孤児院にいる時のサードの話
私はシスターの後ろをまるでゾンビのようにフラフラ揺れながら歩いて行く。
今の今まで子供たちに囲まれて、延々と冒険の話をせがまれ魔法を見せてとせがまれ女の子たちからはパーティ内の誰と付き合ってるの?としつこく聞かれていた。
何より誰と付き合ってるのか、という質問に一番疲れた。
「皆とはそういう関係じゃないのよ、仲間だから」
と何十回連続で否定しても、
「うそうそ!絶対誰かと付き合ってるでしょ!勇者様?武道家の人?戦士の人?」
とどこまでも喰らいついてくる。
どうしてそこまでパーティ内の誰かとくっつけたがるの、もしかして誰かと付き合ってると言うまで聞いてくるつもり?
そんな風に段々とイライラしてきて閉口しかけたころ、シスターが扉を開けて、
「エリーさんの寝室の用意ができましたので、どうぞこちらに」
と声をかけられたから即座に立ち上がって、なお誰と付き合ってるのー?と聞いてくる女の子たちを振り切ってシスターの後に続いて歩いているところ。
「ごめんなさいね、うちの子たちの元気が良すぎまして」
シスターは手燭で足元を照らしながら、少し申し訳なさそうな顔をして私を見ている。
「ううん…私は子供と接し慣れてないだけだから…」
サンシラの子供たちから大いに好かれていたガウリスは子供に振り回されないで普通に接しているし、アレンはあの通りの性格だから子供と一緒に遊んで話してとても盛り上がっていて楽しそうだもの。
私は子供と関わることなんて全然なかったから、子供のテンションにどうもついていけないのよね…。
そういえばサードはどこに行ったのかしら。夕食を食べた後から行方知れずだけど。
子供たちも夕食を食べ終わった後、勇者を探せと盛り上がりながらサードを探し回っていたけれど結局見つけられなかったみたいで、外に出かけたのかもしれないと皆は探すのを諦めていた。
…まさか女の子を探しに行った訳じゃないでしょうね。
「サードってばどこに行ったのかしら…」
私の呟きにシスターは昔を懐かしむように軽く笑いを含め、
「サードは昔から行方知れずになとが多くて。その度に敷地内を探し回っておりましたわ」
「それは…大変だったでしょう」
あの高い身体能力と知能を持つサードなんだから、きっと普通の人が見つけられないようなところに潜んでいたはずだわ。
でもシスターは首を横に振る。
「いいえ。ちゃんと名前を呼んで、こういう事をするから出てきて頂戴、と用件まで言ったらどこからともなく現れておりましたわ。やることはちゃんとやる律儀な子でしたのよ」
なんとなくおかしくなって笑ってしまった。
ガウリスの子供の時の話を聞いてもガウリスはガウリスだったんだなぁと思ったけど、サードもサードだなぁと思えるわ。二人ってブレないわよね。
シスターは笑っている私の顔を微笑んで見ていて、ふっとシスターの顔を見返す。
するとシスターは微笑んだまま、
「サードは昔と違ってずいぶん自然体でいるように見えます。きっとあなた方と一緒に旅をしているからなのでしょうね」
と言う。でも私は苦笑気味に微笑み返した。
「まだ完全に心は開いてないと思うわ。それに心を少し開いたのもつい最近よ。数年かけてやっと少しだけって感じよ」
シスターは首を横に振りながら、かすかに寂しそうな眼差しで私を見続ける。
「あの子は誰とも気兼ねなく接しているようで、誰にも心を開いていない子でした。私には心を開いているつもりだと一度言っていましたが、それでも他の子たちのように愛情に愛情で返すことはなく、最後まで大人同士の付き合いのようなスタンスを決して崩しませんでした。
サードは最初から精神が自立していて甘やかすことすらさせてもらえず、一人でいることを進んで選択する子でその心のスペースにはどうしても入れてもらえませんでした。本人はそれでいいと割り切っていましたが、私にはそれが心配で、寂しくて…」
