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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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きょだいなきょだいな

前後に引き延ばされるような感覚が消えると、私は一人ポツンと廊下に座り込んでいた。


今いるここも孤児院の廊下なのは間違いないわ。窓からは昼間子供たちに囲まれた中庭が見えるもの。


「と、とりあえずサードの居る方向にいかなくちゃ…」


怖さを紛らわせるために独り言を呟いて歩き出した。

いつもこういう時は手に魔法の杖を持っているけれど、手ぶらだと妙に手が寂しいし不安になってくる。


でもつい癖で杖を両手でギュッと握るような動作をしてしまって、随分と私も冒険者の魔導士が板についたものねと思ってしまう。


とにかくこの直線の廊下を真っすぐ行けばサードがいるはずと早足で歩いて行く。でもなんだか廊下が無性に長い気がした。孤児院内は確かに長い廊下はあるけど、こんなに歩きもしなかったはず…。


歩きながらふと窓から外を見て、ギョッとなった。外の風景はさっき窓から外を見た時と同じ中庭。


「え?さっきと同じ所じゃないの!」


ダッシュでサードの居る方向に走り出した。

空中をゆっくりと跳ねて飛ぶように走りながら外を見ると、ちっとも外の景色は変わっていない。


体が前に動いているのに、外の景色も…気づけば廊下も延々と同じ光景が続いている。

まるでちょっと進んだら知らないうちに元の位置に戻ってまた走ってるような…。


そういえばシスターが言っていたわよね。子供の一人が同じ所を繰り返し歩いていて悪夢だったって…。

まさかこれが同じところを延々と歩き続けるというもの?それならいくらサードの所に戻ろうとしても戻れないわ。


こうなったら仕方ないと、私は廊下を照らすためのロウソクの火に意識を向けて、その火を増幅して燃え上がらせた。


チラチラと燃えていた炎はドドオッと火柱を立てて天井まで伸びあがって一気に燃えていく。その火はジワジワと燃え広がって、天井をなめるように焼いて周りの廊下の壁にも広がっていく。


こうなったら無理やりにでもこの建物の中から逃げなくちゃ。それに夢の中なのだからいくら燃えたってどうってことない。…はず。

…起きたら孤児院が私の放った魔法で大火事になってたってことには、ならないわよね…?だってこれ夢の中だものね…?


でもサードと離れる際にサードは言っていたわ。最後までよく聞こえなかったけど、夢の中だってことを忘れるなって言いたかったんだと思う。夢の中なのだから現実と同じように考えるなって。


それにしてもこれくらい近くで広く燃え広がっているのに全然熱くないわ。やっぱり夢の中だから…。


すると炎がおかしくグヨン、と揺れた。

揺れたと思ったらあの女の子の顔が炎の中いっぱいにグググ、と浮かび上がってくる。


「ギャッ!」


思わず叫んで後ろにひっくり返る。

炎の中の女の子は唇を噛みしめるようにして私を恨みがましそうな顔で睨みつけている。


「消えて!」


女の子からそんな声が聞こえて、私は炎の中の女の子に目を移す。


「あなたなんていらない!消えてよ!あっち行って!」


いきなりの拒絶の言葉に思わずポカンとなった。でもすぐに我に返って、


「あなたは…夢の中に人を引きずり込むモンスターなの?」


と聞いてみた。


女の子は私の質問には答えない。私を睨みつけたままグッと炎から頭が飛び出る。それどころか肩、両腕、胴体と這い出してきて、廊下いっぱいの巨大な女の子が四つん這いの状態で私の目の前に現れた。


「消えてよ!消えて!」


女の子はそう言うと手を握って、まるで虫を叩き潰そうとするかみたいに廊下にドンドンとその大きい拳を私に向かって叩き落としてくる。


「きゃあああ!」


私は大きい手から逃げ惑った。


でも夢の中だから大きいその手の動きは目視できて何とか逃げられる程度の速さ。これなら落ち着いて拳を叩きつけてくる場所を確認すれば避けられる。


って頭では分かっているけど、巨大な手が私に狙いを定めて振り下ろされてくるのはかなり怖い。


たまらずサードがいる方向の正反対に逃げ出した。


「逃がさない!」


女の子から轟音の声が聞こえて、廊下を四つん這いのまま追いかけてくる。


こ、怖い怖い怖い怖い!


いくら夢の中でもここまで巨大な人間に四つん這いで追いかけられる夢なんて見たことがない。

しかも私はいくら走ろうがどこかゆっくりと飛んでいるようにしか走れないから遅い。


「なんで夢の中って速く走れないのよー!」


思わず心の声を叫びながら、遅いながらに全力で走り続けた。


すると、巨大な指先が私を掴もうと迫って来るから、周りの空気を震わせて自分を中心に風を起こした。

すると怯んだように指先が引っ込む。


魔法が通じた!?


