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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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ウザい系兄貴

「え、勇者御一行の一員だった?ミヨちゃんにいつも殴られてビービー泣いてたあのアレンが?」


アレンの一つ上のお兄さん、ブラスコが帰ってきたのは、ミョエルが立ち去ってから少ししてだった。

髪の色は赤茶色の色合いでアレンより頭一つ分身長は低いけど、体型はアレンとは違うガチムチ体型で、一通り自己紹介をし終わって勇者御一行だということを伝えると目を輝かせた。


「すっげー、毎日勇者見てんじゃん。どこで掴まえたんだよ勇者をよ」


まるで女をどこで掴まえたんだとでもいうようなノリでブラスコはアレンの胸を肘で小突くと椅子にどっかりと座って、私に向かっておいでおいで、と手を動かす。

私は招かれるままに近寄ると、ブラスコは自分の膝の上をポンポン、と叩いて腕を広げて、


「おいで!」


とアレンに似たいい笑顔で言ってくるから、ウッと身を強ばらせた。


冗談?冗談よね…?

でも顔を見る限り本気な感じがする。それもウキウキした顔で待ち構えている。


断りたいけど初対面のアレンのお兄さんだから断りづらい。助けを求めてアレンを横目でチラチラ見ると、アレンは楽しそうに笑っているだけ。


ちょ、助けてよ。


「ただいまー」


チラチラとひたすらアレンに視線を投げかけて助けを求めていると食材を抱えたミリアとドミーノが帰ってきたから、誰よりも先に、


「おかえりなさい!」


と小走りで近寄って出迎えた。


「はいただいま」


とミリアは返して、どこか照れたような顔で私を見る。


「やだぁ、なんか娘ができたみたい。女の子も欲しかったんだけど全員男でねぇ」


と言いながら袋に入った荷物をテーブルの上に置くと、私に向かって腕を広げた。


「おいで~」


おいでと言いつつミリアは自分から近寄ってきて私をギュッと抱きしめて、頭をポンポンと撫でてくる。

こうやってミリアに抱きしめられるとお母様に抱きしめられている感覚が蘇る。お母様のことを思い出すと少し涙腺がゆるんで涙が溢れそうになるけど、耐えてそのままキュッと私も抱きついた。


「あ~、娘ってこんな感覚なんだぁ。男と違ってなんて細くて柔らかい体…ん~髪の毛いい匂い」


「母さんずるい、俺が先にお膝の上に誘ってたのにぃ」


ブラスコが椅子に座ってションボリした顔でこちらを見ている。


「あ、帰ってたの。お帰りブラスコ」

「ひでえ」


ブラスコはテーブルの上に頭をゴン、と乗せてメソッと泣き出した。


「三日ぶりの我が家なのに~。歓迎ムードなのは超久しぶりに帰って来てたアレンだけとか~」


「ブラスコ、昔から皆にうぜえって言われてるもんな!」


アレンが笑いながら酷いことを言うと、


「お前はあと一年は帰ってこなくても良かったぞ、居るとうるさくて勉強の邪魔だ」


とドミーノも酷いことを言いながら上着を脱いで二階に上がっていく。


ブラスコはテーブルの上に両腕を乗せ、その上に頭を乗せてクスン、クスンと体を震わせて泣きだした。


「放っておいていいよ。構うと調子に乗るから」


ミリアはそう言いながら買い物袋を持って台所に向かっていくと、アレンも残りの袋をサッと持って台所に運んで行くから、泣いているブラスコと私、ガウリスがその場に残された。


「元気を出してください」


放っておけなかったガウリスがひとまず声をかけると、ブラスコは顔を上げて、


「うわああ!あんた良い人だ、ガウリスー!」


と抱き着いてグリングリンとガウリスのお腹に頬ずりする。


「ただいま戻りました」


サードがそう言いながらドアから入ってきた。それを見たブラスコは、


「あ、なに?もしかして残り的に勇者様?勇者様も俺を慰めてー!俺傷心中なのー!」


と駆け寄っていくけど、サードは、ふ、と体をわずかにずらしてブラスコの脇を流れるようにすり抜けた。


「あれ?勇者様が消えた…」


サードを見失って辺りをキョロキョロしているブラスコをサードは「なんだあいつ」という怪訝(けげん)な表情を浮かべて見たけど、すぐに表向きの顔に戻ってテーブルの上に散らかっているウノに目を向ける。


