夢の中の散策
「とにかく、あのガキを探すぞ」
サードがそう言いながら歩き出すけど、私は思ったことをサードに伝える。
「けど見つけたとして倒せるのかしら。サードは剣もないし、幽霊に魔法って通じる?」
それに無理やり眠らされてこんな風に夢の中に引きずりこまれたってことは、ここは相手のホームみたいなもの。
あの女の子が本物の幽霊なのかモンスターなのかはまだ分からないけど、どう考えても分が悪い気がする。
「そうなんだよな」
とりあえず私の杖を取りに部屋に向かったけど、私の部屋にも杖がない。
杖は机に立て掛けておいたはずなのに…。
サードはその様子を見て確信したように頷く。
「どうやら武器らしい武器は消えてるな。アレンの部屋にはロッテから受け取った杖もなかったし、ガウリスの部屋に槍はなかった」
さっき二人の部屋の中を見た一瞬でそんな所まで確認していたの、と思っていると、どこからか子供がブツブツと何かを話しているような、文句を言うような声が聞こえてきた。
何、なんなの。
急に聞こえてきた声にビクッと体が震えて、思わずサードの服を掴んでキョロキョロした。
声はすぐ聞こえなくなったけど、こんな人気のない無人の空間で急にシン…と静かになると余計不気味で、背中がゾワゾワしてくる。
これであの女の子が急にギュルッと現れてきたら…怖い。
「…」
サードは自分の服から私の手を引き離して振り向いた。
「おまえ、アレンがいないとアレン化が進むな」
「どういう意味よ」
「冗談だ」
笑いもせずに冗談と言いながらサードは本題に入るような顔つきで続けた。
「この夢の中にいるのがゴースト型モンスターなのか本物の幽霊なのかは知らねえが、俺の所での幽霊退治のやり方ならいくつかある。幽霊だとしたら少しは効果があるかもしれねえからまずは何でも試してみるぞ。その全てが効かねえとしたらモンスターの線を疑ってやり方を変えるがな」
「幽霊退治…どんなのがあるの?」
「キョウを唱える。いわば呪文で一番効果があると思うぜ。俺の生まれ育ったところの呪文がここで通じるかは微妙だけどな。あとは塩、塩は悪い物を清めるのに欠かせねえもんだとされている。あとは説得して改心させる。…今できるとしたらこれくらいか」
「…塩って、あの料理に使う塩?」
「あの塩だ」
「ええー、聖水じゃなくて塩ぉ?」
幽霊に塩ってナメクジじゃないんだから。
でも頭から塩をパラパラとかけられて「うあー」と溶けていく幽霊を想像したらちょっと楽しいかもしれない。
私のあり得ないという反応を見たサードは少し渋い顔をした。
「やっぱり俺の住んでたあっちと違う風習のここだと塩は効かねえか…?だったらキョウも効かねえってことか…」
サードは納得したように顔を上げて、
「なら聖水を確保しに行く。確か教会の裏の物置にあったはずだ」
と歩いていくから、置いて行かないでよとばかりにすぐさま私はサードの後ろに続いた。
歩きながら私は幽霊に塩というのが妙に頭に残って、
「サードの所では本当に幽霊には塩が効果あるの?」
と聞いた。
「まあな。神話でもあの冥界に続くヨモツヒラサカから戻った男神は海に入って身を清めたし、神話じゃなくとも嫌な客が立ち去った後は塩を玄関先に撒くこともあったぜ。とにかく塩は場を清める、だから生きてる人間にとってマイナスになりそうな幽霊も追い払う」
「そう聞くとただの塩でも効果がありそうな気がしてくるけど」
「それでもそんな習慣がなけりゃろくに通じねえだろ」
「…」
だけど前にサードの言っていた、袖すり合うも多生の縁のあの話。
死んで同じ魂がまた肉体に宿って生まれかわるなんて宗教観念は初めて聞いたけれど、それでも妙にしっくり腑に落ちる考えだったわ。
それなら生まれ変わる前、私たちはどこかで出会っていたのかしらとつい考えてしまったほど。
それならもしかしたらそんな習慣だとか宗教観念を越えて、サードの世界でのやり方も効果があるんじゃないかしら。
思ったんだから、とりあえず今考えたことをサードに伝えてみる。
サードは私の話を聞いて、そうかぁ?と怪訝な表情を浮かべていたけど、そのままとりあえず歩きだしたから私も後ろをついて行く。
「…ブッセツマーカーハーラーミィターシンギョー…」
サードから謎の言葉が飛び出して、思わずビクッと肩をすくめてサードから一歩引いて立ち止まった。
私が止まったのを察したサードも立ち止まって振り向く。
「どうした」
「なに今の」
その一言しか出てこない。
「さっき言ったろ。俺の所での呪文のキョウだ。塩と同じで仮に効果があるかもしれねえならまずやってみる」
「ああ…そう」
サードは前を向いて歩き出して、
「カンジーザイボーサツギョージンハンニャーハーラーミッタージー…」
と呪文だという言葉を続けていく。
それも随分と長い呪文みたいで、お腹から朗々と言い続けているサードの言葉を聞いていると夢の中だというのに段々とどこか別の世界にトリップしてしまいそうな感覚に陥ってきた。
