霊現象が関わってるとなりやすいとか何とか…。
まさかこれって心霊現象…!?
心臓がすくみ上がると、ふいに後ろからスカァァ…と軽いいびきが聞こえてきた。
首だけを動かして後ろを見てみる。
そこにはアレンの健やかな寝顔が見えて、よくよく自分の体を見てみると、アレンの腕が私をしっかりと抱え込んでいる。
…何だアレンか…。
アレンの重い腕を私から引きはがして寄せて、起き上がる。
私ももう慣れたものよね。昔よく読んでいた乙女向けの恋愛小説だったら、
「キャアアアア!」
と叫ぶか、
「え…なんでこんな風に抱きしめて…?」
って胸がときめくシチュエーションでしょうけど。
でもこれはただの寝る時のクセ。寝ているうちに近くの物にしがみついて寝るアレンのただのクセ。
だから人であれ近くで寝ると今の私みたいにアレンの腕の中に巻き込まれていく。
ちなみにサードはそうやって巻き込まれるのをとても嫌がっているから、寝る時はアレンと自分の間に何かしら物を置くようにしているのよね。
そうすればその物を犠牲に自分は被害に遭うことがないからって。
私も最初巻き込まれた時はさすがに驚いて「えっ…」と恥じらっていたけど、寝る時は何でも腕に巻き込んでいくのを見て知ったうえで何度か巻き込まれた今では「ああまたか」って感じ。
…けどおかしいわね。性別の関係で寝る時は一応サードとアレンは部屋の左端に、私は右端にと少し離れていたんだけど。寝る前はそうだったはず…。
部屋の中を見渡してみるとサードの姿が無い。
それを見て察した。
そうか。サードが近くから居なくなって怖くなったアレンは私の傍に寄って来て、それで安心したからこんな健やかな顔で眠りについたというわねね。
それならサードは扉の向こう側で見張りでもしているのかしら。
目が冴えてしまったから立ち上がって腕と首を軽くグルグル回す。アレンの重い腕のせいで少し肩が凝った。
寝不足になると髪の栄養に悪いから私は夜の見張りは免除してもらっているけど、夜のダンジョンではこうやって片方が起き、片方が眠り、と交代で見張りをしてくれている。
ちょっとサードの様子でも見てこようかしらと扉をそっと開けて辺りを窺ってみるけど、サードの姿が見当たらない。
「あら?」
どこで見張りをしているのかしら。
もう一歩前に出てみるけどやっぱり見当たらない。
「どうした、小便か」
「ひっ」
どこから声がしたのとぐるぐると辺りを見渡すと、居た。
扉から出てすぐ右脇の壁、そこにサードは寄りかかっていた。暗闇にすんなり溶け込んでいるけど、よくよく目をこらすと部屋の中からのたき火の明かりで輪郭がわずかに浮き上がっている。
サードの身に着けている紺色の鎧と紺色のストールは闇と一体化するにはもってこいの色。
以前なんで黒でもなくわざわざそんな色にしたの?と聞くと、
「この色が一番闇に溶けこめるんだ」
という答えが返ってきた。
それを聞いて以降、頭のほとんどを隠すストールの巻き方も相まって、この男は元々泥棒だったに違いないと私は思っている。
「クソか?」
驚き返事をしないでいるとサードは嫌なことを加えて聞き返してきた。
「違う!ちょっと起きただけ!」
威嚇するように言い返すと、一息ついて改めて聞いた。
「それで、見張りしててどう?何か変なこととかあった?」
「いいや。なんも」
サードはそれだけを言うと黙り込む。
少し待っていても他に何も言うことがなさそうだから、私もサードと同じように壁に寄りかかる。
どこかから風が吹いてきて、滝の落ちる音が絶え間なく聞こえて、夜の山の上だからかなり冷え込む。
「…何で火の近くで見張りしないの?寒くない?」
「アレンが怖えから一緒に居てくれって気持ち悪いしウザかったから外に出た」
「…」
