アンデットの洞窟のラスボス
グランの放った猛吹雪はかなり広範囲に広がっていて、歩いても歩いても白い氷漬けの世界が続いて行く。
松明もさっきの寒さで使い物にならなくなったから、新しい松明に火を灯してまた歩き始めている。
「…この中にサードいないよな…」
アレンがパリパリと霜を踏むような音を出して白い地面の上を歩きながら恐ろしいことを口走る。
「勇者がどうなろうと知ったことか」
グランは即座に吐き捨てた。
むしろグランはサードどころか、私たちもどうなろうが知ったことかっていう勢いであの猛吹雪を放ったじゃない。
もし私が自然の無効化の魔法を使えていなかったら今頃私たちもゾンビと一緒に細かい粒子になってこの洞窟の奥で静かに眠りについていたんだわ。
「…生きててよかった…」
心の底からの声が漏れる。
この言葉の重さは、死を紙一重でかわした人にしか分からないわよね。
そんな私たちの周りにはまだ無効化の空間を広げている。ロッテが、
「そういえば人間って冷たい空気を一気に吸ったら肺が凍るんだっけ?この温度はヤバいかもね」
って、怖いことを言ってきたから。
そうして進んでいくと次第に白い空間は段々となくなってきて、普通の洞窟の景色になっていく。
これならもう無効化の魔法はいらないわよねと試しに魔法を解除してみると、さっきみたいな息の詰まる寒じゃなくて、洞窟内独特の冷えみたい。
「エリーは制御魔法覚えたら使い勝手良くなったみたいだね」
ロッテに声をかけられて、私も頷いた。
「本当に。これ、魔導士が最初に習うっていうの凄く分かるわ。これを覚えてるのと覚えてないのじゃ全然魔法の使える幅が違うもの」
「アレンも覚えたら身体能力向上魔法の使い勝手がよくなると思うよ。それにその魔法は使い方にムラがあると好きな子を抱きしめてそのまま背中へし折っちゃうこともあるらしいからね」
「うへー…。頑張る」
「っていうかアレン、魔法の学校には行かなかったの?」
魔法が少しでも使える子は魔法の使い方を正しく覚えるため、三年から五年くらいは一日数時間だけでも魔法を習いに学校に行くはず。
私は貴族で家庭教師がいたから学校には行ってなかったけど。
「だって俺魔法使えるって思ってなかったし、それより船に乗ってたし」
話ながら歩いて行くと、遠くに光が見えてきた。
天井に穴でも開いているのか、光がぽっかりとそこにだけ差し込んでいる。
ああ…光ってこんなに輝いているものなのね…。
「光っていいなぁ…。早く外に出たいなぁ…」
アレンもしみじみと呟いて光の下に立っている。
何となく私も光の射し込む場所から離れがたくて足を止めていると、ズルズルと音が聞こえてきた。
皆の足が止まって音のする方向を探す。すると奥から音が聞こえるんだと気づいた。
上から差し込む光が眩しくて奥の方がよく見えない。
ゾンビ?
皆も何となしに光から下がって様子を伺ってみるけど、ゾンビにしてはうめき声がしないわ。今響いてくるズルズルという音も自分の体を引きずっているというより何か重いものを引きずっているような音だし。
一応杖を奥に向けると、ガウリスも視線をそちらに向けている。
「奥の方は左へゆるくカーブになっていますが、まだ姿は見えません」
光の差す奥の状況をガウリスは小声で伝えてくる。
するとその緩いカーブの向こうでズルズルという音が止まった。耳をそばたててみるけど、やっぱりうめき声もしないし向かってくる素振りもない。
向こうも私たちの存在に気づいて動きを伺っているようにも思えるけど、もしかして…。
「…サード?」
ソッと声をかけると、向こうでかすかに服のこすれる音がした。
「エリーか?」
聞こえてくるのはサードの声。でもあの爬虫類に人の頭がくっついたモンスターの件もあるんだから、ここは慎重に。
「あなた本当にサードなの?」
「てめえこそエリーかよ」
わずかにムッとした声で食い気味に返された。
何だかサードな気がする。
「サードさん、山といえば?」
「林」
ウィーリで決めた合い言葉をガウリスが言うと、サードが決めた言葉が返ってくる。
山には林。これは確かにサードだわ。
「無事でしたか」
ガウリスがホッとしたような口調で言うと、向こうからズルズルと何かを引きずる音を立てながらて光の向こうからサードが近づいてくる。
上から差し込む光でサードの姿が見えてきた。