もしかしてこれが一、二回聞いただけで覚えたとものなの?だとしたら凄いとしか言えない長さなのだけれど…。
そうして最後まで唱え終わったけど、特に周りにも私たちにも変化はない。
「やっぱり効果はねえな」
サードはそう言いながら歩き続けていく。
「今のがサードの所でのキョウっていう呪文?」
段々と言葉でトリップしている感覚が消えてきたからサードに聞いた。
「他にも色々あるけどな」
「今のは何か意味のある呪文なの?」
「人生のすべてが詰まってるありがたーい教えだ」
と言いながらサードはニヤニヤしながら振り向いた。
「そういやファジズがエリーの見かけで俺の部屋にやって来た時にもなんだそれって言われて同じ言葉返したわ」
ファジズの名前が出て、ファジズは元気かしらと懐かしさが湧く。ホテルから立ち去ってからまだそんなに時間は経っていないけど。
でもそのうちロッテがきっと迎えに行くはずだもね。ファジズもそれまで支配人として皆から受け入れられていたんだから、それまでは何事もなく過ごすはずだわ。
そうしているうちに教会の物置部屋に辿りついて、サードは箱に綺麗に並べられている聖水をごっそり手に持って私に次から次に放り投げてくる。
夢の中のせいかゆっくりと聖水が飛んでくるから私も楽々とキャッチできる。
でもここで聖水をこんなにごっそりとって、現実でも無くなってたとか…そんなこと起きないわよね?
そこにある聖水を全て二人のポケットというポケットにつっこんでからサードはポツリと呟く。
「つーかあのガキはどこに居るんだ?」
「さあ…」
さっき声は聞こえてきたけど、今は耳をすましてみても何も聞こえない。
むしろ気を抜けば私たちの足音に衣擦れの音すら聞こえてこない。起きてる時は静かな時でも「シー…」ってかすかな音は聞こえるのに、今はその音すらしないのよね。
無音の空間に閉じ込められたって感じ。
こんなゆるゆると時間の流れるような夜の空間で、女の子の幽霊がどこかに潜んでこちらを見ているかもしれないと思うとゾワゾワと背筋が寒くなるわ。
―フフ
まるで私の心の中を見透かしたようなタイミングで女の子の笑い声が聞こえて、思わずサードの腕にガッとしがみつく。
あ…!ついサードにしがみついちゃった…。
サードの顔をパッと見上げると、サードは多少驚いた顔で私を見下ろしている。
「だ、だって!急に笑い声!聞こえたんだもん!」
バツが悪くなってそう言いながら離れると、サードは段々とおかしそうに顔を歪めて顔を逸らしながら笑った。
「役得だな」
「やく…?」
今でもサードからは私の知らない言葉が出てくる。
「何でもねえ」
サードはニヤニヤしながらふざけたように手を差し出してきた。
「手でも繋いでやろうか?」
「いらないもん!」
馬鹿にされていると思ってスパァンッとサードの手の平を叩いて断った。
サードはそれでも楽しそうに笑いながら歩き出して、私もその後ろをついて行く。
思わず叩いちゃって、ヤバ…と思ったけど、サードの機嫌は悪くなっていない。きっと今はとことん機嫌がいいんだわ。こんな状況なのに。
それでもあの幽霊みたいな女の子は私たちをどこからか見張っているわ。だってさっき笑ったタイミングだって私の考えを読んでいるみたいだったもの。
…それでも立場的に幽霊みたいな女の子の方が有利だと思うけど、何故か私たちの前には出てこないのよね…。
「警戒しているのかしら」
あの幽霊の女の子は聖剣を黙って見ていた。あれがこの世の中の全てを斬れる聖剣だと気づいたのかは分からないけど、全員武器を持っている時点でただの孤児院の来客じゃないと感づいたのかもしれない。
幽霊みたいな女の子が現れない限り遊ぼうにも倒そうにもどうにもできない気はする。
だけど急激にギュルッと現れてきたら嫌だわ…あの光景は怖かったもの。
でも今は脅えてばかりもいられないとあの瞬間の光景を忘れようとしたけど、考えないようにすればするほど頭の中には何度もあの光景が流れて行く。
それもどんどんと想像がたくましくなってしまって、猛スピードで目の前までギュルッと半回転しながらせまってくるあの女の子が無限ループで繰り返されていく。
「…」
どうしよう…本格的に怖くなってきた…。
私は後ろからサードを見上げる。
「サード」
「あ?」
サードは振り向く。
こんな時に頼れるのがサードしかいないなんて…屈辱だけど、怖いものには勝てない。
私はそっと手を差し出した。
「やっぱり…手、繋いでくれないかなぁ…なんて…」
サードは黙って私を見ている。でも私を見ているだけで手を動かしもしない。
ムカッとして、
「サードは怖くないかもしれないけど!私は怖いの!さっき繋いでやろうかって言ったわよね!手出してよ早く!」
恥を忍んで頼み込んでるんだから、男ならその気持ちを汲み取ってよね!
