ラスボスの好きな物は?
もう私たちに戦う意思が無いと感じ取ったのか、リンカは私の隣に並んで普通に話しかけてくる。
「案外と優しいのね。今まであなたの魔法で倒されてたから、敵には容赦しない人かと思ってた」
もしかして私に対して妙に脅えていたのは私が主に攻撃して倒していたから?
…まあ、そうよね。魔族が私たち人間とあまり考え方が変わらないと知ったのはここ最近で、リンカと戦った時は魔族は完全に倒さないといけない存在としか思っていなかったし、殺されたくもないから全力を出して戦っていたんだもの。
まさか二回倒したあの魔族がこんなにオドオドした性格の女の子だとは思いもしなかったけど…。
「そっちの人は新しい仲間なの?前はいなかったはず…」
「そうよ。新しい仲間。サンシラ国で神官をやってて…」
「神官!」
神官と聞いたリンカは、期待の顔でガウリスの背中を見た。
「神官は…アンデッドに強いの。地に還すのが得意なはず」
その言葉を聞いたガウリスは申し訳なさそうな顔をして少し振り向いた。
「確かにそのような力を持つ神官もいますが、私にはありません」
リンカは驚いた顔をしてガウリスを見る。
「神官なんでしょう?」
「神官でも、魔力のある者とない者がいるのですよ。私は後者に属しています」
ガウリスはそういうけど、前々から気になっていたことを聞いてみた。
「けど魔力がないんだったらあのシノベアの辺りでエーデルに操られてたんじゃない?」
思えばサードはあんなに簡単に操られていたのに、ガウリスは何事もなかったのよね。ガウリスは魔力は無いと思っていても実は少しぐらいあったりするんじゃないのかしら。
詳しく探ってないからガウリスに魔力の核があるかどうかは分からないけれど。
「さあ、どうでしょう」
「探ってみる?私だったら魔力の核があるかどうかわかるわよ」
手を差し出そうとするけど、ガウリスは首を横に振る。
「仮にあったとしても聖魔術は修行しなければ身につきません。私は一度も習っていませんから、魔力の核があったとしても使えませんよ」
…ガウリスは龍っていう神様に近い存在になっているのに、修行しないと聖魔術を使えないとかおかしいんじゃないの?それって神様が自分の使える力を一から勉強するようなものじゃない?
なんとなく釈然としない気持ちが残るけど、
「ゾンビです」
とガウリスが言うから私はガウリスの指示通りに杖を向けて風を放った。
歩いていて何度もゾンビに遭遇するけど、この洞窟のラスボスのリンカがいてもやっぱり普通に襲い掛かってくる。
でもゾンビの集団に挟まれ、すごい勢いで迫られたあの事態に比べれば対処も簡単。ガウリスが先に発見して、位置を聞いて私が魔法を使って倒していく。
たまに分かれ道にも遭遇するけど炎の揺れ具合をみて先に進んで、あまり天井の高くない方向は試しに掘ってみただけの横道だろうってアレンが言っていたから天井の低い脇道も無視して進んでいく。
そうしていると、リンカからため息が聞こえてきた。
「どうかしましたか?」
そのため息を聞いたガウリスが一旦立ち止まって振り向く。
私も横にいるリンカを見ると、酷く落ち込んだ顔でうつむいていた。
「私、魔族なのに二人みたいに力もないし、ここから一人で外に出るための知恵もないんだわって…。さっきの女の人にはダンジョンの管理もろくにできてないって言われるし、お爺様にも力がないと諦められたし…それなら私って、何もできない…」
泣きそうじゃないけど、とことん自分自身に対して落ち込んでいる表情だわ。
「人には向き不向きがあります。ロッテさんだって力はなくともその知識では右に出る人は居ないと聞いています。それと同じようにリンカさんにも何か得意なものがあるはずですよ」
「例えば?」
リンカが顔を上げてガウリスに問いかける。ガウリスは苦笑した。
「それを教えるのは私ではありません。あなた自身がこれから探していけばいいことです。魔族は人よりも長命なのですからゆっくり探せば良いのです、そうではありませんか?」
リンカはそれを聞いて、落ち込んだ表情が少し引っ込んだ。でもすぐに落ち込んだ表情になる。
「私、得意なものなんてないの…。力もないし、周りには頼りにならないと思われてるし、強く出られると上手に話せないし…」
「何か好きなものはないのですか?趣味でも食べ物でも」
「私が、好きなもの…」
リンカは考え込むように無言になって、チラチラと私とガウリスの顔を伺ってから真面目な顔で胸の前で両手を組んで、身を乗り出した。
「他の人に絶対に言わない?グランにも」
…何を言うつもり?
