隣んちのおじさん
「アレン!」
アレンの家に厄介になって次の日の昼も回ったころ、玄関を開けて男の人が入って来た。
状況的に明日にでも帰って来るんじゃないかと言われていたアレンのお兄さんのブラスコだと思って入って来た人に目をずらしたけど、思わず、
「え!?」
と驚いて目を見開いてしまった。
アレンの兄、ドミーノの弟にしてはパンパンに体が張っているという恰幅の良さで、何より老けすぎているもの。
どう見ても中年にしかみえない恰幅のいい男の人は仕立てのいい服をピシッと更に伸ばしながら悠々とした足取りで中に入ってきている。
アレンはその姿を見て、
「あ!久しぶりー!」
と立ち上がって腕を広げて近づいて、恰幅のいい男の人も腕を広げてアレンを抱きしめて背中をポンポンと叩いてから離れ、アレンを頭からつま先まで眺めて満足気に笑いながらアレンの肩をポンポンと叩いている。
「…ブラスコっていう…お兄さん?」
まさか、この老けた人が…と驚きながら聞くと、アレンは首を横に振った。
「いや、隣んちのラニアっていうおじさん」
あ、兄弟じゃなくて隣の家のおじさんなの。
「いや大きくなった!立派な男になった!」
「へへ」
アレンも褒められてどこか嬉しそうに笑いながら、
「ラニア、最後に見た時より腹出たなぁ」
と失礼なことを言っている。
「この俺にそんなこと言えるのはお前くらいだぜ、アレン」
ラニアと呼ばれたおじさんは笑いながらアレンの首に太い腕を回して軽く締め上げ、アレンはやめろよー、とばかりに腕をペンペンと叩いている。
そのやりとりを見る限りでもアレンはラニアに子供の頃からこうやって可愛がられていたんだろうと思えて、笑みがこぼれる。
ラニアはニコニコと笑っていたけどふと私に目を向ける。すると唇を尖らせ、チュチュチュ、と音を鳴らした。
そこは他の男の人たちと同じことをするんだなと思いつつ、アレンと親しいおじさんなのだからあまり嫌悪感を見せないよう、ある程度の笑顔を浮かべて対応をする。
「俺はラニア・ベリアンチーノ。お嬢ちゃんは?」
「エリー・マイよ。アレンの仲間」
手を差し出されたから私も手を握り返した。
「ああラニア」
そこにミリアもやって来て、ラニアはミリアにも腕を広げていきミリアもハグをする。
「今日はどうしたの」
ミリアが聞くと、ラニアはニコニコ顔のまま、
「いや昨日アレンが戻って来たって他の奴ら聞いたから本当は昨日来ようと思ったんだけどな。だが帰って来た日ぐらいは家族で過ごさせてやろうと思って一日ずれてやってきたのさ」
と言いながらチラチラとガウリス、サードへと視線をずらして、
「あんたらの名前はなんていうんだい」
と手を差し出す。
「サードです。アレンの仲間ですよ」
「ガウリス・ロウデイアヌスです。同じく仲間の一員です」
二人は自己紹介しながらラニアと握手をする。
ラニアは少し眉毛を上に動かして、少し目つきを変えてジロジロとサードからガウリス、私に視線をずらしてアレンを見た。
「勇者…御一行か?」
「うん、本人だよ」
ラニアは驚いたように目を見開いてアレンを見た。
「まさか…まさか勇者御一行のアレン・ダーツがお前だったとはな!ほー、こりゃ驚きだ」
と言いながらラニアはアレンの両腕を挟み込むようにバンッと叩いた。
「出世したもんだな。いや俺はお前はそれくらいの力は秘めてると思っていたね。お前はガキの頃から才能の塊だったからな!」
ラニアはアレンのことを自分のことのように嬉しそうな顔で褒めちぎっていて、そうなると仲間としても嬉しいもので、さっき感じた嫌悪感なんてあっという間に吹き飛んでいく。
「いやぁしかし勇者御一行は思ったより若い連中だったんだなぁ、これほどの若さでここまで名前が世間に浸透してんだ。その実力は確実なもんなんだろうな」
「皆すげえ強いんだぜ」
アレンの言葉にラニアはうんうん、と目尻を下げて私たちに目を向ける。
「アレンはそりゃあ凄い男だろ、ま、性格が戦いに向いてねえってのを差し引いても人との関わり方も情報の集め方も資金面の運用のやり方も上手だ。それに地図どころか海図も読めるし船も扱える。ここまで有能な奴を仲間にできるなんてあんたら運がいいぜ」
そこまで手放しでアレンを褒められると仲間としてはとても鼻が高くて、思わず、
「ええ、アレンはとてもすごいから皆頼りにしてるのよ」
と自慢げに言う。ラニアもそうだろそうだろ、と私に負けず劣らず自慢げに頷きながらふとサードに目を向けた。
「あんた…サード、が勇者なんだろ?」
「ええそうです」
簡単に肯定するサードに、ラニアはちょうどいいとばかりに顎をさすり身を乗り出した。
「実はちょいとばかり困り事があってね。俺は船を使って他国との貿易を営んでるんだがな、商売敵が海賊みてえなのを雇って俺の船を襲ってやがるんだ。金を払うからどうにかしてもらうわけにはいかんかねえ?」
サードは少し困ったような笑顔を浮かべる。
「申し訳ありません、そのような依頼はハロワを経由して頼んでいただけますか?このように行き合う方々の頼みを聞いていたらきりがないもので」
ラニアは軽く肩をすくめて残念そうな顔をしたけど、
「そうだな、勇者様は忙しいだろうしな」
と簡単に諦めたみたいでアレンに視線を戻した。
「しかしアレン、お前も七年もの間旅をしてどうだ、見聞も広がったってもんじゃねえか」