シスターはそこで区切って、苦笑の笑顔で私を見る。
「あなたは全然心を開いてもらっていないと思っておられるようですけど、あなた方は私が思わず嫉妬してしまうほどサードに心を開かれているのですよ?…本当に、建前だけのサードじゃなくて、本当のサードを受け入れて一緒に旅をしてくれてありがとう」
「…」
私は家の事情というか、国の事情というか、そんなことでサードたちの仲間になったから受け入れたも何もないんだけど…。
でもシスターのありがとうの一言で、シスターのサードを想う気持ちはとてもよく伝わった。
そう思えばシスターはサードの子供のころをよく知っているんだわ。
子供のころのサードの話…。ちょっと聞いてみたいかもしれない。大体今と変わらないんでしょうけど。
「サードはあまり自分の昔の話を聞かせてくれないのよ」
話を切り出すと前を見ていたシスターが私に視線を移す。
「シスターに時間があるのならどんな子供だったのか聞いてみたいわ。いいかしら」
するとパッとシスターの顔が明るくなった。
「もちろんよ、もちろん。どうします?談話室でお話をお聞きになる?」
「シスターが座れる場所があるのなら用意してもらった寝室でもいいわ」
「ええ。それなら遠慮せず」
シスターはウキウキとした顔で歩みを進める。
まるであなたの子供のお話を聞かせて、と言われた母親みたい。
何と言おうか、このシスターはサードの…ううん、この孤児院にいる子供たちの母親なんだわ。
実の母親には殺されかけたサードだけど、身を案じて、昔あったことを喜んで話してくれる代わりの母親がいる…なんでかしら、それだけのことがとても嬉しい。
シスターの案内で用意してもらった私の寝室に入って、シスターは近くの机にロウソクを置くと机の下に差し込まれていた椅子を引っ張りだして椅子に座って、私はベッドに座った。
シスターと私の膝がぶつかりそうな近さだけど、それでも話すにはいい距離感だわ。
「あの時は秋になりかけているころで外にでると身震いする季節でしたわ」
シスターが話し始めて、私は耳を傾けた。
* * *
朝食を終えて、子供たちへの勉強の準備をしていましたの。そうしたら冒険者の身なりをした人たちが入って来られましてね。ああ、違う教会と間違えて入って来たんだわと近寄って行ったのよ。
…え?ここの隣は教会じゃないのですって?どうして?教会ですよ?
…ああ、ふふ、ごめんなさい、当時はパエロと私の二人だけで、私もパエロも魔力がなくて神の祝福ができなかったのですよ。
でもこのフェニー教会はこの首都の名前の由来になるほど歴史が古いから、フェニー教会でなら神の祝福をしてもらえるとやって来る冒険者がかなりいたんですの。今は国の意向で神の祝福が使えるトマスを迎え入れておりますけれど。
ですからここでは神の祝福はできませんので違う教会にどうぞと入ってきた冒険者に促そうとしましたの。
でもその冒険者が言うには、昨夜、山の中腹で子供が薄い布一枚の裸足の姿でいたから引き受けてくれないかということでした。
ええ。その子供がサードで。
剣士の男性二人、魔導士の女性二人のパーティでしたわ。どうやら依頼の途中のようで、薄着で裸足のサードを連れ歩けないと判断してうちに来たようです。
もちろん受け入れますと私は頷いて、その子はどこ?と聞いたら、その四人が後ろからサードを前に押し出してきました。
サードの姿格好も変わったものでしたわ。髪型も初めてみるようなものでしたし、服装だってあまり上等とは言えない青い布地のガウン一枚を布で縛ったばかりで…。
そうしたら前に押し出されたサードはすぐさまスッと顔を上げて私の目を見ましたの。だから私は少なからず安心しました。
…どうして安心したのって?
