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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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上にあげる

リンデルスが手を動かすと、周りの空間がどこかの部屋の中になった。


小さいベッドにピンク色の布団、周りには沢山の本にぬいぐるみや人形が所せましと置かれている…どう見ても女の子らしい部屋。

その窓からは二百メートルぐらい離れた孤児院と教会が見えた。正面じゃなさそうだから、道を挟んだ教会の後ろ側の家からみた風景なのかも。


見ると女の子も驚いたように目を見開いてキョロキョロと首を動かして不安げな顔をしている。


「安心しなさい、悪いようにはしない」


ファリアが女の子に声をかけていると、サードの目の前にフワッと紙が四枚浮いてきて止まった。

サードはそれを手に取るから、私も何それ、と後ろから覗き見る。すると妙に下手な文字で文章がつづられていた。


『こんにちは初めまして。お名前も知りませんがお手紙受け取りました。あなたは私と文通したいとのことですが、いずれ私はここから去り旅をするつもりなのであなたとはお友達にはなれません。他の子に言ってみるのがよろしいでしょう』


『お手紙受け取りました。そうですか、それなら私がここから居なくなるまででいいのでしたら手紙のやりとりをしましょう』


『なるほど魔法を使える者が仲間にいるとなると確かに心強く頼りになりそうです。そしてあなたは魔法が使えるのですね?素晴らしいことだと思います』


『あなたの両親が良しとおっしゃるのなら仲間になりましょう。話はそれからです』


「なにこれ?」


四枚の手紙みたいなものを読み終わって呟くと、サードは記憶が繋がったような顔つきになっていて、女の子の顔を見た。


「お前、あの手紙の送り主か」


すると女の子はパッと嬉しそうな顔になって、うんうんと頷いている。

二人の中では話が繋がったみたいだけど、私には何が何だか分からない。するとリンデルスが窓辺のレースのカーテンをそっと上げて孤児院の方を見る。


「その子はこの窓辺からサードを見て恋をし、そして文通をしたいとサードに手紙を送った。サードも手紙の手習い程度の気持ちで返事を出した。その四枚はサードの書いた手紙だ」


恋…。


リンデルスの言葉に私は腑に落ちた。


だからこの女の子は私がサードと手を繋いだから睨みつけてきて、消えてあっちに行ってと言ってきたんだ。この女の子はサードと一緒にいる私に嫉妬していたんだわ。


「ずっとここからサードを見ていたのだな」


ファリアもそう言いながら窓の外を見るから私もファリアの隣に移動して外を見る。

すると孤児院の屋根の上に誰か座っているのが見える。黒髪で質素な服を着た…。


「あれ…サードじゃないの?」


その言葉にサードも外を見て、驚いたように目を見開いた。


「俺…だな、子供のころの…」


教会孤児院の赤い屋根の上。鐘の吊るされている高い塔に背中を預けて、サードは本を読んでいる。

子供のサードってあんなに小さくて細かったんだ…。


「あのサードは八歳ぐらい?」

「十三ぐらいだ」


ギチッと頬をつねられた。でも夢の中だから痛くない。


サードはとても真剣な顔で本を熱心に読んでいて、ページをめくって、しばらく黙ってはページをまためくる単調な動きを繰り返している。


すると今とほとんど変わらないシスターが孤児院の表側から現れた。


「サード、今日は夕食のお手伝い当番なのですから出てきて頂戴」


サードはシスターの声を聞くと顔を上げて本を自分の背中にねじ込んで、急な屋根の上を身軽に走って屋根の端まで移動すると、すぐ横の木の枝に飛び移ってスルスルと降りてシスターの元にあっという間にたどり着いた。


やっぱりサードはこんな昔から身軽だったのねと思っていると、女の子も気づけば窓辺に寄ってその光景をじっと見て、妙に混乱の顔つきで目をパチパチと動かしてこちらにいるサードを見上げた。


