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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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ちょっとお出かけ

次の日の朝、朝食を食べ終えてコーヒーを飲んだ後、


「…じゃあ俺…ちょっとミヨちゃんと話し合ってくる…」


とアレンはションボリとした表情でトボトボ出かけようとする。


玄関を出ていく時、


「…また昔みたいに殴られるんだろうなぁ」


と言いながらドアをパタリと閉めていた。


その後ろ姿を見ていたミリアはどこか笑いを噛みしめているような、でも息子が殴られるかもという心配そうな苦笑の顔で見送っていた。


「昔からアレンはミョエルに一度も勝てたことがなくてね。いつもミョエルに振り回されて、怒られてぼこぼこに殴られて泣きながら戻ってきてたんだよ。

ミョエルからしてみたら愛情の裏返しだったんだろうけど、アレンは素直だからいじめられてたとしか思ってないんだよね」


と言いながら私に一口で飲めそうな小さいカップに入ったコーヒーを出してきた。


「だから女の子にぼこぼこにされて泣いて帰ってきてたあのアレンが勇者御一行になってるのが未だに信じられないよ」


アレンの去っていったドアを見ながら呟くミリアに、ガウリスはコーヒーを一口飲んで、


「アレンさんは人を叩く行為が好きではないだけで、強い方だと思いますよ。攻撃を加えられても相手に攻撃を与えないアレンさんはとても強いお方だと私は思います」


とカップを下ろした。ガウリスの手は大きいから、その小さいコーヒーカップがまるでおままごとセットのものに見える。


ガウリスにそう言われるとミリアは嬉しそうに、それとわずかに自慢げに笑った。


「本当にあの子は昔から優しい子でね。一度だって誰にも暴力を振るったことがないんだよ」


でも、とミリアは少し心配そうな顔つきになる。


「それなのにアレンをミョエルの婿に欲しいってラニアに言われた時には、まさか冗談でしょ?って思ったよ。暴力もろくに振るえない子をなんでラニアはそんなに高く評価してうちの子に欲しいと言ってるんだかって思った」


「戦闘面ではなく、実務の方を高く評価されたのでしょう」


サードがコーヒーを飲む手を止めて口を開くと、ミリアがサードに目を向ける。


「あの人当たりのいい性格、まずこれが一番でしょうね。誰とでも上手に付き合えればラニアが引退しても内部で反発し合う者がいなくなります。

そして資金繰りの面。金銭の管理能力が高ければ組織は安泰です。そして交渉能力、どんな相手にも気後れすることなく堂々と渡り合えれば自然と人は信頼しついて行きます。

それに地図も読めて海図も読めるとなればどこにどのように勢力を広げ、物資を運べるかと考えることも容易(たやす)いでしょう」


サードはそこで少しコーヒーを飲んで、続けた。


「戦いというのは腕っぷしだけではなく、裏からどのように支え運営していくかというのも重要なのですよ。どんなに力が強くても金銭の管理も人の管理も甘ければあっという間に組織というものは崩壊してしまいます。

それにアレンは人の言葉には大人しく従うことが多いです。ラニアからすると有能なのに扱いやすい人物と映っているのでしょうね」


「…」

ミリアは無言で頭を抱える。


「でも大丈夫よ、アレンは私たちと旅を続けるつもりでいるんだから」


私の言葉にミリアも少なからず安心の顔つきで、でもため息をつきながら頭を上げた。


「まあね。正直アレンが冒険者になりたいって言った時にはホッとしたから。これでアレンがファミリーに入らなくて済むって」


コーヒーカップの取っ手を指でもてあそびながらミリアは続けて、


「でも別にラニアんとこのファミリーが完全に悪いとか嫌いってわけでもないんだよ?何だかんだで隣同士昔から仲良くやってるし、性格のいい奴も揃ってる。それにミョエルは真っすぐで可愛い子だしね。

でも暴力と悪事に手を染めてる面があるのも事実だから、可愛いアレンに悪いことをさせたくないんだよ」


まぁ冒険者にさせるのも不安だらけだったけどね、とミリアは笑いながら、


「それでもこんなにいい人たちと仲間になって冒険をしてるんなら、これからはそんなに心配する必要もなさそうだね。手紙がないのには腹立ったけど、それだけ毎日が楽しかったんだろうし」


