お化け?
私とサードがギスギスする中一階を回ったけど、他の冒険者もここに訪れていたみたいで置いてある宝箱は全て空だった。
まれに出現する騎士のモンスターもサードと私の攻撃で軽く退けられる。
そんな騎士にも色々と種類があって、ベーシックタイプは剣を持った騎士、たまに盾を持ってサードの剣をいなす騎士が現れ(とは言っても聖剣で盾は真っ二つになったけど)、剣から炎を出す魔法を使うタイプの騎士も現れた。
それにしても、と私は歩いててずっと気になっていた廊下の脇に目を向ける。
不思議なことにこのお城の廊下の脇には細い水路があって、そこを水がチョロチョロと流れている。
さっきアレンも水路が気になったのかひどく真面目な顔で、
「この城にいた人って皆喉が渇いたら通りすがりにこの水飲んでたのかなぁ」
とかそんなことを言ったけど、
「どう考えたって下水だろ」
とサードが即座にツッコんでいた。
アレンはそんな風に真面目な顔で意味不明な事をたまに言ってくる。
一階をグルリと周りきって、二階に行くルートも軽く確認する頃になるとオレンジ色の光がお城の中に差し込んでくるような時間帯になった。
「日暮れか」
サードが呟く。
外から見えたお城は中が暗く不気味に見えたけど、実際は明り取りの窓はしっかり計算して作られているのか、陽の光が内部までしっかり届いているからかなり明るい。
それに耳に聞こえる滝の音は心地いいし、崖の上に立つこのお城からの一面に広がる絶景は思わず見とれてしまうほど。
もしモンスターも魔族も居ない普通のお城だったら住んでみたいってくらい。改装してホテルにでもすればかなりのお客さんが泊まりに来るんじゃないかしら。
…でもお金にうるさいサードだったらきっとこう言うわね。
「城のリフォーム代と維持費でどれくらいかかると思ってんだ?」
って。
「そろそろ寝泊まりする部屋に移動しようか。日が暮れたら移動も大変になりそうだし」
アレンはマップを見ながら呟いて、サードは「おう」と返事をして、私も「ええ」と頷いた。
普通に歩いたら入り組んで迷いそうな城だけどお城のマップを持っているし、方向感覚に強いアレンが先導して歩いているから迷う心配もない。
そうして私が風で敵もろともサードを攻撃して真っ二つに割れている扉をアレンが乗り越えていくと、「…お?」とアレンが訝しむ声を出しながら急に立ち止まった。
「ぶっ」
そのせいでアレンの背中へもろに鼻をドムッとぶつけてしまう。
「ちょっと…!」
鼻を押さえながらアレンに文句を言おうとすると、邪魔だとばかりに私とアレンの横を通り抜けたサードも「…んん?」と怪しむ声を漏らす。
そんな二人の様子に何かあったの?とアレンの後ろから入口の広間を見てキョロキョロと首を動かし、私も気づいた。
「あれ…?」
サードが倒した騎士、私がサードもろとも攻撃して風で輪切りにした鎧の残骸が一切無くなっている。
今まで戻って来る時にも倒した鎧型のモンスターはそのままその場にあったのに。
「………」
三人で一斉に目を合わせた。
「復活した…?」
アレンがポツリと呟くけど、今まで倒した騎士のモンスターは復活して歩き回るような形跡はなかった。
「数時間かけて復活するとか?」
私もあやふやながら思いついたことを言うけど誰もうんとも違うとも言わないで、サードは聖剣を抜いて注意深く辺りを見渡しながら先を歩いて行く。
そしてふと階段の脇を見て聖剣をバッと素早く構え、一瞬間を置いたと思ったらゆっくりと戦闘態勢を解いた。
「おい、これ見ろ」
サードの元へ行くと、階段の脇に倒した五体の騎士が頭からつま先までほぼ元通りの状態で階段の手すりに立てかけられているわ。
それでも騎士は動かない。夕暮れの中、静かに五人が階段の手すりにもたれかかって夕日を浴びながら黄昏ているような姿はシュールすぎる…。
だけどやっぱりおかしいわ。
入口の扉が勝手に内側から閉まったこと、横からサードの頭に石が飛んできたこと、そしてなぜかバラバラになった騎士の鎧が直されていること…。
どれを取っても私たち以外に誰か居るとしか思えない。
「やっぱり、モンスター以外に誰かいるんじゃないの?」
私の言葉にアレンがハハハと、
「お化けだったりして」
と明るく笑う。
お化け…。
そう言われればこの古城には騎士の亡霊が現れるっていう話も聞いているし、あり得ないことじゃないかも。
サードも私と同じことを考えたのか別のことを考えているのか…何も言わずに黙っている。
アレンは無言のままの私とサードを見て、
「違うって言ってくれよぉ!」
と、自分で言っておいて自分で怖くなったのか、手に持っているマップをグシャッと握りつぶした。
サードは考え込むように渋い顔をしてからゆっくりと続ける。
「…いや…あるかもしれねえ」
アレンの表情が固まった。
「これだけ立派な戦闘用の城だ。一階を見た限りでもここ最近ついたようなもんじゃなくて、もっと昔の刀傷もたくさんあった。それに一つ前の町で聞いたろ?