紺色の鎧に紺色のストールを頭と顔に巻いたその姿。見た感じでも怪我もしていないみたいだし、今まで一人だったから不安で精神がすり減っている雰囲気も見てとれない。
サードはチラチラと私たちを見ると、微妙に目を歪めて笑った。
「どうしたアレン、エリー?こんな短時間でずいぶん老けたじゃねえか?」
…ふざけないでよ、心配して損した気分だわ。
「よかったぁ、無事だったんだなサード」
アレンは安心したようにサードに近寄っていって、サードが引きずっているものに目を向ける。
「ところで何引きずってんの?」
サードは布に包まれた何かを力任せにぶん投げてきた。
大きく振り回されて、布がめくれる。
布の中からは胸の上で手を組んでいるふわふわとしたピンクのワンピースを着た、金髪の女の子が横たわっていた。
悲しげに目をつむった血の気の無い真っ白い顔、ふわふわのワンピースだってビリビリに破れて血にまみれていて、頭や首から流れている…でもかすかに乾いている生々しい血…。
ヒッと息を飲んで、
「死…!?」
と布にくるまれていた女の子を指差すと、サードは腕を組んで、
「多分ラスボスだ」
「えっ!?」
アレン、ガウリス、ロッテが驚きの短い声を上げて、一斉に全員がグランを見た。ナバの孫の顔が分かるのはグランだけだから。
グランは骨だけの馬から降りてその女の子を見て、眉根を寄せて片膝をついてため息をついた。
「確かに、ナバ様の孫であるリンカ様だ」
「倒したの?」
サードに目を向けると、サードは腰に手を当てて眩しそうに光の下から横にずれる。
「ゾンビに襲われてた」
「…は?」
襲われてた?ラスボスが、ゾンビに?
サードは私の妙な顔を見て、どこか呆れた様な顔つきでラスボスだという、リンカという名前の魔族を見下ろす。
「襲われてやがった。知らねえうちに俺は仰々しい部屋の中にいてな、もしかしてラスボスの間じゃねえかって思ってたらゾンビに喰われてた」
と言いながらリンカから視線を逸らす。
「これはまだ見れるほうだぞ、さっきはもっとひでぇ状態で見れたもんじゃなかったしな。いきなりラスボスが死んでるからどうしたもんかと思ってよ、ゾンビを殺してから近くの布でくるんで引きずって来た。それにいくら探しても初回特典の宝箱が見つからねえし」
グランも呆れるような顔つきでリンカを見下ろしていて、ため息をついて頭を軽く横に振っている。
なにか言いたげだけど、自分より位の上のナバの孫だから言いたいことを抑えてるんだと思う。
すると、ッハァア…と息を深く吸う音リンカから聞こえて、リンカに視線を向ける。
リンカはゆっくりと目を開けて、うつろな動きで私の顔を見上げる。深い紫色の目が私を捉えた。
リンカはゆっくりまばたきしながら私の顔を見上げ続けて、口をわずかに開く。
「…天使?」
「違うわよ」
リンカという魔族は次第に意識がはっきりしてきたような目つきになって、よくよく私の顔を見て、あれ?と何かに気づいた顔つきになる。
そしてわずかに身を起こして、アレン、サードの姿を確認すると飛び起きて後ろに跳ね退いた。
「ゆ、勇者一行!?」
距離を取ったみたいだけどその後ろにはガウリスがいて、背中からもろにドッとぶつかって逆に跳ね返されて転んでしまった。
「ああっ」
「大丈夫ですか」
ガウリスが思わずリンカの手を取って助け起こして、リンカも混乱しているのか、
「あ、す、すいませ…」
と素直に手を取ってペコペコ頭を下げながら立ち上がった。
そしてリンカは黒い甲冑姿のグランを見つけて、驚いたように目を見開く。
「え、グ、グラン…?」
リンカはウロウロと足を動かしながら私たちとグランを交互に見ている。
なんで私たちと共にグランがいるのか、なぜ知らないうちに私たちに囲まれているのか、なんでグランがここにいるのか、と状況がさっぱり分かっていなくて混乱している足つきだわ。
グランは冑をぬいで片膝をついた。
「リンカ様」
「は、はい…」
かしこまって頭を下げるグランに、リンカは胸の前で手を組んでビクビクと緊張した面持ちでグランを見下ろしている。
「魔界に戻ってください」
「え…」
「勇者どもに倒される前に、今すぐ自分の意思で魔界にお戻りください。ナバ様はこの勇者によって強請られて法外な値段の報酬を吹っ掛けられています」
「てめえ、余計なこと言うんじゃねえ!」
サードが聖剣を引き抜いてグランに刃を向けるけど、グランは槍で聖剣の面を軽く上から押さえて早口でリンカに訴える。
