どっちが怖いんだか分かったもんじゃない
恐怖でもう泣き出してしまったアレンをガウリスが落ち着かせるように背中を軽く叩く。
「あの、話はこれくらいにして進むのに集中しましょう」
ガウリスはサードを言葉でそっとたしなめながら促すと、サードはまだ泣いているアレンを愉快そうに見てから歩き出した。
全く、人をおちょくる時だけすごく楽しそうなんだから。他に楽しみがないのかしら。
私もアレンを慰めるように腕を軽くさすりながら歩き始めた。
―ガチンッ
金属が急に合わさったような鋭い音が聞こえて、音のした真正面に顔を向ける。
目を向けた目の前には、歯をむきだしにした洞窟いっぱいに広がるにこやかな巨大な顔がある。そして前を歩いていたサードの姿が見当たらない。
一瞬の出来事に頭が追いつかなくてそのにこやかな巨大な顔を凝視したけど、状況的にサードがこの巨大な顔に食べられたんだと気づいた。
「サードー!」
思わず絶叫しながら魔法を発動しようとすると、後ろからガウリスが私の肩を掴んで杖を上に引っ張り上げた。
「いけません!あの中にサードさんも入っています!」
「でもサードがあ!」
そうしているうちに、にこやかな巨大な顔はスーっと透明になって消えていった。サードの姿もそこから忽然と消えている。
「……」
心臓がバックンバックンと鳴り響いていて、サードが食べられた上に消えたことで手が細かくカタカタと震える。
隣ではアレンがひっくり返って尻をついて顔を青ざめさせていて…でもロッテはケロッとした顔で私たちを見ている。
「大丈夫、サードは無事だよ」
「本当に…?本当に…!?」
ロッテの言葉にすがるように聞くと、ロッテは微笑みながら頷く。
「うん。あれは魔界のただの転送装置のトラップだから」
「転送…装置?」
ガウリスが聞くとロッテは説明してくる。
「そう。あれは魔界で作られたダンジョン向けのトラップ装置なんだ。あの口の中に入るとダンジョン内の別の所に移動させる仕組みになってるの。だからサードは今のところ別の所に一人放り出されたことになるね。でも食べられたわけじゃないから、そこは安心して」
ロッテの言葉にとりあえずホッとする。
それにサードは地獄に落ちても這い上がって来るだろうって私とアレンの間で話題になるくらいしぶといから、一人になってもまず大丈夫でしょうし。
アレンは笑ってる膝を抱えて、涙をぬぐいながら立ち上がった。
「あれって同じ所を通ったらまた出てくんの?そんでサードが飛ばされた所に行くの?」
「ううん。ランダムで色んな所に現れて別々の所に飛ばされるよ。そっちの方が冒険者がバラバラになって楽しいんじゃない?って助言してあたしもトラップ開発者と一緒に考えながら作ったんだけど」
皆で驚いた顔でロッテの顔を見る。
ロッテは軽快に笑う。
「あはは、悪いね。あたしこういうの作り出す金持ち連中の魔族らと仲がいいんだわ。他の色んな所にも口を出して冒険者が困るものいっぱい作ってるから、これからの冒険でも頑張ってね!」
「ロッテぇー…!」
アレンが何てことしてくれたんだと非難がましい声でロッテに向かって手を動かした。
じゃあこれからもロッテが加わって冒険者を困らせてやろうって作り出されたトラップがあちこちに現れるかもしれないってこと?冒険する身からすると本当に何てことしてくれるのよって感じだわ…。
「で、でもここ進んでも大丈夫なわけだな…?」
アレンがそろそろとサードが消えた場所に近づいて行くと、
「ランダムで現れるからね。いつ来るかどこに来るかはあたしにも分からない」
ろロッテは楽しそうに言って、ほら歩いた、とアレンの背中を押して進ませる。
そろそろとおっかなびっくり皆で進んだけど、さっきみたいな顔が現れなくて素直に通れた。
「サードさんは大丈夫でしょうか…」
サードが巨大な顔に食べられた場所を見つめながらガウリスは心配そうに呟いている。
「大丈夫よ。サードは地獄に落ちても這い上がってくるようなしぶとさがあるから」