ミリアはそう言うと立ち上がって片づけを始めるから、私も立ち上がってミリアの後を追いかけていく。

それは片付けを手伝うため。


今朝、朝食を作るミリアにそっと近づいて、


「何か手伝う?」


と聞いたら笑いながら、いいよいいよと言われたけど、


「私こういう家事とかろくにやったことないの、前に少し人に教わったぐらいで。私のお母様だって色々と料理はできるのに私はろくにできないから、ちょっとずつでも覚えたくて」


教わったのは人じゃなくて家庭を守る女神なんだけどね。


するとミリアは、あらーと言いながら、


「それなら手伝ってもらおうかなぁ」


と横に招かれて色々と教わりながら手伝った。


…ううん、正直私が居ない方が手際よくできたんじゃないかしらってくらいミリアに手助けされて邪魔をしている気分になったけど、


「娘と一緒に料理を作ってるみたい…。夢だったの、娘と一緒に台所に立つのが…。うち男しかいないし」


ってミリアはジーンとしていて、その流れで迷惑じゃないならここにいる間はミリアの手伝いをしてもいいかしらと聞いたら、大喜びで頷いてくれた。


「なんてったってうちには男しかいないでしょ?家の手伝いはしてくれるんだけど料理は私しかやってないんだ。私の作る料理が一番とか言ってさぁ」


困ったという口調の割にはその顔はとても嬉しそうで自慢げで、そんなミリアの表情を見ているとアレンはこういう暖かい家で育ったからああいう明るくて穏やかな性格になったんだわと感じた。


そうしているうちにブラスコは、


「俺、彼女の家に遊びに行ってくる☆」


と指を二本そろえてチャッと動かしウィンクをしながら意気揚々と出かける準備をしていて、彼女がいるのに昨日は私に自分の膝においでと誘っていたのと呆れながらブラスコを見送ると、サードも、


「私はこの町をもう少し見て回りたいのでちょっと出かけてきますね」


と出て行った。するとドミーノもいつの間にやらキッチリとした服を着こなしていて、


「今日はアカデミーに行くけど昼は帰ってくる」


とミリアに伝えるとミリアは分かったと頷いて、


「私も今から用事で出かけるけど昼までには帰ってくるからね。エリー、ガウリス。あなたたちがもし出かけるなら鍵はここの鉢植えの下に置いてね…」


と色々説明をしてからミリアは軽く化粧をして出かけて行く。


あっという間に皆が出かけてしまったから、


「それなら私たちもでかけましょうか?」


と聞いた。一人で出かけるとやたらと男の人に声をかけられそうで怖いけど、ガウリスと一緒なら心強いし。


「そうですね、せっかくですから散歩でもしましょうか」


ガウリスもそう言ってくれたから、軽く出かける準備をしてすぐに出発する。ここは少し小高い所にある家だからある程度町が一望できるけど、上から見ているだけでも活気があるなぁと思える。


大きい船から小さい船まで港にたくさん揃って並んでいるし、潮風に乗って聞こえてくるにぎやかな声と道を歩いているたくさんの人たち。

アレンの家から少し下っていくと料理店や色んな物を売っている市場があって…。サンシラ行きのチケットを買ったあの港町も賑やかで栄えていたけど、ランジ町はあの町より喧騒がすごい。


何しろ行き交う女の人に男の人たちがひっきりなしに声をかけているし、店の人もそんな人たちの注意を引くために大声で呼び込みをしている。その間を荷物を運ぶ人たちが、どいたどいた、と叫びながら駆け抜けて、喫茶店のテラスからは色んな年齢性別の人たちの笑い声が響いている。


「賑やかですね」


ガウリスもその活気におお…と目を見張りながら歩いていて、私もすごいわと頷く。


特に今歩いているこの通りが一番人の集まる所なんでしょうね。気をつけないとすぐ人にぶつかってしまうし、避けたと思っても向こうも反対の人を避けようとして誤って私にぶつかってきたりする。