思わず立ち止まって後ろを見ると、女の子は風を受けた自分の手を見て、私に視線を移す。

その大きな顔の大きな目が潤んでいる。そしてぐっと口を噛みしめて顔を真っ赤にして、私を睨んだ。


「本当は私がサードと旅をするはずだったのよ!私が!あなたなんか私がいたらサードと同じパーティに居なかったんだから!」


その言葉を聞いて、思わず聞き返した。


「じゃあやっぱりあなたはサードと知り合いなの?」


サードはこの女の子のことは知らないようだったけど、どうやらこの女の子はサードのことを知っている。

一体どんな間柄なのかは分からないけど…そもそもこの女の子がモンスターなのか幽霊なのかもまだ分からないもの。


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」


女の子は首を大きく振って唸るように喉から声を出すと、手を一気に伸ばしてくる。

あれこれ考えていたせいで一瞬判断が遅れて、私は大きい女の子の拳の内に力任せに捕えられた。


「ぐえええ…!」


きっと現実だったらあっという間に体の骨が砕けていたかもしれない。でも夢の中のおかげで息苦しい程度で済んでいる。でも苦しい…息が詰まる…!


逃げようと手の内でもがくけど、それでも逃げられない。


「あなたが消えればサードだって私を仲間に入れてくれる!サードは約束したもの、仲間にしてくれるって約束したもの、私は魔法使えるって言ったら頼もしいって言ってくれたもの!」


憤怒の表情で女の子は両手で私を握りつぶそうとするけど、それでも苦しんでいるだけで握りつぶせないと思ったみたい。


いきなり口を大きく開けて、私は女の子の口の中に突っ込まれる。

そのまま大きい歯が私に近づいて来る。


頭が真っ白になった。


ただすぐに我に返って、さっきみたいに風を起こして脱出しようとした。でも女の子の髪が大きく広がっただけ。


そんな…!

あ、でも夢の中で死にそうになったら目覚められるはずってサードは言っていたし…。


それなら大丈夫かなぁ~と体の力を抜いて気楽に起きるのを待ち構えてたけど、女の子の歯

が私の体にめり込んでくる。


「ギャー!」


お腹と背中に歯がギチギチと当たってきて、もう噛み千切られそうな状況だというのに目覚められるような感じはちっともない。


…もしこのまま体を噛み千切られて死んだら…私、どうなるの?そうなったら終わりじゃない?

ダメだわ、このまま起きるのを待っている場合じゃない!


私は魔界で魔法を使った時と同じぐらいの力を放出して、風をドッと起こした。


女の子の頭が風の勢いで弾け飛ぶ。でもスルスルと元に戻って行く。その間も女の子の手は私をガッチリ握ったまま。


少しでも逃げようと女の子の大きい手をバシバシ叩くけど、ちっとも効いていない。しかもゴリゴリとした感触のものが私の体に当たってきて、とっても不愉快…。


「あっ」


そうだ、そういえばこのゴリゴリするものって聖水じゃないの!


私は慌ててローブをグイグイと女の子の手から引っ張り出して、わずかに飛び出たローブ内から聖水を取り出して、蓋を外してほとんど頭が元に戻った状態でポカンと口を開けている女の子の口の中に小瓶ごと放り込んだ。


小瓶は女の子の下の歯の裏側に入って、意識が復活した雰囲気の女の子は異物が口の中に入ったからか口を閉じ、モゴモゴと口を動かすとペッと小瓶を吐き出した。


聖水が効く相手だとしたら今頃この女の子は悶え苦しんでいるはず。でも聖水が効かないならこの子はゴースト型モンスターじゃないってことだわ。


ということは、やはり人間の幽霊ということ…?


女の子は私を睨んで、唸り声をあげながら私を口の中に放り込んだ。


周りが真っ暗になって、舌でゴロゴロと転がされたと思ったら歯で押しつぶされる。


「イヤアアアアア!」


今まで何度も死ぬかもしれないという状況をかいくぐって来た。


最初に命の危険を感じたのは家庭教師に床に押さえつけられてハサミを向けられた時。


動いたら耳も切っちゃうかもよ、と言われて何も反抗できなくて恐怖のあまり声も出なくて。髪の毛が無残に切られて行くジョキジョキという音を震えながら聞いていた。


思えばあの家庭教師より私の方が魔法の力が強かったのだから脅えずに立ち向かっていればよかったんだわ。そうしたらお父様も私が傷つくかもしれないと隣の領地分になってしまっていた別荘に行くこともなかったんだもの。


全てが今更のことだけれど…。…あれ?もしかしてこれってかの有名な死ぬ前に自分の人生を顧みるっていう現象?


とまで思ったら、頭から足にかけてギザギザとした歯の先が突き刺さってくる。


「やああああ!」


魔法を発動しようとするけどこんな状態じゃ集中できない。風を起こすけどそよ風程度しか発動されない。


夢の中なのにこんなに痛いことってあるの!?


私の口からヒッヒッと引きつけのような声と共に涙が漏れて、ああ、これは本当に終わりだ、とこの後に続く本格的な痛みと衝撃を考え、目をつぶって歯を食いしばった。

タイトルは私のトラウマ絵本のひとつです。たのしいえほんだよ、みんなも、よもうよ。


そう言えば前の職場に訪れたお客さんから聞いたんですが、歯の裏側で自分が縄文系(元々日本にいた系)か弥生系(渡来系)か分かるらしいです。

歯の裏側がカーブしていると縄文系、歯の裏が真っすぐだと弥生系だそうです。

日本の祖先はユダヤ系という古代ミステリー好きのお客さんでした。

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