「これは?」

「ウノというこの地域のカードゲームです」


ガウリスが簡単に説明するから私も、


「さっきちょっと遊んだんだけど楽しかったわよ」


と付け加えておいた。


「へえ…」


サードはカラフルなカードを興味深そうに見ていると、こっちに勇者が居ると気づいたブラスコが振り向いて駆けよって来た。


「ウノを見るの初めてかい?勇者様は」


「そうですね、トランプなら至る所で見てきましたが」


「これは十年くらい前にあっちの床屋の爺さんが作り出したゲームで、ここらで爆発的に人気になって商品として売り出され始めたもんでな。最近じゃあこの国以外にも出荷されてるみてえだぜ」


それじゃあ他の国でもこのウノというカードゲームが流行るかもしれないってことね。…多分流行るでしょうね、だって私だって遊んでてあんなに楽しかったんだもの。


するとブラスコがサードの肩に手を回して、フフフ、と含み笑いする。


「どうだよ勇者様、さっきの買い物袋の中を見る限り今晩の夕飯はラザニアと特上のステーキだ。どうだい、ステーキを賭けて一つ勝負でもしねえか?勝った方がステーキを二枚食える!どうよ?」


肩に手を回されたサードはわずかに嫌そうな顔をしたけど、「~を賭けて一つ勝負でも」の言葉を聞くと目の色が変わった。もちろんどうあってもサードは表向きの表情だけど、数年一緒にいるんだからその微妙な表情の変化は少なからず分かる。


サードはニッコリと爽やかに、優雅に微笑む。


「楽しそうですね、それならまずルールから教え願えますか?」


「よっしゃ!男ならそうこなくっちゃ!」


ブラスコは嬉しそうにガッツポーズをしてから「さぁやるぞ~!」とカードをシャッフルし始めているけど、そんな賭けごとの相手にサードを選んだらどんな展開が待ち受けているか簡単に予想できるから、同情の目でただブラスコをジッと見つめた。


* * *


「勇者様~、半分、半分でいいからステーキちょうだい…」


泣きそうな顔でブラスコが隣にいるサードの服を引っ張る。サードは困ったような笑顔を浮かべた。


「あなたが先におっしゃったのですよ?勝負に勝った方がステーキを二枚いただけるのでしょう?」


「言ったけど、言ったけどぉおお!」


ブラスコが半ば泣き声でサードの袖をつかんでユサユサと揺らしている。


「ブラスコ、自分で言って負けたんなら諦めろ。あと飯を食ってる時に客人に掴みかかって揺らすな、失礼だ」


ドミーノが眉間にしわを寄せてブラスコに注意すると、ブラスコはテーブルに肘をついて顔を覆い、


「兄貴が弟を守ってくれない…」


とメソォ…と泣き出した。


ブラスコは一度サードにルールを教えるため自分の手札を見せながらあれこれと説明して、さあ次が本番だと始めたらあっさり負けたのよね、想像通り。


「いやいや俺だってまだ本気じゃねえし、勇者様初心者だから手加減したんだし。次が本番だし」


ブラスコはあっさり負けたあと笑いながら戦いを挑んだけど、その度に負け続けて結局サードが全勝しているうちに夕食の準備が整った。

ブラスコはサードにどうかご慈悲をと頼んだけど、魔族みたいに人が嘆いていると楽しい気分になるサードはブラスコが必死になればなるほど拒否し続けて、それが今も続いている状態。


ドミーノに怒られたブラスコはスンスン泣きながらステーキの付け合わせの野菜を食べている。ステーキが乗るはずだった大皿の上には野菜だけが端っこに置かれていて、見るからに一人だけ寂しい食事内容になっている。


