貞操の危機とエリーのやや本気(二回目)
「美味しかったわね」
「ええ。葡萄酒もパンケーキに合わせてスッキリした味で美味しかったですし、ジェラートも食べるのは大変でしたがとても美味しかったです。パンケーキ自体も自然な甘さといいますか…」
私もガウリスの言葉に強く頷き返す。
「そうそう!外はこんがりしてて噛んだらサクッとしてるけど中はホワッとしてて、それでもトッピングのどの味も邪魔しない甘さで」
「確かに一度食べたら隣の国でも行きたくなるほどの味でしたね」
ちなみにガウリスはジェラートがどんどんと溶けていくのを見かねて先にジェラートを手早く口の中に放りこんでいたけど、全て口に放り込んでからトッピングが何もなくなったパンケーキを見つめて、
「…何かもったいないことをした気が…」
と少し悲し気な雰囲気で言っていた。
でもこうやって美味しかった食べ物のことを言い合えるって嬉しい。
ルンルン気分で歩いていると、パティシエ風の男の人が、
「おーいお兄さんお兄さん!忘れ物!」
と後ろを追いかけて来た。私たちが振り向くと、パティシエ風の男の人はガウリスに近寄って、
「ほらこれ、お兄さんの座席の下に落ちてたよ」
とハンカチらしきものを渡す。ガウリスはそれを受け取るけど、
「え…、いえ、これは私の物ではありませんよ」
とすぐに返した。
「えー、けどお兄さんの座ってたところの下に落ちてたんだけどなぁ。本当に違う?」
と困ったような顔をしながらパティシエ風の男の人がガウリスにハンカチを広げて確認させている。
そのやりとりをガウリスの後ろから見ていると、ふっと目の下に何かが見えて、ん?と確認しようと目を動かすのと同時にごつい手で口をふさがれて、横から現れた見知らぬ人にみぞおちに拳を入れられて…。
* * *
「…」
ふっと目覚める。辺りは薄暗い。
散らかった物置?それともあばら家?小屋?どこか分からないけど清潔とはいえない床板の上に私は座っている。
殴られた鈍い痛みで胃の辺りが重い。
…殴られた…?あ、そうよ!私はいきなり口をふさがれてそれからみぞおちを殴られて…!
その後どうなったの?ガウリスは?
首を動かすけどガウリスの姿は見当たらない。
だけど薄暗い小屋の中、人らしき影が数人うごめいているのが見える。私が起きたのに気が付いたのか、下卑た笑い声と一緒に一歩一歩近づいてくる。
「ここはどこなの!あなた達は誰!」
そう言ったつもりだけど、口から出るのは「ムー、ムムウ、ムムウ」というくぐもった声だけ。
口にタオルをくくられているから声が出ないんだわ。立ち上がろうとしたら、ぐん、と体の裏に回されている手が動かず立ち上がれなくて、すぐさま尻もちをついて元の位置に倒れ込んだ。
見上げるとこの部屋の中心に立っている柱、そこに後ろ手に縄か何かでくくりつけられているみたい。
「おめざめかい、嬢さん」
小屋の入口から近寄ってきた男が声をかけてくる。顔を見ようしても、薄暗いしかすかに漏れてる明かりを背にしているからろくに見えない。
「自分が今どんな状況に陥っているか、分かるか」
どこか楽しそうに男が話しかけてくるけど、どんな状況か分かるかって、これは確実に悪い状況じゃない。
どこなのか分からない薄暗い中、口はふさがれて手は後ろ手に柱にくくりつけられていて、しかも周りには嫌な笑いを浮かべる数人の男…。
何が目的でこんなことになったのかは分からないけど、それでも自分の身を守らないといけないのは分かる。
まずモンスターにいきなり襲われた時みたいに、首を動かして周りの状況を確認してみる。人数は…五人?薄暗くて顔はろくに見えないけど、体格でも声でも女の人はいなさそう…。
「なあこの女、殺さなきゃ好きにしてもいいって言われたよな?な?」
後ろからハァハァという荒い息を耳元に吐きながら男が私の肩を鷲掴みにしてきた。
ゾワッとして、思わず魔法を発動して自分の後ろに突風を起こす。
「ブワァ!」
私の肩を鷲掴みにした男は小屋の奥へと飛んで行ったみたいで、ゴンッと壁にぶつかる鈍い音が響く。
すると男たちは私が魔法を使ったのに驚いたのかザワッと一歩引いて、
「この女、魔導士か!?」
「ウソだろ、呪文を詠唱したり魔法陣描いたりしねえと魔法なんて発動しねえはずだろ?」
「今どうやって…!?」
とそれぞれが混乱しながら一斉に喋っている。
あら、この程度の魔法で怯んでいるわ。これだったら楽に逃げられるかも。
相手が怯んだことで少し心の余裕ができた。それならこのまま魔法を連発して…。
そう思っていると脇に居た男がいきなり私の髪の毛を掴んで、手の平を私の顔に向かってグワッと振り上げてきた。
はたかれる!
