となりんちのミヨちゃん
アレンの実家に来て、フェニー教会孤児院の神父二人とシスターがアレンの出身地を聞いて気まずそうな表情になった理由が本格的に分かったわ。
一つ、この町の男性は非常に女の人に声をかけまくること。
他の所では隣にサードにアレンにガウリスが居たらまだ遠慮して、ちょっと振り向いてきたり遠くからウィンクをしてきたり、周りに誰もいない時に声をかけてくる程度だった。
けどこの辺りでは隣に皆が揃っていようが、ただ隣に立っているだけの関係と判断したらグイグイ声をかけてくる。
しかもキスしたいという表現なのか知らないけど、チュチュチュ、と唇を動かし音を鳴らしてくる。やめてほしい。
あとはアレンの隣の家のファミリー。
ここら辺を牛耳っている犯罪組織だということだけれど、もっと詳しく話を聞いたらその勢力はこの辺だけじゃなくてシュッツランドの港町全域にまたがっているんだって。
ラニアの名前はシュッツランド国では有名だと思う、他の国とのやり取りでこの国に色んな物を取り入れる窓口がラニアファミリーだから、ってアレンが言っていた。
アレンはそんな人に目をつけられて怖くないの、と質問したけど、
「いやー…だって子供の頃から知ってる人なんだぜ?隣んちのミヨちゃん…ああ、ラニアの子供と同い年ってことで特に俺のこと可愛がってくれてたし。俺からしてみたらただの近所のおじさんなんだよな」
…それって、アレンの能力を見抜いて子供の頃から自分の懐に入れようと可愛がっていたんじゃないの?
子供の内からアレンを犯罪組織に引き入れようと隣からじっくりと狙っていたと考えると不気味な気持ちしかなくて、それ以上話題にするのはやめておいた。
サードは私たちの会話が終わるとその辺まわって来る、と出て行く。
犯罪組織が隣にいるっていうのによく一人で歩き回ろうとするわと呆れながら見送ると、アレンはふと何かを見つけて、手に持ってきた。
「カードゲームでもやる?これウノっていうカードゲームなんだけど、他の国じゃろくに見なかったんだよな」
私たちが返事をする前にアレンはもう箱からカードを取り出してシャッフルし始めている。
それでも他にやることもないから私もガウリスも頷いて、それぞれ椅子に座った。
ウノはカードが赤・青・緑・黄色の色に分かれていて、出された色か同じ数字を出して誰が先にあがれるか、という遊びだって。
トランプは一つあれば色んな遊びができるけど、ウノはとにかく先に上がったもの勝ち、の一点張りみたい。
それで負けた人は手持ちのカードの数字を全て足して、その合計がマイナスとして加算されていくから、3回勝負、5回勝負で一番マイナスになった人が一番の負けってこと。
あれば便利な次の人を飛ばすカード、次の人に2枚引かせるカード、色を変えるカードは最後まで残っていたら何と一枚マイナス20として加算されてしまう。
そんなカードは後で使えるかもと最後まで大事に取っておいて負けてしまったらとんでもないことになる。
だからある程度大きい数字は最初にさばくようにして、なるべくマイナス20になるカードも残さないようにチマチマと使って…。
初めて遊ぶものだけどこれが中々楽しくて、皆で盛り上がりながら遊んでいた。
「ウノ」
手持ちのカードが残り1枚になる時にはウノと言わないとあがりにならないらしいからそう言って、残りのカードを確認する。
えーと、私の今の手持ちのカードは赤の2だから、赤か2の数字が出たらあがれる…。
そう思っても都合よく狙った数字も色も出てこなくて、あと1枚だった手持ちのカードが少しずつまた増えてしまう。
それでもアレンもガウリスもまだカードは多いし、この枚数ならまだ私が有利と思っていると、
「ドロー・ツー」
私の前のガウリスがそう言いながら「2枚引け」のカードを3枚まとめて出してきて、合計6枚引かないといけなくなった。
「あ、ひどい」
思わず恨みごとを言いながらガウリスに目を向けると、
「すみません」
って謝りながらガウリスは笑っている。
ガウリスが微笑むと人を包み込むような表情になるから、そんな微笑みの前だとそれ以上恨みごとも言えなくなってしまう。
もう、と6枚引いていると、ドンドンドン!と激しく玄関のドアをノックする音が聞こえた。
なに!?隣の家の犯罪組織!?