見ていて可哀想になってきて、


「サード、いつもそんなに食べないんだから返してあげなさいよ」


とサードに声をかけた。


どうせサードはあんまり肉は多く食べないもの。

ビュッフェ形式のお店に行った時だってアレンとガウリスがステーキを好んで多めに持ってきているのに対して、サードは魚介系とか野菜中心に持ってきてお肉系は添え物程度しか食べていなかったし、それも腹八分目程度で食べるのをやめていたし。


どうしてもステーキが二枚食べたいから拒否してるんじゃなくて、単にブラスコが悲し気なのを楽しんでるだけでしょうし。


そういえばあのビュッフェ形式のお店で、


「たまには羽目を外して食べてもいいんじゃないの?」


と促してみたら、


「満腹になったらいざって時に速く走れないだろ」


って返されて終わったのよね。それを聞いた一瞬、この男はまさか食い逃げするつもりなのかしらと思った。戦闘になった時のことを言っていたのかもって、後から気づいたけど。


そしてブラスコは、私がサードにステーキを返してあげてと言ったのを聞いて、サードに期待しているようなキラキラした目を即座に向ける。

そこまで本気でステーキが二枚食べたかった訳じゃないサードも、やれやれ仕方ない、という含み笑いをしながら、


「食事中にマナーの悪いやり方で申し訳ありません。失礼」


とステーキをブラスコのお皿に返した。ブラスコはパァッと顔に満面の笑みを浮かべると、


「勇者様っ!好きぃい!」


と抱きついて頬ずりをする。


ブラスコは何も考えないでやっているんでしょうけど…その光景を見て思わずアレンもガウリスも私も体を強ばらせてサードを見ている。


ブラスコ…あなたは知らないでしょうけど、サードは男の人に触られるのが嫌いなのよ。

アレンですらサードにハグするのを拒否されて、ガウリスの「あなたに愛と祝福を」というサンシラ国神官があいさつ程度に使う言葉でも嫌そうにしていたんだもの。


それなのにこんなに抱きつかれて頬ずりされて好きと言われて…。ブラスコ、あなたは今とんでもないことをしているのよ、気づいていないでしょう…。


サードはというと表向きの表情を崩さないでただ微笑んでいる。嫌そうな表情すらチラとも見せない。

それが内心何を考えているのか分からなくて…このあと恐ろしいことが起こるんじゃないかってヒヤヒヤする…。


「ブラスコ」


ドミーノの座る方からガチャンッと食器にフォークが当たる音がして、冷ややかな声が響いた。

ブラスコだけじゃなくて全員がドミーノに視線を向けると、冷ややかに睨むドミーノの目がブラスコに真っすぐ向けられている。


その無言の威圧にブラスコはそろそろとサードから離れて、自分の席に座り直してもくもくと食事に戻る。


「ごめんなさいねぇサード。うちのブラスコ鬱陶しいでしょ。葡萄酒でもどう?」


ミリアがボトルを向けると、サードは微笑んで、


「いただきます」


とグラスを向ける。


サードに葡萄酒を注ぎ終えると、ミリアはふとアレンに視線を移した。


「そういえば帰りにミョエルと行き合ったらすごく泣いて怒ってたんだけど…アレン、何かした?」


アレンは多少気まずそうな顔になって首を横に振った。


「分かんないよ。いきなり来て怒るんだもん」


いや分かりなさいよ。アレンが好きだからでしょ。


心の中で突っ込んだけど、それでも私が面と向かって告白したのも軽やかにスルーされたんだから、もしかしたらミョエルも私と同じく告白したつもりが軽やかにスルーされて今に至っているのかもしれない。


だとしたら…ミョエルは私と同じくアレンに優しくされてのぼせ上っていた被害者同士なのかも。それも恋人と思っていたのに七年も音沙汰なしで、それでいきなり恋人じゃないって言われたんだとしたら…そりゃああれぐらい怒って泣き出すのも当たり前よ。