目をつぶって身をすくませたけど、はたくことなく男は目の前で手を止めて、その手の平からはバチバチと手の平から電流が走った。
この男も魔導士?と手の平を見ると、瞬く電流で手の平に魔法陣が描かれてるのが見える。
…手の平に描いているの?それとも刺青として入れているの?
私が手の平の魔法陣に一瞬気を取られたのを見た男は、私が電流の魔法で脅えていると思ったのかもしれない。
自信を取り戻したような声で私を威圧するように、
「俺はな、雷使いのギーガって呼ばれてんだ、死にたくねぇなら大人しくしろ!」
と言いながら私のローブを引っ張り上げながら広げて、他の男たちも我先にと手を伸ばしてくる。
はぁ!?私の体に触ろうとすんじゃないわよ!殺すわよ!
私はギーガとかいう男の手の平でバチバチと音を立てる電流を増幅させて、部屋全体にバリバリと電流を散らせた。電流の当たった壁は爆発するように飛散して穴が開いて、外から明かりが差し込んでくる。
「どわああ!」
「何やってんだバカ!」
「殺す気か!」
二人に電流が当たって、偶然にも避けた男たちからは非難と怒声の声が上がる。ギーガとかいう男は自分の電流で自分が痺れたのかビクビクと痙攣しながら倒れている。
でもそう、まだ三人残ってるの。
風の魔法を発動させると、下からゆるく風が起こって私の髪の毛がスウ…と逆立っていく。
男たちは私が魔法を発動しようとしているのに気づいたのか、
「き、気絶させろ!早く!」
と近づこうとするけど、誰がこれ以上近寄らせるものですか。
私は自分を中心にゴッと風を起こして、強風で男たちを巻き上げた。
男たちだけじゃなくて周りの壁、床板、屋根も一瞬で粉砕されて巻き上げられて、二回瞬きしている間に私のいる周辺は地面からドーナツ状にえぐられる。
薄暗い部屋は、私がくくりつけられている柱を残してあとは全部跡形もなく消えた。
風の力で柱にくくられている縄を断ち切って立ち上がりながら口をふさいでいるタオルも取る。
周りを見回してみると人気のない森の中で、他に建物は見当たらない。もしかしたらここは森の管理をする人の物置小屋とか、そういう場所だったのかも。
でもなるほどね?本当に人が居ない場所に私は連れて来られていたの。
こんな人気のない場所に連れ込んで、あの男たちは集団で私に何をしようとしていたのか…。そう思うとはらわたが煮えくり返るわ。
どうしようもない怒りに燃えていると、少し離れた所に倒れ込んだまま青い顔でこっちを見ている男を見つけた。
行き所の無い怒りに任せてその男を見ていると、勝手に魔法が発動されて地面がドンッドンッと突き上げられるように縦に揺れる。
「ひぃっひぃいい!地震だぁ!」
逃がさないわよ。
私は男が這う這うの体で逃げる先の地面を大きくメリメリと割って、男は地面にできたひび割れの隙間にあっけなく落ちていく。
私は悠々と近寄って上から男を見下ろした。男はひいひい言いながら木の根っこに必死にしがみついていて、
「助けてえ」
と言ってくる。
イラッとした。
「私に集団で襲いかかろうとしたくせに助けを求めるとか虫が良すぎるんじゃないの?馬鹿じゃないの?本当に殺してやろうかしら…!」
怒り任せにそう言うと男は、ひぃぃ、と情けない声を出している。
私はサードに「お前が本気出したら大体のやつは死ぬだろうから魔法を使うのはよっぽど自分の身に危険がせまったらでいい」って言われるくらいの魔法が使えたからこうやって楽に逃げられたけど、もし魔法が使えていなかったら、今頃どうなっていたか…。
そう思うと胸の内にグラグラと怒りの炎が渦巻いていく。
「このひび割れを元に戻したらどうなると思う?そうしたらあなた、そのまま地面にすり潰されて死ぬでしょうね。それもそんな地面の下にいたら死体も永遠に発見されないでしょうね」
「や、やめて…」
男が木の根を伝って地面のひび割れから逃げ出そうとするけど、足が挟まっているのか脱出できない。
「それなら公安局に突き出すわ。あなたの仲間全員よ」
「や、やめて…」
「私がさっきそう言えていたら、あなたたちはやめていたの?」
冷ややかに言うと男は首を横に大きく振って叫んだ。
「違う、違う!俺たちは小遣いをもらって頼まれたんだ、あんたをさらえって、人質だから死なせなければ好きにしてもいいって…最初からああいうこと目的でさらったんじゃない!」
小遣い程度であんな目に遭ったのかと思ったら余計腹が立って、
「誰に頼まれたの」
とイライラと聞くと、男は言い淀んで首を横に動かした。
「名前は、言えない…」
「へーえ、そう」
魔法を発動する。
地面は突き上げられるように揺れて、開いた隙間がズズズと元に戻り始めて幅が狭まっていく。
男は地面の揺れで更に地面の奥に滑り落ちて、必死に爪を木の根っこにガリガリと突き立てて、
「ラニア!ラニアさんだ!お願いやめてえええ!」
と叫んだ。
ラニアの名前を聞いて思わず魔法を止めた。
怒りが飛んで、恐怖が襲ってくる。
一度しか会ってないのに、こんなゲスな男たちに小遣い程度の金を払って、死ななければあとは好きにしてもいいって言った?ラニアが?どうして?