「まあそりゃあ。色んな国にも行ったし色んな人にも会って来たし…」
ラニアはアレンの言葉を遮るように言葉を挟む。
「ここいらで冒険者をやめて俺の娘と結婚する道を考えてみねえか」
結婚といういきなりの言葉に私とガウリスが驚いた顔をして二人を見るけど、アレンは軽く笑って、手をヒラヒラと横に動かす。
「ないない。俺皆と冒険するの好きだし、ここには顔見せに立ち寄っただけだもん」
ラニアは楽しげに鼻でふん、と笑い、
「俺の娘を真っ向から要らねえって言えるのもお前ぐらいのもんだぜ、アレン」
と言いながら時計を見て、
「おっと、これから会談があるんだ。ここいらで失礼するぜ」
と言いながら最後にもう一度アレンの背中をぽん、と叩いて、玄関から入って来た時と同じように悠々とした足取りで出て行った。
玄関の戸が閉まり切ってから少しして、ミリアもアレンの背中をポンポン叩いて、
「ま、あんたは旅を続けるのがいいのかもね。じゃあ母さんちょっと夕食の食材買ってくるから。…おーい、ドミーノ!気晴らしにちょっと買い物付き合ってー!」
二階から「えー!?」とイヤイヤながらの声が聞こえ、ドミーノが渋々と上着を羽織りながら下に降りて来る。
「アレンにいかせりゃいいだろ」
「アレンはそのうちまた旅に出るんだし、あんたはずっと家に引きこもりっぱなしじゃないか」
「引きこもってるんじゃなくて勉強してるんだよ」
ムッとするドミーノにミリアは笑いながら、
「知ってる知ってる。じゃ、行ってくるからね。適当にくつろいでて」
と言ってミリアは私たちに軽く手を振ると、ドミーノと腕を組んで外に出て行った。
二人が玄関から出て行って、足音が遠ざかると、裏の表情に切り替わったサードがアレンに視線を向ける。
「あのラニアって奴は何者だ、ただの貿易を営んでるオッサンじゃねえだろ」
それを聞いたアレンはアハハハ、と笑った。
「あ、分かった?ラニアはこの界隈を取りしきってるファミリーのボスだよ」
ファミリー?ファミリーって家族ってことじゃないの?この界隈を取り仕切っている家族のボス…?
頭の中にこの地域の人全員が家族、という図が簡単に想像できる。
アレンの家もそうだし、さっきのラニアもまるでアレンを仲のいい家族みたいに扱っていたし。
家族だと言われれば簡単に頷けるわ。
「そのファミリーって家族みたいなものなの?」
「うん、まあ家族みたいなもんだよ」
アレンの返答にやっぱり、と微笑んで、
「そのボスのラニアってどんなことしてるの?」
「色々やってるけど、平たく言えば犯罪組織のまとめ役かな」
え?
表情を変えてアレンを見る。
「この辺だと犯罪組織のことをファミリーっていうんだ。仲間は一家族みたいなものって感じでさ」
アレンはとんでもないことをいつも通りの笑顔で言っているけど…。
「じゃあ…あのラニアって人、犯罪組織のボスってこと…?」
「まあそうだけど、それでもラニアのファミリーがいるからある程度治安も守られてるし国も潤ってる部分もあるからなぁ。良いとも悪いとも言えないから公安局からはスルーされてる」
アレンの口から次々と軽く飛び出してくる言葉に唖然としてしまった。
まさか、あんなにアレンを褒めちぎって凄くニコニコと笑っていた近所のおじさんがそんな犯罪者組織のボスだったなんて…。
私の驚きようをみたサードは呆れたようにため息をついた。
「一目みりゃ普通の奴じゃねえって分かるだろうが、あの目みたか?ヤッジャと同じ油断ならねえ目ぇしてやがっただろ」
ヤッジャ…私たちの地位をとことん利用しようとしたけど、娘と同じ年齢の私たちを前に段々と罪悪感が湧いてそれはやめにした船長。
ヤッジャに勇者一行の身分を利用されたことは腹は立ったけど、それでもヤッジャは真面目過ぎて色んな方向への責任感で苦悩が多い人っていう印象で嫌いじゃない。
でもそのヤッジャをサードはとても警戒していて、それと同じくらいラニアは油断ならないと言っている。
サードが警戒するくらいの犯罪組織のボスがアレンの隣の家の人だというのと、アレンが異様に気に入られてることにちょっとした恐怖を覚える。
「アレン、お前あいつに目ぇつけられたから旅に出ることにしたのか?」
サードが聞くとアレンは首を横に振った。
「いや?普通に冒険者になりたかっただけだけど。まあうちの家族全員、冒険者になりたいっていきなり言っても誰も反対しなかったから、ここから離れた方がいいって判断したんじゃね?」
「それでアレンさんのご家族は目をつけられたりはしないのですか?」
ガウリスも心配そうな顔つきでアレンに言うと、アレンはアハハ、と笑った。
「大丈夫大丈夫、隣んちと俺んちは昔から隣り合って仲良くしてたから。あれだ、後ろに怖い存在が居れば目の前にいる俺たちは平気っていう状態だから」
微妙にガウリスが心配しているのとピントのずれている言葉をアレンは返す。
そういうことじゃないのよ、アレン…。
たまに他の人が「あの人、八九三だよ、絶対そうだよ」とか言う時ありますけど、私はそんなセンサーがないのでさっぱり分かりません。
そういや以前、足に凄い刺青を入れてハーフパンツ履いて電車の席に座ってる男性を見ましたけど、人がドヤドヤ乗ってきたらスッと足を引っ込めてて良い人だと思いました。