ともかく頷くと、ガウリスも頷いている。
リンカはもじもじと指を動かして、どこかうっとりした顔で頬に手を当てる。
「実はその、私ね…。神様が…好き…」
「えっ何で!?」
魔族と神は人間と魔族よりも相いれない間柄じゃない、何で…。
それより言葉が強めに出てしまったから泣かれるかと思ったけど、リンカは震えも泣きもしないで、ただ恥ずかしそうに頬に手を当てて体を横に振っている。
「岩山に居る時、一度だけ雲間から神様みたいな存在を見かけたことがあるの。神様は醜悪な姿で、全然動かないからぶくぶくに太ってて、無能なくせに無駄に偉そうにしているって魔界では聞いてたけど…」
リンカは輝いた目で上を見あげる。
「本当は凄くキラキラ輝いているの。その光が私みたいな魔族に当たっても焼けただれることもなかったし、あの輝きに当てられた瞬間、ああ、私許されてるって心の中が満たされたの。あんなに幸せな時間は無かった。思わず涙が零れたわ」
そこで夢見る表情から少し悲しそうな顔になってリンカはため息をつく。
「だけど私が見てることに気づいたら閃光で目が潰されて、目が見えるようになった時にはいなくなってた。許されてると思っても神様から見たら魔族は忌まわしい存在なのね。
…でもあれ以来、神様が好きなの。あんなに何もかも受け入れるような雰囲気は魔界にはない。だからもっと話したい、もっと近づきたい。…けど近づけない」
ほう、と恋する乙女の目つきでため息をつくリンカを、私はポカンとした顔で見ていた。
人間に親しい感情を持っているラグラスやロッテは魔界では変わり者扱いされてるって聞いたけど…こんな恋するような感覚で神様に親しい感情を持っているのが魔界でバレたとしたら、異端扱いされるんじゃないの?
「魔界にも、そのような考えの方がいるのですね」
ガウリスも少し驚いたように言うと、リンカは寂し気な顔になった。
「多分私だけよ。他の魔族に言ったら頭がおかしくなったと思われるし、神様だって私みたいな魔族に近寄ってほしくないはず」
ガウリスは少し黙り込んだ後に歩き始めた。
「…神は全ての者に愛と恩恵を捧げ、そして受け入れます。人間界に伝わる話では、元々神も魔族も人間も同じ世界で過ごし、神は分け隔てなく魔族をも愛していました。
魔族と敵対し天地に別れた後も中立の立場でお互いを思っていた神も魔族もいると私たちは聞いています。ですから魔族を受け入れる神もおられれば、神を受け入れる心を持つ魔族もおられると私は思いますよ」
「そんなことないわ。魔界に伝わる話では…」
私は首を横に振る。
「私たちは冒険してる間に色んな魔族や神様と会って話をしてきているけど、それは三代目の魔王が作り上げた偽のお話らしいわ」
「偽の…?それより、神様にも会ったことがあるの!?」
魔界に伝わっている伝説の話が偽の話だということより、リンカは神様に会ったというワードに強く反応する。この様子を見ると本当に好きなのね。
「エリーさんは私たちの中でサンシラ国の神々に一番多くお会いしたのですよ」
ガウリスがそう言うと、信じられない!とばかりにリンカは興奮した顔つきで私に顔を寄せた。
「神様ってどうだった!?美しい方たちだった!?」
「まあ、そうね」
サンシラの神々を思い出してみれば、確かに姿かたちは整っていたわよね。
でもサンシラ国の神々は元々この世界に居たんじゃなくて別の世界からやって来てここに留まっているみたいだから、リンカの見た神様とはまた少し違うと思うけど…。
「ああ、人間が羨ましい。運が良ければ神様に会える機会があるんだもの」
リンカは心底羨ましいという顔で私を見ているけど、サンシラ国の男神は女と見ると襲おうとする好色な人たち揃いなのよね…。冥界の王のレデスは違ったけど。
でもリンカの思い描くイメージを壊しちゃいけないから、それは言わないでおこう。
そうして歩いていくとガウリスがふと顔を上げて、
「ここに出ましたか…」
と言った。
見るとそこにはグランが一面氷の世界にしてゾンビを凍らせて砕いたあの場所近くまで来たみたい。未だに洞窟の壁は氷と雪で覆われて溶けずにいる。
「ガウリスたちが追いついたところまではアレンと歩いて来たんだけど…ごめんなさい、私は道順とか覚えてなくて…」
「しょうがありません、私だってあまり覚えていません」
ガウリスがそう言いながらふと何かを見つけて拾い上げた。そして微笑みながら私に拾い上げた何かを見せてくる。
「アレンさんがこんなものを残してくださっています」
見るとそれはグシャグシャになったアレンのメモ帳で、そこにはここまでの順路が描いたマップが。
アレン…!わざわざ描いて残してくれたんだわ。
そのマップを見ながら進んでいくと、主要な分かれ道に同じ地図の描かれたメモが残されている。
私たちがどこに行ったか分からないから、とにかく大量にマップを描いて、どこの道から来ても発見できるように何枚も書いておいて行ったみたい。