「まさかあなた、ラニアファミリーの人なの?」
聞くと男は首をブンブンと横に振って、泣きじゃくりながら私を見上げている。
「俺は…俺はラニアさんが出資したパンケーキ店に小麦を運んでる小間使いだ…、やれって言われたら断れなくて…お願いだ、助けて…ここから助けて…」
パンケーキ。
まさか…私とガウリスを呼び止めてお店に呼び込んだのも、パティシエ風の男の人がガウリスにハンカチを落としたと声をかけたのも、最初から私をさらうために仕組んで…?
思わず男の顔を見下ろすと、男はグスグスと泣きながら私を見上げ続けている。
よくよくみるとまだ子供といえる幼さの残る顔立ち。体格は大きいけど、もしかして私よりも年下の子なんじゃないの?見たところ成人するかしないかくらいの、十五歳くらい…?
立ち上がって周りを見た。
全員を公安局に突き出すと言ったけどが、下から巻き上げた風のせいで他の男…もしかしたらこの地面に挟まっている子と同じような年齢の若さかもしれない男の子たちは皆どこに行ったのか分からなくなってしまっている。
怒りがしぼんで冷静になると、どこに行ったのかも分からない全員を探し出して引き連れて公安局に行くのが面倒になってきた。
私は魔法を発動して木の太い根っこを動かすと、地面に挟まっている男の子を下から押し上げる。
男の子はひいひい言いながら地面から這いずり出て、泥まみれで私を見上げている。
「いつもはこんなことはしていないのね?ラニアに頼まれたからやっただけなのね?」
うんうんと男の子は助かったという安堵と、それでも目の前にいる私に対して恐怖の顔で頷いている。
「本当ね?嘘ついたら後でどうなるか分かってるわよね?あのパンケーキ店を調べればすぐ分かるんだからね」
男の子は恐怖の顔を更に青くし、
「嘘じゃありません、神に誓って本当です、今まで俺たちは兄弟や家族のために真面目に働いてきました、けどラニアさんの言う通りにしないと後がどうなるか分からないから、だから言われた通りにしただけです、本当です!」
目を潤ませながら男の子は神様に祈るように震える指を絡ませて私を見上げてくるけど、それでもその言葉にイラッとした。
「兄弟のために真面目に働いてたのを神に誓えるけど、私を捕まえた後は何もしないで見逃すっていう考えはなかったんだぁ?
好きにしてもいいって言うんだから、何もしないで見逃す選択肢もあったはずよねぇ?ふーん、へーえ、ずいぶんと自分に都合のいい言い訳よねぇ?」
イライラしながらなおも男の子を見下ろすと、男の子はガチガチと歯を鳴らして涙を流し、
「ご、ごめんなさい…あなたが綺麗だったから、つい…」
と口をあわあわと動かしてブルブルと手を震わせている。
それを見て、虫かごの中に入っていた幸運のミツバチのエーデルの姿を思い出した。
見た目的にエーデルもこれくらいの年齢で、サードに脅されてこんな風に恐怖で歯をガチガチと鳴らして震えて泣いていたっけ。
それを思い出すと本格的に性格がサードに近づいてしまっている気がしてきて、何度か深呼吸して無理やりにでも気持ちを落ち着かせる。
この子たちは私が魔法を使えるのを知らなかった。きっとラニアは私を魔導士とも勇者一行の一人とも言っていなかったんだ。
そんな勇者一行に小遣い程度の金額で向かわせられたこの子たちもある意味被害者ともいえるし、私が公安局に行って「こんな子たちに襲われた」と報告したらこの子たちは「勇者一行の一人を襲おうとした犯罪者予備軍」というレッテルを一生貼らるかもしれない。
…でも待って?ラニアの存在は公安局からスルーされているってアレンが言っていなかったかしら。それならラニアがこの子たちを使って私をさらわせたって正直に公安局に言ってもスルーされるんじゃ…?
うーん…。とりあえず皆に報告して相談してから公安局に行った方がいいかしら。
それならこの男の子はどうしよう。正直まだ許せないしもっと気分的に痛めつけてやりたいけど…ううん、そんなことしたら本格的にサードになっちゃう。
…そうね、放っておこう。これ以上関わりたくもないし。
キョロキョロと首を動かすと、遠くに高い建物があるのを見つけた。
多分あっちが町の方向ね。
私は男の子を一瞥してから、背を向けて歩き出した。
真のドSはサード。エリーもSっ気が見え隠れするけどサードに隠れて目立たない。
アレン
「俺は気づいてたよ。魔界を焼き尽くしてる時に笑ってるエリーを見た時から」
ガウリス
「(アレンさんがションボリしている時もエリーさんは少し嬉しそうですもんね…)」
エリー
「…ガウリス何か言いたげね」
ガウリス
「いえ別に…」