思わず杖を掴んで玄関を見ると、バァン!と大きい音を立てて誰かが家の中に入って来た。
立ち上がって杖を向けて威嚇すると、そこには肩をいからせている女の人がこっちを睨んで立っている。
ボリュームのあるウェーブした黒い髪の毛、その毛先が乗っているボリュームのある胸、大きく襟元が開いて胸元がよく見えるシャツ、足の形がくっきりそのまま出ている腰の浅いデニム…。
全体的に見ると一般的な市民みたいな雰囲気だけど…何よりその力強い目で思わず足がすくんでしまった。
ただでさえ目力が凄いバチッとした大きい目なのに、バリッと目の周りを化粧で黒く塗っているから余計にその力強さが増しているもの。
女の人は私たちをチラチラと確認してアレンに目をつけると、ズカズカと足音も荒く近寄って来る。
するとアレンが立ち上がって人懐っこい笑みを浮かべた。
「あ、ミヨちゃん久しぶり、元気だった?」
ミヨちゃんって、確か隣の家の子で、アレンと同い年の幼馴染よね?この人がミヨちゃん…。
テーブルの向かいに座っているアレンの元に荒々しく寄って行くミヨちゃんを目で追っていると、ミヨちゃんは親し気にハグしようと腕を広げて近寄るアレンの前で立ち止まって、思いっきり腕を後ろに引くと、次の瞬間にはその腕を振り下ろしてアレンの顔にパァンッと良い音でビンタをかました。
「ぶへっ」
アレンは椅子の上に張り倒される。
ミヨちゃんは頬を抑えて驚いているアレンの胸倉を掴むと思いっきり引っ張り上げてガクガクと揺らす。
「久しぶり、元気だった?じゃないでしょ!帰ってきてんなら挨拶しに来なさいよ!なに家の中でのんびりゲームなんてやってんのよ!まずあたしに挨拶!でしょうが!」
ミヨちゃんはもう一発アレンの頬にビンタをかました。
「ぶへっ」
アレンは何でビンタされたのか分からない、という顔をしているけど、いきなりのことに私もガウリスもポカンとしている。でも一番先に我に返ったガウリスが慌ててアレンとミヨちゃんの間に割って入ると、
「いきなり何をなさるのです、落ち着いてください」
と引き離した。
「うるっさい!あんたに用はないのよ、引っ込んでな!」
ミヨちゃんはガウリスの服を掴んで後ろに放り込むように押す。ガウリスはその程度ではビクともしない。
ミヨちゃんはまたアレンの胸倉を掴んで半ば引き上げるようにすると、アレンもアワアワと口を開いた。
「ど、どうしたのミヨちゃん…」
テーブルとイスの背もたれを手で掴んでバランスを取っているアレンにミヨちゃんはイラッとした顔でアレンからパッと手を離して椅子の上に落とすと、その足の上に片足を乗せて、鼻と鼻がくっつくんじゃないのってぐらいの至近距離からアレンを睨みつけた。
「恋人のあたしに挨拶もなしでどうしたのって、あんたこそどうしたのよ、アレン!」
「恋人!?」
居たの!?アレンに恋人が!?それも隣の家の、ラニアの娘が恋人…!
驚いてアレンの顔を見たけど、見ると私よりもアレンの方が驚いた顔つきになってミヨちゃんを見上げた。
「え!?俺ってミヨちゃんといつ恋人になった!?」
アレンの言葉にミヨちゃんは余計怒りに染まった顔になって、アレンの上にまたがってアレンの首を絞めるように椅子の向こうに上半身を押し倒しながらガクガクと揺らす。
「あんたが旅に出る前に恋人になろうって言ったらいいよって返したでしょーが!」
「言ってない、俺言ってない!」
もうアレンの上半身は椅子からずり落ちて床にゴンゴンと後頭部が当たり続けている。ミヨちゃんはそれを聞くと顔を真っ赤にして更に激しくアレンをゆすぶる。
「言ったー!それなのに旅に出たら全然手紙もないし帰ってこないし!どうなってんのよ、てめえー!」
「手紙は書かなかったけど…!俺、恋人になるとか言ってない、言ってないよミヨちゃん!」
アレンはズルル、とミヨちゃんを腹の上に乗せたまま椅子から滑り落ちていく。
「っていうかもうガキじゃないんだから、ミヨちゃんっていう呼び方やめて!あたしにはミョエルっていうちゃんとした名前があるの知ってるでしょ!?」
「あ、あの!」
ミヨちゃん…じゃなくてミョエルの肩を掴んで私は後ろに引き寄せた。眼光鋭いバチッとした目が肩越しに私を見上げてきて思わず口ごもってしまう。でもとにかくアレンへの暴力を止めなくちゃ。
「ま、まず、落ち着いて話し合いましょう?ね?」