まるでお金をせびるかのように手を大きくブンブンと動かして肩をいからせていると、サードはふっ、と吹き出して手を差し出した。
「お前の脅えようが楽しくてついな」
何こいつイラッとするぅ。
それでもいつもよりかなり素直に手を出してくれたもの。そうよ、とにかく良いように考えておきましょう。
私は差し出されたサードの手を取って握ると、サードも軽く握り返してくる。
お互いその場に手を繋いで立ったままで、何とも言えない時間が流れる。
…何か…緊張するわ…。落ち着かない…。
アレンとはよく手を繋いでいるからもう小慣れた感じでお互い手を繋ぐけど、スキンシップゼロのサードと手を繋ぐのは…妙に気恥ずかしい。
なんとも落ち着かなくて軽くサードの手をにぎにぎすると、思ったよりサードの手はゴツゴツしていて、それも軽く手を握っているサードの手も力強い。
アレンとガウリスと比べるとサードは細い。それでもやっぱり力は強いのよね…。そりゃそうよね、男なんだもの。
でも男だと思うと余計に今の状況が思った以上に恥ずかしい気がしてきた。
チラとサードを見ると、サードはあっちの方向を見ていてどんな顔をしているのかは分からない。
思えばサードと普通に手を繋ぐのはこれが初めてかも。今まで手を繋いだといえば…山道で手を引っ張られた時ぐらい?
「サードとこうやって手繋ぐの初めてね」
気恥ずかしさを紛らわせるためにそう言うと、
「ふん」
と鼻で返された。
ふん、って何よ、ふん、って。
ちょっとイラッとしたけど、ここで喧嘩して手を離されるのは困るから黙っていることにした。
すると、ずずず、と孤児院が揺れる感覚がする。
「地震か?」
サードはそう言いながら周りを見渡すけど、私は見つけた。
いる。
遠くの廊下の中央。そこに花柄のネグリジェを着たあの幽霊みたいな女の子がポツンと立っている。
地震かと辺りを警戒したサードもすぐに女の子を見つけたみたいで、私と同じように黙って見据える。
何かしてくるかしら、聖水を用意した方が…。
色々考えながら瞬きすると、その一瞬の間に遠くにいた女の子が目の前に移動していた。
「ひぅっ」
声の詰まった叫び声が私の口から漏れ出て後ろに倒れ込みそうになるけど、サードが私の手を引っ張り上げて私が倒れるのを阻止して元の位置に戻した。
女の子の顔が目に入る。でもさっきみたいにぼやけていない。
青白い顔色なのは同じだけど、顔のパーツは全部ハッキリと見える。
その顔はどこか怒りに燃えていて、私たちを…ううん、これ、私が睨まれてない…?
何で私はこの子に睨まれているの、と一歩にじり下がると、サードは私の手を強く握って、元の位置に引っ張り戻す。
「サード」
口を一切開いていないのに、目の前の女の子から声が聞こえる。
女の子の睨みつけるような目は私からサードに移動した。
でも名前を知ってるってことは…。
「…知り合い?」
私が聞くと、サードはすぐさま首を横に振った。
「知らねえ」
その瞬間女の子の目が見開かれて、口を大きく開けて耳をつんざくような絶叫を上げた。
すると孤児院の廊下がどこまでも伸びていって、女の子の幽霊は見る見るうちに遠くになっていく。
廊下が伸びると私とサードの手が離れそうになって、慌てて両手でサードの手を掴もうとした。でも体が前後に引き延ばされるような感覚で思わず手が滑ってサードと手が離れ、あっという間にサードが遠くなっていく。
「サード!」
思わず大声を上げると、サードが大声で怒鳴った。
「エリー!これが夢の中だってこと忘れ……!」
あっという間にサードは指の先より小さくなってしまって、最後まで声は届かなかった。
幽霊は塩に弱い。じゃあなんで海で心霊現象の話があるんですか?
ネット上の質問掲示板でそんな質問があって、それを見て私がパッと思ったのは「海は波で揺れているから」でした。
神様の依り代になるのはヒラヒラ揺れる紙が多いらしいんです。それは揺れるから。揺れるってことは魂が震えて活性化するみたいな感じらしいんです。さよならする時に手を振るのも元は袖を振って魂を震わせるための行為だったらしいんです。袖には魂が収まってる的な民間信仰もあって。
あと音もそうですし、原子分子も突き詰めれば波型の周波数が出ていると聞きました。
だから何で塩のある海に幽霊が現れるのか?それは揺れる波に魂が収まって活性化するから。知らんけど。