……。この孤児院には色々な事情を抱えて来ることになった子も多いんですのよ。それもよんどころない事情で連れてこられた子供たちの大半は脅えてオドオドしていたり、うつむいていたり、上目遣いで私たちの様子を伺う程度で初対面で真っすぐ目を見ることはないんです。
だからこの子にそんな悲しい事情はないと、最初はそう思っていました。
でも目が合った瞬間、その視線の鋭さに思わず胸がすくみましたわ。
まるで自分が引き渡される先にいるのがどんな人物か警戒している顔つきでした。そして何かあればすぐに噛みつくと言わんばかりの…そんな目でした。
でもその鋭い目を見せたのはほんの一瞬だけ。私がすくんでいる様子を見たらすぐに目つきを和らげて、ゆったりと微笑んだままふっと視線を落としました。
柔らかい微笑みで鋭い目を全て覆い隠す様子を見て、やはりこの子は悲しい過去があるのかもしれないと考え直しました。
微笑むことで全て覆い隠して自分の本心を見せないのです。きっと鋭い目の本心を見せたら嫌なことがあって、その嫌なことを避けるために微笑みの仮面をかぶって何もかもをやり過ごして来たんだと。そしてそれが苦もなくできる世渡り上手な頭の良い子なのだとも思いましたわ。
まずはサードをお風呂に入れて、寄付された服をサードに着せたらニッコリ笑って頭を下げて、私には理解できない言葉でお礼のようなことを言っておりましたわ。
本当にサードの言葉は私には理解できない言語で、とにかく意思の疎通を図ろうと私も苦心しました。
どこから来たのと聞いてもサードにも私の言葉は理解できていないんですもの。大変でした。
それでも冒険者からこの子が「サード、サード」と連呼していたから名前はサードだと言っておられたので、試しにサードと呼んでみました。
そうしたら顔を動かして私を見て、私は地図を持ってきて地図を持ってきて机の上に広げて、今はここなのだけれど、サードはどこから来たのかしら?と身振り手振りで何とか伝えました。
サードも頭の良い子でしたから、何となくどこから来たのかと聞かれているのは察した表情でしたけれど、首をかしげるばかりでしたわ。
でもすぐさまサードは子供たちが片付け忘れた画用紙と絵筆と絵具を引っ張ってきて、地図の…私が今いる場所はここ、と指さしたシュッツランド国の文字をチラチラと見ながら、シュッツランドとたどたどしい字を書きました。
何を言おうとしているのかと見ていると、サードはシュッツランドと書いた文字と自分を指さして、画用紙に文字を書く素振りをしていました。サードもどうにか意思の疎通を取ろうとしているんだわと察しました。
ですから子供たちの勉強はボランティアの方に任せて、私はサードの方に取り掛かりましたの。
まずは幼い子たちが遊ぶ基本の文字が書かれたブロックのおもちゃを持ってきて、その文字を並べることで単語ができることを教えました。
そこから基本の文字の発音、単語の発音を教えたらお昼になるころには三歳の子供に話す程度の簡単な言葉遣いだったら理解できるくらいになりました。
サードは本当に舌を巻くぐらい物覚えの良い子で、どうやったらこんなにすらすらと覚えられるのかしらと思うほどでしたわ。
お昼になるころにパエロを呼びに行って、サードがここに来たあらましを伝えました。それと微笑みで人から距離を取ることを覚えてしまっていることを。
そしてサードのいる部屋にパエロを連れて行って、サードにパエロに挨拶するように伝えましたの。そうしたら…。
あの時は驚きました。
椅子から立ち上がったと思ったらいきなり床に突っ伏して地面に額をこすりそうになるまで頭を下げるんだもの。
パエロだってそれは驚いていましたわ。だから地面に這いつくばらなくていいから立ちなさいと慌ててサードを抱え起こそうとしたら…。
サードは絶叫して体全部を使ってパエロの腕の中から逃げ出して、野生の生き物かと思う身のこなしでテーブルの上に飛び乗って。
あの時の心からの嫌悪に満ちあふれたとげとげしい表情は今でも思い出します。
それを見て分かりました。サードは…大人の男性から虐待を受けたことがあると。
…ご存知でした?
……。
そう、あなたは聞いておりましたの。そうです、上手く逃げたことは私もサードから聞いております。でも怖かったことでしょう。…子供がそんな目に遭っただなんて、考えたくもありません。
…サードはその後どうしたのって?
テーブルの上に飛び乗ったことにバツの悪そうな顔をして、改めてパエロに挨拶していましたよ。
まずパエロと話をして、ボランティアの男性方にはサードには触らないように伝えておきました。
そしてお昼ご飯の時に子供たちに新しいお友達が来ましたと紹介して、人懐っこい明るい子供たちの間にサードを挟みました。
最初に見た人を射すくめるかのような視線、パエロに見せたとげとげしい雰囲気こそがサードの本来の姿なのに、ずっとサードは隠したまま。
私たちはまだ信用されていないと思いましたから、まず同じ年齢たちの子供たちと心通わせたほうがいいと思いましたの。
私たちの心配をよそにサードは何なく周りの子たちと馴染みました。でもサードの建前の微笑みはどんな人懐っこい子供たちにも崩せませんでした。
誰に対しても一定の態度、そして一定の距離を取って、どんな子供相手でも大人を相手にするような態度で接していて…。
誰と話すにもこれは一時的な交流だと、だから上辺のやりとりで十分だと思っているような態度を見て、
「ビジネスライク、という言葉がぴったり当てはまるな」
とパエロは一言いっておりましたけど、それがしっくりくると私も思っていました。