「失礼ながら正直に申し上げます。リンカ様は人間界にダンジョンを持つ資格はないとナバ様が判断し、ナバ様は他の名もない冒険者に倒されるくらいなら勇者に倒され魔界に戻ったことにした方が良いと、このように勇者どもに話をもちかけたのです。今すぐ魔界にお戻り下さい、今すぐ!」
リンカは目を大きく見開いた。
その大きな瞳が潤んで、ポロポロと涙が零れていく。そして顔を覆って、ヒッヒッと嗚咽をあげながらウエエエエンとしゃがみ込んで泣き出してしまった。
グランは跪いた状態で目の前にしゃがみ込んで泣きだしたリンカをギョッと見ている。
「あー、女の子泣かせたー」
「いーけないんだー、いけないんだー」
ロッテが楽しそうに非難がましく言うと、アレンは子供がよく歌っていそうな歌を口ずさむ。
「俺は本当のことを伝えただけだ!」
グランは立ち上がってどこか動揺している口調で一喝した。
リンカはヒッヒッと引きつけみたいな声を出しながら、顔を上げてグランを見上げた。
「お、お爺様が本当にそんな、そんなことを言ったの…?」
「本当です」
それを聞いたリンカはまた顔を覆ってウエエエエエンと泣き続ける。
「あー、また泣かせたー」
「いーけないんだー、いけないんだー」
「なんださっきから貴様ら!」
グランはロッテとアレンに怒鳴り散らす。
しばらく泣いていたリンカは次第に泣き止んできて、でもヒッヒッと引きつけのような嗚咽を上げながら涙をぬぐった。
「そう…お爺様が、私に人間界にダンジョンを持つ資格がないと、そう言ったの…」
また何か言ったら泣かれると思ったのか、グランは無言で頷きもしないで黙っている。
「わ、私だって、自分が弱いことぐらいわかってるわ。勇者一行にだって二回も倒されてるし、自然を操る魔導士相手に自然のモンスターはダメだと思って、魔族ぽくアンデッドでいこうって思ったら操りきれずに襲われる始末だし…。私の力なんて、回復が凄く早いぐらいで他に能力なんてないし…」
話していて段々と落ち込んできたのか声のトーンが低くなっていく。
リンカはグランを見上げた。
「ロドディアス王も…戻って来いとおっしゃっているの?」
「王は放っておきなさいと申しているようですが…」
リンカの目がまた潤み始めるのを見たでグランはうめき声を上げながら眉間にしわを寄せて一歩後ろに引く。もういい加減にしてくれと言いたげな顔だわ。
ヒッヒッとすすり上げてリンカはまた泣き始める。
「セロ家は…私の代で平民になるんだわ、私が、私がこんなに弱いせいで…代々スウィーンダ州王家の大臣として名を馳せたセロ家は…。
ロドディアス王もそのことが分かったうえでこんなに力のない私を、二回も勇者一行に倒された私を、地上にダンジョンが持てるように取り計らってくれているのよ。セロ家最後の魔族ってことで、華々しく終わらせてあげようって。ロドディアス王は、お優しいから。
だけど…お爺様はそれが分かってて引き戻すように言ったんだわ。お爺様も私の代でセロ家が終わると思って、もう十分だって…!」
リンカはまた顔を覆って泣き出した。
「ごめんなさい…!こんなに弱く生まれてごめんなさい…!お爺様ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
声を上げてリンカは泣き続けている。
そうか…魔界での権力の高さは力が強いということ。だから貴族であれ、その子供の力が弱ければその子の代で高い地位から転げ落ちることもままあるんだ…。
力が強いほど高い地位にいけるというのは非常にシンプルなものと思っていたけど、思った以上に世知辛い構造なのかもしれない。
どうして西洋の人は鼻が高いか知っていますか?
寒いと鼻の中で冷たい空気を暖めて肺に入れるので鼻を高くして少しでも暖かい空気を取り入れようと進化したからです。
じゃあ今よりもっと寒くなったら、どれだけ西洋人の鼻は伸びるんでしょうね。
…と高校の英語の先生が天狗並みの鼻を持つ西洋人の横顔を黒板に描いていました。
西洋人はどうして目の彫りが深いか知っていますか?
日差しが強いから眉の上をサンバイザー代わりにするためああなったんです。
じゃあ今より日差しが強くなったら、どれだけあの部分伸びるんでしょうね。
…と同上の先生が眉毛部分が前に伸びている西洋人の横顔を黒板に描いていました。