ガウリスは何となく納得した表情で頷いた。ガウリスも少なからずサードのことはしぶといって思っているのね。
そうやってサードと別れてから私たちは現れるゾンビにスケルトンを倒して、いつ現れるかも分からない巨大な顔のトラップに脅えながら進んで、サードの声か戦っている音がしないかと耳をそばだてている。でも今のところサードらしい声も物音も何も聞こえない。
「結構奥まで飛ばされたのかしら」
「いやこの洞窟結構入り組んでるから、離れてるとあんまり音は聞こえないんじゃないかな」
マッピングに集中しているアレンはあまり恐怖を感じていない口調でそういう。
「そうだね。やっぱりここは元々何かを採掘するための洞窟みたいだから坑道が入り組」
―ガチンッ
ロッテの声が急にかき消されて驚いて後ろを振り向くと、洞窟いっぱいに広がるにこやかな巨大な顔が見えて、そしてスゥと透明になって消えた。
後ろにいたガウリス、ロッテ、グランはいなくなっていて、ただ暗い空間が広がっているだけ。
私とアレンだけが残された。
思わず私はアレンを見上げて、アレンは恐怖に引きつった顔で私を見下ろした。一瞬お互いに目を合わせただけで、二人でパニック状態になっているのが分かる。
意味も分からずお互いにヒシッと抱きつき合うけど、でも混乱のあまりアレンにしがみついている場合じゃないと思って、すぐに離れてアレンを見上げる。
「と、とりあえずガウリスとロッテとグランの三人組だから大丈夫だと思うわ。私も魔法は使えるし、アレンはマップもちゃんと書いてるから戦力面でも迷う心配もない」
でもアレンはまだパニック状態みたいで、私の肩に手を置いて意味もなくその場で足踏みしてせわしなく頭を動かしている。「▼アレン は 混乱 している!」状態だわ。
「落ち着いて、アレン」
アレンに声をかけるけど、アレンのパニック状態は収まらなくて、もう泣きそうな顔でその場にしゃがみ込んでしまった。
「アレン…」
「お、俺…」
アレンの肩に手を置くと、アレンは即座に顔を上げて、
「俺、お化け屋敷で兄貴に置いて行かれて…あの時もこんな感じで一人ずつ、一人ずつバラバラになってってさ、最終的に俺だけお化け屋敷に置いて行かれたんだよな…。あの時と似たような状況になって来たよ…俺どうしたらいい?エリー」
もう恐怖を通り越したのか、アレンがアハハハハ、と引きつった顔で笑いだしている。結構ギリギリのところまできてるわね、これ。
「大丈夫だってば。ほら、隣同士で歩いていたらアレン一人だけ取り残されることもないわ。まず立って」
とにかくここで座りこまれても困るから、立たせようとアレンの腕を引っ張り上げる。
でもアレンはすぐにスクッと立ち上がった。
いきなり立ち上がられたから思わずよろけたけど、アレンが素直に立ってくれてよかったとホッとする。
「エリー」
アレンがいつも通りの朗らかな口調で話しかけてきて、ん?と見上げると、
「一旦外に出よう」
迷いのない言葉と表情に、え、とアレンの顔を見つめた。
「もう無理、もう駄目、もう耐えられない。ここまでのマップはちゃんと書いてるから外には簡単に出られる。出ようエリー」
アレンがザッと踵を返すから、ガッと全力でアレンの服を掴んで引き止めた。
「なに馬鹿なこと言ってるの、皆を置いて逃げる気!?」
「だって!」
アレンは目じりをつり上げて私を見下ろした。
「怖いんだよ!」
単純明快な答えだけど、そんな言葉がこんな状態で通じると本気で思ってるの?いくらアレンでもムッとなる。
「他の皆もこの洞窟の中でバラバラになってるのよ?サードなんて明かりもないまま一人で洞窟の中をさまよってるのよ?まだ私と一緒だからいいじゃないの!」
「けどこうやって一人ずつ居なくなってく怖さなんてエリーは分かんねぇだろ!もう…あんなの嫌なんだよー…!」
アレンは頭を抱えて泣き出して、またうずくまってしまう。
…そんなにトラウマになるまでその興行のお化け屋敷は怖かったの…?