何となく私が寝ているうちにどんな攻防戦があったのか想像できたからそれ以上は何も聞かないでおいた。
でもそれぐらいアレンを怖がらせたサードにも落ち度はあるでしょうけどね。かくいう私もアレンを怖がらせたまま放置していたけど。
しばらくお互いに無言でいたけど、ちょっと思ったことを聞いてみた。
「ねぇ、お化けって本当にいると思う?」
まだ遭ったことはないけど、ゴースト型のモンスターはいる。
でもモンスターじゃなくて正真正銘、人間のお化け、幽霊というものはこの世に存在するのかしら。
私はそんなに信じてない派だけど、このお城に入ってから妙な出来事が続くからもしかして…という考えに傾いてきている。
でもアレンは最初から完璧に信じて怖がってる、でも根性曲がってるというか、偏屈というか、現実的なサードはどう思っているのか…。
「さあな」
サードは一言で終わらせた。でも肯定も否定もしていない。
少し間が空いて、サードはまた口を開く。
「…俺はそんなの信じてるつもりはねえが、実際に自分で見て体験したならそれ以降は信じるかもな」
「ふーん…」
サードらしい回答だわ、自分の目で見たものしか信じないっていうその考え。
するとサードは不意に首をこっちに動かした。
「だが目に見えるから存在するってわけでもねえし、目には見えねえが存在するもんはある」
それを聞いて私はシパシパと目を瞬かせて、すぐ呆れ顔になる。
「それってお化けの存在を信じているってことじゃないの」
「言葉は目に見えない、だがある。感情だって目に見えない、だがある。風だって目に見えない、だがある。そう考えると完全に見えないからないとは限らねえ。だろ?」
「…まあ」
サードのことは信用してないし好きでもないけど、その言葉はかなり説得力がある。
だから皆もそんな説得力のある言葉でコロッと丸め込まれて「さすが勇者の言うことは違う」って尊敬していくのよね。本当、口先で生きてるっていうか…。
「昼間中、ずっと視線を感じてた」
急に放たれた言葉に、私はサードの切れ長の瞳を真っすぐに見た。その目は滅多に見せない真剣なもので、黙って続く言葉を待つ。
「最初はてめえが背後から俺を攻撃しようとしてんのかと思ってた。だが後ろを振り向いてもお前は攻撃する素振りもなかったし、次第に別の方向を見て最終的には俺の前歩いてただろ」
そう言われれば一階を周っている間、サードが睨みつけるようにいちいち振り向いてきていたわね。
それが鬱陶しくてサードを見ないよう視線をずっと逸らし続けて、最終的に明後日の方向を見ながら歩くのが面倒臭くなってサードの前を歩いていたんだ。
「なのにずっと視線を感じた。どういうことだと思う」
「…どうって、見張られてたとか?誰かに」
それしか答えはないように思える。
サードは軽く頷いたのを見て、私は呟いた。
「魔族とか?」
一番考えられるのはここに潜んでいる魔族。
ここには中ボスもいると言っていたし…もしかして中ボスが見張ってたのかしら。
「魔族がなんで延々と昼間から攻撃もしねえで俺たちの背後をつけ回すんだよ」
馬鹿か、と一蹴された。
「別に背後をつけ回さなくても、どこか別の部屋からどうにかして見張ってるとか…」
「さすがの俺でも別の部屋からの視線なんて見抜けるわけねえだろ。俺が気づける範囲は自分の周りぐらいだ」
何とも自惚れてるような発言が出たけど、それより今のサードの話を聞いて首筋に冷たいものが走った。
「なにそれ…。じゃあ今日ずっと私たちの傍に何かいたとでも言いたいの…?」
サードは考えこむように黙り込んでから口を開いた。
「幽霊だの化け物の類もな、見えるだけじゃねえと俺は考えてる。見えないが感じる、見えないが臭いがする、見えないが聞こえる…。色々あるだろうさ」
「…」
もしかしてサードは私をアレンみたいに怖がらせようとしている…?