ミョエルのことを思いだすとブスと言われて怒りの形相で髪の毛を掴まれた痛みの感覚も蘇ってくるけど、それでも同じ女として同情の気持ちの方が強く湧く。


アレンの知らない、という言葉を聞いたミリアは軽く顔をすぼめると、アレンに身を乗り出した。


「アレン。あんたもね、その気がないならミョエルにきっぱり言わないとだめだよ」


「その気?その気ってなに」


「ミョエルと結婚する気だよ。アレンにはないでしょ」


「まあ…そりゃあ。ミヨちゃん怖いし、昔からいじめられてたし…」


と言いながらアレンはミリアから木べらを受け取ってラザニアを取りわけて、迷惑そうな顔になる。


「でもなんでラニアもミヨちゃんと結婚させたがんのかなぁ。俺昔からミヨちゃんにいじめられてたってラニアも知ってるよな?」


「けどミョエルはあんたと恋人になったからってずっとアレンが帰ってくるの待ってたんだよ?ここでキッチリ断っとかないとあの子、ずっと結婚もしないで過ごすことになるよ。可哀想だろそんなことになったら」


アレンは困ったようにモソモソとラザニアを食べている。


「そもそも俺、ミヨちゃんと恋人にもなってないんだけどなぁ…。どっからそんな話出てミヨちゃんもそんな気になってんだか…」


「どうせ紛らわしいことでも言ったんだろ」


ドミーノが呟くように言いながら葡萄酒に口をつける。アレンはドミーノを見て、


「ドミーノに言われたくないなぁ…。ドミーノ無自覚に次から次に女の子口説き落としてんじゃん…」


と呟くと、ドミーノは面白く無さそうな顔で、


「は?」


と睨みつけると、アレンは素知らぬ顔でドミーノから視線をそらしてラザニアを食べ続ける。


でも分かるわ。アレンの優しい性格は勘違いしやすい紛らわしいものだもの。


とにかく甘やかされて、可愛がられて、優しくされて。そんなアレンにのぼせ上がって本気になった所でアレンは「え?俺にそんな気ないけど?」ってスルーする。


普段は優しいくせにすごく残酷なのよね、アレンのそういう所。


「私がいない間に何か起きたみたいですね」


ミョエルが突撃してきた時ここに居なかったサードが私に視線を向けて、何があったのか探りを入れてきた。

まあ別に隠すようなことでもないから、私も髪の毛を掴まれた話以外のミョエルがやってきた時のことを話して聞かせる。


するとサードは軽く笑い声を立てた。


「モテる男性というのは大変ですねえ、アレン」


アレンは微妙に「何言ってるの?サードに言われたくねぇよ?」という目を返していたけど、サードはかすかにニヤニヤしながら、


「しかしそこまで一途な女性なら、うまくまとめておかないと後々大変ですよ」


と忠告めいた言葉を送っている。するとブラスコもニヤニヤして、


「お、勇者様も女のあれこれが分かってるクチだね?」


と身を乗り出した。


こいつドジ踏んだかしらと思ったけど、サードは慌てず騒がず否定することもなく、


「私自身ではなく、勇者という肩書に惹かれて寄って来る女性も多いものでして。勇者になってから自然と女性との接し方も様になってきましたよ」


とだけ返した。


よく言うわ。

そもそも歴代随一と誉れ高い勇者の使っていた聖剣を手に入れる前から女遊びは激しかったじゃないの。


そう思って呆れたけど、ふっとある考えが浮かんだ。


でも忠告っぽいことをわざわざアレンに言ったんだし、もしかしてサードは一途な女性に遊びで手を出して苦労した経験があるのかしら。


サードが女の人相手にあれこれと言い訳をして逃げ回っているのを想像するとちょっと楽しいかも…。ううん、ちょっと待って。同じ女の目線で考えたら本気の心を男に(もてあそ)ばれたってだけじゃない。


そう考えるとただの最低の男ね、うん、最低の男だわ。

Q,サード肉嫌いなの?


A,肉食禁止の江戸時代出身だから好んで食べないだけで、嫌いではないです。むしろ体を作るのに肉は欠かせないと本で読んでから積極的に食べています。…が、やっぱり佐渡で食べていたような野菜と魚の方が口に合うようです。


Q,…サードって寺に居たから魚はダメなんじゃ…?


A,「どうせ俺ら坊さんの身の回りの世話するだけで坊主じゃないから」というスタンスの八三郎と一緒によく魚を食べてました。

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