「サード、そういえばなんで大人になってるの?」


女の子はそう言いながら自分の部屋にかかっている鏡に自分を映す。


「…なのに何で私、子供のままなの?何で…?」


女の子は混乱の表情になって自分の顔を両手で包み込んでいる。


ファリアはそんな混乱している女の子を見て、サードの肩をポンと叩いた。


「この子をこの世界から解放してやれ。誰よりお前が言った方が効果がある」


「そうだな。お前の元いた世界では色々なやり方があるだろう。いいようにしてやりなさい」


リンデルスもそう言いながらサードの肩を叩くと、二人とも部屋の戸を開けてそのまま出て行ってしまった。


「…神なら連れて行けよ」


サードは毒つけど、ひとまずその場に椅子を出現させてそこに座って、目の前にも小さい椅子を用意して女の子に、


「座れ」


と指示した。女の子はおずおずと椅子に座る。


サードは手軽に色々とできているから私もサードみたいに椅子を出してみようと思って、椅子出ろーと念じながら椅子を想像してみる。

でも足の長さがアンバランスで妙に傾いてる椅子が出てきた。


あれ、これって結構難しいわ。


「お前、夢の中でも不器用か?」


馬鹿にしたような笑いを浮かべて、サードはちゃんとした椅子を出現させる。


ちょっとイラッとしながらも、とりあえずその椅子に座ると、まるで三人で円を描くように対面するような感じの配置になっていて、サードと女の子の顔両方がすぐに見渡せる。


そんな中、サードは女の子に問いかけた。


「俺はお前の名前は知らない。名前は何だ」

「…ベラ・ミルフィオーネ」


「お前は、自分がどんな風になってるか知ってるのか?」


その言葉には女の子…ベラは何の質問をされているのか分からないみたいでキョトンとした表情になる。


「お前はここに住んでいたんだな?」


サードの言葉にベラはうんうん、と頷いてサードを見上げた。


「ここの部屋でずっとサードを見てた。サードがあの屋根の上で本を読んで、たまに本を読んで笑ってたり風に吹かれてぼーっと遠くを見てるのをずっと見てた。仲良くしたいって思った、私も本をよく読んでたからお話したいって」


ベラはそこで口をつぐんで、


「だから手紙を送った、そうしたら旅に出るというから、私も連れて行ってって言った。そうしたら両親がいいよって言わないとダメだって手紙に書いてて…」


そこでベラはハッとした顔になって顔を輝かせる。


「そうだ!お父さんとお母さんが旅に出てもいいよって言ってくれたの。だから私、サードと旅に出られるのよ!私は魔法も使えるし、絶対役に…」


でもサードは真顔でベラを黙って見ていて、ベラはゆるゆると口を閉じる。


「悪いが、お前は連れて行けない」


ベラの表情が一気に絶望の色に染まってサードを見上げた。


「だって約束したよ?言われた通りお父さんとお母さんに聞いて、そうしたらいいよって言ってくれたよ?」


サードは膝の上で手を組むと、ベラに向かって身を乗り出す。


「お前、自分が死んだの知ってるか?俺は教会裏の娘が死んで、あの教会で弔いをやったって聞いたぜ」


「…え」


ベラからポカンとした声が漏れる。


「なんで自分が教会孤児院の中うろついているか考えたことあるか?お前の家はここだろ?それなのになんで教会孤児院の中をうろついていた?大体にして俺が大人になってんのになんでお前はガキのままなんだ?何かおかしいってお前もさっき気づいただろ」


「…」


ベラの顔が混乱の表情になっている。


「サ、サードが連れて行ってくれるって…言ったし、お父さんもお母さんもいいよって言ってくれたから…私、ずっとサードを待って…待って…」


両頬を押さえ込んでいたベラの表情が混乱の表情から一気に何か思いついたかのような表情になった。

そして青白い顔を更に青ざめて、口をパクパクと動かしている。


でも段々と落ち着きを取り戻したかのような顔つきになると、悲し気に微笑んだ。


「ああ、そうね、私、十二歳の頃に病気で死んだんだったわ。それも魔力が暴走して体が(むしば)まれる難病にかかって」


ベラの子供らしい声が、大人の女性の声に変わった。


「それなのに私ずっとサードを待ってた。馬鹿ね、住所も名前も伝えてなかったから迎えに来るはずもないのに、私はこんなに近くからサードを見ていたからサードも私を知ってて必ず迎えに来てくれるって思い込んでいたの」


大人の声のベラは窓から教会孤児院の先を見つめた。


「だけどちっとも迎えに来てくれないから、孤児院でサードを待ってた…。病気がちで誰とも遊べなかったから、子供たちと遊びながら。お昼は誰も相手にしてくれないから夜寝てる時に夢の中に滑り込んで、それでも遊びたいときは無理やり眠りに引きずり込んで。

…それだけのことをしていれば、自分がどんな存在になったかなんて分かるものよね、馬鹿ね、ごめんなさい、旅をしているあなたの手を煩わせて…」


ベラは顔を覆って肩を震わせて泣き出した。サードは泣いているベラを黙ってみていたが、声をかけた。


「病気は辛かったか?」


女の子はサードの顔を見た。


「辛かった…私はろくに動けないのに外からは毎日子供たちの楽しそうな声が聞こえてくるんだもの…遊びたいのに遊べない、それなのに外からは楽しそうな声がずっと聞こえてくる、何もかも無くなってしまえと思ったこともあるわ」


ベラは涙を流しながら顔を上げる。


「それでもいつも一人で本を読んで、それも満ち足りた表情をしているサードを見て憧れたの。一人でもああやって普通にしていられる子もいるんだって、皆と遊んでいなくても満ち足りた日常を送れる子がいるんだって。