そう思ってサードの顔を伺ってみるけどその顔は至って真面目そのもので、人をからかうような感情は一切入っていない。
強めの風が吹いてきて、私とサードの髪を揺らして間を駆け抜けていく。
石の隙間から風が漏れるのか、ヒョオーォと長く不気味な音が響き渡った。
ぞっ
今の話と冷たい風で体がだいぶ冷えてきた。
部屋に戻って寝ようとしたけど、冷えた空間に立っていたら体が冷えてしまって本当にトイレに行きたくなってきた…。
ここの位置からだと一番近いのは崖にせり出しているトイレ…だけど…。
チラ、とトイレのある方向を見てみると、ただただ暗い廊下が奥に続くだけで何も見えない。
松明を使ってもこれは…一人で行くの怖い。ただでさえお化けがいるかもしれない古城だし…。
それにトイレに行くだけで松明一本使おうものならケチ臭いサードが文句言ってきて面倒くさそう。
私の魔法は自然を利用して力を際限なく増幅できるけど、それでもそこにあるものを増幅するだけだからゼロから炎を作り出すことができない。
だから火を起こす時・暗い中を歩く時にサードは何の気なしにぼやく。
「こういう時、何もない状況から炎出せる魔導士がいたら便利だよな」
そんなことを言われる度に私は妙なコンプレックスを感じてうつむくことが多かった。
私だってゼロから炎が出せたら楽だろうなっていつも思ってるわよ、でもそこらの魔導士より私のほうが力は強いものと思いながら…。
でも今はそんなことより…トイレどうしよう。
頑張れば朝までもつかしら、それとも思いきって今行った方がいいかしら。
そわそわ足を動かしながらチラッとサードを見た。
するとサードが予想外にこちらを見ていてバッチリと目が合って、思わず目を逸らす。
「便所か?」
「……」
何でそうデリカシーの無い言い方しかできないの、表の顔の時はそんなこと言わないくせに。
そう言い返したいけど、その気持ちをぐっと押さえてサードに改まって向き直った。
「つ、ついてきてくれる…?」
「寝てるアレン置いてくのか?一番敵に狙われたら危ないのアレンだからな。お前は一人でも大丈夫だろ」
怒りを押し殺して頼んだというのにそんなことを言われ、ムッとなってサードを睨みつけた。
「だったらもういい、一人でいくもん!」
怒りのこの勢いなら行けると足音も荒く歩き出した。でも進む先から風がヒュ、と吹いてきて顔から首筋をサワッと撫でていく。
途端にゾワッとしたものが体を駆け巡って、一歩二歩と後ろに歩いて元の位置へと戻った。
「何がしたいんだよ」
サードから笑いのにじんだツッコミが飛んでくるけど、やっぱり一人で行くの無理。アレンは寝ているし頼みの綱が悔しくもサードしかいない。
「…頭下げてもついて来てくれない?」
「へえ、頭下げるのか?お前が俺に?」
楽しそうな口調へと変わったのを聞いてしめた、と希望を抱く。
サードがこうやって相手をおちょくるような口調になった時はわりと機嫌がいい証拠で、比較的私たちの意見も聞いてくれる。
「だがなあ、やっぱりアレン一人残していくのは心配だしなあ」
サードはわざとらしく悩む素振りをしながら私の反応を楽しむように眺めてくる。
少しイラッとしたけどサードに頭を少し下げて、
「お願い…します」
と小さい声で頼み込んだ。
ものすごい屈辱感に襲われるけど、生理現象とよく分からないものへの恐怖には勝てない。
「そんなに怖いか?目にも映らねえもんがそんなに?」
サードは楽しそうに言うと、部屋に戻って松明に火を灯し「おら、とっとと歩け」と私の背中をこづいて歩き出した。
学生時代よく通る道で、昼でも「ここ妖怪出そうだな」と思うお気に入りの場所がありました。
ある夜、その日に返さないといけないDVDがあるのに気づき、慌てて自転車で返しに行ったその帰り。
例の妖怪が出そうな場所を通り過ぎる際、心の中で「やっぱりここ妖怪出そうだよな」と思った瞬間。
いきなり自転車のライトがパッと消えました。
パニック状態で暗闇の中を立ちこぎで帰りました。ちなみに自転車のライトは数日前新品に取り換えてもらったばかりなので消えるはずなかったんです。
その後は三日ほどライトがつかず、四日目から普通にライトつくようになりました。謎現象ですね。