外に出るまではあの巨大な顔のトラップでまたどこかに飛ばされるかもしれないとガウリスが言うからアレンのマップは分かれ道にそのまま置いて、とにかく早くダンジョンから脱出することにした。
幸運なことに巨大な顔のトラップには引っかからないで、アレンの地図のおかげで迷うことなく入口に向かい、ついには明るい日差しの降り注ぐ外に出る。
外に出ると、ガウリスの読み通りサード達は先に外に出て私たちを待っていた。アレンは洞窟から出てくるのを見て、手を広げながら駆け寄ってくる。
「無事で良かった!マップ見つけた?大丈夫だった?」
「ええ、ありがとうアレン。ああいう風にしてもらって本当に助かったわ」
私の言葉にアレンは、そっかぁよかったよかった、と頷いた。
そうしているとグランがリンカに近寄って、
「では、魔界に戻りましょうリンカ様」
と声をかける。
しかしサードが、待て、とグランに声をかけた。
「そいつは使い物にならねえが、ゾンビはそのままにしてとっとと帰るってのは虫が良すぎるんじゃねえの」
使い物にならない、の部分でリンカは傷ついた表情になるけど、震えながらもサードの言葉に耐えている。
グランは心底どうでもいいという顔でサードを睨みつける。
「ここは人間界だ、人間界での出来事なんだから自分たちでどうにかしろ」
突き放すようなグランの言葉に、サードは喧嘩を売るように身を乗り出した。
「ざけんなよ、てめえの城の関係者の不祥事だろ、てめえらで最後までケツを拭けよ」
「ふざけるな、依頼を受けたのはお前らだろう、それなら自分たちで解決しろ」
二人とも目を吊り上げて怒りのオーラをまき散らしながら睨み合っている。
「あ、あの…」
リンカが恐る恐る話しかけると、グランは吊り上がった目のままリンカに振り向き、リンカはビクッと肩を揺らした。
リンカは泣きそうだけど、それでも勇気を出すように言葉を絞り出す。
「さっき、そこの魔族の女の人に言われた通りだわ。ショックだったけど、私、人間より魔力もないし、魔族なのにアンデッドすら扱えないし、ダンジョンの中も全然把握できてなかった」
震える手を自分の手で包み込みながら、リンカはグランに目を向ける。
「私、ここのダンジョンで増えたゾンビをどうにかできるまでここに残り…たいの…だけれど…」
段々とリンカの言葉尻がモゴモゴと消えるように小さくなっていって、ついには黙り込んでしまう。
グランの顔があからさまに「何言ってるんだこの女は」という表情をして睨んでいるから。
サードと言い合いをしていて身分を弁えるよりイライラした感情の方が表に出てしまっているみたい。
「こらこら、表情」
ロッテがグランの肩を叩くと、グランはムッとした顔でロッテを睨みつけ、はねつけるように腕を回してロッテの手を払う。
リンカも勇気を出して口に出したんでしょうけど、今のグランの表情を見てせっかく出た勇気が完全へし折られたような顔で地面を見て、ウッ、と目が潤みだして、ポロポロとリンカの目から涙が零れ落ちていく。
グランはそれを見て煩わしそうに口を曲げてため息をついた。
「…今の非礼はお詫びます。さぁ、戻りましょう」
グランはなるべくリンカを刺激しないような優しい言い方でリンカの腕を掴もうとすると、リンカがグランの腕を払いのけた。
リンカの行動にグランが少したじろぐ。
リンカはボロボロと涙を流しながらグランをキッと睨んだ。
「昔っから…昔っからそう!グランは私より強いのに、私にへりくだって…!心の中では弱いくせにって思ってるんでしょう!?それなのに頭を下げないといけないとか思ってるんでしょう!?」
リンカが腕を振り上げてグランの鎧を殴りつけるけど、リンカの体自身が非力なのだろうと分かるポンポコという軽い音しか出ていないし、鎧を殴ったリンカの手のダメージが大きいみたいで、すぐに引っ込めて手をさする。
リンカはこんな非力な体すら悔しいという顔でしゃがみ込んで、ボロボロと泣き続け、喚きながらグランの足の甲冑をポコポコと殴り続ける。
「どうせ私の代でセロ家は終わるの!これがセロ家最後のダンジョンなの!最後くらい私がどうしたっていいじゃないの!どうせ数千年後には私は平民として生きているの!あなたは私と違って情けじゃなくて実力で地上にダンジョンを持てる身分になるでしょ!最後くらい、最後くらい私の好きにさせてよ!好きにさせてよ馬鹿ぁあああ…!」
泣き喚きながらリンカはグランのつま先を鎧越しに殴り続けて、グランは参ったとばかりに足先を殴られるがままになっている。
「女泣かせるなんていいご身分だな」
サードの一言にグランがギッとサードを睨みつけた。
「…魔族って千年は軽く生きるんだ」
アレンの呟きで私はふと疑問に思ってロッテに聞く。
「そういえばロッテって何歳なの?」
ロッテは、
「え…?えー…。二百十一まで数えてたけどもう分かんないなぁ。何歳なんだろ?六百は超えてると思うけど…八百?いや九百…?千はいったのかなぁ、いってないのかなぁ…」
…長生きすぎると年齢なんてどうでもよくなるものなのかしら…。