落ち着かせようと声をかけたけど、その眼光の鋭さで見られ続けると言葉がしどろもどろになる。
ミョエルは首を動かして私の顔をマジマジと見てから不機嫌そうに立ち上がると、腕を組んで私の頭からつま先までをジロジロと見下ろした。
「ふーん、あんたが勇者御一行のエリー・マイっていう魔導士?」
挑発的な口調のミョエルの言葉に軽く頷くと、ミョエルは嘲りの表情であごを上げながらハッと笑った。
「勇者御一行のエリーってのは美しい見た目だって聞いてたけど、たいしたことないね。正直この程度の顔?って感じ」
「え、嘘だろ?エリー可愛いじゃん」
ミョエルがお腹の上からどいたからガウリスに助け起こされているアレンがそう言うと、ミョエルは目を見開きながらアレンを振り向いた。でもすぐさま憎々し気な表情で私を見てきて一歩前に足を踏み出してくる。
「あんた自分がいい見た目だとか何か勘違いしてんじゃないの!?」
「へ?」
いきなり怒りの矛先が私に向いてきて、間の抜けた声が出る。
「勘違いすんじゃないよ、あんたなんか勇者御一行じゃなかったら誰もチヤホヤなんてしないんだ、あんたは地位があるからそうやって周りからもてはやされてるだけなんだから!ちょっとアレンに褒められたからって、いい気になってんじゃないよ!」
詰め寄ってくるミョエルの剣幕に一歩二歩引いたけど、ミョエルのその激しい怒りの目を見ていると、最近どこかでみたような目で…。
あ、そうだわ。これは夢の中でサードと手を繋いだ時に現れた幽霊の女の子…ベラが私に嫉妬した時と同じ目つきだわ。
それくらいミョエルはアレンのことが好きで、だからアレンにほんのり褒められた私に嫉妬してこんな言い方になっているのね。
それならいきなりアレンに暴力を振るったのも、激しい言い方をしたのも、それはアレンが好きだから…。
そう思うと怒ってる目の前のミョエルが何だか可愛い。
思わず頬が緩むとミョエルは一瞬面食らった顔をした。でもすぐさま怒りの形相に変わって、私の胸倉を掴んで金切声をあげる。
「何笑ってんのよ、このブス!」
「ブ…!?」
サードにはブスブス言われているけど、女の子からブスって言われたことは無い。今分かったわ、同性の子にブスって言われた方がショックが大きい…!
ミョエルは怒りが収まらないのか、私の髪の毛をガッと毛根から掴むと、
「何それ、自分の方がよっぽど勝ってるとでもいいたいの!?え!?この性悪女!」
とガンガン揺らしてきた。
「痛!いたい、いたい!イタタタタ!」
「ミヨちゃんやめろ!」
力任せに揺さぶるミョエルにアレンが掴みかかると、無理やり私から引き離した。
アレンは私を後ろに追いやって目の前に立つと、ミョエルの両腕を体の横にぴったりくっつけて視線を合わせる。
「そんなことしたら駄目だろ!何やってんだよ!」
アレンに叱りつけられたミョエルは驚いたようにアレンの目を真っすぐに見て、かすかにフルフルと震えて、目を潤ませる。
「…あたしより顔も性格もブスなその女をかばうの?」
「エリーは顔も可愛いし性格も良い!会ったばっかりなのにエリーを悪く言うな!」
その言葉にミョエルは心を打ち砕かれた顔つきになって、ボロボロと涙を流して唇を噛みしめた。
「あ…」
震える唇から声が漏れる。
「あんたの母ちゃん尻軽女ー!」
ミョエルはそう言いながらアレンの手を払いのけて玄関から走り去っていった。
「母さんを悪く言うなー!」
ムキー!とアレンは手を振り回していたけど、すぐさま私に振り返って髪の毛を手櫛でとかしていく。
「エリー大丈夫?痛かったろ」
「痛かったけど…」
ミョエルが立ち去って開きっぱなしのドアの外をチラと見る。
そこには目を手で拭いながら走っていくミョエルの姿が一瞬見えて、よく分からない罪悪感が湧き上がった。
でも一方的に怒鳴られて髪の毛をむしる勢いで揺らされただけだから私は悪いことは何もしていないのだけれど。
アレンは私を抱えてよしよし、と頭を撫でると、そのままガウリスに向き直った。
「…今、サード居なくて良かったよな。あんな風にエリーの髪の毛掴んでゆすってるの見たら、もう表の顔吹っ飛んで暴れてたかもしれねぇぜ」
…確かに、とガウリスも私も頷いた。
そこは色んな意味で不幸中の幸いだったのかもしれない。
「あんたの母ちゃん尻軽女」=「お前の母ちゃんデベソ」レベルで考えといてください。ただの子供のケンカ言葉です。