この古城が現役で使われて戦争した時、亡骸が次々と川に放り込まれて滝の水が真っ赤に染まって、人がゴミみてえに途切れなく滝から落ちていったってよ」
サードはアレンを見据える。
「ここでどれだけの人間が戦って死んだんだろうなあ。それを考えたら確実に無いとは言えねえ」
アレンの眉尻が垂れて顔色がすこぶる悪くなったけど、「行くぞ」と言って踵を返すサードの目が楽しそうに歪んでいるのを私は見逃さなかった。
そしてフッと私と目が合ったサードは「言うなよ」とばかりにニヤニヤと目を逸らす。
…これはあれだわ、ただアレンをからかって遊んでいるだけで、本気で言っているわけじゃなさそうだわ。
「エリー、どう思う?」
アレンの表情が青ざめて強ばっている。ハッキリ口にしないけれど違うと否定してくれと無言で訴えかけている。
そんなアレンを見て、私は難しい顔をしてうつむき加減で首をかしげる。
「…分からない。旅をしていても未だに分からないことだらけだもの。やっぱり無いとは限らないんじゃないかしら」
アレンはそんなぁ、と情けない顔になってショックを受けて固まってしまう。
「けど本当かどうかは分からないから、ね」
アレンを励ますように軽く背中を叩き「行きましょ」とサードの後ろをついていきながら、私はスッと目を閉じて心の中で謝った。
アレン、ごめんなさい。でも…アレンのそんな顔を見るとつい意地悪したくなっちゃうの。
ごめんなさいね、いつもこんな時だけサードと結託して。いつも間に入って助けてくれてありがとう。感謝しているのよ、本当よ。
流石に口にしたらアレンに怒られそうなことを心の中で繰り返しつつ、脅えた顔で辺りを見渡すアレンをおかしく思いながら、勇気づけるように背中をポンポン叩き続けた。
* * *
アレンが周りをキョロキョロと窺っている。
「なぁ、お化けってどんな見かけだと思う?」
アレンがオドオドと話しかけてくる。
「城だし、鎧の男じゃねえの」
「そっか…」
サードはそう言いながら口元を隠している布をずらしてパンにかぶりついている。
人前だとパンを行儀よく一口大にちぎって口に入れているサードだけど、他に誰もいないと普通にかぶりつく。
そんなサードとは違って私はどうであれパンはちぎって食べるし、アレンはどうであれかぶりついて食べてるけどね。
アレンはしんなりとしながらモソ…とパンにかぶりついたけど、また顔を上げて口を開いた。
「お化けが襲って来たらどうすればいい?聖剣とエリーの魔法でどうにかなるかな?」
「さあなあ。やってみねえと分かんねえなあ」
「そっか…」
アレンは納得しかけたけど、すぐさま顔を上げた。
「もし倒せなかったらどうする?剣も魔法も通じなかったらどうする?なぁ」
脅えっぱなしのアレンにサードは笑いを堪えるのに必死という表情で顔を背けてパンを咀嚼している。
いつも世の中に何も楽しみが無いという表情をしているサードだけど、人をおちょくってる時だけはとっても生き生きとして楽しそうよね。性格悪い。
…まあ、あえてそんな脅えているアレンを放っておいている私も人のことを言えた義理でもないかも。
我ながらどんどんと性格が悪くなっているような気がする。でもアレンの脅える姿は何か可愛いからつい…。
とにかくある程度サードが飽きてきたらアレンをフォローしておこう。
そう思いつつパンを食べ続ていると、廊下から妙な音が聞こえてきてふと顔を上げた。