何だか頭を抱えてうずくまって泣いている姿を見ていると、お化け屋敷の中で今みたいに一人で頭を抱えて泣いている子供のアレンの姿が簡単に想像できて、私の怒りもしぼんでしまった。
私はしゃがんでアレンの肩をポンポンと慰めるように叩く。そうやってアレンも少し落ち着いてきたころ、そっと声をかける。
「…ねえアレン。海賊を引き渡したあと、夜に船の上で私に言ったわよね?強くなりたいって言ってて何もしないのは理想だけ言ってるだけなんだって、力がないと皆のことを守れないんだって」
アレンは鼻をすすりながら私の顔を見た。
「あの夜にサードとガウリス、私と肩を並べるくらい強くなるって言ったのはどこの誰?」
アレンの目を見ながら問いかけると、
「俺…です」
と鼻を垂らしながらアレンが何故か敬語で返してくる。
何で敬語になるのよ、とちょっと笑いそうになったけど、耐えて厳しい表情をアレンに見せた。
「それなのに皆を置いて逃げるなんて真似しないわよね?」
「…したく、ないけどぉ」
アレンはまた泣きそうな情けない顔になる。
そんなアレンの情けない顔を見るとキュンとなってアレンを甘やかしたい気持ちが湧くけど、でも今はアレンを甘やかしてはいけないと顔を引き締めて顔が微笑みそうになるのを耐える。
今アレンに外に出て行かれたら色々と困るし、アレンは結局自分はダメだったという自己嫌悪に陥って自分への自信に繋がらなくなるもの。
「いい?アレン」
私はしっかりとした口調でアレンに話しかけた。
「これはビジネスよ」
「ビジネス…」
ビジネスの言葉にアレンの顔つきが恐怖に染まった情けない顔から、わずかにいつも通りの顔つきに戻る。
ビジネスの言葉に反応するあたり、やっぱり武道家より商人気質よねアレンは。でもまず私の話に食いついたんだからと、たたみかけるように続ける。
「サードはナバやハロワからこの洞窟の魔族の討伐の依頼を受けてラスボスを倒すビジネスを請け負ってきたのよ。報酬を受け取るまでが私たちの仕事よ。
アレンは武道家だけど、心の内では商人だっていつも言ってるわよね?まさか商人のあなたが一度請け負った仕事を途中で放っぽりだしてやめるなんて中途半端なことはしないわよね?」
アレンは頭の中で何か色々と考えているのか黙り込んだけど、鼻を大きくすすり上げてゆっくりと立ち上がった。
「うん…ごめんエリー」
そう言いながらアレンは私の手をわさわさと探して握る。アレンの私を握る手は強くてもまだかすかに震えていて冷たい。
お互い無言で少しずつ進んでいくと、
「…駄目だなぁ俺」
とアレンが落ち込んでいる雰囲気で呟いた。私はアレンの顔を見上げて、
「何が?」
と聞く。
「こういう時エリーに頼りっきりでさぁ」
何を言っているの、と私は驚いてアレンを見上げる。
私の方がいつでもアレンを、サードを、ガウリスを頼っているのに。私は魔法を使うことだけで他のことはからきしで、何もかも皆に頼りっぱなしなのに。
「私はいつでもアレンを頼ってるのよ?気づかない?」
「えっ、いつ?」
「今もよ」
「何で?」
「何でって…」
私は呆れた。
「私だって一人じゃこんな暗いアンデッドの現れる洞窟なんて怖いわよ。だからアレンが隣にいてくれるだけで心強いの。そういうものじゃない?」
アレンは驚いたような顔で私を見返す。
「俺戦えないのに?エリーの方が強いのに?」
アレンの言葉に、もう、と私はアレンを軽く睨みあげた。
「強くなるって人がそうやって自分は戦えないって限定しないの!どうせなら俺が皆を助けてやるくらいの気持ちになってみなさいよ。アレンに足りないのはそういう気持ちじゃないの?」
「…」
アレンは私の顔を黙って見下ろした。その表情からは「その発想はなかった」とでも言いそうなものだわ。
「そうだなぁ、俺、冒険者になってからずっと戦わないって気持ちでいたし、強くなるって決めても皆の方が強いからさ。皆を助けてやるなんて気持ち全然なかったなぁ。そっか、そういう気持ちもあった方がいいのか…」
アレンは私に笑いかけた。
「ありがと、エリー」
そこまでお礼を言われるほどのことを言ったつもりはないんだけど…。でも何かしら私の言葉はアレンの心に響いたみたい。
「アレン、エリー」
私は声の聞こえてきた洞窟の奥に向ける。この声、サードの声だわ。
「サード?無事だったのね!?」
「無事」
どうやらサードは私たちが思った通り心配いらなかったみたい。声もいつも通りだもの。
「こっちこい、アレン、エリー」
サードの声がさっきより近い。少しずつこっちに近づいているんだわ。
歩き出すと、アレンがグンッと繋いでいる私の手を引っ張った。
アレンを振り向く。
「どうしたの?」
アレンは少し引きつった顔をして、目線をかすかに上にあげて小声でささやいた。
「サードの声、上の方から響いて聞こえねぇ?それに足音全然しないんだけど…」
上からサードの声?