そのたびにお互いにごめんなさい、と謝っては、相手が男の人だと「これは運命だね」と口説きにかかってくる。


その度に曖昧に微笑みながらガウリスの服を掴んで逃げていると、


「お嬢さんお嬢さん!うちのパンケーキ食べて行かない?」


と急に隣にひょろっと人が現れる。また!?と思って警戒したけど、声をかけてきたのはパティシエ風の服を着た男の人で、こちらにどうぞ、と大きい身振りをしながらニコニコと笑いかけている。


その身振りが示す先には確かにお菓子屋みたいな洒落なお店がある。外にはテラスもあるし、ガラス製の窓の向こうの店内は壁も床もテーブルも黒っぽいシックな木調でしっとり落ち着いた印象。


なんてお洒落なお店…。こんなお洒落なお店のパンケーキってどんなのなのかしら…。


興味が湧いてお店の中を見るために少し足を止めてしまったせいか男の人はグイグイと詰め寄ってきて、


「うちのパンケーキは美味しいよ!なんてったって隣の国からもうち目当てで来るお客さんもいるくらいだ、今店を開けたばっかりだからすぐに座れるよ。

どうだいお嬢さん、隣の彼と一緒に飲み物でも飲みながらゆっくり二人の時間でも過ごしてみないか?今なら恋人割引もやってるよ!」


「私たちは恋人ではありませんよ、仲間です」


ガウリスが訂正すると、パティシエ風の男の人はアハハ、と笑って手をヒラヒラさせた。


「そういうことにしとけば割引になるんだってば!明らかに親とか双子の兄弟連れてきてカップルって言い張ってる人もいるんだから、細かいこたぁどうだっていいの!」


店員のくせにそれでいいの?

でも隣の国からわざわざここ目当てでお客がくるなんて言われると、そんなに美味しいのかしらと興味が引かれる。


チラ、とガウリスを見上げると、その視線に気づいたガウリスは微笑んだ。


「入りますか?」

「いいの?お腹に余裕ある?」


なんせさっき朝食を食べおえてコーヒーも飲んだばっかりだもの。


「せっかくなのですから食べてもよろしいのではないですか?割引にもなるようですし、私も興味があります」


その言葉に喜んで私はガウリスと共に入店して、パティシエ風の男の人に促されるがままの席に着いた。


「はーい、二名様御案なーい!パンケーキセット二つね!トッピングはどうする?シンプルにハチミツだけ?それとも生クリーム、アイス、ジャムをつける?」


と紙に書かれたトッピング内容をめくって指さしてくる。


「えーと、じゃあ私は生クリームに、ラズベリーのジャムをお願い」


パッと目についたものを指さしながら伝えると、ガウリスは内容をじっくり見て少し悩んでから、


「ジェラートは聞いたことがないのですが…どういうものですか?」


と聞いている。パティシエ風の男の人は、


「氷菓子だよ!これは今限定フレーバーで特におすすめかな」


限定の言葉に心ひかれたのか、ガウリスはトッピングにジェラードを頼むことにしたみたい。


「飲み物は?ミルクにコーヒー、紅茶に葡萄酒があるけど」


コーヒーは朝に飲んだばかりだから私は紅茶、ガウリスは葡萄酒を頼んだ。


「ここも葡萄酒造りが盛んなようですが、サンシラとは味は違うのでしょうか?」


ガウリスがパティシエ風の男の人に聞くと、


「ま、味の違いは飲んで確かめてみてよ。けどサンシラ国…ってあの神様がいっぱいいるっていうあの国の人?随分遠いとこから来たね。ところでサンシラ国の女の人はみんな素っ裸で生活してるって本当?」


と訳の分からないことを聞いている。ガウリスはまさか、と首を横に振って、


「それは遥か昔の話ですし、裸になるのは運動する時だけだったらしいですよ」


パティシエ風の男の人はニコニコと残念そうな笑いを浮かべながら「そっかぁ、ガセネタか」と呟いて店の奥に引っ込んでいって、私たちの注文を厨房に伝えている声が聞こえた。