二人にも聞こえてるみたいで顔を上げて口をつぐんで廊下へ続く扉を見ている。
滝の落ちる音、窓の外を吹く風のか細く長い音、目の前で燃えるたき火のはぜる音と…廊下をパタパタと走る足音…。
「…足音だよな?まさか、お化け…!?」
「敵か?」
アレンはの顔は恐怖に引きつって、サードは聖剣を構える。アレンはわずかにパニック状態だけどサードは至って冷静。
「…騎士ではないわよね」
私は呟いた。
騎士のモンスターは動けばガシャガシャ重そうな金属の音が響くけど、聞こえる足音は軽い。
「足音…からして男でもないな。一人だ」
サードが呟くとアレンも続ける。
「子供っぽくないか?なんか走ってるっぽいけど音も軽いし、歩幅が小さいよな?」
こうやって聞こえる物音から何者かを考えるのは冒険者の基本。
もし向こうに居るのが凶悪なモンスターだったら命にかかわるし、音の正体が無害な人間だったら攻撃しちゃいけないから。
サードは聖剣を抜き、そっと扉の近くに寄った。
足音は同じような所をパタパタと動き回っている気配がする。
どうやらこの部屋から部屋二つ分向こうの廊下を走り回っているみたいだけど、こちらに近寄って来る気配は感じられない。
サードは扉をバンッと開けて音のする方へ首を巡らし、しばらく辺りを窺ってから扉を閉めた。
「誰もいねえ」
サードがそう言い終わるか否かの時に、
「いや!帰らないから!ここにいる!」
という子供の金切声の怒声が響き渡った。
サードが再び扉を開けて廊下に飛び出し、私もアレンも戦闘準備を整えて廊下に飛び出した。でも今の金切り声がわんわんと暗い城の中を響き渡っていくだけで姿は一切見当たらない。
頭を動かしてみても、声の主どころか敵すらも見つけられない。
「…様子を見てきたほうがいいかしら」
こんなモンスターの出る場所に人間の子供がいたら大変だもの。
でもすぐさまアレンの顔が強ばる。
「嘘だろ、人間じゃないかもしれないぞ」
「だな、罠かもしれねえ」
サードが頷くと同時に、アレンは私の服を引っ張って部屋の中に引き入れて素早く扉を閉じた。
そりゃあ今はこのダンジョンに近づく人はいない。いくら人間の声がしようが本当に人間かわかったものじゃない。
「…だけど…」
念のため確認しに行ってもいいんじゃないの、と言おうとして、黙り込んだ。
世の中こうやって人間の情を利用しておびき寄せてから襲ってくるモンスターは多い。モンスターとしてはそうしておけば楽に餌が寄って来て食べられるから。
でもここには騎士のモンスター…それも言葉を一言も発しないのしかいないのは今日回ってみて確実。
だとしたら今の子供の叫び声は…?
アレンの顔を見ると同じことを考えているのか奥歯に物が挟まったような顔で黙り込んでいる。
「飯食ったら寝るぞ」
サードは一息ついてからパンを食べ始めた。
「だ、だ、だって、今の叫び声って絶対お化…」
「攻撃してこねえならいてもいなくても同じだろ」
さっきまで楽しそうにからかっていたサードは、本気で信じてんのかよ、とでも言いたげな顔で話をぶった切った。
ドイツにあるお城はその城を作られた当時のままの方法と材料を使い修復保存しないといけないので、ものすごく金がかかるそうですね。確か。
だから「お城買います!フンスフンス!」って人が不動産?に現れると、
「…そうですか…」
と、幸運を祈るとばかりの同情に似た沈鬱な顔をされるとか何とか。