真上を見あげるけど、もちろんサードが居る訳がない。それに足音ならアレンの言う通り。
「サードなんてろくに足音を立てないで歩くじゃない」
「違うくて。声の出てる方向がサードの身長の高さじゃなくて洞窟の上の方から聞こえねぇかってこと。それに足音っていうか、なんていうの?服のこすれる音も鎧の音も全然しないじゃん…」
そう言われれば、何となく聞こえて来た声は上から響いて来るように聞こえていたし、普段歩くときには気にすることもない服のこすれる音も鎧の音も全然聞こえてこない。
「アレン、エリー」
サードの声が近づいてくる。でも確かに声は上から聞こえてくる。それに服の音も全然しない…!
「アレン、エリー」
ゲッゲッという動物が鳴くような声が上から響いてくる。
「サードなの!?どうなの!?違うの!?」
杖を天井に向けると、アレンは私から手を離して杖を手に持って同じように天井に顔を向ける。
顔だけ見ると強そうだけど、全体的にへっぴり腰だわ。
わずかにペタペタという音が聞こえてきて、松明の明かりに照らされてゲッゲッと鳴くその姿が少しずつ見えて来た。
全体的に爬虫類…イモリやヤモリに似た大きい体が洞窟の天井を這って音もなく、でも素早く近づいてくる。
でもその頭…!
ざんばらの髪を振り乱した人間の女の頭だわ。ざんばら頭の女の目がギョロギョロと私たちをを見て、
「アレン、エリー」
とサードの声で語り掛けてくる。
「うわああああああああ!」
思わず叫んだけど、アレンの絶叫で私の声は全部かき消される。
その声はどこまでも洞窟の中に響いて行って、その声につられるように体が爬虫類で頭が人間のモンスターは身を翻えすと、大きく口を開けて、よだれを辺りにまき散らして鋭い歯をむきだしながら飛びかかって来た。
私は魔法を放つ…よりも先に、アレンの杖がそのモンスターの顔にめりこんだ。モンスターはギエエ!と叫んで洞窟の壁に叩きつけられる。
「うわああああああああ!」
アレンは叫びながらあり得ない速さでグンッとそのモンスターに一気に距離を詰めて、ボッカボカと杖でモンスターを滅多打ちにした。
アレン、もしかして今、身体能力向上魔法発動してる?
「うわああああああああ!」
動かなくなったモンスターを見ながらもアレンの絶叫はやまなくて、私に向かって体を向けて、
「怖かったぁあああ!エリーーーー!」
と私にしがみつく。私もそっとアレンの背中に手を回してポンポンと叩いておいたけど…。
アレン…。アレンも怖くて思わず手が出たんでしょうけど、今ちょっとアレンの方が怖かったわ…。
怖い状況の中、冗談でも後ろからワッと驚かしたら振り向きざまにアレンは殴りかかってくるタイプなのかもしれない。そんな恐怖の一端をアレンに覚えた。
私は小一の頃、肝試しでゾンビのマスクをかぶってワッと脅かしてきた小五男子の顔面を平手でビタビタと叩いて鼻血を出させました。怖かったんです。攻撃しないとやられると思ったんです。