「やはり遠い国には少々間違った伝わり方をしているのですね…」


「昔の話だからって裸になるってのは結構…インパクトあると思うわよ」


むしろ運動するときに裸になった方が色々と恥ずかしいものじゃないかしら。でもそれが普通として受け入れられていたなら恥ずかしいとも思わないものなのかしら…。


そう思いながら首を動かした。思えばこういうお菓子屋さんに入るのは久しぶりかも。それも誰かと一緒になんて初めてかもしれない。


「今までこういう所は一人で来ていたのよ。それに最近はこういうお店にも来てなかったらから久しぶりだわ、こうやってお店の中に入って椅子に座ってお菓子を食べるの」


そう口に出すとガウリスが私を見てくる。


「サードさんとアレンさんは誘わないのですか?」


「だってサードの毒舌を聞きながら向き合って美味しいものを食べてもイライラして美味しくなくなりそうだもの。アレンは甘いのが苦手だから誘えないし、一人で食べるのも何だかつまらなくて」


だからラグナスとアップルパイを食べながら話し合った時は楽しかったわと続けると、なるほど、とガウリスは納得したような顔になって、


「私でいいのでしたらご相伴(しょうばん)しますよ」


とこともなげに言ってくるから、私は身を乗り出した。


「いいの!?」


「せっかく旅に出ているのです。その場所でしか食べられない美味しいものがあるなら食べてみたいではないですか?」


「それなら、これから美味しそうなお店を見つけたらどんどんガウリスを誘ってもいいのね!?」


「ええ」


私は嬉しさのあまり、アレンみたいにウヒャァ、と声をあげて軽く椅子の上で跳ねる。


今まで美味しそう、と思うお菓子屋さんがあっても一人だからと諦めて、諦めきれずに一人で入店しても一人だから誰と話すことなく淡々と口に入れるだけで、お店から出て食べたお菓子が美味しかったという感動をサードとアレンに伝えても、


「ふーん」


とサードは興味無さそうに鼻で返事をするだけで、


「美味しくて良かったなぁ」


とアレンは言ってくれるけど、アレンは甘いのが苦手であまり心から言ってないのも分かるから、お菓子の美味しさを共有できる人がいないのに少なからずガッカリしていた。


それなのにこれからは気になるお店に誘える相手ができたのはとても嬉しい。これからはどんどんガウリスを誘って気になるお店に行ってみよう。


「はーい、おまちどうさま」


パティシエ風の男の人が私とガウリスの前にパンケーキと飲み物を置いて、勘定の書いた紙を置いて去っていく。


「美味しそう!」


さっそくナイフとフォークを手に取って、パンケーキを切り分けて生クリーム、ラズベリーのジャムをつけて口の中に入れる。


焼きたてでほんわか暖かいパンケーキに少し溶けかけた生クリームの味がからむと良い甘さで、その甘さにラズベリーの酸味が加わると口の中が爽やかで後味を引く。


「美味しい…!」


頬張って幸せに浸っている中、ガウリスはジェラードを口に入れる。


「ジェラートは…。以前神殿にやってきた行商人から買い求めて食べたアイスと似たものですね。でもあの時のアイスより美味しいです、柑橘系のものですねこれは」


「氷菓子だって言ってたけど、どう?冷たい?」


アイスとか氷菓子ってあまり道端とかで売ってないのよね。私もジェラートを頼めばよかったかしら。


「ええ冷たいですよ、…しかし…」


ガウリスはウロウロとフォークを動かして、


「パンケーキの温かさでどんどんジェラートが溶けてお皿にたれていくんですが…この二つをどううまく食べたらいいのでしょう…」


と困惑している。


溶けた部分はパンケーキを切り分けてぬぐい取るようにして食べればいいんじゃないの。

…と思ったけど、体格が大きくて戦闘でもとても強いガウリスがパンケーキと溶けるジェラート相手にチマチマと苦労している姿が楽しくて、何も言わずに困惑させたままにさせておく。


たまにこういう意地悪なところがサードに似てきてる気がするわ、私。

たまにお洒落デザートが運ばれてくるとお皿にベリー系の汁(ジャム?)が縁取りされてますよね。あれってどう食べるのが正解なのか未だに分かりません。

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