そうしてるうちにどんな本を読んでいるんだろうとか、話してみたいという気持ちになったの。私も本が好きだから」


サードは軽く頷いて、


「お前はどんな本が好きだったんだ?」


と聞いた。


女の子の隣に本棚が現れると、本を引っ張り出した。


「こんな本を読んでいたのよ。女海賊リージャでしょ、冒険の夢はなくならないシリーズに、魔女の学校シリーズに…」


「どの本について俺と話し合いたかったんだ?」


パッとベラの目が輝く。


「冒険の夢はなくならないシリーズ!男の子と女の子の幼馴染が一緒に冒険に出るお話で、いろんなモンスターを倒して、魔族も倒して、ドラゴンも倒して、それから…それから…」


嬉しそうに話すベラの口が止まり、目からボロボロと涙が零れる。


「…この本みたいに、サードと冒険をしたかった…」


そんなベラを見ていると、私の胸が締め付けられて悲しい気持ちになる。


「…どんな風な冒険をしたかったの?」


そっと聞いてみる。


一緒にサードと冒険をしている私がこんなことを聞いたらムッとするかしらとも思ったけど、ベラは涙を零しながら口を開く。


「サードが剣士で、私は魔導士なの。二人で旅をして、色んな危険も乗り越えて、サードは成人する前に悪いドラゴンを倒して一人前の剣士になって、私は全世界を束ねる魔導士連盟に認められた一人前の魔導士になるの…どこの国の王様も私たちをみると頭を下げるのよ」


しゃくりあげ、涙をぬぐいながらベラは語っていく。


「きっとサードを支えるいい魔導士になったはずよ」


魔力が暴走して体を蝕むぐらいならベラの魔法はよっぽど強いものだったんだと思う。もしベラが魔力をコントロールすることができていたなら、確実に旅に出るサードを支えられたはず。


「そうだな、俺も惜しい女をなくしたもんだ。魔法が使えるやつが最初からいたらそんなに苦労もしなかっただろうに」


…何だか妙にサードがベラに優しい。


するとベラはサードの言葉を聞いて身を乗り出す。


「本当?本当にそう思ってる?」

「思ってる」


「じゃあ私のこと好き?」

「ああ好きだ」


ギョッとしてサードを見た。


こんな十二歳の…まあ声は大人の女性で生きていればサードと同じくらいの年齢だろうけど、まさか亡くなった女の子にまで手を出すつもり!?


まさかと思ったけど、サードの顔を見る限り女の人を口説き落とすような顔じゃない。どっちかと言えば年上の人が年下の子を慈しんでいるような顔つき。


「嬉しい」


ベラはサードの一言に胸を押さえてホワッとした微笑みを浮かべる。


「それでお前はどうしたい?」

「どうって…?」


「自分が死んだと理解したならいつまでもこんな所にいないで素直にあの世に行った方が良いと思うぜ」


ベラは目を伏せて黙っていたけど、コックリと軽く頷いた。


「そう…ね、私がいつまでもここにいても何もならないわ。…だけど、どうやって私は神の元に行けばいいの?」


サードは少し考え込んだけど、


「俺のやり方でいいなら送ってやる」


と言う。


ベラはどこか悲し気に、それでも嬉しそうに微笑んだ。


「サードが連れて行ってくれるならどこへでも行くわ」

「どこに行くのかはお前次第だぜ」


サードがそう言うと窓の外が夢の中とは思えないほどカーッと辺りが眩しく光って、窓から薄い紫色の雲がたなびいて部屋をすり抜けて私たちの傍に止まった。


サードは立ち上がってベラの手を掴んで立たせると、雲の上に乗せる。


「それに乗ってりゃ行けるところに行ける。世の中のそういう所は全部繋がってるのは、どこぞの神のお墨付きだからな」


とサードは言い、両手を合わせて目をつぶる。そして口を開いた。


「仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時…」


サードがキョウという呪文を唱えていると次第に家がバラバラと展開されていって、私は椅子に座ったまま空中に、サードなんてそのまま空中に立っているようになっている。


開け放たれた屋根から空が目に入るけど、その空は虹色に輝いていて金色の雲がたなびいていてキラキラと明るい光で覆われている。


こんな空、見たことがない。


綺麗な空をあっけに取られていると、ベラはサードのキョウを聞いている間に段々と女の子の見かけから大人の女性の外見へと成長して、それでもジッとサードの言葉に耳を傾けている。


キョウが終わるころにはその顔はスッキリと澄んだ優し気な表情になっていて、ニッコリとサードがいつも浮かべるような柔らかい優雅な微笑みを浮かべた。


「私は幸せね。好きな人の言葉で送ってもらえるんだもの」


ベラが言い終わると、風に煽られるようにスーッとベラの乗った薄紫色の雲が綺麗な空へと昇っていく。


すると金色の雲間が割れて、そこから輝く大きい肉厚の片手が現れた。そして手の平にそっとベラを乗せると、大事そうに雲の上へすくいあげていった。

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